辻和人
ソレソレ
ソレソレ
神前での結婚の儀って奴は
ソレソレ
緊張感漲るものだったぜ
神主さん、巫女さん、迫力あったぜ
ふぅー、たまげたぜ
でももう終わりだぜ
これから披露宴始まるぜ
こっから先は人間様の世界だから気が楽だぜ
オハッ
オハッ
光線君、体を束状にしてぐにょうんぐにょうん凹ませて頷いている
お目々ぐりんぐりん
新婦の化粧直しも終わったようだ
おっと
耳の後には式の時にはつけていなかった
大きな真っ赤なお花が!
口紅の色も違うし他にもいろいろ細工がしてありそう
式からそのまんまの新郎とは大違いだぜ
それでいいんだぜ
よし、では人間様のイベントにGO
だぜだぜ
ソレソレ
ソレソレ
晴れやかな音楽とともに新郎新婦ご入場
親族一同も式の緊張が取れてにこやかなお顔
拍手で迎えられてテレくさいけど我慢我慢
ミヤコさんの高校時代のお友だちで映画監督のOさんが
ビデオ撮ってくれてる
ありがたいぜ
ふらーっふらーっ
お目々ぐりんぐりんの光線君
カメラの上を鯉のぼりみたいにふらーっふらーっ力強くたなびいて
おめでたさに花を添えてくれてるぜ
ソレソレ
披露宴はなるべく司会者に任せないで自分たちでやろうと決めたんだ
新郎新婦の紹介は互いでやるんだぜ
ソレソレ
「……ミヤコさんは、常に自分の意見を持ち、また相手の言うことをきちんと聞く、その両面がとてもすばらしいと思いました。一緒に暮らし始めて、甘えん坊なところがあることがわかり、そこもかわいいと思いました。……。」
「……和人さんは、多くの書物を読むなど知的な面を持つとともに、少年のような心を持ち続けている方だと感じております。また、大変優しく暖かい心を持っている方です……。」
ふぅーっ、2人とも用意してきた紹介文をつっかえずに読めたぜ
ふぅーっ、何事も練習だぜ
レーンシュー、レンシュッ、シュッ
お目々ぐりんぐりんさせて
ソレソレ
なぜか光線君も得意そう
ソレソレ
えーっと
この後、鏡開きをやって乾杯、それから宴会へ
お色直し後はマイクリレーで親族一人一人からひと言いただくって趣向だぜ
ミヤコさんのアイディアだぜ、手作り感が醸し出されるぜ
さっすがミヤコさん
その前に親族代表のカタシおじさんの挨拶だぜ
カタシおじさんは今年で92歳
頭は薄くなったけど足取りは確かでいつも背筋がすっと伸びてる
切手収集の趣味が昂じて切手販売の仕事に携わり
今やこの道の権威の「切手のおじさん」
「肥前国の明治時代の郵便印の研究」で大きな賞を幾つも受賞してるんだぜ
それはそれは
気が遠くなるような
お目々がぐりんぐりんしちゃいそうな
大・大・大研究
小さい頃、ぼくが吹けば飛ぶような「切手コレクション」帳を自慢げに見せたら
丁寧にチェックしてくれて
中の1枚を「これはまあまあいい切手だ」とほめてくれたりしたんだぜ
嬉しかったぜーぜー
おっと挨拶始まるぜ
「和人君、ミヤコさん、
このたびはご結婚おめでとうございます。
和人君の叔父のカタシと申します。
このようなおめでたい席で挨拶を述べさせていただくことを、
大変嬉しく思っております。」
いやー、こちらこそ今日は本当にありがとうございます
おじさん、感謝だぜ
「辻家ですが174年続いておりまして、
私が11代目になるのですが、
先祖に鍋島藩の役人の辻演年(ツジエンネン)という人がおりまして……。」
174年、そつぁ知らなかったぜ
「最近、佐賀の新聞の記事でも紹介されました。
今日はここにコピーを持ってきております。」
って
そんな小さな紙切れ振り回されたって誰も見られないぜ
おじさんの手のひらひらーっに反応した光線君
ふらふらーっ、螺旋状に体を巻いて覗きこもうとするが果たせず
への字型の眉みたいなのを作って
困った顔を演出してみせてくれてるぜ
「演年は技術者でありまして、
有明海の干拓工事を43年にもわたって手掛けたのであります。
当時の干拓と言ったらそれはもう一大事業でございました。
演年が考えだした『石積み法』という堤防の築き方が実に画期的なもので……。」
偉い人だったんだなー
ちっとも知らなかったぜー
で、それとぼくらの結婚がどういう関係が?
「また、長崎に赴いて砲台を築く仕事も請け負いました。
当時、長崎には外国の船がたびたび渡航し防衛強化の必要があったのですな。
演年は砲術家の本島藤太夫と協力しまして……。」
話は続くぜ
どこまでも
だんだん不安になってきたぜ
困惑した空気が会場に漂い始めたぜ
12時も過ぎてお腹もすいてきた頃だぜ
ちっちゃい子たちは
おじさんの気迫に押されてむずかる余裕もなく口ぽかんだぜ
ミヤコさんの眉、微かにぴくぴくしてるぜ
でも、来客の中の最長老だから誰も止められないぜ
光線君、突然関係ないよっという素振りを見せ始めて
ふらーっふらーっ、天井を右から左へ
今後は左から右へ
ふらーっふらーっ、意味もなく流れてるぜ
シラーン、シラーン、シラーン
ずるいぜ、光線君
「……演年は晩年になって、
自分の仕事を文章に書き残すということをやっております。
達筆な漢文で書かれているのですが、これが大変見事な名文でございまして、
文章家としても一流であったわけです。
ところで、新郎の和人君は詩を書いておりまして、
『真空行動』という詩集を出しております。
ここには猫ちゃんのことがとても細かく面白く書かれている。
辻家の文才はここに引き継がれていると痛感したのであります。」
おおっ、ここにつながったか!
おじさん、ぼくの詩読んでくれてたのか!
「ミヤコさん並びに鈴木のお家の皆様、
こんな辻家でありますが、どうぞ末永く仲良くおつきあいいただけたらと存じます。
最後にもう一度、和人君、ミヤコさん、ご結婚おめでとうございます。」
お、終わった
終わったぜ
どうなることかと思ったけど
オワッター、オワッター
光線君、いつのまにかおじさんの側にいて
おじさんが頭を下げるのと同じタイミングで
ふらーっふらーっ、体を折り曲げてるぜ
ほっとした空気が広がるぜ
パチパチパチパチパチ
ソレソレ
ソレソレ
しっかし、おじさん
鈴木家の皆さんに辻の家のことをわかってもらおうと
一生懸命だったんだな
誇れる先祖のことを図書館に行って一生懸命調べたんだな
それにそれに
ぼくの詩も一生懸命読んでくれたんだな
現代詩なんか読む機会もなかっただろうに
ファミちゃん、レドちゃん
君たちとの大事な思い出もちゃんと読んでくれた
さすが「切手のおじさん」
ソレソレ
ソレソレ
おじさん、おじさん
おじさんが切手のことなら何でも知ってる「切手のおじさん」になれたのは
調べる手間を決して省かなかったからなんだなあ
新宿切手センターにあるおじさんの店は
「平和スタンプ」っていうんだぜ
日本が2度と戦争をしないようにっていう願いがこめられているんだぜ
武家出身だからこそ平和のありがたみが身に染みてるって聞いたぜ
その店に90歳を超えた今でも毎日顔出してるっていうぜ
駅までは自転車を走らせて皆から危ないって言われてもやめないんだぜ
ちょっとくらい長くなっても
辻家のことをわかってもらうために先祖の話をしないわけにはいかないんだぜ
ありがとう、ありがとう
だぜだぜー!
ソレソレ
ソレソレ
よっこいしょ
大きな木槌を持って
ミヤコさんと2人、息を合わせながら樽の蓋を
バチーン
鏡開きでござーい
広がる馥郁たる清酒の香り
お、お前
酒樽の上にぽっと現われたる
裃つけた巨大な半身
お、お主
ながーい顎鬚に、きりりと結んだ口元
遠くを見つめるような澄み切った眼差し
お、お主
演年さん?
目をぐりんぐりんさせた光線君
いきなり体を平べったくして床にぺたっと這いつくばって
土下座の真似かよ?
蓋を割った後は木槌を2人で持ち上げて
皆様とカメラに向かってにこにこするのが流儀なんだけど
晴れ渡るようなミヤコさんの笑顔に比べて
ぼくの笑顔がひきつってるのは
お、お主
演年さんのせい、だぜだぜ
子孫に命じていたっていう堤防の補修、できなくてすいません
でもでも
詩は書いてるぜ、本気で書いてるぜ
この人ぼくの伴侶だぜ
ずーっと一緒に本気で暮らすんだぜ
ソレ、乾杯の時間だぜ
ソレソレ、アーソレソレ
演年さんも杯を取ってくれ
光線君がふらふらーっと体の端っこを杯の形にして切り離し
演年さんに握らせる
演年さん、不思議そうに杯を見つめていたが
「それでは、かんぱーい。」
ぐいと飲み干した!
人間様の世界も奥が深いぜ
ソレソレ
ソレソレ
おやおや、「光線君」に加えて「演年さん」も登場し、物語は超現実の世界へ軽々とジャンプ。このユニークな「私小説詩」は、みずからを複合的に重層化しながら、語りの愉悦に身悶えしているようです。
佐々木さん、ありがとうございます。楽しく書いていきたいと思います。