長尾高弘
腰のあたりがブルブル震えているので、
ああ、電話がかかってきたんだなと思い、
スマホを取り出してみると、案の定盛大に
ジャンガラジャンガラ鳴っており、
出てみると奥さんで、どうしたのと言うから、
ああ、日吉で地下鉄に乗ったんだけど、
間違えて日吉本町で下りちゃったから、
また乗りなおして、えーと、今センター南に着いた、
と答えると、
あ、そ、先に寝てるからねと言うから
はい、わかったと答えて電話を切り、電車から下りた。
あれ、なんでふたつも乗り過ごしてんだろう、って
そりゃ酔っ払ってるからだし、
なんで日吉本町で下りちゃったかっていうと、
それも酔っ払っているからだけど、
さらに言えばそこから歩いて帰ろうとでも思ったような気がする。
最近無駄にあちこち歩いて、
日吉くらい軽く歩いて行けるという変な自信がついちゃって、
考えなくてもいいことを考えたのだろう。
でも、どうせ歩くなら地下鉄の改札なんか通らずに日吉から歩きゃいい話だ。
酔っ払っていてもそこのところはすぐに気付いたらしくて
改札の外に出ちゃったりしなかったようなんだけど、
下りは当分来ないような表示が出ていて、
ちょうどやってきた上りが日吉で折り返して、
掲示板に書かれている時間に下りとしてやってくるようだなと思い、
それなら立って待つより電車に乗ればいいじゃんと思って、
上りに乗ったような気がする。
でも、そういう場合、そんなことをすると、
つい無駄に寝ちゃって乗り過ごすってことに気付かなきゃいけなかったんだよな。
だいたい、日吉で奥さんにLINEでどの電車に乗るとか言ってるから
電話がかかってきちゃったんだよ。
でも、電話がかかってこなかったらそのまま中山まで行っちゃって、
ひょっとすると戻ってくる電車がなくなっちゃってて、
帰ってこれなかったかもしれないよな。
いや、中山まで歩いて行ったことは何度もあるけどさ。
でも、そう考えると、日吉でLINEしといてよかったのかもね。
そのうちに、さっきの電車を下りてから八分たって、
日吉行きの電車がやってきて、
今度こそ寝ないようにしなくちゃと思って目を開けていたら
北山田に着いたのでそこで下りた。
歩きだったらセンター南から六千歩くらいで、
一時間ぐらいかかっても不思議じゃないのに、
電車って速いよなあ。
でも、奥さんや息子ならどんなに遅くなっても俺が車で迎えにいってやるけど、
俺の場合は俺がここにいるから誰も迎えにきてくれないんだな。
一瞬寂しいような気になったけど、
北山田から歩いて歩数計の数字を増やしたいと言っているのは
自分だったってことを思い出した。
喉が渇いたので家に帰る前に駅前の仕事場に寄った。
水道の栓をひねる前に持っていたかばんを開けるとバナナが出てきた。
そういえば、カズタミさんにもらったんだよなあ、これ。
何でバナナだったんだっけ、と思ったけど、
もらったときもよくわからなかったのを思い出したので、
それ以上考えるのをやめた。
そもそも今日は渡辺洋さんが亡くなってからもう一年もたったので、
お墓参りに行かせてくださいって奥様に頼んで行ったんだったよ。
お墓参りさせていただいて、
だるまって居酒屋までは奥様もいっしょにちょっとお酒を飲んで、
さらに去年の告別式で出棺を見送ってから入った蕎麦屋でちょっとお酒を飲んで、
蕎麦屋のお客さんがいなくなっちゃったから慌てて出てきて、
清澄白河から電車に乗って、
ミチオさんとは神保町で別れて、
カズタミさんとはいっしょに永田町で下りて、
でも次の電車は違うからそこでバイバイして、
よく永田町で間違えずに南北線に乗ったものだな。
幸いに南北線は終点で下りればよかったので、
乗り過ごさずに済んだわけだ。
そこまで思い出したところでバナナのことも思い出したので、
こいつは食べちゃおうと思って、
水を飲んでからバナナを食べて、
バナナを食べてからまた水を飲んだ。
で、そこから千五百歩くらい歩いて家に帰った。
途中で日付をまたいだから、
歩数計は百三十歩とかいう数字になっていた。
グリーンラインは片道二十一分で終点まで行けてしまう短い線だ。
ひょっとして一往復してから二度目の下りでセンター南まで行っちゃったかと思ったけど、
LINEや電話の記録から時刻表を見て調べてみるとそういうわけでもなかった。
なあんだ、オチがなくてつまらん。