夏至の新月の夜

 

正山千夏

 
 

右の卵巣が死んだ
お赤飯を炊いたのは12歳の初夏だったか
それともあれは春の終わり
長いお付き合いだけれど
知ったのは意外に最近
交互に排卵してるって

西の魔女が死んだ?
いつもきまって痛む卵巣があった
右だったかそれともあれは左だったのか
長いお付き合いだけれど
始まったのは意外に最近
排卵痛は断末魔の叫びだったのです

かたや左の卵巣はまだ血を流し続けてる
周期は2倍になり
PMSも2倍になる
流すための血をつくるために
ため込むさまざまなものたちも

夏至の新月の夜
わたしはまた血を流した
あと55日でわたしは50歳になる
からっぽの右の卵巣のなかで
風の吹く音だけがひゅるると鳴っていた

数字はゴーゴーゴーというけれど
いったいどこへ行くのか
泣いていたのは
わたしのなかの女の子
道がごった返して迷子になっている

いつでも先に行きたがるあたしたちや
いつでも後ろが気になるあたしたち
今この瞬間のたったひとりのわたくしが
それら亡霊たちのあいだで
蜃気楼みたいにゆらゆらとゆれながら
女の子をあやそうとあたふたしてる

夏至の新月の夜
わたしはまた血を流した
陰と陽 逆転の瞬間に
からっぽの空は真っ暗で
そして闇は湿気で満たされていた
女の子の泣く声は遠くでか細くつづいてた

 

 

 

ビーツ

 

正山千夏

 
 

君にビーツをあげるんだ
真っ赤な血のしたたるような
ビーツを口うつしで

あなたの歯が赤く染まる
あたしたちはAIでもビッグデータでもない
真っ赤なビーツをかじるふた組のしゃれこうべ

ハートビートを聞いて
真っ赤な血のしたたるような
心臓にツメを立てる

あなたの舌が赤く染まる
あたしたちは愛しあっている
真っ赤なビーツをかじるふた組のしゃれこうべ

 

 

 

新型コロナ星から愛を込めて 2

 

正山千夏

 
 

火曜日の公園
まばらに家族たちがはしゃぐ
キラキラ輝く光にとけて
ウィルスは目に見えない
なんと素敵な光景か

私は葉桜の下を歩く
いつもより料理に時間をかけ
ゆっくりと食事をする
洗濯に布団干し
身の周りを清め
好きなところで仕事をする

私は好きな音楽を聴く
雨上がりの芝生の匂い
風が小さな桃色の花びらを届ける
ヨガと瞑想、読書
人間の理想的な生活とは
こんな風ではなかったか

ただ唯一
足りないものがそれだ
濃厚な接触
握手、ハグ
何気ない会話
深く見つめあう目と目

ただ唯一
あの人に会いたい
人肌、口づけ
耳元で聞こえる息づかい
混じりあう汗
からみあう指と指

 

 

 

胸騒ぎの春

 

正山千夏

 
 

春はざわざわする
見えないところで
なにかがうごめいている

地下を流れる川が
ざわざわいう
都会の音は入り交じり

そらから見たら
大気圏の下でうごめいている
いきものたち


の皮膚の下でざわざわいう
創造性が低い沸点でわく

夢でトイレの床をふく
汚れた血が
きれいになってった

目が覚めて
カーテン開けたらガラス越しに
胸騒ぎの春がはらはらと散るのがみえた

 

 

 

新型コロナ星から愛を込めて

– that’s the same after all –

 

正山千夏

 
 

目に見える天敵からは
なんとか身を守ることができたとしても

目に見えない天敵からの
思いもよらぬ粛清に

老いも若きもくしゃみして
マスクは免罪符にも似て魔力を発揮

外敵と内敵に翻弄されながら
生きるこの時代は終末なのか地獄なのか

それとも長い冬のあと
ヒトのいない平和な春へとつづくのか

結局は
どちらも同じ

あたしたちは今酒を飲み花を見る
肉を食べ笑い泣くそして死んでいく

 

 

 

二度寝姫

 

正山千夏

 
 

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
外では雨の降ってる音がする
午後からは雪になると天気予報
カーテンはあけないで
もう一度眠らせて

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
起きたって今日もすることなんにもない
やらなきゃいけないことばかり
やりたいことはなんだっけ
もう思い出せないの

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
がらんどうの部屋
ひとりねむるベッドは広すぎて
真っ白い雪の一面につもる
足あとのない平原みたい

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
せっかくあたたまった毛布から出るのが嫌
はだしで踏む冷たい床が怖いの
嗚呼だれか私に
林檎を食べさせてくれたなら

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
外ではまだ雨の降ってる音がする
夜からは雪になると天気予報
カーテンはあけないで
もう一度眠らせて

 

 

 

眠りたくない

 

正山千夏

 
 

ベッドに入って
ずっとケータイを見てる
もう見尽くしたタイムライン
さて次はどこへ

みんな眠ってしまった
電車の音も聞こえない
更新されることのない夜は真っ暗
頭の中でキーンと響く沈黙の爆音に

聞き耳を立てている
分厚い布団の寒い夜
より一層の星のかがやきが
鋭く切りつける光年の疑問に

一方四角い光は秒速で
何も解決しないかのよう
慣性にとらわれっぱなしの私の寝床
さて次はどこへ

眠りたくない
どこへ飛んでいくのか
目を閉じてしまえばまるで魔法のよう
何もかも終わるのに

 

 

 

更年期の雪

 

正山千夏

 
 

無音の部屋にいる
今日は寒いから出たくない
時計の針の音が嫌い
二重サッシはありがたい

無言の自分がいる
正面から見据えてみる
オトナの社交辞令が嫌い
最近のインナーはあったかい

あったかインナーを脱がしてみれば
痩せ細った私の体が
冬の枝木みたいに震えてる
そうやって越冬していく

更年期の雪が降る
うっすらと雪化粧
それとも霜
もっとゆっくりと忍び寄る劣化

これまでだって
時計はそこにあったはずなのに
いつから針の音が嫌いになったのか
思い出すことができない

更年期の雪が降る
吹きっ晒しの私の脳みそが
うっすらと雪化粧
それは今日の空のような灰色だ

 

 

 

植木が教えてくれる

 

正山千夏

 
 

部屋の植木に話しかける
明日お水忘れていたら教えてね
私といえば忘れたいことを
追いやるのに必死だから
機械的なマントラを唱える
後頭部の脳を使う

けれどちっぽけな火事でも
煙がもくもくと立ち昇る
燃え広がらないうちに
私は許したいと願う

その一方
過去に私があなたに
つけてしまった火はもう
消し止めてくれたでしょうか
私はいつか
許されるのでしょうか

それとも
あなたの後頭部の脳は
とてもすっきりとしているか
もっと素敵な人生の瞬間瞬間でいっぱいで
火事どころか私の存在まるごと
忘れられてしまうのでしょうか

まあ、どちらにしても
いいのかも
また出会えばいいのだから
明日私はきっと
植木の水は忘れない
植木が教えてくれるから

 

 

 

虫の音でミタス

 

正山千夏

 
 

夜の公園を歩く
虫の音の充満する9月の終わり

夏草から枯葉に変わりはじめた草
ざくざくと踏み

虫の音の向こうには
高速道路クルマ走る唸る声

夕暮れから夜に変わりはじめた空
まだうろこ雲が見える

頭の中ぎゅうぎゅうに詰まった
ツマラナイ刺激のループ手放せば

入り込んでくる虫の音で
私が満たされていく