大地を裸足で歩く

 
 

さとう三千魚

 

月曜日

詩を
書かなかった

仕事があり
夕方に帰り

夕食を食べ
相撲の録画を見てた

ソファーで眠ってしまった
書けなかった

目覚めて
ベッドに行き

坂本龍一の"千のナイフ"を聴いて
眠ったのだったか

夢は見なかった
憶えて

いない

一昨日のことも
先一昨日のことも

憶えて
いない

一昨日は
スーパーの花屋で売られている花たちを見たのだったか

薄紫のみやこわすれとデージーと
白い勿忘草の花と

見たのだったか

それから美術館に行き
かがくいひろしの絵を見たのだったか

かがくいは
芸大に三回落ちて

美術教員になったのだという
先生をしながら絵を描いたのだという

パキスタンで撮影された
やかんを片手に持ち大地を裸足で歩くアフガン難民の子どもの写真があった

かがくいが
新聞から切り抜いた写真だった

美術館のかがくいの絵の下に
資料として

並べらていた

そこにいた
そこにいる

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

竜爪へ

 
 

さとう三千魚

 

雨が
降ってた

カミナリが鳴ってた

さっきだ
いまは

青空に
西の山が群青に浮かんでる

幻影だろう

戦争も
空爆も

核施設攻撃も

金髪も
大統領も

幻影だろう

人々を殺す命令をした
たくさんの人たちが死んだ

白い歯で笑ってた
幻影だろう

数日前に
Kさんと

竜爪に登った

文殊岳と
薬師岳と

ふたつは繋がっていて
ふたつの山が

竜爪山だという
竜が爪を落としていったのだという

薬師岳の頂で
Kさんと

鮭のおにぎりを食べた
女がふたつ握ってくれた

幻影だろう

薬師岳の頂上から
南アルプスの白い稜線が見えた

青空に白く稜線が光っていた
凪いだ駿河湾が平らにひろがり半島が女のように横たわっていた

山を降りて
Kさんは登山口の沢で顔を洗ってた

夏山では裸になり長尾川で水を浴びるのだとKさんは言った

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

あそぶということ † † †

 
 

さとう三千魚

 

みなさんとあえて
よかったです


しろくませんせいとよばれて
うれしかったです



みなさんが

おやつをたべたり

あそぶのをみていて
しあわせになりました

おとなになると
みんなわすれてしまうのですが

あそぶことのなかには
とてもたいせつなことがあるとおもいます


たいせつをひとつだけみつけて
ずっとずっともちつづけることができたら

みなさんは
とてもしあわせになれるとおもいます

 
 
 

2021年3月30日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

また消えた **

 
 

さとう三千魚

 

皿に
甘い

菓子を盛った

匂いを
受けて

ふすまの向こうから現れた

黒と白の
大きな

匂いをかいで
消えた

尻尾をゆらしていた
縁側でないた

 

・・・

 

** この詩は、
2026年2月27日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第26回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

すきということ † † †

 
 

さとう三千魚

 

みなさんとあえて
よかったです

みなさんと
ドッチボールができて

たのしかったです

みなさんのえがおがみれて
うれしかったです


わたしのかおをえんぴつで

かいて
くれましたね

とりのおりがみをおしえてくれましたね

ひとや
どうぶつやさかなやこんちゅうやおんがくやえを

すきということは
たいせつなことだとおもいます

すきということは
きっと

みなさんをしあわせにするとおもいます

 
 
 

2022年3月22日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

いきるということ † † †

 
 

さとう三千魚

 

みなさんとあえて
よかったです

みなさんと

キャッチボールや
ドッジボールができて

たのしかったです

おりがみや
おえかき
アイロンビーズやキャップとばし
テープにんげんや
おままごと
おかもとたろうマン
みなさんのあそぶのをみていて
しあわせになりました

いきることは
だれでもかぎりがあります

みなさんをみていて
いきることはたのしいとおもいました

よくあそびまなび
いきることは

みなさんをしあわせにするとおもいます

 
 
 

2023年3月25日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

花を見るということ † † †

 
 

さとう三千魚

 

夜中の
強い雨で

眼が覚めました

雨の
音がきこえます

雨が

桜の木を
ぬらしているでしょう

もうすぐ
花は咲くでしょう
近所の小川の土手のにらの白い花も咲くでしょう

おじさんになってわかりました

にらの花は
足下に咲きます

みなさんも
大きくなったとき

足下に咲く花を
きれいと思うでしょう

 
 
 

2024年3月29日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

花が咲くこと † † †

 
 

さとう三千魚

 

このところ
やっと

あたたかくなり

きんじょの土手には
すいせんの花が咲いています

にわの
ハクモクレンの花も咲きました

空にむかって
やわらかな

しろい花をひらいています

草木たちが
春に花を咲かせることが

ふしぎです

草木たちには
きっと

そのいのちのなかに
花を咲かせるねがいがあるのでしょう

ひとのいのちのなかにも
きっと

花を咲かせるねがいがあるとおもいます

 
 
 

2025年3月31日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

鳥が飛ぶということ † † †

 
 

さとう三千魚

 

春なのかな
あたたかくなると

小川の土手には
薄黄の水仙の花が咲いています

コガモたちが
水に浮かんでいます

おおきなシラサギが
細長い足で小川のなかにたたずんでいます

海辺の公園からは

青空の下に
海がひろがっているのが見えます

あの海の向こうには
なにが

あるでしょう

イワシの群れをめがけて
白いアジサシが

海面に飛びこむのを見たことがあります
青空に曲線を描いて飛ぶのを見たことがあります



コガモたちも
シラサギも

アジサシたちにも
きっと

空を飛ぶことの
よろこびがあると思います

 
 
 

2026年2月19日_子どもたちへ

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

封を切る

 
 

さとう三千魚

 

昨日
ユアンドアイだった

ユアンドアイというのは
志郎康さんが名付けた詩人の集まりだった

志郎康さんはいないから
いまは

zoomでやってます

昨日は
日曜日で


女は

エアロビに行き
それから相撲の力士の会で東京へ行った

午後から
参加者の詩をプリントした

今日は
月曜日

花粉なのか
空が霞んでいた

昼には
港の郵便局で手紙を投函した

それから
海を見てきた

帰って
瀧口さんの論文「鈴木志郎康<プアプア詩>における詩と詩人」を読んでた

志郎康さんの言葉が引用されていた

「つまり、私の場合は、自ら言葉に封をすると同時にその封を切ってしまうように消費するのだ。この過程が私の詩作行為だと考えられないだろうか。言葉に封をするということは、言葉に一般的な意味が流入するのを止めてしまうことなのだ。」*

午後に
広瀬さんのブロック塀の写真を見てた

高円寺だった
2020年11月だから

感染が広がっていただろう
マスクをしていた

あれから
何年が過ぎたのか

今朝
秋田の詩人から

手紙が届いてた

封筒の中に手紙と
小6の娘さんが描いたカードが入っていた

クレヨンで描いたのかな
橙色の蜜柑がふたつ並んでいた

手紙の封切った
封を切ってひらいた

 
 

*瀧口遼真さんの論文「鈴木志郎康<プアプア詩>における詩と詩人」より引用しました.
https://beachwind-lib.net/?cat=73

 

 

 

#poetry #no poetry,no life