キガキ ガキガキ

 

辻 和人

 
 

キガキ
ガキガキ
ガキ
じゃない

ころっ寝返りいつでもできるようになったコミヤミヤとこかずとん
夜中見守り用ベッドから見る2人の姿が
顔マットに向けてグーグー
うつ伏せまずい、窒息しちゃう
胸と足の下に腕を入れてコミヤミヤ持ち上げる
熟睡中のコミヤミヤ空中で回転させマットに下して仰向けに
すやすや、これで安心
と思いきや
寝返ってころっ
うつ伏せに戻る
するとさっき仰向けに直したこかずとんも
ころっ寝返って
うつ伏せうつ伏せ
顔は横向きになってるからとりあえず呼吸は大丈夫か
せめて顔を少し上向きに角度つけとくか
やわぁーらかな頭2つ動かして
はい、ひとまずこれで様子見

仰向けに直しても直しても
コミヤミヤがころっ
こかずとんがころっ
気道が塞がれて
息が苦しくならないか
まさか死んじゃうんじゃないか
かずとんパパはとっても心配
ころっといっちゃったらどうしよう
キガキ
ガキガキ
ガキ
じゃない

顔が下を向いてると落ち着くね
マットが頬っぺたにくっついてるのって落ち着くね
すーはー、すーはー
ほらね
吐いた息が逃げないで
すぐ傍にあるよ
あったかくて安心できるね
湿っぽくて安心できるね
薄暗くって安心できるね

すーはーすーはー規則正しい2つの寝息
うつ伏せ横向きの顔眺めて
かずとんパパもごろっ見守りベッドに仰向けになる
コミヤミヤ開いた両手の先をちょこちょこさせてたな
こかずとん首をゆっくりふりふりさせてたな
これも息してるからできること

そういやぼくも息はしてるんだった
暗い天井見上げながら
すーはー、すーはー
吐いた息は規則正しく上へと逃げては消えていく
コミヤミヤ、こかずとん
上がポカンと開いた仰向けってのも悪くないよ
ひと眠りしてから
また様子見
キガキ
ガキガキ
ガキ

 

 

 

保育園ひょろっ

 

辻 和人

 
 

ひょろっ覗く
ひょろっ隠れる

今日は保育園見学の日
ぼくもミヤミヤもいずれ職場復帰するからね
今日見学に来た保育園はふるーいビルの1階
端が綻びたエプロンぱんぱん叩きながら
「暑いところ足をお運び下さりありがとうございます。園長のNです。
園内を歩きながら案内致しますのでご質問があればいつでもどうぞ」
ごましお髪揺らしのっしのっし歩き出す
その時だ

「こんにちは」
声、立っていた
ひょろっ4歳くらいの男の子
抱っこ紐の中で眠ってるコミヤミヤとこかずとん凝視して
ひょろっ姿消す
お客さんに挨拶できるなんてすごいね

「ここが1歳児クラスです。今はブロックで遊んでいます」
大きなバケツに入った色とりどりのブロック
細っこい手てんでに握って
てんでな物体作り上げる
細っこいガニマタ足てんでに動きてんでに新しいブロック取りに行く
へぇー1歳児ってこんなに歩けるんだ
ミヤミヤと感心しながら見ていたら
ひょろっ影が
さっきの男の子だ
窓ガラスからひょろっ覗いて
ひょろっ行っちゃった

「ここは2歳児クラスです。今塗り絵やってます」
しぃん
どの子もすっごい集中力
チューリップさん、メロンさん、トラさん
みるみる紙の上で舌を出す
「すごい、はみ出さずに塗れるんですね」とミヤミヤ
「2歳になるとびっくりする程器用になりますよ。
急にイヤイヤスイッチ入ってクレヨン投げちゃう子もいますけどね。
こちらの小部屋はトイレトレーニングに使います」
ちょこんと白い幼児便座微笑んだ
保育園ってこんなこともしてくれるのか
その時、ドアの隙間から
ひょろっ
そしてタタタッと走っていった

「園庭に出てみましょうか。丁度3歳児クラスが水遊びをやっています」
ひろーい園庭におーきいゴム製プール置かれて
水しぶき、水しぶき
手、足、頭、お尻、弾ける
細っこい手キラキラ掬いあげて
細っこい足パシャパシャ逃げる
甲高い声、声、入り乱れる
「泳ぐってとこまでいきませんが水遊びはみんな大好きですよ」
周りで4人の先生見張ってる
そこに裸足の男の子駆けてきて園長先生の背中にドン
「もう、この子いつも元気良すぎてね、ほら、お行儀良くしなさい」
頭軽く小突いて放す
あら、滑り台の脇にひょろっ
見慣れてしまった影

「ここで給食を作っています。
ウチは外注しないで自分のところで安全な食材を吟味しています。
水曜日は麺類の日で園児たちはみんな楽しみにしています」
忙しそうに野菜刻んでる白衣のお姉さん
あれはこれから茹でるうどんかな
「外から安全確認できるようにガラス窓をもうけてるんですよ」
大鍋ぐつぐつおいしそう
ホワイトボードにチェック入れて段取り確認か
さて、そろそろくるかな

くるかな、くるかな
きたっ
ひょろっ柱の陰だ
涎垂らしたコミヤミヤとこかずとんじっと眺めて
ひょろっ消えた

「丁寧なご案内ありがとうございました。
おかげで園の様子がよくわかりました」
頭を下げるミヤミヤとぼく
「ざっとした説明ですみません。後でご質問がありましたらお電話下さい」
ようやく半目を開けたコミヤミヤとこかずとん
2つの抱っこ紐の中でふわぁ2つのあくび
おうち帰ったらオムツ替えてミルクにしようね
スリッパから靴に履き替えて園を出ようとしたら
「さようなら」
ひょろっ声がする
ぼくたちの先回りをして
玄関の壁に背を凭れかけて座ってる

赤ちゃん、いる
ちっちゃいなあ
かわいいなあ
見たい、覗きたい
もう年長さんだもんね
赤ちゃんだった時代は遥か昔
もう赤ちゃんではない自分にとって
赤ちゃんは興味津々
かわいがるべき対象だ
ウチの子たちに興味を持ってくれてありがとう
建物も設備も古いけど良い保育園だったな
ひょろっ

 

 

 

ひやっと7月

 

辻 和人

 
 

コミヤミヤの目探す
キュヨロキュヨロ
こかずとんの手伸びる
ゴゥウルゴゥウル
掴めない
でも、いる
通りすぎていく
体全体撫でていく
今は

暑さ真っ盛り7月半ば
赤ちゃんの体温高い
赤ちゃん汗っかき
暑くて暑くて
口歪んでふぃぇーっふぃぇってなっちゃいそう
そうだ、確か戸棚にあったはずの

商店街のお祭りでもらった団扇
あったあった
爆発しそうなコミヤミヤとこかずとんの上空から
ホゥオッホゥオッーーッ、ホゥオッホゥオッーーッ
力いっぱい扇げば

コミヤミヤこかずとん一瞬静止
見えない掴めない
けど汗で濡れた髪の毛
ひやっと蹴散らしていく
真っ赤になった頬っぺ
ひやっと引っぱたいていく
探した目ひやっとなぶられる
伸ばした腕ひやっとはたかれる
捕まえられないのに
圧力がある
ひやっと圧力
お腹からくる
腋からくる
腿からくる
ひやっとくる
何だかわからないけれど圧力ある奴が
コミヤミヤとこかずとんの肌から熱を奪い去っていく
これでもか
ひやっひやっと奪った先に

えふっえふっ
笑ってる
かずとんパパが手にしたうっすいひらひらしたモノが
宙をジグザグに踊る
圧力ある奴がひやっと飛んでくる
そいつ、誰?
探しても伸ばしても確かめられないけど
そいつ、いる
ひやっと遊んでくれる
こかずとんもコミヤミヤも口あんぐり開けて
確かめられないそいつの飛来、喜んでる
かずとんパパ、ちょっと腕が疲れてきたけど頑張るぞ
ホゥオッホゥオッーーッ、ホゥオッホゥオッーーッ
暑さ真っ盛りひやっと7月

 

 

 

深夜の練習

 

辻 和人

 
 

むっくり起き出した
夜の一番ふかーいこの時間
マットが微かに震え
震えがだんだん大きくなり
見守り用ベッドで寝てたぼくを睡眠から追い出す
バタッパ、パタババッ
こかずとんが体を反らせて
こかずとんが肩をくねらせて
こかずとんがお尻を突き出して
パタッバッバッバッ
やってるやってる
コミヤミヤが遂に体得した寝返りの術
一度コツを覚えれば後は何てことない
コミヤミヤはころっころっ気持ち良さそうに回転している
焦るよねえ
すぐ横であれやられちゃあ
それからこかずとんは来る日も来る日も
練習練習
でもコミヤミヤより重いこかずとんの体は
ころっとは転がってくれない
バタッパ、パタババッ
思い切り勢いをつけてるけど
肩が十分内側に向いていない
バタッパ、バタッパ
せっかくの力が上に向いちゃって回転に使われないんだな
ウィ、ウィ、ウィエーン
ああ、泣き出しちゃったよ
そんなに悔しいか
このところコミヤミヤもこかずとんも夜まとめて寝るようになっていた
真夜中に目が覚めるなんて余程のことだ
このまま遅れを取ってちゃいけない
ずっと寝返りできなかったらどうしよう
練習しなきゃ、練習しなきゃ
こんなに一生懸命なのに報われない
でもね、こかずとん
これ、大人の世界ではしょっちゅうなんだよ
頑張ったからその分成果が出るかと言えばそんなことはない
残業して作った資料がデータの取り方間違ってるってわかって全部やり直し
こかずとん、君はそういう人生の真実を
ちょっと早い時期から経験してるってわけだね
バタッパッパ、ウィエーン
試練は続く、が
おっと、今のなかなかいいぞ
右肩がちゃんと内側に入ってる、右足も使ってるな
これでもう少しでお尻を浮かすと回れるか
ウィ、ウィ、ウィエーン、ウィ
涙流しながら静かになっていくこかずとん
さすがに疲れたか
寝よう、寝よう
明日もあるし近いうちに絶対成功するよ
こかずとんは眠り
かずとんパパももうすぐ眠り
寝返りころっころっコミヤミヤはぐーぐー熟睡中

 

 

 

寝返り成功

 

辻 和人

 
 

ころっ
できた
ころっ
またできた
右肩浮いて
まあるいまあるく
ころっ
まあるい頭初めて持ち上がった
初めての
頭を上げた姿勢だ
きょろきょろ
周りを見渡す
でも真正面にいるぼくを見てない
ベビーサークルのシーツに落ちた小さな埃
ころっと発見
ガラス窓の外
雑草ぼうぼうのお庭のシダのそよぎ
ころっと発見
まだぼくの方見ないな
頭をまあるく横に動かして
上に伸びてくスケルトン階段とんとんとん
ころっと発見
あっとお隣過ぎて気づかなかった
仰向けで口ぽかんしてコミヤミヤを見上げてる
こかずとんのまあるい顔
ころっと発見
そしてようやく
真正面にいるぼくを発見
まあるいまあるく
見開いた目が
見上げることしかできなかったぼくの姿を
真正面から見ている
見えているんじゃなくて
見ている
ああ、そういうことなんだ
ぼくもコミヤミヤのまあるいまあるくな顔を
「見ている」んだな
顔起こした同士のコミヤミヤとぼく
右肩からころっと
発見
また発見

 

 

 

背中から始まる

 

辻 和人

 
 

背中から
始まろうとしている
ヒョクッ、ヒョクッ
仰向けのまま
コミヤミヤが体を反らす
くねらす
足は
こかずとんが上げているのを
何度も何度も見てるから
真似して上げてるのかもしれない
でもお尻もちょっと持ち上げてるぞ
おっと、これは
こかずとんがやってないことだ
ヒョクッ、ヒョクッ
右肩浮かせた
おっと、これも
こかずとんはまだやってない
手をバタバタさせて
左肩の方に傾いて
まだ仰向けのまま
ちょっと休んで
首を左右に振る
首が座ってるから振れるんだな
ヒョクッ、ヒョクッ
今度は首も振って勢いつける
お尻のひねりが足りないか
背中浮かない
まだ仰向けのまま
疲れたか
ふぃぇっ
顔が崩れてちょい泣きに入ろうとするから
任せとけ、ここはかずとんパパの仕事だ
ひょいっと抱き上げて高い高いして頬ずり
機嫌直したコミヤミヤ
空中高くひぇっひぇっ笑う
これからちょっと眠って
起きたらまた
背中から始まる
ヒョクッ、ヒョクッ
ころっと回転できれば
何が起こるか
コミヤミヤ自身はまだ知らないが
コミヤミヤの背中は知っている
背中から始まるってことがあるんだよ
その横で
こかずとんが足を高く上げながら
ヒョクッ、ヒョクッ
隣で起こりつつあることを
じっと
見つめている

 

 

 

母乳卒業

 

辻 和人

 
 

これが、あの
ミヤミヤのおっぱい
丸々した丘から黒紫の鎌首がギュン
もたげる
奇怪、だ、禍々しい、だ
ミヤミヤのおっぱいと言えば
さらっとした平地にピンクのボタンがチュンって乗ってるのが
定番の姿
これが、あの、だ

今日はコミヤミヤとこかずとんが母乳卒業する日
赤ちゃんには母乳が一番ったって
いっぺんに2人分だからね
鎌首差し出せばコミヤミヤ夢中でしゃぶる
こかずとんも夢中でしゃぶる
でも口に含んで乳の出が悪ければ
ギャンギャン泣いちゃう
それでもミヤミヤはただのミヤミヤじゃなくてミヤミヤママ
母の愛の乳を
ちょっとでも飲ませたい
だから寝静まった後の薄暗い光の下で
1人黙々搾乳機で乳しぼり
黒紫の鎌首がギュン
絞っては冷凍
パックに詰めて冷凍したら解凍
レンジでチンして哺乳瓶のミルクに混ぜる
混ぜちゃったら市販のミルクと区別できないだと?
そんなの問題じゃない
母の愛が問題だ
絞って絞って3カ月
だけどもう卒業してもいいかな

今日は絞った奴じゃない、ナマのをどうぞ
今コミヤミヤの口がミヤミヤの黒紫の鎌首に
吸いつく、吸いつく
コミヤミヤ、目つむってちゅぱちゅぱに集中
お口に流れ込んでくるものにうっとり
実はコミヤミヤは鎌首くわえるだけでもうっとり顔なんだ
お次はこかずとん
こかずとんは何たってミルク飲み
乳の出が悪いと大泣きしたりするけど
今日は出る出るぅ
右手で鎌首しっかりキープして力強くちゅぱちゅぱ

ちゅぱちゅぱがピンクを黒紫に変えてきた
ちゅぱちゅぱがボタンのチュンを鎌首のギュンに変えてきた
コミヤミヤとこかずとんの口に母の愛が白く流れ込んで
母の愛が母の形を変えてきた
母の愛がボタンのチュンを鎌首のギュンに変えてきたんだ

「ミヤミヤ、お疲れ様でした」
胸元拭いてるミヤミヤはちょっと寂しい笑顔
「お疲れ様。
 最後の授乳だったけど2人にはいつもと同じだったね。
 明日からは少し余裕ができるかな」
仕上げの粉ミルクも飲み干したコミヤミヤとこかずとん
お腹いっぱいになって爆睡してる
その爆睡の裏に
かずとんパパが幾ら頑張っても手の届かないものがある
ママはやっぱりパパとは違うんだね
心の中で呟いたら
黒紫の鎌首がギュンっと頷いた
丸々した丘から首をもたげているものは
これから徐々に平地のピンクのボタンのチュンに戻っていくだろう
ミヤミヤママ、ありがとう
奇怪で禍々しい、ありがとう

 

 

 

鳴き交わす

 

辻 和人

 
 

断じてこれ
泣き声じゃない
あぐっ、ンんげっ、うンっくゅあっ
ええーうっ、いぇあっ、だぁっ
っぬっ、ぇあ
朝寝から醒めてオムツ替えてミルク飲んだから
目は落ち着いてる
けど口せわしなく
開いたり閉じたり
あんげっ、コミヤミヤ攻めれば
うんぐっ、こかずとん応える
仰向けになったまま
互いの方に顔向けもしない
手足微動だにせず
口だけ開いたり閉じたり
ンくっ、えあっえあっ
何言ってるの?
意味なんかないよね?
声が出るようになったから試してみたくなっただけ?
いやいや
明らかに応答してるぞ
応答してるってことは
相手を意識してるってこと
コミヤミヤがばぶーっ、ばぶっ
とくれば
こかずとんがおぎゅーっ、おぎゅっ
断じてこれ
鳴き声だ
鳴き交わしてる
コミヤミヤの鳴き声の中にはこかずとんが
こかずとんの鳴き声の中にはコミヤミヤが
仰向けになったまま
2羽の小鳥
意味はないけど意味はある
2羽のせわしなく動く嘴から飛び出す
言葉の赤ちゃんみたいな奴
それにしても何て多彩な鳴き声
ぎゅきゅぐくぅ
おぅーくっ、くぅくっ
いつかこの複雑な響きも
枝切られて葉削がれて
「日本語」の響きに押し込められてしまうんだろうな
それまで存分に聞いておこう
泣いてるんじゃない
鳴き交わす

 

 

 

お食い初めの意義

 

辻 和人

 
 

本当にやるの?
お食い初めって奴
ちょっと過ぎちゃったけど生後100日を記念するってさ
コミヤミヤもこかずとんもまだミルク一本
固形物なんてひと口も食べられない
とは言え
一生食べ物に困らないようにという願いが込められてる行事だそう
ミヤミヤがやるって言ったらやるしかない
わかりました、やりましょう

ミヤミヤが張り切って隣町のデパートで買い揃えてきたもの
でっかい鯛の塩焼きでしょ
肉厚な蛤でしょ
お赤飯でしょ
ミルク飲んでおなかいっぱいのコミヤミヤとこかずとん連れてきて
ミヤミヤ、カメラの用意はいいですか?
きょとんとした目つきのコミヤミヤ膝に抱える
お赤飯を箸でつまんでちっちゃな口の傍に持っていく
見慣れないものが近づいくる
ウッウェーン
あーらら、泣き出しちゃったよ
抱っこ抱っこ、ゆっさゆっさ
どうにかこうにかご機嫌とって再度挑戦
鯛の塩焼きでしょ、蛤の潮汁でしょ、またお赤飯でしょ
3回繰り返す
泣き止みはしたけど
ちっちゃな目が憾むようにこっち睨んでる
あー、すいません
今度はミヤミヤがこかずとん抱きかかえる
カメラ構えるいい絵撮れるか
お赤飯つまんだ箸が口元に近づく
ウェアーッオエッ
やっぱりだめか
きっと箸が怖いんだね
赤ちゃんの視点に立ってみれば
不気味な細長い棒が得体のしれないモノを
ミルクを飲むべき大事な口に運び入れようとする
鯛も潮汁もおいしいモノなんかじゃないんだよ
不気味で得体がしれないんだよ
怖いよねえ
ミヤミヤ慌ててよしよしと頭を撫でる
気分が落ち着いたところで再開
最後に歯固めの小石を口の近くに持ってってっと
はい、撮れました
ヤブ睨みのかわいいお顔が撮れました

コミヤミヤこかずとんが落ち着いたところで
じゃあ、大人でいただきましょう
うん、甘味のある鯛の身が最高ッ
うん、蛤の出汁が効いてて最高ッ
結局大人でバクバク食べてんじゃん
「高いだけにさすがにおいしいね。
今日は泣いちゃったけどさ。
いつか写真見て、あー自分はちゃんとお食い初めやったんだって
わかる日がくるよね」
ミヤミヤは満足そう
なるほどそういう考えがあるか
必ずしも当事者が今気に入らなくともいい
ちゃんとやったことに意義がある
写真が残ることに意義がある
「いつか」という時間差に意義がある
あながち大人の都合ってわけじゃないぞ
「やって良かったよね、泣き顔も記念になるしね」
なんて調子合せてるかずとん
それにしてもおいしいな
この鯛、残った分は明日お吸い物とかにできるかな
和食最高ッ、お食い初め最高ッ

 

 

 

ノッたもん勝ち

 

辻 和人

 
 

たまーにお願いするんだ
家事育児代行サービス
地域のNPOが運営してて安いお金で引き受けてくれる
コミヤミヤ・こかずとんはかわいいけど
双子育児はどうしても寝不足になるしたまには外でひと息つきたい
今日はミヤミヤが美容院、ぼくはお昼寝
ということで、ピンポーン
やったぁ、Yさんだ
この人何度かお願いしたことあるけどすばらしい
70手前くらいの年齢だけど昔保育園に勤めててね
子供をあやす技術バッチリなんだ
Yさん見ていきなり泣き出すコミヤミヤとこかずとん
「はいはい、元気がいいですね、手を洗わせていただきますよ」
洗面所から出てきたYさんが割烹着型エプロン着ると
ぴたっと泣き止むコミヤミャとこかずとん
この古びたエプロンのぼわぼわ感がいい
太い腕広げて
交互にぼわぼわ包む
包まれた方はほけーっとした顔
「子供たちが落ち着いたらモップで床を掃き掃除していただけますか?
 私、上で休んでますので何かあったら呼びに来て下さい」
目覚ましかけてベッドに倒れ込んだ、さぁ、寝るぞぉ

ふぁー、よく寝た
2時間たって下に降りると
おやおや、2人ともギャン泣きしてる
こいつらもお昼寝から覚めたばっかりで頭が混乱してる
ぼくなら取り乱すところだけどYさんは違う
ガラガラを鳴らしながら太い声で歌いだす
「ぞーおさん、ぞーおさん、おーはながながいのね」
「めーだーかーのがっこうはー、みーずーのーなかー」
「あっめあっめふっれふっれかーさんがー」
大昔の歌ばっか次々と、2人の上で身をかがんで
コミヤミヤが手を振り回して泣いても
こかずとん足バタバタさせて泣いても
動じない、動じない
「そうなのぉ、泣いてるのぉ、泣きたいんだよねぇ。
 じゃあもっと歌ってあげるからねー」
泣いてるから歌ってあげるってどういう論理だ?
しかし、ほれ見よ
コミヤミヤ、泣き止んでYさん見上げてる
こかずとん、泣き止んで微笑んでる
「すごいですね、さっきまであんなに泣いてたのに」
「リズムですよ、幾ら泣いてても騒いでても
 こっちがそれ以上にノッてると子供たちは必ずノッてくるんです。
 こういうのはノッたもん勝ちなんですよ、それにしても2人ともかわいいですねぇ」
皺くちゃの笑顔きらきら

地域の宝だなぁ
このすばらしい仕事に見合うお給料出てるのかなぁ
NPO勤めだもんなぁ
ああ、でももらえるお金少なくても引き受けちゃうんだろうなぁ
子供相手の仕事が
好きで、好きで、好きで
仕方ないんだろうなぁ
ううっ、ぼくはここまで仕事に情熱持てているだろうか
早く休日にならないかとかそんなことばかり考えてた
育休終わったらぼくも
Yさんみたく
ノッて、ノッて、ノッて
仕事して会社の業績に貢献するぞ
ううっ、Yさん、これから暑くなるからとにかく身体に気をつけて下さいね
エプロンみたいな歌声がぼわぼわ2人を包んでいく
「かーらーすー、なぜなくのー、からすはやーまーにー」