鈴木志郎康
敗戦直後のころだっちゃ。
小学生の俺っち、
でっかい工場の脇の、
学校の帰り道で、
目の前に落ちてた札束を
拾ったっちゃ。
と、
前を見ると、自転車に乗った
おっさんいたっちゃ。
「おじさん、落し物だよ」って、
そのおっさんに
札束を渡しちゃったのさ。
札束を持って、
おっさんはさっと行っちまったっちゃ。
家に帰って、
兄に話したら、
そのおっさんの札束か
分かんねえじゃねえか
って言われて、
俺っち、がっくりしたっちゃ。
それが七十年余り経っても忘れられませんっちゃ。
亀戸八丁目の国鉄の踏切を越えて、
行っちまったおっさんの
後ろ姿が忘れませんっちゃ。
ふと、思い出すっちゃ。