イノベーション

 

長尾高弘

 
 

無症状なのに感染させられるようにするとは
うまいやり方を考えたもんだ。
疫病で苦しんでるのは遅れてる国だよね、
とかうそぶいて
そういった国の人々からうまい汁吸ってる
先進国とか言ってるところの連中に
疫病で苦しむってのがどういうことなのか
教えてやれたわけだからさ。
でもうまくいかなかったことがひとつ。
あいつらまだ気づいてないんだ。
自分たちが南の人々に苦しみを押し付けてきたこと、
この疫病でも相変わらずそうだってこと。

 

 

 

新井知次さんの詩

 

長尾高弘

 
 

新井さんと知り合ったのは4年前の2016年、洲史さんに誘われてつづき詩の会に参加したときだ。洲さんとは前の年に尾内達也さんが主催された都内の朗読会で初めて会って、住所が近所だということを知ってお互いに驚いたのだった。私と洲さんが住む横浜市都筑区では毎年1月に都筑区民文化祭というものがあって、つづき詩の会は、そこに詩のパネルを出品することを主目的とする会として始まった。最初は関中子、新井知次、若林圭子、洲史の各氏と私の5人で、年に1度の活動では寂しすぎるので、2か月に1回ずつ集まって詩の話をすることになった。

例会を何度か重ねるうちに、発表者を決め、その発表者が取り上げたい詩人の作品をいくつかコピーしてきて、ほかの参加者は会に出てきて初めてそれを読み、感想を言い合うという形ができあがってきた。また、原田もも代、植木肖太郎、黒田佳子、柿田安子の各氏らが新たに参加してにぎやかになってきた(このほかにも一時参加して発表もされたが例会には定着しなかった方が何人かおられる。例会には出なくても本来の目的である1月の文化祭に出品される会員もおられる)。関さんのていねいなフォロー(たとえば、例会前にはかならず連絡を入れてくださる)はもちろんだが、しっかりとした読みを見せられる会員が多く、例会が楽しい時間になったので続いてきたように思う。新井さんはそういった会員のなかでも特に鋭い(そして厳しい)読みを示され、一目置かれる存在だった。

2018年頃からは会員が出した詩集をほかの会員にも配り、それを読んできて自分がいいと思ったものを朗読して感想を言い、それについてほかの会員が感想を返すという形が増えてきた。原田もも代『御馳走一皿』、関中子『沈水』、若林圭子『窓明かり』を取り上げ、拙著『抒情詩試論』(厳密には詩集ではないが)も取り上げていただいた。ところが、どうしたものか、新井さんの詩集は後回しになってしまった。新井さんの新作が載っている詩誌「獣」も例会のときに何冊かいただいていたが、それも取り上げ損なってしまった。2019年になって新井さんが何度か例会に出席されなくなり、体調が悪いらしいということを聞いた。2020年の都筑区民文化祭で久しぶりにお会いできたが、それがお会いした最期になってしまった。6月28日に84歳で亡くなられたということを関さんから聞いた。

遅ればせながら、つづき詩の会では、7月と9月の例会で新井さんの詩を取り上げることになった。7月は新井さんが参加していた同人誌「獣」(と言っても同人が次々に亡くなって最後は新井さんだけになっていたが)の63号から66号(これが最終号になるのだろう)までに掲載された新井さんの詩をその場で初めて読み(もらっても読んでなければ初めてになる。私は一応「予習」していったが、新井さんには本当に申し訳ないことに、生前には本腰を入れて読んでなかった)、その7月の例会で奥様から提供していただいた2007年の詩集『丸くない丸』を持ち帰って9月に気に入った詩を朗読して感想を言うことになった。9月の例会には奥様も参加して下さった。

詩集『丸くない丸』(京浜文学会出版部、2007年11月発行)は3部構成になっている。あとがきによれば、1、3部は2007年までの10年間に書かれた作品だが、「パネルルーム」と題された2部の大部分は1970年代に書かれているという。ただし、〈小説がうまくいかなかったので、えい! とばかりドラマ仕立てで書いたものなので、結果として散文詩となってしまったようです〉というあとがきの言葉は額面通りに受け取らない方がよいように思う。新井さんは東京電力で働いていたことを隠されなかったが、2部には東電での仕事と定年(本人の意思とは無関係に辞めさせられるという意味が強く感じられる「停年」という表記が使われている)に取材した作品が集められている。3部は義母の方の介護にまつわる作品、1部はその他さまざまな作品が入っている。

読みたい作品を朗読するといういつもの流れで会は始まった。私は真っ先に手を上げて詩集でもっとも長い作品を読んだ。

 

空白空白空0魚の骨

空0魚の骨が喉にひっかかっている 思いを飲み込むと
痛みがチクチクと 紫色に感電死した事故速報の男の顔
になって長い尾をひいている どうしてそういう事にな
ったのか 事故現場のポンチ絵の中で男は最早感情のな
い記号となって横たわっている だからぼくたちは誰も
悲しまない ただ読み流して 自分ではなかった幸せを
さりげなく懐にしまって 高圧電線と隣り合わせた機械
の保守に駆けずりまわっている
空0そしてまた隣の誰か 隣のとなりの誰か の事故報告
が素知らぬ顔で流れてくる
空0悲しみではない痛み 痛みではない恐れ 恐れではな
い日々が連なって 糧を得ている自分がいる

空0ブレーン・ストーミング 糧をばらまいている背広は
横文字と号令をかけるのが好きだ コップの中の嵐 で
は様にならないのか
空0「ドンナコトガアッテモ記号ヲ増ヤスナ」
空0テンション高く 安全検討会をせよと現場にラッパを
吹きならす
空0「C」はなぜ事故ったか なぜ なぜの嵐をコップに
吹き込むのだ
空0Aが立会い人 Bが監督 「C」以下三名が仕事中
なぜ「C」が感電したか ポンチ絵を囲んでぼくたちが
重い口をひらくと ひらひら記号たちが躍り出でくる

空0錯覚 監視不良 安全区画が悪い 教育不足 体調が
悪かった という嵐 おいおい本当かよ 隠蔽している
ものはないのかよ だが記号たちに口はない 安全検討
の慣用句だけが飛び出るのをみているだけだ こんな時
労基署の立ち入りがある筈 だが調査結果は決してぼく
ら現場もんには流れてこない
空0怪我と弁当は自分持ち それしか吹かない嵐なのか
魚の骨がポンチ絵の中で泳いでいる 嵐の意見を整理
しよう これが知恵袋で アメリカはミサイルを飛ばし
た手法だというのだ 食べ飽きたメリケンから骨だけが
泳いで日本へ来たのか
空0事故った「C」が魚の頭で そこから太骨が尾っぽま
で繋がり 無数の小骨がコップの中の嵐を引き連れ枝状
に連なっている この悪さ加減の小骨が太骨を通って頭
をひきおこしてしまったという訳だ 人 物 設備 環
境 みんな悪かったという結果論は 集約すれば「C」
の錯覚が第一級戦犯となっていく
空0そうなのか なぜ夜間作業になってしまうのか まだ
ある A以外はみんな社外工という身分はどうだ 商売
の秘密に触れない賢さが 次の誰かを手招きしている記
号に見えてくる

空0魚の骨で解明された これでミサイルが飛び 事故が
無くなる めでたしめでたし 検討会の打ち上げは飲屋
へ直行 厄落しの酒で「C」の記号が飲み込まれ排泄さ
れていく
空0真実事故はこれで無くなるのか Aの側であったぼく
らが検討会をやり 「C」たちにそんな時間が持てるだ
ろうか 親会社の指示書を読み上げる姿だけが見えてく

空0見上げると二重に雲が流れ 上の白い雲に肉のない魚
がくねり 下の雨雲には何やら記号らしきものが浮かん
で ぼくの頭に落ちてきそうだった

 

これは「あとがき」が言うように70年代に書かれた作品なのだろう。アメリカが〈ミサイルを飛ばした手法〉というところにベトナム戦争の影を感じる(ベトナム戦争ではミサイルにやられたのは米軍の方だったが)。

すっと読めるわけではないのは、言葉にさまざまな意味が重ね合わせられているからだろう。特に目立つのは「記号」という言葉だ。最初は感電事故で死んだ作業員を〈感情のない記号〉と呼んでおり、その後この死者は実際に「C」という記号で呼ばれている。しかも、A、Bとは異なり、「C」だけが棺桶に入れられたように鉤括弧つきだ。そして〈背広〉(幹部社員)が〈「ドンナコトガアッテモ記号ヲ増ヤスナ」〉と言う。もちろん、本当に〈記号〉と言うはずはなく、ほかの言葉を使ったのだろうが、その言葉は何だったのだろうか。〈死者〉かそれとも〈死亡事故〉か。そして検討会の出席者である社員たちも、社員たちが口にした言葉もすべて〈記号〉と呼ばれている。〈記号〉は、自分を生きていないという意味での死を含めた死の象徴のようにも見える。

多義的な言葉という点では、タイトルの〈魚の骨〉もそうだ。〈魚の骨〉は、最初はのどに引っかかっている。のどに引っかかるというのは、「魚の骨」という単語を聞いたときにまず頭に思い浮かぶことだ。しかし、しばらくして次に出てきた〈魚の骨〉は〈ポンチ絵の中で泳いでいる〉。これはかなりぶっ飛んだ風景である。そもそも骨になった魚は泳がないし、それも絵の中だという。ポンチ絵というのは、明治時代の『ジャパン・パンチ』という漫画雑誌に由来する言葉で、要するに風刺漫画ということだ。ちなみに、フルーツポンチも、もとはフルーツパンチらしい。しかし、ポンチではパンチがなく、むしろ滑稽に感じてしまうのは私だけではないだろう。〈魚の骨〉は〈ブレーン・ストーミング〉と呼ばれる〈コップの中の嵐〉が吹いているそのコップのなかで泳いでいる。異様で滑稽な風景だ。そして、〈魚の骨〉とはまさに先ほど取り上げた死の象徴としての〈記号〉にほかならない。

〈事故った「C」が魚の頭で そこから太骨が尾っぽまで繋がり 無数の小骨がコップの中の嵐を引き連れ枝状に連なっている この悪さ加減の小骨が太骨を通って頭をひきおこしてしまったという訳だ〉頭から小骨に行って小骨から頭に戻る過程で〈なぜ夜間作業〉か、〈A以外はみんな社外工という身分はどうだ〉といった問いが抜け落ちる。なぜ抜け落ちるのかと言えば、〈魚の骨〉、すなわち〈記号〉は骨だけなのに泳げてしまうからだ。

〈頭をひきおこしてしまった〉というのは「死亡事故をひきおこしてしまった」ということなのだろうが、人が死ぬことよりも死亡事故の不都合さに困っている様子が伝わってくる。だからこそ、〈「C」の錯覚が第一級戦犯〉になってしまうのだ。先ほどの〈「ドンナコトガアッテモ記号ヲ増ヤスナ」〉もそうだが、言葉にさまざまな意味が重ね合わせられている一方で、ここでは普通は使わない意味のために言葉が置き換えられてもいる。このように言葉が複雑に操作されているものを小説になりそこなった散文詩と呼んでよいものだろうか。最初から詩になるしかない言葉だと言うべきではないか。

しかし、私がこの詩を誰にも取られないうちに自分で読みたいと思ったのは、単に言葉の詩的な扱い方の巧みさに舌をまいたからではない。〈Aが立会い人 Bが監督 「C」以下三名が仕事中〉、〈A以外はみんな社外工〉という関係性のなかで、〈ぼく〉が〈Aの側であったぼくらが検討会をやり 「C」たちにそんな時間が持てるだろうか〉と自らの立場を明示しているからだ。Aは「C」と同じ立場ではなく、「C」から見れば会社そのものである。死者を出した事故を〈コップの中の嵐〉で処理してしまう存在だ。ここで新井さんは「C」に成り代わって、あるいは天の声のような無人称的存在となって、正義の側から悪を告発するのではなく、告発されても仕方がない側の人間として、目に映ったことを包み隠さず書いている。抵抗詩、プロレタリアート詩などと呼ばれている作品には、まさに正義の側から悪を告発する形のものがたくさんあると思うが、そのような作品はとかく自分のことを棚に上げてしまいがちだ。この作品はそうではない。被害者であると同時に加害者でもある苦しさから目を逸らさずに会社とA、B、「C」の関係を誠実に描ききっている。その誠実さ(と意志の力)に心を打たれるのだ。詩に心を打たれるというのは、やはり詩から読み取れる思想に心を打たれるということなのではないだろうか。

70年代と言えば、自己否定論で知られる全共闘運動を経たばかりの時代であり、『丸くない丸』のなかにも〈パネルルームに 公安直通電話が接ながり(中略)資本はバブドワイヤーを一米ばかり嵩上げし 看板をペンキで塗りつぶし 攻撃目標がインペイされ 全共闘 デモ日程 デモルート ゲバルトゲバゲバ(中略)寡黙になったぼくらのパネルルームからアンポ条約はこれでもかと皮膚に擦過して 七0年代 電源確保の幕開き〉という印象的な詩句が連なる「幕開き」という作品がある。当時の学生が新井さんのこれらの詩を読んでいて、電力労働者に同志がいることを知っていたら、いやただ知っているだけでなく学生と労働者が連携し、そのような連携の糸が無数に張り巡らされていたら、時代は大きく変わっていたのではないだろうか、などとつい夢想してしまう。

70年代はまだ出稼ぎが行われていた時代でもあって、〈災害記録 零 のからくり 深夜作業で落下するのは下請工〉〈「あんたらは 糸を吐く直前の 蚕のような手だ」/なでまはす 異形の 東北弁の 笑い〉という詩句を含む「陰」という作品では、「魚の骨」にも書かれていた東電の現場の関係性が「東北」として可視化されていた時代のことが活写されている。今は、東北に限らず、4次、5次の下請けに雇われた全国の労働者たちが福島第一原発の現場に集まって被曝しながら事故処理をしているという違いがあるが、大筋では同じ構造がずっと前からあり、今も生き続けていることがわかる。その構造のなかで、〈おいおい本当かよ 隠蔽しているものはないのかよ〉、〈A以外はみんな社外工という身分はどうだ 商売の秘密に触れない賢さが 次の誰かを手招きしている記号に見えてくる〉とつぶやいている「ぼく」は、まるでF1の事故を予言していたかのように見える。その一方で、〈厄落しの酒で「C」の記号が飲み込まれ排泄されていく〉のは「ぼく」も同じなのだ。とても苦い詩だと思う。

2部の終わりの方には「停年の風」、「停年」といった明らかに定年後に書かれた作品が並んでいて、どちらも9月の例会で取り上げられたが、全員がひと通り作品を読んでから、また手を挙げて「停年の風」のひとつ前に面白い作品がありますと言って「廊下トンビ」という作品を読んだ。

 

空白空白廊下トンビ

肥えたトンビが
悠々と廊下を徘徊している
終業まじかの事務所
鶏たちが行儀良く首を揃えて
ペンをはしらせている

赤提灯に付き合えよ
羽根が柔らかく鶏を包むと
もう誰だって逃れられない
懐の暖かそうな鶏よ
しかし獲物はするりと逃げていく

鶏の秩序を変えようと
ハタを振った奴がいた
尻馬でトンビは強く羽ばたいたが
馬が速く走りすぎたのか
ほとんどの鶏が落馬していった
気が付くとトンビの机は窓際に移され
あろうことか馬が骨折していた
それならそれで俺はオレ 気楽に行けやと
廊下の囁きがなぜか耳にとどいて
徘徊する羽根の揺らぎに鼻唄さえもれた

 

このトンビ、最初はむかつく上司のことを書いたのかなと思った。実際、例会でも誰のことかちょっと議論になった。しかし、〈尻馬でトンビは強く羽ばたいたが〉とあるから、非組合員ではない。実際、その後ネットを見ていたらこの詩の先駆形をたまたま知ったのだが、そこには詩集で削除された〈鼻唄はだが時にエレジーとなった/かつて手取り足取り教えた鶏たちが/今はトンビの頭に座っている/全てに喉の渇く重さがずんときて/酒でも飲まなければ脱水してしまう//気楽さはしかし後戻りなんかない/ひっかけられた鶏糞を払いのけ/酒に焼けた赤い鼻のトンビが/今日も鼻唄まじり/磨きぬかれた廊下を俳桐している〉という4、5連があった(鶏がトンビの頭に座って鶏糞をひっかけるというところは惜しい感じもするが、詩集の形のようにここを省略したのはよかったように思う)。ご自身をトンビにたとえているのは間違いないと思う。例会では、奥様に「会社では言いたいことを飲み込んでおられたのですか?」と尋ねたが、組合活動では言いたいことを言われていたとのこと。愚問だったなと思った。

鶏といえば、人間に飼われ狭いところで卵を産む機械として扱われているイメージがある。一方、トンビは諺に「トンビが鷹を生む」と言われるように凡庸な存在のように扱われているが、以前ニュースになったように、急降下して人が食べているものをかっさらっていく荒々しさも持っている。何しろ鷲鷹類なのだから。そのようなトンビを自分の比喩として使うところが新井さんらしい感じがする。〈赤提灯に付き合えよ/羽が柔らかく鶏を包む〉というところが絶妙だ。

順番が逆になったが、7月の例会ではこの詩集から10年前後たった詩誌「獣」掲載の近作から、会員それぞれが読みたい作品を読んだ。私が読んだのは63号の次の作品だ。

 

空白空白鉄の匂い

畑では食っていけなかった
日清・日露の戦勝踊りが輪になって
日いずる国の鉄の会社の産業革命
親が死んで四人の兄弟は畑を捨てた
小才のきいた長兄がまず川崎へ
金と命の鋼管会社とはよく言ったものだ
兄の札ビラを見て弟たちは勇んで川崎へ
畑で鍛えた体に汗がよく似合った

昭和の戦争を乗りきって
退職金はたいて庭付きの家を手にした
親父は毎朝早く庭木と会話し
片隅の菜園に故郷を手入れして
小さな庭に朝日を迎える
そんな朝いつまでも顔をみせない親父に
部屋を覗くとベッドで息がなかった
他殺か自殺か医者から警察へ

司法解剖から帰ってきた親父の
大きく武骨な手から
鉄の匂いが立ちのぼり
ぼくの胸にしみ入った

 

学校の歴史の授業では、産業革命期の人の動きをここまでわかりやすく教えてくれなかったと思う。試しに、たまたま持っていたちょっと前の高校日本史の教科書を読んでみたが、松方デフレ財政で下層農民が小作に転落したということや繊維産業の担い手が小作農の娘たちだったということは書かれていたが、農民はあくまでも農民であるという印象を持ちそうな書きぶりであり、労働者はどこからともなく増えたような書き方だった。この詩には、〈畑では食っていけなかった〉ので労働者になった(マルクスの言う本源的蓄積)という教科書に書かれていない歴史のダイナミズムが書かれている。〈金と命の鋼管会社〉は〈金と命の〉「交換」〈会社〉でもあった。死と隣り合わせで働いていたのだ(私も学習塾で小学生にこの時期の日本の歴史を教えたことがあるが、教科書と同じような説明しかできなかったのが残念だ)。

しかし、〈親父は毎朝早く庭木と会話し/片隅の菜園に故郷を手入れして〉の2行を読むと、好きこのんで都会に出てきたわけではないことが実感として伝わってくる。それに対し、息子である〈ぼく〉は〈大きく武骨な手から/鉄の匂いが立ちのぼり/ぼくの胸にしみ入った〉と言っている。〈ぼく〉にとってお父さんは鉄の人だったのだ。〈匂い〉は「臭い」ではない。漢字ひとつで「いやなにおい」ではなく「いいにおい」という意味になる。嗅覚はもっとも身体的な感覚だとも言われる。ここに父を悼む気持ちがきれいに昇華していると思う。

と言っても、父をただ無条件に賛美しているわけではないのが新井さんらしいところで、1連の〈小才のきいた長兄〉、〈兄の札ビラを見て弟たちは勇んで川崎へ〉といった詩句には、父とその兄弟たちに対する批判的な目を感じる。そのような意味で微妙な響きを感じさせるのが2連の冒頭の〈昭和の戦争を乗りきって〉という1行だ。好んで戦争したわけではないにしても、反対したわけでもない。いわば、天災のように降ってきた戦争は、避けがたい不幸であり、〈乗りき〉るしかなかったのだ。しかし、無責任に戦争を始めた人間は確かにいるのであって、戦争は人災である。戦争が人災だったことに気づかなければ、また同じように天災を装った人災に見舞われることになるだろう。〈乗りきって〉からここまで読み取るのはいささか強引かもしれないが、少なくともそういう思考を誘い出さずにはいられない詩句になっていると思う。

例会では読めなかったが、63号には次の作品もある。

 

空白空白空の箱

肥桶かついで
生の大根まる齧り
筋肉隆々の青年よ
指揮棒が天から振られた
鎮守の神が軍歌を歌い出し
一夜明ければ立派な兵士だった

満州ではジンギス汗に会えたか
沖縄では鬼畜めがけて軍刀振り上げ
母の写真がちぎれ砕けた
雲から神が落ちたので
空っぽの箱で肥桶の村へ帰還
あまりに軽い箱だったので開けると
沖縄で戦死・ご冥福を祈る
紙切れ一枚に嗚咽がひろがった
祖母が仏壇から紙包みをとりだし
「ほら兵の爪と髪の毛だよ」
箱に入れて皆で手を合わせた
鎮守の神は無言だった
こんな寂しい死者との出会いは
その後一度もない

疎開児だった僕に貼りついた映像
倅が孫と遊びにきたので
こんな事があったと
兵叔父サンの話をしだすと
やめなよと倅が眉をしかめたので
皆で回転寿司を食べにいった

 

「鉄の匂い」では〈昭和の戦争を乗りきって〉1行で済ませた〈昭和の戦争〉のことである。「鎮守の神」、つまり人々がただ豊作を祈って崇めていた村々の神社が明治の天皇制と靖国によって軍事的に再編され、兵士供給装置となり、無数の戦死者を生み出したことが見事に描かれていると思う。宗教は恐ろしい。日本軍に殺された民衆も、宗教こそ異なれ、日本軍兵士と同じような農民や労働者だったのだ。

64号の「一揆物語り」という散文詩には、次のような部分が含まれている。

 

……
空0時が流れて、僕の兄弟が正月に顔を揃えた。何かの拍子に「秩
父困民党」の話がでた。権力は弱者を切り捨てる。概ね同意の酒
杯に母の実家の話が注がれる。
「秩父は神流川を挟んだ隣村だ。日照りは同じ苦しみ。一揆に加
勢したのか」
「ところがどっこい、曾祖父たちは竹槍担いで国賊退治だった」
空0皆はがっかりして、それから大笑い。曾祖父よ許せ。
……

 

大戦中、母の実家に疎開したときに、曽祖父が冬場の炬燵話で国賊退治を自慢した場面を受けたあとの連の一部である。

「鉄の匂い」や「空の箱」に描かれた父や叔父にも同じような視線が注がれているのではないだろうか。たとえば、「鉄の匂い」には書かれていないが、日本が植民地支配していた朝鮮で行った朝鮮土地調査事業で土地を奪われた人々(捨てたわけではなく奪われたのである)も、大挙して日本にやってきて〈金と命の交換会社〉に吸い込まれていっている。その運命が日本人労働者よりもさらに過酷だったことは言うまでもない。〈戦争を乗りきっ〉た日本人労働者は彼らのことをどう見ていたのだろうか。

詩誌「獣」には新井さんのエッセイも載っていて、そのときどきの関心事が書かれているが、それらのエッセイと同じ号の詩が見事につながっていて、つづき詩の会の例会が終わったあとの酒席で新井さんが控えめに話されたことにもつながっている。たとえば、66号には宗左近の縄文のことが書かれているが、新井さんが「長尾さん、宗左近についてはどう思ってますか。縄文のこと書いてますよね」と話しかけてこられたことを覚えている。本当のことではあるが「いやあ、あまり読んでなくて」とそっけなく答えてしまったが、66号の「宗左近の史的感性」という文章には、次のような印象的な言葉が書かれている。

 

空0ところで、古代史家の多くは渡来人が縄文人を滅ぼし
たのだ、とは決して言わない。混血などにより現在へと続
く日本人のルーツになったと論証する。しかし、この歴史
観からは宗左近の文学は成立しない。殺して滅ぼしたので
ある。それが、詩人の史的感性なのであると考える。

 

最近は、まるで日本の歴史を2600年ちょっとまで引き伸ばすためであるかのように、右から縄文を褒めそやす論調が目立っているが、それとはまったく反対のことが書かれている。そもそも、古事記/日本書紀のアマテラスの宮殿では、田んぼを耕し、機織りをしていたのだ。どこから見ても弥生以降の文化である。古事記/日本書紀は征服者の神話だと受け取るのが自然だろう。

新井さんに話しかけられたとき、記紀が弥生以降の文化だということにはちょっと触れた記憶があるが、新井さんがこのような見方から宗左近を話題にされていたことにはまったく思いが寄らなかった。ちょっと飛躍しすぎだと言われてしまうかもしれないが、渡来人(弥生人)が縄文人を殺したという見方は、近代日本が朝鮮半島から中国、東南アジアに侵略していって、現地の人々を人として扱わず、こき使ったり、犯したり、殺したりしたことを直視する見方に通じていくと思う。それに対し、弥生人の神話を崇めながら、縄文人は自分たちの祖先だなどと言うことは、日本国と日本人が犯してきた犯罪をなかったことにして、侵略を正当化してしまう見方に通じている。混血は間違いなく起きているだろうが、だからといって殺戮の歴史は消えない。先ほど触れた見たくないものを直視するという新井さんらしさがここにも現れていると思う。

自分の怠惰のために新井さんとそういう話をすることができなかったこと、そして新井さんの詩にしっかりと向き合ってここに書いたような感想を伝えられなかったことを後悔している。

 

 

 

遠近法

 

長尾高弘

 
 

遠くに子どもがいるよと思ったら、
近づいてみるとおばさんだったり、
遠くからおじさんが来るよと思ったら、
女子高生とすれ違ったりする。
昔からこんなだったかな?
ちょっと前のことでも覚えてないよ。
歳を取るってこういうことなのかな?

 

 

 

緊急事態

 

長尾高弘

 
 

いい感じで弾丸が入ってるロシアンルーレット。
ひとつかと思ったらふたつある。
王冠のマークが付いたのと、
コインのマークが付いたのと。
金持ちが持たされるのは王冠マークの方だけ。
そうじゃない人は両方。
入ってる弾丸の数も違うって噂だよ。
少なくとも
コインマークの方はなしにしてくんないかなあ。

 

 

 

かの字

 

長尾高弘

 
 

バクチってのはさ、
客さえいれば胴元はかならず儲かるもんでしょ。
客のなかには得するのもいれば損するのもいるけど、
胴元はかならず何割かを取ってくわけだから負けなし。
逆に客全体で見ればかならず損するわけだよね。
イカサマなしなら、
やればやるだけ実際の結果が理論的な確率に近づいてくから、
かならず損するわけ。
まして、イカサマがあるなら、
得させる客がいる分ほかの客は損するわけだから、
イカサマなしのときより損するわけでしょ。
最高裁判所の一九五〇年の判決でも、

賭場開張図利罪は自ら財物を喪失する危険を負担することなく、専ら他人の行う賭博を開催して利を図るものであるから、単純賭博を罰しない外国の立法例においてもこれを禁止するを普通とする。

って言ってるわけ。
ない方からある方にカネが動くだけさ。
でも、そういう法律がある一方で国やら都道府県やらが
競馬、競輪なんかを主催してるんだよね。
さっきの裁判で負けた被告の弁護人もそれを主張してる。
国も公認してるんだから、
刑法一八六条二項(賭博場開張図利罪)は
新憲法では無効だって。
(何しろ日本国憲法施行から三年しかたってなかった頃の話だから
「新憲法」なのよ)
でも裁判所は、
国などが賭博場開帳図利と本質的に同じことをしているからといって、
賭博一般を認めているわけじゃないでしょって一蹴しちゃってるんだな。
論理は通ってると思うよ。
ただちょっとすっきりしないよね。
そもそもこの判決は賭博自体について、

勤労その他正当な原因に因るのでなく、単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争うがごときは、国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風(憲法二七条一項参照)を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらあるのである。

ってな風に格調高く非難してるわけだから
なおさらすっきりしないと思うんだよね。
まあ、三権分立ってのがあるからさ、
裁判の争点にもなってないことについて、
裁判所が国や都道府県に口出しするわけにもいかないから、
それ以上踏み込んでいないんだろうってことにしとこうか。
ここからは法律の専門家でもなんでもないおいらの考えだけどさ、
国や都道府県が胴元になって客から巻き上げたお金は、
理論的には税金の一部になって広く納税者に還元されるはずだよね
(実際には国とかいうやつは社会保障をけちって
軍事費や政権関係者の集票のための宴会に税金を使うみたいだけどさ)。
たぶん、国営、公営のバクチを容認できるとすれば、
結構無理があると思うけどそれ以外の理由はないと思うよ。
国や都道府県がコントロールして過熱しないようにしてる、
とかいうような理屈があったとしても、それは嘘だと思うね。
すでに国営でも公営でもないパチンコ屋ってのがあるでしょ。
風営法ってのがあって許可をもらわないと営業できないから、
行政のコントロールが効いてるんだって理屈なんじゃないかな。
でも、パチンコ屋って警察から天下りするんだよね。
え、警察って規制当局なんだからパチンコ屋からしたら敵なんじゃないの?
って感じがするかもしれないけどさ、
パチンコ屋からすりゃあ、警察OBなら警察の手のうちを知ってるし、
かつての部下に睨みを効かせてくれんだろうって期待があるから
大歓迎でしょ。
そういう自分の商品価値を知ってる警察OBからすれば、
高く売って左うちわの老後を過ごそうって思うのが自然じゃない?
規制当局ってのは理研のわかめちゃんじゃなくて利権の塊だと思うよ。
ほかの業界でもさ、ヤメ検とか言って、検事を辞めて弁護士になると
依頼が殺到するっていうよね。
それと同じなんじゃないかな。
で、横浜市長が選挙のときだけ「白紙」にした「かの字」のことだけどさ、
収賄容疑で国会議員が逮捕されるってな展開になってるでしょ。
語るに落ちたって感じだよね。
今まで「かの字」が公認されてなかった日本に
「かの字」ができるってことになれば、
「かの字」のノウハウがある外国企業が目をつけるに決まってるよね。
でも、そういう企業には「日本」のノウハウがないから、
なんとか食い込もうとして、
「かの字」解禁に熱心な国会議員に接近したわけでしょ。
結局、「かの字」解禁の理由は経済振興だの観光立国だのじゃなくて、
政治家たちの金儲けだったんだなって思ったよ。
業者は三割の税金を払うだけで、
あとの儲けは全部国外に持ち出してっちゃうのに、ウェルカムしてんだから。
でも、この国では法の下の平等なんて絵に描いた餅らしいからさ、
検察は「したっぱ」をつかまえて仕事してるふりをしてるだけで、
大物は涼しい顔してボロ儲けしてるんだと思うよ。
だってこの話、トランプがアベにじきじきによろしく頼むぜって言ったという
アメリカの業者は絡んでないんだもん。
で、「かの字」が続く限り、大物には金が入り続けるってことなんだろうね。
ひとり殺せば犯罪者だけど、たくさん殺せば英雄、神だって言うけどさ、
詐欺師や泥棒の世界でも同じってことなんだろうねえ。

 

 

 

二〇一九年十月二二日

 

長尾高弘

 
 

もう三年前になるけど、
天皇が天皇制終了を宣言すれば、
アベシンゾーの改憲案なんて吹っ飛ぶ、
ってなことを書いたことがあるんだよね。*1
それから二、三か月たったときに、
天皇が退位したいとか言い出して
びっくりしたよ。
おいら、預言者になっちゃったぜ、なんてね。
でも、退位したいってのと、
天皇制を止めたいってのとでは、
月とスッポンくらい違うんだなあ。
「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(ママ)とかいうやつ、
よーく読んでみればわかるよ。
〈これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。〉*2
天皇制をずっと続けるために退位したいと言ったんだよ。
この人たちにとって何よりも大切なのが天皇制だってことがよーくわかった。

 
天皇制を続けるためになかなか降参しなかった。
天皇制を続けるために沖縄を見殺しにした。
天皇制を続けるために指をくわえて原爆が落とされているのを見ていた。
天皇制を続けるためにマッカーサーに会いに行った。
天皇制を続けるために新憲法に戦争放棄、戦力放棄の条項を入れた。
天皇制を続けるために東條に全部罪をなすりつける言い訳の文書を作った。
天皇制を続けるために総理大臣の頭越しにアメリカに沖縄を差し出した。
天皇制を続けるために何でもするからアメリカの軍隊を残してくれえと言った。*3.
天皇制を続けるために原爆投下はやむをえないことと私は思ってますと本音をぽろっともらした。*4.
それは前の前の天皇のことだって?
前の天皇だって同じさ。
天皇制を続けるために退位したいって言ったんだからさ。
天皇制を続けるためなら
戦争でも平和主義者でも慰霊の旅でも何だってやるんだよ。
今度の天皇だってそこは変わらないさ。
どこまでやれるかはわからないけどね。

 
で、想定外の天皇やめたい宣言ですったもんだした挙げ句、
今年の四月末日で前の天皇は終わって、
五月一日から次の天皇になります、
ってことになって、そうなったわけ。
もうそれで十分、おなかいっぱいだと思うけど、
即位の礼とかいうものもやることになって、
勝手に国民の祝日とやらにされちまったわけよ。
その日が二〇一九年十月二二日ってことです。

 
預言者になりかけた身として、
何か言ってやろうと思ってたんだけどさ、
言葉ってのは身構えていると出てこないもんだねえ。
でも、いざその日になってみると、
次から次からへらへら出てくるわけ。
不思議なもんだね。

 
天皇制への反対がタブー視される空気があるのは、
天皇なるものが宗教だからなんだよね。*5

 
消えたので再投稿。
フェイスブックがこの程度の投稿でも検閲するのだとすると、
それは天皇なるものが宗教だからだよね。

 
Kさん、今日はいっぱい消されましたよ。

 
タブー視されるというのと宗教であるというのは同語反復のようなものです。
いや、宗教などというほど高尚なものではなく、
迷信のようなものと言った方がいいかもしれません。
しかし、迷信よりも拘束力が強いですよね。
夜爪を切っちゃいけないと言われても、
今どきそんなことは気にしないのが普通でしょうが、
天皇の写真を焼くと過剰に反応する人が山ほど出てくるんですから。
非合理的で無言ながらむき出しの暴力がイメージされます。
実際、風流夢譚事件のように人が殺されるようなことさえあります。
あいちトリエンナーレでも、
ガソリンまいて火をつけると脅迫した人間が出ましたね。
敗戦から七四年もたつのに、まだそんなもん、
いやどんどんひどくなっているんですよね。
テレビでは反天皇の言説は締め出され、
新聞でも今日(二三日)の東京新聞はなんとか反天皇の考えを紹介していましたが、
ちょっと変わった人たちがいるけど、
その人たちの意見も聞いてみようよ、
というようなスタンスでした。
もし、天皇が民主主義の価値を何よりも大切に思うなら、
天皇制を止めると宣言するのがもっとも効果的ですよ。
日本におけるあらゆる非合理の根源なんですから。

 
右側の人たちは放っておいても天皇制を支持するので、
天皇がちょっとリベラルっぽくしておくと、
そっちの方の人たちからも支持してもらえて、
天皇制は安泰になるんじゃないかねえ。
手下に極右に突っ走られると天皇制の危機を招くし(前の戦争の教訓)。
でも、現天皇の顔はまだ見えないな。

 
天皇教が迷信であることを誰よりもよく知る天皇は、
天皇教の信者、背教者の誰よりも合理的に行動できる。

 
祝日にしなかったので、テレビは見なかったよ。
夜は家族で木曽路のしゃぶしゃぶ祭りに行ったけどね。
いつもの半額でしゃぶしゃぶが食えるのは大きいよ。
レイワ初のしゃぶしゃぶ祭りって書いてあったなあ。
二二日から二四日までって、
即位礼のこと意識してたのかねえ。
そういやヘイセイ最後のしゃぶしゃぶ祭りにも行ったよ。
増税前最後のしゃぶしゃぶ祭り、
増税後最初のしゃぶしゃぶ祭り、
でよかったのにな。

 
 

*1. https://beachwind-lib.net/?p=11176
*2. 宮内庁ホームページからコピペ
*3. 豊下楢彦『昭和天皇の戦後日本』(2015年、岩波書店)参照。
*4. 1975年10月31日
*5. ここからしばらく実際にフェイスブックに投稿した内容。微修正済み。

 

 

 

包丁

 

長尾高弘

 
 

目の前に包丁があるんだけどさ、
つい今さっき洗ったところなんだけどさ、
昼めしのときに、
キャベツを切るために使ったんだよね、
水を拭いてないから、
水がついててさ、
電球の光を反射して、
キラキラ光っちゃってるけどさ、
落っこってきたら怖いな、
足にブスッと刺さったりして、
いや、
この柄をしっかり握って、
心臓にグサッと刺せば、
おれは今日死んじゃうんだよな、
ここにはほかに誰もいないから、
そんなことするやつは、
おれしかいないけどさ、
おれがここで死んじゃっても、
当分誰も気づかないんだろうな、
おれしかいないんだもんな。

 

 

 

ものが壊れる年末

 

長尾高弘

 
 

この年末は色々なものが壊れちゃって参ったよ。
最初は仕事場のPCだったな。
ダイアログのボタンをぽちっと押したら、
ちっちゃな四角がずらずらと画面に出てきて、
うんともすんとも反応しなくなっちゃったのよ。
そのうち、画面が真っ青になって、
重大なエラーでございますとか言い出したんで、
リセットしてみたら、
電源が入っては止まり、入っては止まりして
無限ループみたいになっちゃったんだよね。
電源プラグを引っこ抜いて入れ直しても同じ。
参ったなあと思ったけど、
ちょうど仕事上がりの時間だったんで、
一日頭を冷やしてもらおうってことで、
そのまま帰っちゃったわけ。
翌日いやぁな気分で事務所にやってきて、
電源入れたら普通に起動したのでやれやれよ。
でも、ほっとしたのもつかの間で、
今度は車で出かけたら、
行きについてた車のナビが、
帰りにはつかなくなっちゃってさ。
行き慣れた場所だから、
ナビが見らんないのはまあいいんだけど、
バックしようとしたときに、
ああ、バックモニターも同じ画面使ってんだ、
ってことを否応なく思い出してさ、
昔はそんなもの使わないで平気でバックしてたけど、
あれがあることに慣れちゃうと、
やっぱり怖いなあなんて思っちゃってさ。
これも翌日には戻ったんでやれやれだったんだけど、
ディーラーの定期点検がちょうどあって、
これこれこうこうって言ったら、
いやあ、それ、ときどきあるんですよ、
ってことで、
定期点検の一部だからタダで直してもらえてラッキーよ。
でも、こういうことって重なるもんだなあと思ってたら、
今度は仕事場じゃなくて自宅の方のPCの画面が真っ暗になっちゃった。
朝、Windows 10をアップグレードした
(つーか、前の晩からやってたんだけど)
その日の夜だったかな。
でもよく見ると、うっすら画面が映ってるのね。
バックライトがついてなくて見えないって感じだったわけ。
モバイルでネットにつないで調べたら、
Win、Ctrl、Shift、Bを同時に押してみろって書いてあったから、
やってみると一、二秒映ってまた真っ暗に戻っちゃうのよ。
それでも、その一、二秒の間にマウスでメニューいじって
シャットダウンできるようになったからよかったんだけどさ、
ハードが悪いのかソフトが悪いのかもよくわかんないので、
どこが悪いのか調べるためにあれこれ試してみたけど、
埒があかないから、
翌日の朝、近所のPC DEPOTに行ったわけ。
これこれこうこうって説明したら、
もうほとんどその場で、
モニターが壊れてますねって言われて、
そういや、このモニター、3.11のときにひっくり返って、
右下にミミズがのたくったような傷があったくらいだから、
まあ寿命だよなって思って、
結局、モニター買って帰ったのよ。
これがとってもよくってさ、
画面の面積が広がっただけじゃなくて、
4Kってやつなんで恐ろしく表示が細かくなったんだよね。
前のモニターだと「ば」と「ぱ」の区別がつかなかったんだけど、
字をうんと小さくしても区別できるんだな。
小学館の日本古典文学全集ってのを
何冊か自炊して電子本にしてあるんだけど、
前だったら上段の注も下段の現代語訳も
ちょっと読むのに苦労する感じだったけど、
今度のモニターなら元の紙の本よりもラクラク読めちゃうんだよね。
で、大いに満足して忘年会に出かけたらさ、
二日後に今度は自分の喉が痛くてお腹の調子が悪いわけ。
熱を測ったら37.7度でさ、
速攻で医者行ったら、風邪ですねってことで、
薬もらって、あれ、抗生剤が入ってんなあとか思ったけど、
その日の夜にはもうだいぶ元気になって、
二、三日で普通の生活に戻ったかな。
でも、熱出すなんて久しぶりだったよ。
で、五日分出た薬がまだ終わらないうちに、
仕事場のマシンの画面が真っ青になって、
小さい四角もぞろぞろ出てきて、
今度こそはお陀仏ご臨終ってことになったわけ。
またぞろPC DEPOTに行ったら、
システム起動用のSSDが壊れてますねってことで、
まあこれも3.11のときにも使ってたマシンだから、
(ひっくり返らないように必死で押さえてたんだよね)
面倒だけど作り直すことにしたわけ。
最後にマシン作ったのは四、五年前だったかなあ。
たまにしかやらないから忘れちゃうよ。
それに、CPUファンが今までになくでかくてさ、
筐体のデザインも変わって、
SSDや3.5インチHDDとかは
壁の下の狭いところに追いやられちゃってるのね。
でも、SSDが安くなって、
500GBのやつが買えちゃったのはラッキーだったな。
途中で恥ずかしい失敗をあれこれして、
PC DEPOTに何度も行ってさらに恥の上塗りをしたけど、
なんとかそれも動くようになってやれやれよ。
で、新しいマシンが動き出してみると、
自宅マシンと比べてなんて貧弱なモニターなんだろう、
って思っちゃってさ。
せっかく前のマシンより性能が上がったのに、
すごく残念な感じなんだよね。
で、節税なんてこともちょっと考えて
(大した額じゃないけど)、
今ちょうど同じモニターを買ってきて、
これを書いてるわけ。
あ、言い忘れてたけど、
仕事場PCとほぼ同時に仕事場冷蔵庫も壊れて、
アイスが溶けちゃったんだけど、
何日か前にPC DEPOTに行った帰りにヤマダ電機に寄って、
昨日届けてもらったよ。
前のやつは十九年使ったから、
これは寿命ってやつだね。
年末まであと五日あるけど、
厄介なことはこれで終わりになりますように。

 

 

 

ちょっと多すぎる

 

長尾高弘

 
 

多摩ニュータウン大通りってのがあってさ、
ずいぶん立派な名前なんだけど、
実際立派な通りでさ、
片側二車線、
ペンキで塗っただけじゃない
本格的な中央分離帯があって、
街路樹も植えられてんだよね。
もうニュータウンってほど新しくないけど、
立派な街の風景が広がってるわけ。
でも、ちょっと脇道に入ると、
いきなりトンネルがあってね、
そこを通り抜けると、
田園風景が広がっててさ、
肥溜めの臭いがするときもあるのよね。
さすが、宮崎駿映画の舞台に
なっただけのことはあるわけ。
でさ、この脇道の方の話なんだけど、
信号つきの横断歩道があるのよ。
その信号がさ、
結構夜が更けてきても、
押しボタン式とかにならないで、
律儀に色がかわるんだよね。
まわりは畑だからさ、
誰も渡らないで終わることが
多いんだけどね。
クルマで通るとさ、
正直なところ、
なんでこんなところで
止められなきゃなんねえんだろって
思っちゃうわけよ。
でもね、
こないだわかっちゃったんだ。
なにしろ宮崎駿映画の舞台になったくらいだからさ、
俺たち凡人には見えない
トトロみたいな存在がいてさ、
横断歩道の信号が青になったら、
そいつらが渡ってんだよ。
目に見えないくらいだから、
クルマなんかに轢かれたりしないんだろうけどさ、
クルマと身体が重なり合ったりしたら、
やっぱり気分が悪いんじゃないかな。
ただ、そうだとしてもさ、
そのトトロたち、
二、三分に一回道を渡ってるわけだからさ、
ちょっと多すぎるんじゃないかな、
とは思うんだけどね。

 

 

 

さとう三千魚詩集『貨幣について』―外に出ろ

 

長尾高弘

 
 

さとう三千魚さんの『貨幣について』をまとめて読んで、叙事詩の一種のような感じがした。
「まとめて読んで」というのは、その前にバラで読んでいるからだ。彼の詩にはすごいリズムがあって、そのリズムだけで何も考えなくてもこれは詩だと思ってしまう。私はちょっとそこのところで壁にぶつかって先に入れてなかったような気がする。

彼の詩は、たぶんまずTwitterやFacebookで断片的に一部が現れ、ひとつのまとまりになったときに改めてTwitterやFacebookに発表され、ほぼ同時に彼が主宰しているネット詩誌の「浜風文庫」に掲載されるのだと思う。私はFacebookで直接かFacebookでの告知によって「浜風文庫」でかといった形で、この本のかなりの部分をすでに読んでいるはずだ(申し訳ないけど、しっかりと追いかけて全部読んでいたわけではなかった)。

そのようにバラで読んでいた『貨幣について』の諸篇(つまり、詩集で番号が付けられている2ページから4ページほどの塊)は、これからいつまでも続くんじゃないだろうかと思っていた前の詩集『浜辺にて』の諸篇が「浜風文庫」からすーっとフェードアウトしてから、当たり前のように、それまでと同じもののように登場していた。少なくとも、ぼんやりしていた私にはそう見えた。

ところが、まとめて読んでみると、『浜辺にて』と『貨幣について』はまったく違っていたのである。単純に言って、『浜辺にて』は一つひとつの塊の独立性が高かったのに対し、『貨幣について』は塊が時間とともに数珠つなぎにつながっている。実際には『浜辺にて』の諸篇もまったくバラバラだったのではなく、時間に沿って間歇的につながっていて複雑な織物をなしており、中身をランダムに並べ替えられるような本ではなかったが、『貨幣について』は、それこそ「貨幣」という言葉を芯として40篇がしっかりとつながっている。うかつにも、私はまとめて読んでみるまで、そのことに気付かなかったのである。

しかし、本当の意味でこの長篇詩の叙事性に気付いたのは、それからさらに何度か読んでからだと思う。もちろん、今でも全部に気付いているわけではないだろうが、少しずつわかるところが増えてきて面白くなってきているところだ。

最初は、「貨幣」というテーマが天から降ってきたかのような印象を与える「どこから/はじめるべきなのか//知らない//どこで終わるべきか/知らない」という5行で始まっている。01から04までは、参考書からの引用なども多く、お金についての観念的な思考で堂々巡りをしているように見える。

05からは、「わたし」が出てきて、生活のなかでのお金との関わりを記録するところから出直している。食事の代金やタクシー代の具体的な数字が生々しくて面白い。当たり前の日常のようでいて、さとう三千魚という個別性をはっきりと感じる。一方で、07、08の文化の日や12の写真展、14の猫との暮らしのエピソードなどで、お金の安定性(01、02の「すべてのものが売れるものになり/すべてのものが買えるものになる」という言明に現れているもの)にちょっとした動揺が起きる。16の休日出勤と差入れはさらに微妙な動揺である。

そして17でついに磯ヒヨドリやカモメを指して「彼らは貨幣を持たない/彼らは貨幣を持たない」という言葉を書きつける。このあたりから、話の展開が一気にスピーディになる。それまでもさんざん酒を飲んでいたさとう氏だが、18ではちょっと度を越してしまう。「新丸子に帰って/スープをあたためた//深夜に目覚めた//スープは焦げていた」というのだから、一歩間違ったら火事になっている。安定性からかなり外れてきた。

そして19では、この焦げたスープから、「貨幣も焦げるんだろう//貨幣も燃やせば燃えるんだろう//貨幣を燃やしたことがない/一度もない」という思考が生まれる。生活のなかで見たものから貨幣についての新しい思考がふつふつと湧いている。だんだん、詩の動きが激しくなっていくように感じるのは、ちょうど半分くらいたったこのあたりでそのような思考が生まれ始め、それ以降、そのような発見が次々に湧いてくるからだろう。何しろ、19の後半では、通過する貨物列車を見ながら、「貨幣は/通過するだろう//貨幣は通過する幻影だろう//消えない/幻影だ」と呟いており、矢継ぎ早に新たな思考が生まれているのだ。こういった思考は、比喩的思考、つまり詩的思考と言えるだろう。

やがて、彼はショウウィンドウの老姉妹(の人形?)を見て、「貨幣は/この老女たちを買うことができるのか?」と言い出す(21)。先ほども引用した冒頭の「すべてのものが…」とは大きな違いだ。そして、日野駅で見た雪を思い出し、「ヒトは/雪を買わないだろう」という確かな考えをつかむ(23)。さらに、ライヒの「Come Out」、つまり「外に出ろ」という曲から、「貨幣に/外はあるのか//世界は自己利益で回っている」という重要な言葉を引き出してくる。貨幣の世界は、生を捨象した堂々巡りだという認識に達したのだと思う。その「生」を「枯れた花」という死にゆくもので表すところが心憎いところだ。

彼の「貨幣」についての思考はここではっきりとした形をつかんだと言えるだろう。そしてなんと「三五年の生を売る/労働を売る」(36、37)生活から離脱し、老姉妹を見て帰った新丸子から引き上げてしまうのである。そして、熱海駅で倒れ、「ぐにゃぐにゃ揺れ」ながら、「世界」が「高速で回る」ところを見る。「脳は正常なのにエラーを起こすのだと医師はいった」(38、39)。これから本当の闘いが始まるというのだろうか。

叙事詩と言っても、これは英雄が活躍する物語ではない。確かに会社を辞めるのはひとりの人間にとって大きな事件だが、この物語はそれが中心になっているわけではない。ポイントは、『貨幣について』が決して『貨幣論』ではないところ、つまり、思考を生み出した焦げたスープや通過する貨物列車を捨象して、得られた思考だけを積み上げていくテキストではないところにあると思う(だから、貨幣についてのすべてを論じ切っていないと本書を評価するのは野暮なことだ)。時間が流れていて、ひとりの人間のなかでぼんやりとしたイメージでしかなかったものがさまざまなものを触媒として具体的な思想を生み出していく過程を描き出しているのである。たとえば、焦げたスープから燃えるお金をイメージして新たな思考をつかむのは、大げさかもしれないがひとつの事件だと思う。そのような事件の積み重ねが物語を形成している。しかも、事件の一つひとつが詩なのである。

しかし、それだけではまだ『貨幣について』の叙事性について言い足りないような気がする。
普通、叙事詩であれ、物語であれ、そういったものは、描かれる前に大体終わっているものだろう。最終的に書かれた細部までは事前に決まっていないだろうが、おおよその展開はあらかじめ作者の頭のなかに入っているはずだ。しかし、先ほども触れたように、冒頭で「どこから/はじめるべきなのか//知らない//どこで終わるべきか/知らない」と言っている本作は、ほぼノープランで始まったのではないかと思う。

ここでちょっとプライベートな話を挟むことをお許しいただきたい。この長篇詩が書かれる直前、2016年の夏にさとうさんに誘われて、西馬音内のお姉様のお宅にお邪魔して、日本三大盆踊りのひとつである西馬音内の盆踊りを見せていただいた。さとうさんとは、2015年の春に亡くなった渡辺洋さん(短かった闘病期間に生命を絞り出すような3篇の詩を「浜風文庫」に書かれた)の葬儀で初めてお会いし、棺を見送ったあとで『貨幣について』の版元である書肆山田の鈴木一民さん、詩人の樋口えみこさんと清澄白河の蕎麦屋さんで酒を酌み交わして故人を偲んだのだが、そのときにさとうさんが冥界から死者が帰ってきて踊る西馬音内盆踊りの人間臭さ(はっきり言えば猥雑性)について話してくれた。それは是非見てみたいと言っていたのが1年後には実現して、鈴木さんと私とで押しかけてしまったのだが、台風で開催が危ぶまれていた盆踊りを奇跡的に見ることができた夜、それぞれの蒲団に入って電気を消したあと、さとうさんから、定年まで会社に残らず、早期に退職するつもりだという話を聞いた。しかし、それは2、3年先にという話だったように記憶している。だから、その後彼が2017年の3月いっぱいで会社を辞めてしまうと言ったのを聞いて、正直なところちょっと驚いてしまった。

下衆の勘繰りだし、本人に否定されてしまえばそれまでだが、ひょっとして、『貨幣について』を書き始めて、「三五年の生を売る/労働を売る」生活の本質が見えてしまったために、そういう生活と早く決別しようという気持ちになったのではないだろうか。まして、熱海駅での昏倒事件は、本作を始めたときには予想もしていなかっただろう。貨幣についての思考によって昏倒するということではないのかもしれないが、あまりにもタイミングがよすぎる(友だちとしては心配だが)。『貨幣について』に書き記された言葉がさとうさんのライフを突き動かしているような気がする。ロミオとジュリエットも言葉が人生を狂わせる物語だが、本書はあらかじめ筋書きが決まっていたわけではないはずだから、言葉がヒトを動かすという意味ではロミオとジュリエットよりも迫真性が高い。ちなみに、『浜辺にて』は「浜風文庫」の初出からかなり手が入れられているが、『貨幣について』は中頃のごく一部が書き換えられているだけだ。

やっぱりこれは一種の叙事詩ではないだろうか。叙事詩だからどうということはないのだけれど。