さとう三千魚
今夜はいない
きっと
むこうの
奥の
布団の
上で
眠っている
眼をつむるといる
だまってこちらを見ている
・・・
** この詩は、
2025年3月28日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第15回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
今夜はいない
きっと
むこうの
奥の
布団の
上で
眠っている
眼をつむるといる
だまってこちらを見ている
・・・
** この詩は、
2025年3月28日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第15回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
この正月は
家にいたよ
去年の正月は
きみを見ていた
布団の上で
きみは荒い息をしていた
金色の毛に包まれた
きみは
胸が
上下に
揺れていた
この正月は家にいたよ
用宗の海で
初日の出を見た
浅間さんで祈り
三嶋大社で
きみのお守りを買ったよ
いないきみの
金色のお守りを買ったよ
きみはいまどこにいるの
そこにいて
待っていて
・・・
※ この詩は、
2025年1月10日に書いた詩です。
浜松「私の詩」コンクールの締め切りの日でした。
モコが逝って一年が過ぎて、書けた詩でした。
3月20日に授賞式がありましたがこの詩で賞をいただいたのです。
大人になってから初めての投稿でした。
モコの詩で賞をもらえて嬉しいです。
モコが笑っているように思えます。
同居人が泣いてくれました。
2025年3月24日.
三千魚
#poetry #no poetry,no life
重ねた
座布団に
飛びのっていた
高いところから
見下ろしていた
そして
消えた
いつか
猫は
納屋の稲わらの中にいた
いまは
縁側で
乾いた掌をひらいてる
・・・
** この詩は、
2025年3月15日 土曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「猫と詩のつどい」で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
そして、今朝、
猫さんに、過去からこちらに少し歩いてきてもらいました。
2025年3月18日.
#poetry #no poetry,no life
ポカンと
浮かんでいた
白い雲が
青空に浮かんでいた
あんなふうに
浮かべたら
いいな
いちど
空を飛んだことがあった
飛ぶというより
落ちたのだった
ハワイだった
旋回して上昇する飛行機のドアが開いて
パラシュートを背負った男と
落ちたのだった
だいぶ落ちて
男のパラシュートは開いた
ゆっくりと
旋回して
地上に佇った
今朝も
小川の傍を歩いてきた
雲が
いた
小川に白鷺がいた
黄色い水仙の花の老いて揺れていた
菜の花の群れて咲いていた
小さな
カタバミの花もいた
いまは
工藤冬里の”unify my heart”を聴いている *
工藤冬里が
呻いている
こころをひとつにして
こころをひとつにして
こころを
ひとつにして
あの雲のいるところ
あの白鷺のいるところ
あの水仙と菜の花とカタバミの花のいるところ
* “unity my heart”は工藤冬里のワンマン「2004.5.5 裏窓」 の最初の曲です.
https://torikudo.bandcamp.com/album/200455
#poetry #no poetry,no life
朝から
雨だった
小川の傍を歩かなかった
浜辺のクルマで
“Unknown Happiness” を聴いてた *
繰り返し
聴いていた
なんどか
いきそうになった
おぼえてるのは
三つくらいだけど
もっと
あったとおもう
桜上水の駅前の踏切だった
白い家の屋根裏部屋だった
用宗の海のボートの中だった
“Unknown Happiness”を聴いている
工藤も
そうだろう
桑原正彦も
そうだったろう
どこにもなかった
Happinessは灰色だった
灰色って
ぜんぶなんだ
おぼえてるのは三つくらいだけど
ぜんぶだった
過ぎてきた
過ぎていった
“Unknown Happiness”にはバージョンが三つある *
一つは旅だろう
二つは友だろう
三つは友との歌だろう
* “Unknown Happiness”は工藤冬里を中心としたユニット「maher shalal hash baz」 の曲です.
#poetry #no poetry,no life
テーブルに
のった
えびせんべいの匂いをかいだ
それで
テーブルから降りて
いなくなった
猫の手は白い毛につつまれていて
まるかった
あの中に爪がある
・・・
** この詩は、
2025年2月21日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第14回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。
#poetry #no poetry,no life
昨日は
なにをしてたのか
SNSにあげた画像をみないとわからない
朝には
志郎康さんの訳した
ボブ・マーリーの詩を読んでいたのか
海浜公園に行き
突堤をしばらく見ていたのか
それから
マリーナ横に行き
釣り人たちを見ていた
サッパがたくさん釣れていた
サッパは
この辺りのことばで
コノシロとかコハダのことだろう
ちいさな銀色の魚で
外道なんだ
常連の釣り人たちは
黒鯛やヘダイを狙っている
夜には
zoomでユアンドアイの会だった
辻さんから
最後の二行は抒情にいっちゃてるんじゃないですか
そう言われたかな
情を抒べてたのか
今朝も
小川の傍を歩いた
風が強く吹いていた
土手の水仙の花が激しく揺れていた
夕方からは
ZAZEN BOYS を繰り返し聴いてた *
“KIMOCHI”
という曲だった
伝えたい
伝えたい
伝えたい
伝えたい
そう繰り返していた
伝えたいが
心がみつからないのだろう
* ZAZEN BOYS は、日本のロックバンドです.
#poetry #no poetry,no life
詩を書かなかった
クルマで
小坂の
市民農園に行き
農園をみて
満観峰の登山口まで行き
すこし山道を歩いた
それから
マリーナ横で
釣り人たちを見ていた
風は止んでいて
青い水の中を小魚の群れが泳いでいた
こはだの群れなのだという
爺さんと来た男の子がサビキでこはだを釣った
うれしそうだった
その一瞬が
詩に思えてくる
その一瞬をことばで生きたい
帰って
伊豆のbookendに送る本を選んでいた *
自分の本と
読み終えた本と
積んであった本を
ダンボール箱に入れた
こんなに本はたくさんあるのに
いつか手渡すことができるだろうか
胸に沈んだ声を
じぶんと
あの人たちに
いつか
手渡すことができるだろうか
* bookendとは伊豆稲取にオープンしたお茶と本のフリースペースです。
#poetry #no poetry,no life
昨日
詩を書かなかった
先週か
子どもたちの
豆撒きの
応援に来てほしいと連絡があった
豆撒きから帰って
詩を書けばいいのに
書かなかった
最近
夜は書かない
朝か
昼に
ひかりはある
それが
詩になるかわからない
今朝も
女にサラダを作って持たせた
野菜は大切だよ
腸が喜ぶよ
いつもそう言っている
女がクルマで出かけるのを見送って
今朝も
小川の傍を歩いた
小川の中の
白鷺を見てこちらも佇む
そこにいた
小川の中に佇っていた
いつまでも佇っていた
#poetry #no poetry,no life
サヨナラ
風が吹いています
窓は
しめきっているのに レースのカーテンがゆれます
ひかりが
さしています
ひかりは 銀色の窓ワクをあたためています
ふちが
ひかります
サーモンピンクの壁は たいらにひかります
サーモンピンクの壁はとてもたいらにひかります
晴れた日曜日
部屋のなかをゆっくりとさんぽします
キミは タタミのうえをはだしで歩きます
キミは草の模様のイスのうえでひかる指の先に 息をふきかけます
(ぼくは)
サヨナラ いいます
朝、
カーテンの
( )消えてゆくものばかりが見えます
ぼくは
キミのカタイ唇をすいます
キリキリキリキリ 抱きしめます キリキリキリキリ抱きしめます
部屋のまんなかの
黄色のテーブルがまるくひかります
サーモンピンクの壁が たいらにひかります
とてもたいらにひかります
とてもたいらにひかります
草の模様のイスのなかで キミはサラサラ 崩れてゆきます
サラサラ 崩れてゆきます
カーテンが ゆれます
楽園から
風が吹いています
楽園が カタカタカタカタ鳴っています
* この詩は、
1988年7月1日発行の「現代詩 La Mer ラ・メール」第21号に掲載された詩です。
2025年1月26日(日) の静岡県詩人会の集いで詩人の橋本由紀子さんから、わたしの参加していた詩誌ゴジラとともコピーを頂戴しました。
失念していました。
わたしのどの詩集にも載っていない詩でした。
いまは失った遠い知人にあったような印象をもちました。
La Mer は、海のことですね。
#poetry #no poetry,no life