長田典子
frog’s fallopian tubes(蛙の卵管)
フェイスブックに
唐突にポストされた言葉を掬い取る
初めてのエイ語の詩は
タイトルから始まった
You know? Frog’s eggs are eyes.
(知ってる?蛙の卵は目)
Eggs are always looking at you in the water.
(卵はいつも水の中からあなたを見てる)
そうだった
幼い頃
田圃の隅に
とぐろを巻く透明な卵塊をよく見た
無数の黒い目を見かけるたびに
ものすごく恐ろしかった
エイ語に四苦八苦して
内容は単純そのもの
卵から孵った蛙の兄弟たちがみな水から出ていき
自分は干からびて空に行く
やがて空で兄弟たちと再会し
春に再びfrog’s fallopian tubeから生まれ出るというお話
循環するお話
きょう
Creative Writingの授業で
マーク先生は
とてもよい詩だ、と褒めた後で
実はまったくわからないのだ
輪廻転生ということが……
キリスト教では
死は完全に終わってしまうことだから
穏やかに微笑みながら言った
I understand you but I believe reincarnation because I’m affected by Buddhism.
(わかります。でも、わたしは仏教の影響を受けており生まれ変わりを信じています)
Really? 自分に問い返す
ギンザの
マンションの一室で
占い師から前世の話を聞いたのだった
若い人のようにてきぱき仕事ができなくなって
屈辱感にまみれていた
朝まで眠れない夜が続き
その女性に会いに行ったのだった
You know? At last the water vanished away…vanished away……
(知ってる?とうとう水は無くなった…無くなってしまった……)
You know? I also vanished away.
(知ってる?わたしも無くなってしまった)
最後はニューヨークで学校の先生をしていました
突然、アパートの窓から
つまらなそうに窓の外を見る女性の姿が頭に浮かんだ
ニューヨークに行った方がいいですよ
たくさんの友達に会えます
前世って
本当にあったら楽しい
信じてみたい
自分はアメリカにいた
ニューヨークで生きていた
そう思うと愉快になって気分が明るんだ
ニューヨークに行く計画に
「よくできました」のスタンプをもらった気分だった
その夜は朝までぐっすり眠った
Really? 自分に問い返す
You know? I also vanished away.
(知ってる?わたしも無くなってしまった)
But I became free. Yes. I’m free.)
(でも自由になった わたしは自由だ)
マーク先生はよく言う
自分はエジプト人とポーランド人とアメリカ人の
血が混じってると
誇らしげに
田圃で蛙の卵塊を見かけるたびに走って家に帰った
あの頃
急な坂道を登って山の上の町に行き
そこをさらに横切って東に歩いて
教会のある幼稚園に通った
礼拝の日は入口で神父様の前でひざまづき
パンを口に入れてもらったのだ
マーク先生
I’m sure you notice it.
(あなたは気が付いている)
100キロ以上はある巨体をジャンプさせながら
物語や英単語の説明をするマーク先生
とても尊敬しています
エジプト人とポーランド人とアメリカ人の血が混じっているあなたも
たくさんの目については知っていると思います
By the way, why did you choose “frog’s tube”?
(ところで、なぜあなたは「蛙の卵管」を選んだのですか)
I found the word on the Internet by chance and had inspiration.
(インターネットでこの言葉を偶然に見つけてひらめいたんです)
宇宙はたくさんの捻じれ絡まった蛙の卵塊みたいなものではないでしょうか
I think the universe is a lot of frogspawn which is twisted, entangled.
教会の幼稚園の床にひざまづいて
わたしは毎朝毎昼毎夕祈りました胸で十字を切りました
「天にましますわれらの父よみなのとうとまれんことを
みくにのきたらんことを……アーメン」
幼稚園に行かない朝は
お仏壇にお線香をあげて拝みました
「きょうも一日よろしくお願いします」
This world is composed of a lot of chaos.
(この世はたくさんのカオスで構成されています)
That’s why I imaged frogspawn from its fallopian tube.
(それで、蛙の卵管から卵塊をイメージしました)
That’s a Chinese dessert ingredient!
(それはチュウゴクのデザートの食材だよ)
教室中にどっと笑いが起こった
チュウゴク人もフランス人もカンコク人もイタリア人もニホン人も
みんな笑った
教室が渦になった
You know?
We are moving in the water together.
We are laughing with each other
We begin to swim laughing, laughing, laughing….
(知ってる?
わたしたちは一緒に水の中に出て行った
わたしたちはお互いに笑い合っている
私たちは泳ぎ始める笑いながら笑いながら笑いながら……)
Let’s go to China town tomorrow!
(明日はチャイナタウンに行こう)
frog’s fallopian tubesを食べるのだ
わたしは
たくさんの目も
いっしょに
食べてしまおうと思っています
カエルの卵を軸に、それを英語で詩にした時の言葉に変えて、ニューヨークの語学校で展開するという、そこでの作者の転身が語られる、心の深みが伝わってきますね。
志郎康さん、ありがとうございます。まだまだ考察が不足しているようにも思います。
どこまで深め、言葉として記したらいいのか、が、迷うところです。