人数分

 

辻 和人

 
 

人数分だ
45個
駅までバスで15分
まず床屋に寄って髪さっぱり
まだまだ暑い9月の半ば
短くなった髪が強い風にぱらぱらっ揺れる
残り少なくなった育休の日々もぱらぱらっ揺れる
あと6日だもんね
休んでいる間穴を埋めてくれた職場のみんなに
ありがとう、ありがとう、したい
やっぱお菓子だ
デパート入って見て回る
半年も休んだからちょっと食べでがあるものを渡したいんだけど
このモナカおいしそうだけど持ちが悪いな
このプチケーキ嵩張るから持ってくの大変だな
時間ばっかりぱらぱらっ過ぎる
その時
おっ、このマドレーヌいいぞ
貝殻の形にふっくら盛り上がってハチミツたっぷり
1個300円
高すぎず安すぎず
15個入りのを3箱で決まり
人数分
45個
45の口に
コミヤミヤの泣き声とこかずとんのあくび
ばらばらっ放り込まれる
泣いたコミヤミヤ抱っこして歩くミヤミヤママの踵と
こかずとんのウンチ片付けるかずとんパパの指も
ばらばらっ放り込まれる
お会計してバス停まで歩く
まだまだ暑い9月に
抱えた紙袋はずっしり重い
ずっしりずっしり
その先に
復帰するぼくに「お帰り」を言ってくれる
45の口があるんだ

 

 

 

無限なるもの

 

辻 和人

 
 

まるまるっとした
コミヤミヤのおてて
には今
<無限なるもの>が握られていた
球体からチューブがまるまるっと飛び出した形の
タコみたいな火星人みたいな
知育玩具
触っても触っても
あとからあとから
まるまるっと
触手
飛び出してくる
限りがない
コミヤミヤの目とおてては真剣そのもの
触れば
まるまるっと逃げて
追っかけると
次の触手が
まるまるっと飛び出してくる
触る、追う、触る、追う
そうやって<無限なるもの>
はいつまでもいつまでも
コミヤミヤのおてての中に
まるまるっと
いる
目とおててが
連動することを覚えたんだね
でもって遊ぶってことは
<無限なるもの>を
まるまるっと
追っかける
っていうすばらしいことだったんだなあ

ぼくの腕の中には今
遊び疲れたコミヤミヤが
まるまるっと
いる
どこまで成長するかわからない
<無限なるもの>だ
ふわぁっとあくびして
もうすぐ寝るだろう
お休みなさい

 

 

 

5カ月

 

辻 和人

 
 

よその子がいた
コミヤミヤ・こかずとんと同じ
生後5ヶ月のよその子だ
これからBCGの注射を打つ
待合室に2人いた
おしゃぶりぶりぶり固く目閉じ瞑想の女の子
壁の白に何か探しもの首上向きキョロキョロの男の子
抱っこ紐に揺すられ揺すられ
到着したばかりのコミヤミヤとこかずとんも加わって
揺すられ揺すられ揺すられ揺すられ
4つの抱っこ紐
コミヤミヤとこかずとん、今日は静かだ
元々抱っこ紐大好きのコミヤミヤは気持ち良さそうだし
抱っこ紐がそれ程好きでないこかずとんも足バタバタしない
お、女の子の名前が呼ばれた
診察室に入って
ウギャーウギャッギャッ
ああ、やっぱ泣いたか
注射は痛いってより怖いもんね
待合室に戻って
女の子一度ウェッと泣く
でもおかあさんがおしゃぶり咥えさせると
ぶりぶりぶり
すぐ落ち着いて
目閉じ瞑想
そこへギャーオウッ、ギャーオウッ
続いて診察室に入った男の子の声だ
やっぱり怖いよねえ
針が迫ってくるんだもんねえ
ところが待合室に戻ってきた途端
ついさっきのように
キョーロキョロ
白い壁に上目遣いで探しもの
何か飛んでるのかな
ぼくには見えないものが壁の白にさまよってるのか
さあ、呼ばれました
コミヤミヤとこかずとん
しずかーに診察室に入る
しっかりした顔になってきましたね、と先生
左腕まくって
ピッ
コミヤミヤ一瞬ギャッと泣いたけど
一瞬で観音様の顔に戻る
大好きな抱っこ紐の中へ
続いてこかずとん
苺状血管腫良くなってきたね、と頭髪かき分けてまず一言
左腕まくって
ピッ
ウヒッて顔一瞬したけど
一瞬でおむすび様の顔に戻る
抱っこ紐に入っても足バタバタさせず
待合室に戻ると
女の子も男の子も既に帰っていて
コミヤミヤとこかずとん
2つの抱っこ紐
揺すられ揺すられ
あ、眠っちゃった

生後5カ月のみんな
注射が一大事じゃなくなってきた
ちょっと泣いたら
もうおしまい、大丈夫
ウチの子
よその子
5カ月の人生経験が
みんなを強くさせた
5カ月
短くない
全然短くないんだよ

 

 

 

突如、ギュンッと

 

辻 和人

 
 

まあるい顔をニコニコさせてるコミヤミヤ
突如、ギュンッと
左足を勢いよく蹴り上げた
足の先にあるのは
やっぱりまあるいこかずとんのニコニコ顔
あーぶない、あぶない
慌てて2人を引き離す
蹴られそうになってもずっとニコニコ
顔を見合わせるようになってきたコミヤミヤとこかずとんだ
相手の体に触れるようになってきたコミヤミヤとこかずとんだ
指にも力がついてきて
相手の服をぎっと掴んで
引っ張る
引っ張れば
肘ガクン揺れて
体傾く
傾いてニコニコ
ずり這いずり這い
寝てる相手の上を
戦車みたいにずずずっ乗り越える
見下ろす顔ニコニコ、見上げる顔ニコニコ
あーぶない、あぶない
手加減ってのを知らないからな
並んで仰向けに寝て
鳴き交わす小鳥みたいな仲だったのに
今や相手に向かって、突如
ギュンッ
挨拶
顔と顔ニコニコどっきんこ
あーぶない、あぶないぞ
手加減知らない挨拶だ
蹴って蹴られて
ニコニコだ

 

 

 

こんなふうに

 

辻 和人

 
 

こんなふうに
コミヤミヤとこかずとんがそろって
両手バンザイのカッコで
すぅっすぅっお昼寝の波に入っていくとね
ほっとして
やがていろんな雑念が浮かんでくる
あ、ヤなこと浮かんできた
友人と子供2人で暮らしていた母親が
生後5カ月の赤ちゃんを置き去りにしたまま数日外泊して
友人も世話しなくなって
赤ちゃん餓死しちゃった
数年前に起きた事件だ
詳しくは知らない
ニュースを知った頃は赤ちゃんかわいそうだなとしか思わなかったけれど
こんなふうに
すぅっすぅっお腹波打ってるコミヤミヤとこかずとん眺めていると
ズキッとくる
恐ろしいただ恐ろしい
お父さんはどうした?、2歳の長男は大丈夫?、友人って誰?
謎が多い事件だけど
5カ月の赤ちゃんが
お腹が空いてお腹が空いて
空いてるという感覚もなくなって
ぎゃおーバタバタしてたのがだんだん静かになって
ふうっ、消える
「ごみが散乱した悪臭が漂う部屋」*
こんなふうに
すぅっすぅっなんて二度とできない
直接手は下さない
置き去りにする時間と
置き去りにされた時間は
同時に流れていた
置き去りにする方は
赤ちゃんのことは頭のどっかに引っかかってたけど
引っかけたまま
別のことしてた
それはその人にとって
引っかけたことより何かしら楽しいことだったのかもしれない
その人には引っかけたままにしかできなかった
何らかの理由があったんだ
置き去りにされた方は
言葉もなく
ただただ干からびていく苦しみを味わって
干からびていった
飢えというより乾きだろうな
苦し紛れに
ゴミの中を這い回るくらいのことはしただろうな
またズキッとくる
どっちにしても
楽しかったと苦しかった、が
同時に流れたんだ
すぅっすぅっが流れているように
流れた

その時だ
コミヤミヤがころっ、ちょっと遅れてこかずとんがころっ
うつ伏せになったぞ
2人とももう自在に寝返りが打てるんだ
5カ月ってそういう時期
向かい合わせに顔を横に向けて
背中すぅっすぅっ波打ってる
頬っぺまんまる、お尻まんまる
お昼寝前に飲んだミルクが体じゅうを巡って
すぅっすぅっ波打ってる
この先、どんな風に波打っていくのかな
ずぅっと見守ることができたらいいな
コミヤミヤの指の先がぴくっとして
こかずとんの首がぷるっと揺れる
こんなふうに
こんなふうに
ずぅっとすぅっと
見守り続けられたらいいな

 

*地裁の判決理由より

 

 

 

コミヤミヤとの肌時間

 

辻 和人

 
 

うっすらしっとり額に汗だ
お昼寝から醒めて手足パッタパタするコミヤミヤ
ようし、よし
ガーゼハンカチ水に濡らして拭っき拭き
顔、脇、お腹、背中、おててにあんよ
ひやっとするよパッタパタ
おしっこで青い筋浮き出たオムツ交換
汗で濡れた肌着も交換
アヒャアヒャッと笑いかけてきたので
抱き上げる
2100グラムで生まれて今は7000グラムのコミヤミヤ
抱っこすれば
ふっくらお腹が密着
むっちり太ももが密着
肌だ
喋るのはまだまだ先のコミヤミヤ
「気持ちいいかい?」って言っても答えられない、けど
頬っぺたすりすり
背中ぽんぽん
お尻ゆらゆら
肌で会話できる
ほーれ
ぽんぽん・ゆらゆら・すりすり
どうだ
気持ちいいかい?
アヒャアヒャアヒャヒャッ、アヒャアヒャアヒャヒャッ
肌で会話できる
肌時間
8月の終わりの午後
コミヤミヤとの肌時間が
アヒャアヒャ流れている

 

 

 

世界の果てと崖

 

辻 和人

 
 

こかずとんは知ることとなった
世界には果てというものがあることを

ずりずり
ずり
ハイ
回る
まだ体を腕で持ち上げられてない
腕ずりずり
足ずりずり
ハイハイまでいかないけど
オムツ入れの箱を壁に見立てての不断のトレーニングが実を結び
コミヤミヤもこかずとんも
ずりハイずりハイずりハイ回り
お昼寝マットを横断横断
広い、広いなあ
今までこんなに広いトコに寝てたのか
泣き声あげてかずとんパパが抱き上げてくれるまで
ずっと天井だけ見て寝てたのか
頭ぐっと持ち上げれば
見よ
眼下には白いふかふかが広がってる

やる気十分のコミヤミヤ
生まれたてのイモムシみたいに元気いっぱい
ずりハイずりハイずりハイ回る
ふかふかにめり込みつつ手足動かせば
おおっ、体が前に進んでく
今まで体と言えば
ぺたっとマットに張りついてるようなもんだった
体が体じゃないみたい
ふっくら顔にっこにこイモムシのコミヤミヤ
ずりずり
ずり
ハイ

ここで悲劇が勃発
コミヤミヤに刺激されたこかずとん
負けじとずりハイずりハイずりハイ回って
白いふかふかかき分けて
進んで進んで進んだ先
突如落っこちた!
たかーい崖から
あらあら、こかずとん
お昼寝マットの外へはみ出てしまったんだ
お昼寝マットの厚さは4センチに満たない
それでもこかずとんにとっては
たかーい崖と同じ
どうやったって這い上がれない
ッギュイエーン、ギュヨェーン
大変大変、すぐ抱き起して
よしよし

広い広いと思っていた世界には
たかーいたかーい崖があった
そこが世界の果てだったー
腕の中で
ようやく涙が収まったこかずとんは
そんな風に感じているだろうね
でもね、こかずとん
お昼寝マットの外にも
世界は果てしなく広がってるんだよ
いつかはわかっても
今は絶対わからない真実
こかずとんが噛みしめている崖の高さを
抱っこしながらかずとんパパも
一緒に噛みしめてあげるよ

 

 

 

壁で壁を乗り越えろ

 

辻 和人

 
 

あれ、できないよ
できなくなった
壁相手に
腕バッタバタ
足パタパッタ
寝返りラクラククルックル
ずり這いジェット噴射ゴーゴー
なのに
あれれ、突然できなくなった

模様替えで1階の大人用の見守りマットを取り払ったんだ
1階は平べったいお昼寝マットだけ
ここで問題発生
コミヤミヤもこかずとんも見守りマットを練習用の壁に見立てて
えいっえいっ体動かしてた
壁がないと反動使えない
平たい面でも寝返りの稽古はできるけど
ダイナミックにクルッというわけにはいかない
何だか物足りない
何だかつまんない
寝返りしてて急に泣いちゃったりとか
ごめんね
かずとんパパ気づかなかったんだよ
何で最近急に不機嫌になるんだろうって

そしたら賢いミヤミヤママ
オムツを入れる箱と洋服入れる箱を並べて
「これを即席の壁にしましょう」
すぐさま始めたよ
コミヤミヤが腕バッタバタして
背中クルックルころっくる
こかずとんが足パタパッタして
ジェット噴射前進ゴーゴー
赤ちゃんってのはこんな練習を重ねて
ハイハイができるようになるんだなあ
ハイハイへの壁は
壁を使って乗り越える
壁で壁を乗り越えろ

 

 

 

初めて食べる

 

辻 和人

 
 

くん
この匂い、何?
ミルクみたいに甘くなく
でもかすかーに甘―い
とろっ
この感触、何?
流れていかない
でも粘らない
べろの上をにゅにゅん滑った
ごっく
飲み込めたぞ
ミルクじゃない
初めてだ
嫌じゃなかった
もうひと口、大丈夫

ミヤミヤがコミヤミヤに、ぼくがこかずとんに
2人同時にお口あーん
2人同時にぱくっ
2人同時ににゅにゅん
べろ動かして
ごっく
飲みこんじゃった
2人同時に何だか上向いて
2人同時に何だかちょっと笑った
お米のピューレ
食べ物って奴
初めて
初めて
そういやお尻に硬いベビーチェアで足ぶらぶらも初めてだ
とろっ
にゅにゅん
ぶらぶら
嫌じゃなかった
そうして
初めては
ちょっと笑って
いつのまにか通りすぎてね
いつのまにか初めてじゃなくなったんだよ

 

 

 

息に挟まれて

 

辻 和人

 
 

かっとくる夏の盛り
かずとん村もかっと様変わり
見守り用の大人ベッドを
ミヤミヤと一緒にかっと2階へ
寝室で赤ちゃん用ベッド2台をかっと組み立て
大人ベッドを両脇からかっと挟む
こうしておけば夜中どちらの様子も見張れるんだ
それから1階のお昼寝マットの周りを
運動量多くなるこの先見越して
ベビーサークルでかっと囲う
昼夜の区別がはっきりついてきたからね
昼は1階、夜は2階
いやー、暑い暑い
かっと作業終了お疲れ様

初めての2階
抱っこで昇る初めての階段一歩一歩に
興味津々首くるくる
さあ、ここが新しい寝るところだよ
左のベッドにコミヤミヤ
右のベッドにこかずとん
床に置いたランプに照らされて
ぼんやり歪む天井と壁に
興味深々首くるくる
そのうちだんだん2人の瞼が
重くなって、くるくるくる

コミヤミヤが左からすぅーっすぃーっ
こかずとんが右からはぁーっひぃーっ
冷房入れてもまだあっつい空気を掻き乱す
コミヤミヤとこかずとんの熱い息が
左から右から挟んでくる
かっとくる
疲れてるのに目が冴えちゃうな
両側から息
眠ってる間に途切れちゃうんじゃないかって
心配で心配でたまらなかった頃もあったけど
これだけ強く熱く挟んでくるなら
もう安心か
よし、ぼくも負けずにいっちょ息吹いてみるか
ふぉーうっ、ふぁおーうっ
おお、我ながら
かっとくる
夏の盛り