虫の音でミタス

 

正山千夏

 
 

夜の公園を歩く
虫の音の充満する9月の終わり

夏草から枯葉に変わりはじめた草
ざくざくと踏み

虫の音の向こうには
高速道路クルマ走る唸る声

夕暮れから夜に変わりはじめた空
まだうろこ雲が見える

頭の中ぎゅうぎゅうに詰まった
ツマラナイ刺激のループ手放せば

入り込んでくる虫の音で
私が満たされていく

 

 

 

葛藤のないもの

 

正山千夏

 
 

外で遊ぶ子供の声が途絶えた
きっとお昼を食べに家に入ったのだろう
雨の音はしないのに
通るクルマの音は濡れている
私はまだベッドのなかで
朝の憂鬱とたたかう

腰を曲げ頭頂を天空に向けるために手をつく
今現在の私が今日を生きていくために
まずしなければならないことは
たったこれだけなのに
自律神経は逆らう
腹痛を起こさせる

私の自律神経は
何を期待し何に落胆しているのか考える
眠り続ける快楽を貪りたい欲望と
日が昇ってしまう落胆

1日の終わりには
また葛藤する
夜更かし光の快楽を貪りたい欲望と
日が暮れてしまう落胆

私のシナプスは
何を期待し何を恐れる信号を通すのか考える
落胆の経路が太くなれば
小さな恐怖の経路となるのか

せめてもの小さな抵抗の集まりが
私の人生の動きを鈍くする
そのせめてもの抵抗とやらは
一体だれに対するものなのか
全体何に対するものなのか
私はすでに起きて詩を書く今

午後は静かにおし黙る
きっと家に入って夏休みの宿題でもやっているのだろう
もう子供の遊ぶ声も聞こえない
どんよりと垂れ込めた雲
それを切り裂くように鳴り響く
町工場の金属音と打撃音

 

 

 

拝啓 イスタンブールより

 

正山千夏

 
 

母は泣いています
それは嬉しい涙と淋しい涙

あなたはとても心根の優しい
健康でそれでいて繊細で

父 亡き後
よく母を支えてくれました

カモメの飛ぶガラタ橋
サファイア色の海辺

ぽっかりあいた左側
お祈りの時間の呼び声が

一瞬の夕焼けのかなたへ
私を連れていく

さようなら でこぼこの石畳
木陰を吹き抜ける乾いた風に

遅い夕闇のとばりがおり
孤独におびえる私は

ひとり船の甲板で泣くのです
にじむ街の灯り数えて

 

 

 

マンモグラヒィ~

 

正山千夏

 
 

今年もマンモグラヒィ〜受けてきた
ただでさえないおっぱいを
下敷きばりに薄っぺらくのばされて
今朝は左右のおっぱいが
思春期のように痛むわたくしです嗚呼

日本人の半数ががんになるこのご時世
ヒトゲノムの解読は進み
がんが不治の病でなくなるのも
あと数十年?
わたくしの生きてるうちにそうなりそう

がん細胞はウィルスや細菌とはちがい
もともと体の中にあった細胞から発生する異常な細胞だと
ふつうの細胞は臓器やら器官やら組織やら
いろいろなモノになるのに
がん細胞は何にもならないんだよと

聞いたわたくしは思った
それって体が死へと向かっていく
最初のプロセスのところなんじゃないか
それをもうすぐ食い止めることができるようになるのだとしたら
人類はとうとう
ひとつの死を克服することに成功するのですね

わたくしは想像する
がんが不治の病でなくなる世界
人類は
今度は何が原因で死ぬのだろう
さらにもっと恐ろしい不治の病が現れるのかな嗚呼

高度な人工知能が仕事のほとんどをこなし
大変便利になった世の中
働き方改革は難航しているけれど
いつかそのうち完成するのでしょう
人類が産業革命以来ずっと追求してきた
豊かな時間のその先で

不死になるわたくしが
したかったことって何
有り余る時間をもって
したいことって何
今朝は左右のおっぱいが
思春期のように痛むわたくしです

 

 

 

徹子の部屋を観ていた

 

正山千夏

 
 

86歳の岸恵子は言った
孤独に食われてはいけない
孤独を食ってやるのよ
ポケットに入れて
身にまとうのよ孤独を

私は想像する
それは宝石かなにかのよう
愛という山で採れ
長い年月をかけて磨かれる
それはダイヤモンドよりも硬く
夜空の星よりも美しく輝き
漆黒の闇を貫く

私は悟る
子がいてもいなくても
男がいてもいなくても
苛まれる孤独
ひとりで生まれひとりで死んでいく
生まれながらの人の宿命が
人を食ってしまうのだ

テレビのこちらがわで
その輝きの光に貫かれた私が
立ち上がる
ポケットのなかで
それが転がる

 

 

 

灯台

 

正山千夏

 
 

忘れられない
あの目のひかり
本人さえもたぶん気づいてない
きっと子どもの頃からの
まるで母親を慕うような
さびしげなあの目

暗闇の中に
浮かぶおぼろげな
あの目のひかりを見つけると
私はいつのまにか
風に吹かれる船のよう
灯台へ向かう

いやもしかしたら
私の目もそんなふうに
光っているのかも
背筋をまっすぐに伸ばして
かんがえてみるのです
灯台のように

 

 

 

ハノイ

 

正山千夏

 
 

20年ぶりに行ったんだ
ホアンキエム湖はまるで
井の頭公園の池みたいだと
思ったものだが
今はまるで
上野公園の池みたいに見えた

自動車が増えた分
バイクが減ったようにも見えるが
相変わらず道は乗り物と排気ガスで満杯で
あの時はなかった信号が今はあるというのに
あのあぶなっかしい横断の仕方は変わらない
横断中の年寄りが若者のバイクにつく悪態

道端で営む数々の屋台は健在
ままごとのように小さかった
プラスチックのイスの高さが
前より少しだけ高くなっている
ビアホイの薄いビールにむらがる仕事終わりの人々が
ふんだんに使えるようになったプラスチック

あちこちにあったネットカフェはなりをひそめ
歩き疲れた旅人のためのマッサージ屋が台頭
店先にぶらさがっていたカセットテープやCDが
スマホカバーやSIMカード売りになり代わる
街の新陳代謝 私の肌の新陳代謝
増えたシワ 寄る年波には勝てませぬ

バックパックは重すぎて
もう背負うこともありませぬ
いや全部ネット予約だから
安ホテル探して歩き回る必要もありませぬ
グーグルマップが世界中どこまでも追跡する
旅は道連れ世は情け 人工衛星引き連れて

昔はよかった今の若者はなんて言わない
かつてのハノイの静けさは
夕立を眺めながらのマッドプロフェッサー
今でも私のこころのなかに
そして20年後の喧騒も
同じく私のこころのなかに

 

 

 

子宮更年期の憂い

 

正山千夏

 
 

あいつが来ない
今までずっと来ていたやつが
時々来なくなり
やがてはまったく来なくなる
悲しくはないけれど
どこか少し怖いような
夜の砂漠を月夜に彷徨うような
月の砂漠のラクダたちは
それでも歩いてゆくのです

運ばれていく私の子宮は
しずかに閉じていくのか
なにを失いなにを得るのか
いやあらかじめ決められたことなのか
ホルモンだかフェロモンだか
自律神経失調症コンチクショー
微細な物質クスリくれ命の母
実家の母 父の母
それなり歳を取りました

日々の波乗りは緩慢に
けれどカラダは効率よく
駆使していたいsurf of life
我慢がつらい思考まとまらない
急げないのは走れないから
訳なんかないもう野望もない
希望も絶望もそこそこに
ブルースをうたう女たちが
それでも歩いてゆくのです

 

 

 

ナイト・クルージン

 

正山千夏

 
 

夜を走り抜ける
語り尽くされた言葉たち散らばる
アスファルト黒く鈍く光ったと思ったら
東の空冷たい風切る自転車が
朝焼けの中に吸い込まれてく

ナイト・クルージン
ジングルベルはもう終わり
光を求めて彷徨う自転車
街の明かりばかり追いかけて
気が付けば浮かび上がる地平線
つらなるビルに塞がれて

ナイト・クルージン
狂ってく自転車の軸が狂ってく
くるくるまわるハーフムーンは
夜明けと夜の境い目を照らし
わたしは熱い心臓はハートビートを刻みながら
朝焼けの中に吸い込まれてく

 

 

 

歩く女 a woman walkin’

 

正山千夏

 
 

歩く歩く
歩いてないと狂ってしまうよこの街は
骨が地面に刺さる
その振動を心臓に刻み
腐るなにかを内包するあたしは

歩く歩く
トーキョーの街は流れる川のよう
うごめく街は人を飲み込む清濁あわせ呑む
引力にひかれる皮膚を
コートのように着込んだ女

歩く歩く
重力とあたしは恋におちる
足で地球の頬にキスをするんだ
骨が地面に刺さる
その振動をDNAに刻み
複製されゆく遺伝子のなれの果て

歩く歩く
内側と外側にひろがるジャングルを歩く
探し物はなんですか
まだ目がらんらんと輝いてる
それはちょうど暗闇の中
今生まれようとするたましいの
放つ光にそっくりだ