見晴らしのいい場所

 

正山千夏

 

歩いているあいだに
ずいぶんと長い時間が経ち
しばらくぶりに
見晴らしのいい場所へ出た

季節外れの台風が去り
細い月はぴかぴかに洗われた
金木犀は地面に落ちて金に変わり
かぐわしい香りもしなくなった頃のこと

なぜか急に思い出す
まだティーンだった頃、空の青が
好きで好きでしようがなかったこと
胸のあたりにあたたかな感触が
湧きあがる

大好きだった人のこと
どんなふうに愛したのか愛さなかったのか
忘れていたチカラが
ふたたびあたしの中にあるのに気づく
孤独を暗示した強い風
その音さえ甘やかに

あたしはそこから
動き続ける雲を見ている
新しい風が新しい不在を呼び
新しいあたたかな感触がそこに
流れ込んでくるのを

 
朝もやの流れる木立の間から
鹿が耳を立ててこちらを見ている
と思ったら消えた
あたしはゆっくりと
それを追い始める

 

 

 

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