雨を受ける

 

さとう三千魚

 
 

墓参に
行った

昨日
女と

行った

義母の命日だった
犬のモコの四十九日だった

雨が
降っていた

アスファルトが濡れていた

墓参の後
女と

蕎麦を食べて帰ってきた

庭には
白木蓮の花が咲いた

白い蕾と花は
空にひらいていた

雨を受けていた

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

雨を受ける」への2件のフィードバック

  1. いつもいつも
    さとう三千魚さんの
    そばにいた
    モコちゃん
    今日はいない
    知らなかった
    知らなかった
    今日まで
    今日は 
    さとう三千魚さん
    一人で海を見に行った
    きっと
    モコちゃんと
    いつも一緒に
    海を見に行った時のこと
    思い出していたのですね
    胸がいっぱいになって
    海も空もみえなくなって
    風だけが
    吹いていました
    モコちゃんの
    柔らかだった毛が
    吹かれていました

  2. みやうちふみこ さん

    おことば、
    ありがとうございます。

    おことばが、
    やわらかくて詩のようですね。

    モコと、
    よく海に行きました。

    モコは小さい犬でしたので、
    暑い夏や、
    寒い冬はお散歩は苦手でした。

    でもわたしの運転するドライブは大好きでしたので、
    車でよく海に行きました。

    浜風に吹かれていると、
    モコの長い耳と耳の柔らかい毛が風に靡いていました。

    モコの靡いた耳の毛の向こうに青い海を見ていると、
    わたし、
    とてもしあわせでした。

    このところ、
    しばらく、
    エアーモコ状態でした。

    モコはいないのにすぐそばにいるように感じられて、
    空気モコがいたのです。

    でも、四十九日が終わって、
    もういないんだ、
    という、
    雨後の地面に佇っているように感じます。

    浜辺でモコと吹かれていた風のしあわせの感覚を忘れないようにしたいです。

    2024年4月8日
    さとう三千魚 拝

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