今ここにある「聖家族」の記録

村岡由梨第一詩集『眠れる花』を読んだ。

 

長田典子

 
 

 

村岡由梨さんの第一詩集『眠れる花』(書肆山田刊)を読んだ。201ページの厚い詩集は、二部構成で、33篇の詩が収められている。

表紙には画家の一条美由紀さんによる「村岡由梨肖像画」が効果的に配置され、インパクトがある。一条さんの絵は、いつもとても個性的で不穏な物語性、そして詩的な不条理性を孕んでいるように感じて、目が離せなくなる魅力を感じる。その一条さんの絵が表紙なのだから、存在感を感じさせないわけがない。裏表紙には娘さんの眠さんによる「村岡由梨肖像画」が描かれている。コンテチョークで描いたのだろうか…一枚の絵なのに折り目を境に表情が明と暗に分かれるように巧みに描かれており、表紙に負けない迫力で迫ってくる。タッチの違う描き手による村岡さんの肖像画は、激しい本の内容とよく合っている。
詩集の場合、自費出版のため、詩人本人が多くをプロデュースしなければならないことが多い。表紙はじめ本のたたずまいそのものに、どれだけ著者が心を込めて詩集製作に取り組んだかが現れることが多いように、個人的には感じている。村岡由梨さんの第一詩集『眠れる花』は、本を見た瞬間から、著者の強い思いを感じさせる。

もともと映像作家である村岡由梨さんは、詩作を始めてすぐの2018年11月からウェブサイト「浜風文庫」で発表を続けた。2021年1月まで書かれた作品を2021年7月31日発刊の201ページもの詩集に纏めてしまった。創作への熱いエネルギーを感じる。著者自身は、あまり意識していないかもしれないが、初めから、ご自身の内部を言葉にしてさらけ出す、さらけ出してしまえる凄さは詩を書く大きな才能だと注目している詩人だ。

タイトル『眠れる花』は、長女の眠(ねむ)さんと次女の花さんの名前から付けられており、詩集中に同タイトルの詩が収められている。村岡さんの娘さんたちを想う気持ちが伝わってくる。多くの詩の中に、思春期真っ只中で、感受性が人一倍強い娘さんたちのエピソードや、精神的に揺らぐ母親の村岡さんを娘さんたちが励ます言葉、やはり鋭い感受性ゆえに揺れ母親としてこれでいいのかと自分を厳しく問いただす村岡さんの悩み、映像作家の夫の野々歩さんも登場し、家族の温かくも危うい日常が描かれている。娘さんたちのピリピリした感受性に、村岡さんも野々歩さんも同じ目線の高さで対応し、受け止め、お互いの鋭さが音叉のように共鳴し合い増幅する。壊れそうなお互いを、必死に支え合う家族の姿は、「今ここ」にある「聖家族」の姿をリアルに描いている。

村岡さんの詩は、夢やイメージが唐突に出てきて唐突に途切れたりする。読んでいる方は、混乱する。だが、その混乱した世界こそが、村岡さんの世界なのだと知る。もしも、手慣れたやり方で、それぞれの連の運びをスムーズにしようとしたら、もう、村岡さんの詩ではなくなってしまう。

村岡さんは詩のなかで、自身の過去をどんどん暴いていく。自身に付きまとい激しく苦しめる自己憎悪の原因をつきとめようとする。村岡さんの感じている自己嫌悪や自己否定感は、そのへんにある生半可なものではない。非常に激しく厳しく救いようがないほど深い感情だ。村岡さんは、常にその忌まわしい感情と闘っている。隙あらば自分を抹殺しかねないほどのどうにもならない感情なのだ。さぞきついだろうと思う。
村岡さんが今まで11本の映像を制作し、2018年から詩を書き始め追及していることは、自身のその自己憎悪と自己否定を表現すること、そして、映像制作や詩作で、そのありかを実体として掴み抽出しようとしている行為のように思う。実体が把握できれば、うまく共存することもできるようになるかもしれない。

「クレプトマニア」という詩では小学生の頃の万引きの話が描かれている。そして自分へ自己憎悪を言葉として形にして受け止めてみる。当然、当時の母親や父親の言動も思い出すことになる。そしてさらに救われがたく深く落ち込んでしまうのが行間からうかがえる。しかし、娘さんたちの次のような健気な励ましの言葉や行動を思い出し書くことで、何とか立ち上がろうともがいている。

 

中学3年生の娘が言いました。
『嫌い』っていう言葉は人を傷つけるためにある言葉だから、
簡単に口に出してはいけないよ

でも、私は、私のことが嫌いです。

小学6年生の娘が言いました。
「私が私のお友達になれたらいいのに」

 

また、

 

「ママさん、ママさん」
そう言って、ねむは
はにかみながら私を抱きしめる。
「人ってハグすると、ストレスが3分の1になるらしいよ。」
そう言って、はなが
ガバッと覆いかぶさってくる。

 

「イデア」では、それまで過激な表現が多かった映像作品から脱皮したような穏やかな家族の日常と病弱な愛猫の死を通して、存在とは何かを問いかけているように感じる11本目の同タイトルの映画「イデア」の感想を夫の野々歩さんが言う。

 

「君が今日まで生きてきて、この作品を作れて、本当に良かった。」

 

初期の頃から一緒に映像制作をしていた野々歩さんの言葉の重みを感じ、読者もほろっとする。ここでも、村岡さんは、激しい自己憎悪と自己否定感から、何とか救われようと言葉を連ねる。

『眠れる花』は、ストレートで散文的な言葉に圧倒される。そして強烈な場面が次々に描かれている。現代詩を読み慣れている人にとって、これは詩なのだろうか、と疑問をもつかもしれない。わたしは愚かにも、散文かエッセイのように、行分けされた詩を頭の中で繋げてみた。もちろん、繋がらなかった。これは、まぎれもなく詩なのだと再認識した。詩集中の多くの詩は、詩の概念やロジックからはみ出ている。そこが凄い。村岡さんの大きな才能を感じずにはいられない。

「青空の部屋」では、

 

太陽に照らされて熱くなった部屋の床から
緑の生首が生えてきた。
何かを食べている。
私の性器が呼応する。
もう何も見たくない。
もう何も聞きたくないから。
私は自分の両耳を引きちぎった。
耳の奥が震える。
私が母の産道をズタズタに切り裂きながら生まれてくる音だ。

 

植物のような緑の生首は、新鮮で生命力にあふれかえっている。それは、母の産道を切り裂きながら産まれてくる著者自身だ。現在、精神的な病を抱えている村岡さんは、娘さんたちのために、常に「よい母親」でなければならないと思っている。生首のイメージが現れたとき、村岡さんの母親と自身が母親であることが重なってしまい、「性器が呼応する」。激しく自己を憎悪し、「耳を引きちぎ」りたくなる……。

 

そして、漆黒の沼の底に、
白いユリと黒いユリが絡み合っていた。

 

自分が分裂していく…。その姿を詩の言葉で確認する。そして再生への道を模索していく……。そんな、懸命に生き延びようとする村岡さんの姿に感動する。

「ぴりぴりする、私の突起」では、助産婦に

 

「乳首を吸われると、性的なことを想起してしまって、
気持ちが悪くて、時々気が狂いそうになるんです。
乳首がまだ固いから、切れて、血が出るんですけど、
自分の乳首が気持ち悪くて、さわれなくて、
馬油のクリームを塗ることができないんです。」

 

と打ち明け、笑い飛ばされてしまう。おそらくこの助産婦は極めてフツーの人で、フツーの発想以外を信じないタイプの人だ。しかし、人を相手にする仕事の人だったら、相手が抱える深い闇を見抜き、寄り添おうと努力して欲しいものだと思う。また、村岡さんだけでなく、赤ん坊に乳首を吸われて性的なことと結びつけてしまう女性は、口には出さないだけで、案外多くいるように思う。あたりまえのことではないか……。ただし、村岡さんは誰よりも強い自己憎悪の感情の持ち主だ。だから、自分の乳首を気持ち悪くて触れない……。このことを多くの女性を相手に仕事をしている助産婦さんには理解して欲しかった。

自分のことで恐縮だが、わたしは、妊婦を見かける目を逸らしたくなる。妊婦の膨れたお腹の中に、赤ん坊とは言え、もう一人の人間がまるまって、そこにいる……そう考えただけで、正直、気持ち悪くて直視できない。妊婦は未来を育む赤ん坊を身籠っているというポジティブなイメージしか世の中の人は認めない。でも、わたしには、どうしても受け入れられない存在だ。わたしは妊婦には絶対になりたくなかった……。30代になってから10年以上に渡って下腹部がのたうち回るほど酷く痛み、遂に何も食べられなくなって体重が30キロ台になりガリガリに痩せてしまった時期がわたしにはある。男性と同様に社会で働きたい(働くべきだ)という強い気持ちから、女性性や母性を激しく否定する潜在意識が宿っているのだろう。跡取りとして長男の誕生を切望されていたところに女児として生まれてしまった生い立ちも、深く影響しているはずだ。やっかいなことに潜在意識はコントロールできない。痛みは月経の周期に合わせて月に3週間は襲ってきた。子どもを孕みにくい月経が始まったとたんに身体はすっきりと痛みから解放され、月経が終わると再び断続的にやってくる七転八倒するほどの痛みが続いた。やっとの思いでよい医師に出会え、原因が激しい鬱状態からくる痛みだとわかった。クリニックに通い適切な投薬を受けていることもあり、現在は痛みの症状が出なくなった。これも激しい自己嫌悪や自己否定の類からきているはずだ。こういう自己嫌悪、自己否定の在り方についても、世間の人はなかなか理解できないだろう。

女性、特に母親に対して、世間はいまだに固定的観念を押し付け、抑圧する。しかし、21世紀の現代、その固定的で抑圧的な観念から、進化できないものかと思う。女性であろうと母親であろうと、十人十色の生き方や感じ方があっていいはずだ。

「絡み合う二人」では、母である村岡さんと思春期の娘さんとの微妙な愛情関係が描かれている。微妙な愛情関係とは、母と娘、母と恋人、母と女友だち…そんな複雑な温かい関係だ。しかし、思春期の娘の胸のふくらみに、母として、いつか自分から巣立って離れていってしまうという不安がよぎる。そこから母乳で娘さんを育てるご自身を回顧する連が強烈だ。

 

青空を身に纏った私は、
立方体型の透明な便器に座って
性の聖たる娘を抱いて、授乳をしている
娘が乳を吸うたびに
便器に「口」から穢れた血が滴り落ちて、
やがて吐き気をもよおすようなエクスタシーに達し
「口」はピクピクと収縮痙攣した。
無邪気な眼でどこかを見つめる娘を抱いたまま
私は私を嫌悪した/憎悪した。

 

この鮮やかな連にわたしは驚愕し、感動した。ここには、「新しい、誰も描かなかった母子像」が輝くように存在している。後光を放っている「現代の母子像」として、わたしの胸を射抜いた。

 

小さくて無垢な娘は、お腹がいっぱいになり、
安心したように眠りに落ちていった。

あなたは、悪くない
ごめんね。
ごめんなさい。
穢れているのは、あなたではなく、私なのだから。

 

美しく眠る赤ん坊に向かって謝る村岡さんがいる。読者であるわたしは、思わず声をかけたくなる。「あなたはちっとも穢れてなんかいない。並外れてご自身に、ご自身の身体に、敏感なだけなんだよ。」と伝えたくなる。ありていな言い方になるが、多くの女性は母性と経血を結び付けたりはしない。村岡さんだからこそ、感じられる特別な感覚であり感性だ。村岡さんには、自分の感じたイメージを迷いなく言葉にしていく凄さと度胸を感じる。

詩集には「眠は海へ行き、花は町を作った」「変容と変化」「新しい年の終わりに」など、家族の危うくもほのぼのとした内容の詩も多く含まれている。

2021年6月6日(日)、13日(日)にイメージフォーラムで行われた「村岡由梨映像展<眠れる花>」で上映後のトークで村岡さんは、「日頃、実体に対する不安があり、フィルム制作そのものに実感を感じる」と話していた。会場で配られたパンフレットの2016年に制作した「スキゾフレニア」(16ミリ)の説明には、「私は今、ここに存在しているのでしょうか。今、このキーボードをたたいているのは、本当に私なのでしょうか。このキーボードは本当に、ここに存在しているのでしょうか。この椅子は、本当に、ここに存在しているのでしょうか。この、床は、本当に、ここに存在しているのでしょうか。……」と魂の悲鳴のような言葉が書かれている。村岡さんが一人の人間としてぎりぎりのところで懸命に踏ん張り、生きていることがわかる。

自分の存在、自分を取り巻く世界の存在を確かめるために、映像制作をしてきた村岡さん。その制作体験を礎にしながら、今度は言葉にして、存在を確かめ、書くことを始めた村岡さん。事象を客観視し気付いていく様子が、行を追う読者にもリアルに感じられ一緒に納得させられる。ぎりぎりの状態まで追い詰められながらも、家族の存在に助けられて生き抜いてきた。激しい自己嫌悪と自己憎悪に苦しめられつつも、村岡さん自身も家族を支え大きな力になっているはずだ。これからも、ご自身の感覚や感性からの表現を大切にし、映像制作、そして詩作を続けていただきたい。あえて詩について注文するとしたら、ざっくりと捉えた粗削りな言葉の中味を、さらに開いて細かい表現の仕方にも触手を伸ばして欲しい。とても楽しみな映像作家であり詩人だ。

村岡由梨さんの第一詩集『眠れる花』には、裏表紙となった娘さんの眠さんの絵はじめ、花さんの詩や夏休みの立派な工作の写真、そして病のため1年で命を終えた愛猫のしじみの写真、夫となった野々歩さんとの運命の出会いの話なども織り込まれている。今ここにある「聖家族」の記録となっている。真摯で壮絶な家族の物語は、どこの家庭にも潜んでいる狂気を暴いているようにも思える一冊だ。

 

 

 

 

ブラックダイヤモンド / 20200625

(ジョージ・フロイドさんが殺されてから3か月が過ぎた)

 

長田典子

 
 

ブラックダイヤモンド
眩しく輝く
魔法の肌
綺麗
ほしい

のに
なぜ

I can’t breathe.

ブラックダイヤモンド
息は止められた
20ドル紙幣のために
I can’t breathe.
8分46秒のチョークホールドで
殺された
息ができない ※1

むかしむかし
先祖は
アフリカから船で連れて来られた
家畜のように
それからずっとずっとずっと
息ができない
息を止められたまま
ずっとずっとずっと

We are human beings!

We can’t breathe!
人間なのに

ブラックダイヤモンド
闇が世界中を覆っている
息ができない
息を止められた
もうたくさんだよ

ブラックダイヤモンド
風邪をひかないように
帽子とスキーマスクをしていた
帰宅を急いで
歩いていた
怪しまれた
I can’t breathe.
殺された  ※2

ブラックダイヤモンド
恋人と部屋で眠っていた
それだけ
ノックもなくドアを開けられ
撃たれた殺された
一瞬で
I can’t breathe.
それさえ言えなかった ※3

ブラックダイヤモンド
フードを被ってジョギングをしていた
ポケットから携帯を出そうとした
怪しまれた
撃たれた殺された
17歳だった

I can’t breathe.
それさえ言えなかった ※4

息ができない
息ができない
Mama. Mama.
数え切れないブラックダイヤモンドが
殺され続けてきた
獲物のように

もうたくさんだよ
Mama. Mama.
どれだけ殺されたら
この闇は終わるのだろう

Black Lives Matter!

ブラックダイヤモンド
なぜ生まれた
闇を輝かせるために生まれた

お母さん!

ブラックダイヤモンド
闇の中でも眩しく輝く
魔法の肌
肌理の細かい綺麗な肌を
わたしは
ほしい

ブラックダイヤモンドは美しい

ブラックダイヤモンド
闇を照らせ!

Black Lives Matter!
Black Lives Matter!

闇を照らせ!

ブラックダイヤモンド
眩しく輝く
魔法の肌は
美しい

わたしは叫ぶ

Black Lives Matter!
Black Lives Matter!

 
 

※1.ジョージ・フロイドさん 
2020年5月25日ミネソタ州ミネアポリス近郊で20ドル札使用容疑で手錠をかけられ、8分46秒間、途中意識を失っているにも関わらず首を膝で圧迫されて死亡。享年46歳。
      
※2. ブレオナ・テイラーさん
2020年3月13日ケンタッキー州ルイビルの自宅で恋人と就寝中にノックもなく警官が押し入り8か所撃たれて死亡。
享年26歳

※3 トレイバン・マーチンさん
2012年2月26日フロリダ州サンフォードでコンビニから帰る途中、容疑者と疑われ撃たれて死亡。享年17歳。

※4 アリージャ・マクレイン
2019年8月24日コロラド州オーロラでアイスティーを買って帰宅途中、警官に怪しまれ殺害された。貧血症のため風邪をひかないように帽子とスキーマスクをしていた。享年23歳。

※5 上記4名は氷山の一角であり、400年以上に渡って数え切れない黒人が理不尽に殺され続けてきた。2016年にトランプがアメリカ大統領に就任後、白人至上主義者による黒人への憎悪犯罪が増加傾向にある。


 

 

 

Sakura Sakura

 

長田典子

 
 

さくら、サク、ラ、
かすみかくもか
薄墨色、けぶる
花房、すずなりの、
み、わ、た、す、か、ぎ、り、
アバンギャルドな、不穏に響く変ホ長調、CDから流れる
スタンリー・クラークのSakura Sakura みわたすかぎ、……消音、空白の、り、
アバンギャルドな、不穏な、り、立ち現れたる我らの
妖怪「土蜘蛛」の、千筋、万筋、白い糸伸ばす、
Scatter 散りばめる、
り、はらはら垂れる り、り、…… ふいに消滅、
ウッドベースの低い重なる不協和音 破れ、去る、空白、その気配、

低い空から弾ける薄墨色の花火は
下降する、はらはら花びら Scatter まき散らす
五臓六腑に匂い発つ墨…、墨…、じわじわ薄紅色に染めあげ、
長机に向かって小さな手で書いた高音の「さくら」から遥か遠く
黒い土の上をけぶる薄紅色の気配
花房、
群れる 散る 這う 広がる 渦巻く その先の空白
空白 ヨコハマ、リビングから
てのひらの「土蜘蛛」の糸、千筋、伸ばし伸ばし、飛ばした
七年前のニューヨーク、ブルーノートへ
大嵐、
水没したロウアーマンハッタン
三日後には開店
ステージが終わると客は急ぎ足で外に消えていった
Scatter 散らす、
暗闇の中でライトが小さく灯る
何か記念のお土産をと二階に上がって行ったら
いつも人で賑わっているフロアには誰もいなくて
あなたにバッタリ出くわした
咄嗟に
二人で写真を、とお願いしたのだった
あなたの腰に腕を回し脇腹の贅肉をぎゅうっと摘んだ
写真よりもその手の感触がわたしのお土産
いざや いざや
七年後、
二〇二〇年
ブルーノート・トーキョー
ようやくあなたのウッドベースの音を聴いた
記念のお土産に買ったCDの
Sakura Sakura
不穏な変ホ長調、二オクターブ下の重なる隣合わせのドとシ、はらはら、煙る
けぶ、る
ヨコハマのリビングでSakuraは
いざや いざや
渦巻く不協和音、濁る、一月の床は冷たく広がる
のやまもさとも
攻撃、報復、くすぶ、る、る、疫病、る、る、り、花房めくるめく、
低く弾ける花火は黒い土の上を群れる、渦巻く、散らばる、くすぶ、るる、
花房はなびら るる、り、り、り、はらはら散らばる り、り、
立ち現れたる
我らの妖怪「土蜘蛛」の白い糸、千筋、万筋、伸ばす り、り、り……、
消音する、りりりりりり……、不穏な、り、り、り、
Scatter 散りばめる、
スタンリー・クラークのウッドベースがリビングの床に反響する
温かい消音、り、りりりりりりり……、五臓六腑に沁みわたる
あの日
あなたの脇腹の贅肉をぎゅうっと摘んだその指で
紐スイッチを引く
ライトを点ける
けぶる 春
薄墨色の花房
不穏な 温かい 燻る
はらはら るる、り、り、り、り、り、り……、
いざや いざや
春です

 

※童謡「さくら」より引用あり
※「Sakura Sakura」…『Jazz in The Garden』The Stanley Clark Trio with Hiromi &Lenny Whiteより引用

 

 

 

てのひらのうちがわには

 

長田典子

 
 

ふと
テーブルに手をおく
あなたはかならず平面に
ゆびさきを縦にする

五歳だった
ほら、こんなふうに、
てのひらに触れた茹で卵に
ゆびを沿わせてまげた
その角度のままに

「茶色の小瓶」の八分音符は難しくて
あなたは泣きじゃくった じれったくて
いちどできたら繰り返し弾いた
八分音符と八分休符の組み合わせが
きもちよくて

ジャズ ジャズ やめられないジャズ

卵が発熱する
パソコンの
キーボードは鍵盤
ゆびは 今も
ピアノを弾いている

あの日のまま ゆびさきをたてて
叩くパソコンのキーボード
卵は熱い卵はくるしい卵はじれったい

産みたい産まれない産みたい産まれない
ジャズ ジャズ やめられないジャズ

産まれたら きっと
だきあおう
牙をむくまえの
甘噛みのように
だきあおうよ
毛が生えそろう前の獣のように

弾き語る
ジャズ ジャズ ジャズ 発熱するジャズ

十二歳
ピアノ教室はやめた
バスで街まで行ってまだ知らないソナタの楽譜を買い
調律されていない古びたピアノで夜中まで練習した
独りぼっちで卵を温め うちのめされ
あなたがピアノを弾くのをやめたのは十四歳
てのひらのうちがわで
卵を温めた そのかたちのまま

ジャズ ジャズ ジャズジャズ ジャズ


鍵盤は
パソコンのキーボード
あの日のまま ゆびさきをたてて
てのひらのうちがわには発熱する 卵

卵は孕む卵を孕む
卵は卵を産み落とす産み落とす
発熱する卵 孵化する 孵化する
バックミュージックは「茶色の小瓶」
ぽろ、ぽ ぽろ、ぽ ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽろ、ぽ、
ゆびさきは つっかえる ひきかえす はんぷくする はんぷくする
制御不能な 暴走する 沸騰する じれったい

産みたい産まれない産みたい産みたい産みたい

ジャズ ジャズ ジャズ くるおしいジャズ

キーボードはわたしはわたしのてのひらは
ゆびさきは
弾き語る
産みたい産み出したい産み出す
キョウリュウ!
しっぽが長くて 巨大な 牙をむく
凶暴な 肉食の
不用意な 制御不能な
ぽろ、ぽ ぽろ、ぽ ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽろ、ぽ ぽぽぽぽ
キョウリュウ!

産まれる産まれる産まれる産まれる

ぽろ、ぽ ぽろ、ぽ
ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、
ぽろ、ぽ、ぽぽぽぽ

キョウリュウ!
だきあおうよ
牙をむくまえの
甘噛みのあとは
ふかく ふかく
交りあおうよ
不用意に 凶暴に 制御不能に
くるおしく
食らいあおうよ

キョウリュウ!

 

 

 

レポート さとう三千魚「自己に拘泥して60年が過ぎて詩を書いている」

(2019年7月26日(金)於・青山スパイラルルーム)

 

長田典子

 
 

2019年7月26日(金)、詩人の松田朋春さん主催Support Your Local Poetのイベントで、さとう三千魚さんによる「自己に拘泥して60年が過ぎて詩を書いている」の講演が、19時から青山スパイラルルームで行われた。暑い夏の夜だった。
とても楽しみにしていたので開演30分前に会場に到着すると、パワーポイント用のスクリーンの前で、さとうさんはパソコンで内容のチェックをしていた。浜風文庫’s STOREのTシャツにジーンズというラフな姿だった。場所はおしゃれな青山。しかも前面の大きなガラス窓からはスタイリッシュなビルが見える部屋とあって、最近太ってパツンパツンになってしまっているにもかかわらず、一張羅のお花柄のワンピースを無理やり着込み緊張して出向いわたしだが、さとうさんのラフな格好を見て一気に緊張がほどけた。

さとうさんのそのゆったりした雰囲気とともに、優しい人柄が滲み出てくるような、わかりやすい話だったこともあり、わたしだけでなく、会場全体が始めからほっと和みながらさとうさんの話を聞くことができたと感じている。

1980年代からさとう三千魚さんのご活躍は詩の雑誌を通じて存じ上げていたものの、わたしがさとうさんに初めてお会いしたのは、鈴木志郎康さん宅で行われている詩の合評会「ユアンドアイの会」のときである。今から4年ぐらい前のことなのに何だか古くからの知り合いのように感じている。さとうさんは、現在は会社を退職されて静岡にお住まいだが、その前は、平日は東京、休日は静岡で過ごされていた。当時わたしはスーツ姿のさとうさんしか見たことがなかった。日曜日の「ユアンドアイの会」には、翌日の会社勤務を控えて静岡から重いノートパソコンを持参しての参加だったからだ。ウエブサイト「浜風文庫」でもお世話になっており常にとても温かい対応をしてくださるおかげで、とかく萎縮しがちなわたしなのに、のびのびと作品に取り組むことができている。「浜風文庫」も休日以外は地道に毎日更新されている。いつもにこにこしている穏やかな印象や風貌から、さとうさんは、とても上手に社会と折り合いをつけて生きている人、誰とでもうまくやっていける人だと思っていた。
でもそれは社会人になってからの世間に向けての顔であり、本来はどうやら違っているらしいことがわかった。秋田県出身のさとうさんは、どことなく口が重い、シャイで寡黙な人というイメージもかすかに感じとってはいたのだけれど。

さとうさんは、幼児期、言葉を発するのが苦手で、常に母親の後ろに隠れているような子だったという。詩は小学生の頃から書き始め、中学生になってからは、通学していた学校で詩人の小坂太郎さんがたまたま教師をしており、小坂さんに詩を見てもらっていたという。ここで、すでにさとう三千魚さんは詩人としての芽をじわじわと伸ばしていたのだ。恵まれたスタートだったと言える。
高校時代は孤独だったという。受験のため東京に出てきたが、満員電車に圧倒され満員電車恐怖症のようになり、結局、浪人時代も朝の満員電車に乗れないために予備校には通えず桜上水のアパートの部屋に引きこもっていたのだという。当時、アパートの近くには野坂昭如さんの豪邸があった。野坂昭如さんの『さらば豪奢の時代』という本を読んださとうさんは、著者の書いていることと実際にやっていることの乖離を感じ手紙を書き送ったとのこと。さとうさんの生家が農業を営んでいたことから「実際はこんな甘いものではない」と憤りを感じたのだ。「他の著書も読むべきであったのに、若気の至りだった」とも言っていた。浪人時代のこのエピソードを聞いて、わたしはさとうさんの「詩の核」を見たような気がした。

その後、さとうさんは、小沢昭一さん率いる「芸能座」の研究生になった。演出部に所属し、演出助手をやりながら大道具や小道具もやっていた。研究生の合宿で、小沢昭一さんの前で余興をやらなけらばならなかったときに、さとうさんは西脇順三郎さんの詩「旅人かえらず」を朗読した。小沢さんは、さとうさんの詩の朗読をしっかり受け止めて聞いてくれたという。劇団にいても詩を手放さなかったさとうさん。やはり生来の詩人だと思った。

少年時代、さとうさんは雲ばかり見ていたという話は以前に聞いたことがあった。その視線は今も変わらず、日々、フェイスブックにポストされる写真からも知ることができる。

さとうさんには独特の視線や触手がある。

最新詩集『貨幣について』(2018年・書肆山田)刊行に向けて書いている段階で、考えを煮詰めていたとき、疲労とストレスがあいまって移動中の新幹線から降り熱海駅のホームで倒れてしまったときのエピソードが強く印象に残った。病院に救急搬送され病院の窓から外を見たとき「すごいものを見ちゃった」と感じたという。搬送された熱海の病院は片側が海に面した断崖絶壁の上に建っていた。さとうさんは倒れたとき血圧は上が220まで上昇していたらしい。この状況で病院の窓から絶壁を見てしまったさとうさんは、自身の状況を直感として把握し受けとめたのだろう。こういうとき、人は、人生のメタファとしてさらに言葉を続けて言いつのってしまうものだ。あるいは、わたしのように、ぼーっと生きている人間だったら「やれやれ、酷い目にあったものだ。ようやく家に帰れるわい」「今日は天気がよくて景色が良く見えるな、病院に搬送されるなんてなんてこった」、「なんだ、この病院、こんな崖っぷちに建っていたのかー」など、仕事帰りに病院に救急搬送されてしまった不幸をまずぼやきたくなるだろうし、無事であったがゆえに徒労感でいっぱいになってしまうものだ。あくまでも自分の経験と比較しての感想だけど。しかし、さとうさんは一言「すごいものを見ちゃった」と言ったのだ。わたしは、そこがすごいと感じだのだ。

ちなみに、詩集『貨幣について』の連作を執筆中、実際に千円札を燃やしてみようとしたが、燃やせなかったらしい。もちろん一万円札も。
十分に過激である。貨幣とは、かくも強靭な存在なものなのかと複雑な感慨を覚えたわたしである。

さとうさんの直感的で濁りのない視線は詩だけでなく芸術全般におよび、主催する「浜風文庫」には、詩人だけでなく画家、写真家など幅広く作品が掲載されている。この視線の行方は際立っていると感じている。

その直感的な視線と生来の寡黙さは、さとうさんの詩にもうまい具合に作用しているように思う。

さとうさんは、新日本文学の詩の講座で鈴木志郎康さんに出会い、その後の詩集出版に繋がる詩を書き始めた。さとうさんに影響を与えた詩人は鈴木志郎康さんの他に西脇順三郎さんがいた。つい最近は、谷川俊太郎さんの『はだか』を読んで衝撃を覚えたとのこと。この三人の詩人の詩、そしてご自身のデビュー詩集『サハラ、揺れる竹林』から「マイルドセブン」、『はなとゆめ』から「地上の楽園」、『貨幣について』から「19.貨幣も焦げるんだろう」を朗読した。30年以上前の初期の作品「マイルドセブン」はあまり読みたくなさそうだったが、主催者で司会の松田朋春さんにリクエストされて大いに照れながら朗読された。これを聞いた人はとても感銘を受けたようで、その後の二次会の席でも話題になった。
とても自然で胸に染み入ってくるような朗読だった。

今回、わたしは、「地上の楽園」に改めて注目したのでぜひこの場を借りて紹介したい。

 
 

地上の楽園

 

息を吐き
息を吸う

息を

吐き

息を
吸う

気づいたら
息してました

気づいたら息してました
生まれていました

わかりません

わたしわかりません
この世のルールがわかりません

モコと冬の公園を歩きました
モコの金色の毛が朝日に光りました

いまは
言えないけど
いつかきっと話そうと思いました

モコ
モコ

なにも決定されていないところから世界が始まるんだというビジョンは

いつか伝えたい
いつかキミに伝えたい

息を
吐き

息を
吸う

息を吐き
息を吸う

モコと冬の公園を歩きました
柚子入りの白いチョコレートを食べました

モコの金色の毛が光りました
モコの金色の毛が朝日に光りました

わたしはモコを見ていました

そこにありました
すでにそこにありました

 

 

先に述べた寡黙で直感的な詩人の側面がここにも表れている。
「息を吐き/息を吸う」というリフレインに始まり「気づいたら/息してました」と書くあたり。まるで世界を初めてみたかのような驚きを感じる。そう、「すごいものみちゃった」は初めて世界を見た人の根源的な発語のようなのだ。だから、日ごろ情報まみれのわたしたちは、その新鮮な発語を聞いて驚くのだ。「わたしわかりません/この世のルールがわかりません」も、なんと清冽な行だろう。「何も決定していないところから世界がはじまる」まで読んで、なるほど、とわたしたちは改めて詩人によって気づかされるのである。確かにどんな瞬間も厳密に言えば「何も決定していない」ところから始まっているのではないか。最後の「そこにありました/すでにそこにありました」は、愛犬モコの金色に光る毛の存在を通して、詩人の希求する決定された「ビジョン」をそこに発見したということだろうか。
改行や細かく分けられた連の間からも、さまざまな想いが生まれ、読者に考える空間としての猶予を与えてくれる。深い世界観を感じると同時に切迫した言葉の行から切ない感情が湧き上がってくる。もう一度読み返したいという気持ちにさせてくれる。

余剰時間の多くをスマホに奪われつつある今日、わたしたちがじっくり詩を味わう時間は明らかに減っている。これはわたしの個人的な思い込みだが、わたしは詩を常に傍らに置いて繰り返し楽しみたい。生活に疲弊したとき、ふいに空白の時間ができたとき、詩を繰り返し読むことで、ふっとその詩の世界に入り込み現実の自分とは違う世界や湧き上がる想いを楽しみたい。わたしにとって、詩集は書物というより大切な宝箱のような存在だ。宝箱を開けたときのような豊かできらきらする時間を、さとうさんの詩は与えてくれるような気がする。さとうさんの詩は、時間に追われる忙しい日常からふと距離を置いて読むことをお勧めしたい。

さて、この7月26日(金)は、詩人に限らず写真家や画家の方々も集まっていてさとうさんの幅広い交友関係に改めて驚いた。わたしは、詩人のイベントでこれほど幅広い分野の人々が集まっているのを初めて見た。

実は、『サハラ、揺れる竹林』が発売されてすぐに、わたしも購入した一人である。「~するの」という語尾の扱い方がとても新鮮で影響を受けた。そのさとう三千魚さんと、30年後にお会いし一緒に詩の合評をしたり、さとうさん主催のウエブサイト「浜風文庫」でお世話になっているという幸せな出会いにとても感謝している。

 

 

 

とってもよいことが起きる日

 

長田典子

 
 

つよい北風がふいて
ドアは
たすけてたすけてたすけて
と言いながら
閉まった

たすけ
てた
すけて

たすけくん
出た ドアから
すけて
とうめいにんげん
出た

ドアは閉じて開いた
はろはろはろはろはろー
と言いながら
たすけくん
ドアを
ぱたりぱたりぱたりした
音だけがした
たすけくん
だれも気がつかない

たすけくん
てけすたてけすたてけすたこらさっさ
丸テーブルの上にあったお土産のずんだもち
たべた
たすけくん
ずんだもちたべた
ずんだもちのすけになった
もちもちねばねばざらざらする
ぱたりぱたりする
つよいつよい山形だだちゃ豆の
山形ずんだもちのすけになった

つよい風がふいて
山形ずんだもちのすけさん
ドアをぱたりぱたりぱたりして
はろはろはろはろーって
ドアを開けて
てけすたてけすたこらさっさ
丸テーブルに向かって歩いていった
だだちゃ豆色の燕尾服きた紳士の
山形ずんだもちのすけさん
ふかくゆっくり椅子に座った

きょうは
なんの日?

知らない
でも
とってもよいことが起きる日さ

山形ずんだもちのすけ男爵は
てけすたてけすたこら
さっさっさ
あご髭をすぅっとなでたんだぁ

 

 

 

かーん、かーん、キラキラ

 

長田典子

 
 

雪、ゆき、雪、
まーっしろ、キラキラ
野原に
ひざまでつもった

きぃちゃんと足跡を付けて歩きまわる
長靴で
かーん、かーん、キラキラ、
聞こえない音が
響きわたり
ふたりの声は 靴音は
雪野原に吸い込まれていく
かーん、かーん、キラキラ、

学校は休み

きぃちゃん
あなたは今
どこにいますか

いっぱいあそんだあとは
いっつもおなかがすいた
きぃちゃんの家に行くと
お父さんもお母さんもいない
いっつもいない
おそくまでいない
きぃちゃんは小さな手で塩おにぎりを握ってくれた
小学2年生のきぃちゃんの手は
まほうの手だった

おにぎりを頬ばりながら
きぃちゃんは うちあけた
おとうさんね
よく なくの
くにからの お手紙よみながら

おとなが泣くとは知らなかった
家に帰ってまっさきにおばあちゃんにおしえると
おばあちゃんは
おくにに帰りたくても帰れないんだよ
だれにも言っちゃだめだよ
ふしぎなことを言った
おまえはきぃちゃんと
なかよくしなくちゃいけないよ、って

きぃちゃんは
わたしのいちばんのおともだちで
そんけいするおねえさんだった

きぃちゃんのお母さんは
出かけるとき
リヤカーをひいて出かけた
ウチに電話がかかってくると
きぃちゃんちに走って呼びに行った
黒電話の受話器にむかって
きぃちゃんのお母さんは
聞いたことのないことばで喋っていた

ダム建設のために
村の家が一件、また一件と引っ越していったとき
きぃちゃんも
いつのまにか
どこかに行ってしまった
何も言わないで

雪、ゆき、雪、
まーっしろ、キラキラ
だれもいない
雪野原
かーん、かーん、キラキラ
雪の
無音の音が響きわたり
きぃちゃんはいない
ひとりぼっちの雪野原はつまらなくて
足跡ちょっとつけても足跡じゃなくて

ウチもいよいよ引っすことになったころ
きぃちゃんが森戸坂の橋に立っていたよ
誰かが言っていた
朝鮮学校の制服を着ていたよ
チマ・チョゴリっていうんだよ、って

朝鮮学校の制服?
見たことがあった
八王子に買い物に行ったとき

ひざまで積もった
雪野原に穴をあけながら
きぃちゃんといっしょに歩きまわった朝
たくさんの穴をあけた
ふたりで 長靴で
たくさんの穴をあけたのに

ひとりぼっちの雪野原はつまらなくて
足跡ちょっとつけても足跡じゃなくて
胸のあちこちにたくさんの穴が開いたようで
ひゅうーっ、ひゅうーっ、にゅうーっ、にゅうーっ、
冷たい風が いつまでもいつまでも
吹き抜けていった
きーん、きーん、きーん、きーん、
凍えて 痛かった

きぃちゃんは
ものすごく遠いところに行ってしまった
もう にどと
会えないところに行ってしまった

かーん、かーん、キラキラ、
かーん、かーん、キラキラ、

きぃちゃんと
わたし
なにもちがわない
おくにが違っても
朝鮮学校の制服を着ても着ていなくても
なにもちがわない
いっしょに雪を踏んで遊んだ
いっしょに塩おにぎりを食べた

かーん、かーん、キラキラ、
かーん、かーん、キラキラ、

きぃちゃん、
あなたは今
どうしていますか

 

 

連作「不津倉(ふづくら)シリーズ」より

 

 

 

ツリーハウス

 

長田典子

 
 

ぱく もぐ ぱく もぐ 
ぱく ぱく ぱく

あのころ
池の鯉は
白いソーメンを
上手に口に咥えて 
泳ぎ回った
水中で
ながいソーメンをなびかせて
泳ぎ回る鯉たち
鯉たちのためにと茹でられたソーメンは
粉から捏ねて作られたもの
ほら、みんなよろこんでいるよ
まいあさ
おばあちゃんはわたしの小さい手を握って言った
トマトの実が赤々とゆれ
山羊は黒曜石のような美しい玉を産み落とし続けた

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぽっとん

近所のおにいちゃんやおねえちゃんたちが
なにを言っているのか 
さっぱり わからなかった
くちびるが縦横ななめにすばやく動くのを
ひたすら見上げていた
鯉よりも山羊よりもトマトよりも豚よりも鶏よりも
さっぱり さっぱり わからなかったんだ

このまえ
墓参の帰り
どうしても湖の縁の淵をのぞいてみたくなって
みんながいた場所を見たくなって
あの村に続いていた山道を下って行った
水辺へと続く 道なき道を

おばあちゃーん、おじいちゃーん、
おかあさぁーん、おとうさぁーん、
山羊たち、鯉たち、豚たち、鶏たち、
どこにいるの?

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん

みんなみんな どこにいるの?
どうしてどうしてどこにもいないの?
村は食べられちゃったの?
なにに? 

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん 

山道を下って行くと
いちばんはじめにドングリの大木を見つけた
昔のまんま 太い根で赤土を鷲掴み
まだ 生きていた!
生きていた!

ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん
いっつも追いかけていた
学校に入る前から
何を言っているのか 
さっぱり さっぱり わからなくても
近所のおにいちゃんやおねえちゃんのあとを追いかけて
走り回っていたっけ
田んぼのあぜ道 山道 野原道
川原の石ころ とんとん渡り

折れ曲がる
ヘアピンカーヴの山道
片側は剥き出しの関東ローム層の赤土が切り立っていた
その曲り角の赤土のてっぺんに
ドングリの大木が
太い根を巨人の掌のように広げ大地を鷲掴んでいた
昔のまんま
節くれた太い指の下は洞窟で
おにいちゃんたちは
木の葉や枝を集めて秘密基地を作っていたんだ

ぱく もぐ むしゃ ぱくぱく ぱっくん ぼと ぼっとん

みんなの声は
坂を下った川沿いの村まで届いていきそうだった
おにいちゃんたちのくちびるは
すばやく動く
鯉よりも山羊より豚よりも鶏よりも
わからない
わからない
ぱくぱくぱくぱく ぱっくん もぐ むしゃ ぼっとん
見ているうちに急に大便をもよおした
うんこ、したい……と言うと
………、いいよ、と聞こえ
わたしは
おもむろに基地のど真ん中にやってしまった
ちょうど誰もいなくなった一瞬のできごと
そのとたん
臭いがたちこめ
秘密基地の周辺は大騒ぎになってしまったっけ
おにいちゃんたちは
ひどく怒って
ばくぶくばくぶく ぶちゃぶちゃ ばっぐん ばぐばぐ ばぁん!
怒鳴り散らしながら
どこかに走って行ってしまった

みんな どこにいるの?

ばぐぶぐばぐぶぐばぐぶぐばっぐん
ぶちゃぶちゃ どっぷん どっぷん とぷとぷとぷ

鯉よぉっ! 
山羊よぉっ! 
来いよぉ!
みんなぁっ!

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん

はなればなれになっちゃったね
村が湖に沈むとき
みんな みんな いなくなっちゃって

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん

湖の縁の淵には
わたしたちがいた村があったのに

みんなぁーっ! 
ドングリの大木はまだあったよ
まだ 生きていた
昔のまんま
巨人みたいに大きな掌を広げて
赤土を掴んで立っているよ
根っこの洞窟は
わたしたちのツリーハウスだよ!

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん

おばあちゃーん、
おじいちゃーん、
おとうさぁーん、
おかあさぁーん、
みちこさぁーん、
けんろくさぁーん、
おなかさぁーん、
かおるくーん、
よしこちゃーん、
おりんさぁーん、
ねぇ、みんなぁーっ!

山羊が産みだす黒曜石の丸い玉、ときどき逃げ出した豚、
たわわに実った黄色い柚子の実、真っ赤に熟したトマト、
まだ温かい生みたての卵、………、

とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷんとっぷん

鯉たちが咥えた白いソーメンが湖の底でなびくのが見えた?

村は食べられちゃったの?

なにに?

あは、
食べられてなんかいないさ
ドングリの大木みたいに
続いていくのさ

墓参の帰り
駅まで姪の車で送ってもらう

 
 

※連作「ふづくらシリーズ」より
※小島きみ子氏主催「エウメニデス」49号初出を大幅に改稿した。

 

 

 

巡礼

 

長田典子

 
 

観光バスは
ユーラシア大陸の果てまで旅を続けた

聖地ファティマ
小雨の濡れそぼるなかを
分け入っていくと
聖堂へと続く道の上を 列になって
跪きながら進んでいく巡礼のひとびとを目撃する
襤褸と化した膝あてを頼りに
祈りながら
進んでいくひとびと
太陽が狂ったように空をぐるぐる回った町で

拡声器から聞こえる罅割れた声のほうに
広場を歩いていくと
司祭が大勢のひとびとを前に説教をしていた
あれは神業だね、
舌を震わせるLの発音はどうしてもできない、
連れの男にのんびりと耳打ちをし
群衆から距離を置いて佇む
ぼんやり
音楽のように抑揚することばに耳を傾けていた

抑揚の音符は
空っぽの体内に降り注いでいった
ぼんやりと
ただ 降り注いでいった
だけだったのだが
ふいに
把握しきれない感情が湧きあがり
嗚咽してしまう
熱い涙が頬を伝わるのを抑えられなくなる
炎のように 狂おしい 涙
哀しさなのか いとおしさなのか 怒りなのか
身体の奥底から
今はもういない
たいせつなひとびとに
とつぜん
召喚された
狂おしく

召喚された

あれは
銀色のロザリオだった
黒く変色した桐の抽斗で眠り続けていたのは
幼い頃
生家の仏壇の横で
そっと手に取ったことがあった
もう
どこをさがしても見つからない

ユーラシア大陸の果てでは
蒸気した空気にかきまぜられて
混血する
広葉樹林のジャングル、
イスラム様式の建物、
アズレージョ、
野良犬たち、

ジャパン
河沿いの小さな村は
村ごと大移動した
ぐるぐると長い歴史を襤褸のように纏って
わたしたちは混血した
捧げた
河岸段丘の底
すり鉢状の土地を ダム湖のために
新しい歴史のために
昭和のキャピタリズムのために
跪いた
混血した

やがてそのダム湖にセシウムが容赦なく降り注ぐなんて
誰が予想しただろう

わたしたちは捧げた
跪いた
その、
キャピタリズムに

長い歴史を襤褸のように纏って
わたしたちの巡礼は
昏く
続く

深夜
ファティマから
バスを乗り継いでリスボンに到着する
雨に濡れた石畳の坂を
連れの男と並んで登って行く

 
 

※「連作・ふづくらシリーズ」より

 

 

 

黄浦江(こうほこう)

 

長田典子

 
 

ゆうるりゆったり曲がる
蛇行、
メアンダー、
いいなぁ
だこうって
いいなぁ
ねぇ、カコ、
はずんだ声で
オリエンタルパールタワーから黄浦江を見下ろす
銀行員だったカコは
パンフレットを片手に
あれが
ジンマオタワー、
ファイナンシャルタワー、と真剣に確かめている
案内のリーさんがケイタイをとり
メイファンの試験はうまくいきました、とエイ語で報告してくれた
彼女は黄浦江の対岸の大学院で難しい試験をひとつ終えたところ
だこう、ゆうるり曲がって まるまってメアンダー、
リーさんはメイファンのクラスメイト
来月からリーさんはアメリカに、メイファンはベルギーに
交換留学生で出かけてしまう
難しい試験を終えたメイファンの胸の晴れ間が
カコとわたしとリーさんを包み込む
ゆうるり まるまると
だこう、メアンダー、

きょうは
河沿いのワイタンを歩いてから
エレベーターで上昇し
ゆうるり、まるまると、螺旋階段を昇り
東方明珠電視塔、オリエンタルパールタワーの
地上351メートル
展望台にいる

ゆうべ泊まった五つ星ホテルのベッドで見た夢は
広い野球場のマウンドで
大勢の人に胴上げをされている夢だった
わぁーっ、と大きな声で寝言を言ったよ、
カコが長い髪をとかしながら教えてくれた

ああ、これが蛇行、メアンダー、と
橋の上から見下ろしたのは
ずっとずっと前 高1の夏
地理の授業で
蛇行すなわちメアンダー、と知って
部活の帰り
近くの河で写真を撮った
身体の奥深い場所で雷鳴が轟いた
旋回しながら落ちていった
ふかく ふかく
あれ以来
アラスカ、ミシシッピ、四万十、ハドソン、アマゾン、テムズ、
テレビや地図 旅先で 飛行機の窓から
蛇行する河を見かけるたびに
16歳の制服を着た少女になり 体内で遠雷が轟く
ときに写真に残した

巻き上がる
遠雷、蛇行、メアンダー
轟く
黄浦江の流れは
ゆうるりゆうるり90度に折れ曲がり
試験を終えて駆けつけた
メイファンと合流する
展望台の隅の土産物屋で翡翠を物色するわたしに
パールがいちばんいいね、とメイファンがニホン語で言う
耳には大粒のパールのピアス
きれい
東方明珠電視塔、オリエンタルパールタワー、
ニューヨーク、わたしはメイファンにニホン語を教えていた
マンハッタン、カコとは同じ語学学校だった

地上351メートルの透明ガラスの床の上
上海、
市街地の上空
カコ、
リーさん、
メイファン、
わたし、
それぞれに違う大きさ
違う靴の
片方を載せ
四葉のクローバーの形にする
写真を撮る

ウィチャットで送り合おうね
まるまると まあるく
蛇行した河から上昇する気流はやがて竜になる
空を旋回する
ゆうるり まあるく まるまると
カコ、
リーさん、
メイファン、
わたし、

 

※連作「不津倉(ふづくら)シリーズ」より