雨粒でいっぱいだ

 

正山千夏

 
 

細かい雨粒が
メガネのレンズにいっぱいだ
夏の終わりの夜の雨
ワイパーは動かない

私は歩き続ける
風がそれを
蒸発させてくれることを
期待しながら

東京はこんなにもいっぱい人がいて
孤独な人も同じくいっぱいだ
自分を孤独に追い詰めて
自分どころか他人を許すこともできず追い詰めて
自分ですべてを終わらせてしまった
あの人もきっと孤独症

人ごとなんかじゃない
自分も同じところにいる気がしてる
努力に見返りなんて求めない
なんて言いながら

愛ですら簡単に
ひっくり返って憎悪になる
承認されない魂のやりどころ
抱えて不眠になる夜
いっそ透明になれればきれいだけれど
生まれてきたのはなぜだろう

関わりあいたいのはなぜ
否定されても理解されなくても
思いを差し出して
傷ついてしまうのはなぜ
刺されれば
死んでしまうのはなぜ

ひとりじゃないのにひとりだ
ひとりなのにひとりじゃない
メガネは雨粒でいっぱいだ
土砂降りじゃないのにいつのまにか
闇にしっとりと濡れている

 

 

 

蝉を詰める

 

正山千夏

 
 

アスファルトの間から
のびる草が
あまりに鋭く空を突き上げる
月影

短い夏にさようなら
道に蝉たちが転がる
あたしが蹴飛ばす
慟哭

いくつものあいた穴に
ひとつひとつ蝉を詰める
まだ熱いアスファルトに
接吻

土砂降りの雨が
流れ込む
いつか押し開けて
薄緑色の羽を広げますように

まっすぐと天にむかって
それはすっくと立っていた
もうないてはいなかった
羽もふるえていなかった

アスファルトの間から
のびる草が
あまりに鋭く空を突き上げる
跳躍

発芽する種子
もしくは時限爆弾
朝になればまた
灼熱の太陽に眩んでしまうから

いくつものあいた穴に
ひとつひとつ蝉を詰める
それは無限の可能性を秘めた
抱擁

 

 

 

やいま

 

正山千夏

 
 

南へ南へと飛んでいく
焼けつく光がひたいを焦がし
福木の木蔭でひと休み

島唄をうたってよ
焼けた肌黒い瞳の彼に導かれ
どこまでも碧い海にもぐれば

青や水色、むらさき色
色とりどりの珊瑚と
それに群がる熱帯魚

一緒に泳いでいたら憶いだした
夕焼け、泡盛、月夜の踊り
遠い昔の先祖の祈り

見上げれば空一面に散らばった星々
耳を澄ましていつまでも聞いていた夜
嗚呼、こんなに遠くまで来てしまったよ

 

 

 

夏至の新月の夜

 

正山千夏

 
 

右の卵巣が死んだ
お赤飯を炊いたのは12歳の初夏だったか
それともあれは春の終わり
長いお付き合いだけれど
知ったのは意外に最近
交互に排卵してるって

西の魔女が死んだ?
いつもきまって痛む卵巣があった
右だったかそれともあれは左だったのか
長いお付き合いだけれど
始まったのは意外に最近
排卵痛は断末魔の叫びだったのです

かたや左の卵巣はまだ血を流し続けてる
周期は2倍になり
PMSも2倍になる
流すための血をつくるために
ため込むさまざまなものたちも

夏至の新月の夜
わたしはまた血を流した
あと55日でわたしは50歳になる
からっぽの右の卵巣のなかで
風の吹く音だけがひゅるると鳴っていた

数字はゴーゴーゴーというけれど
いったいどこへ行くのか
泣いていたのは
わたしのなかの女の子
道がごった返して迷子になっている

いつでも先に行きたがるあたしたちや
いつでも後ろが気になるあたしたち
今この瞬間のたったひとりのわたくしが
それら亡霊たちのあいだで
蜃気楼みたいにゆらゆらとゆれながら
女の子をあやそうとあたふたしてる

夏至の新月の夜
わたしはまた血を流した
陰と陽 逆転の瞬間に
からっぽの空は真っ暗で
そして闇は湿気で満たされていた
女の子の泣く声は遠くでか細くつづいてた

 

 

 

ビーツ

 

正山千夏

 
 

君にビーツをあげるんだ
真っ赤な血のしたたるような
ビーツを口うつしで

あなたの歯が赤く染まる
あたしたちはAIでもビッグデータでもない
真っ赤なビーツをかじるふた組のしゃれこうべ

ハートビートを聞いて
真っ赤な血のしたたるような
心臓にツメを立てる

あなたの舌が赤く染まる
あたしたちは愛しあっている
真っ赤なビーツをかじるふた組のしゃれこうべ

 

 

 

新型コロナ星から愛を込めて 2

 

正山千夏

 
 

火曜日の公園
まばらに家族たちがはしゃぐ
キラキラ輝く光にとけて
ウィルスは目に見えない
なんと素敵な光景か

私は葉桜の下を歩く
いつもより料理に時間をかけ
ゆっくりと食事をする
洗濯に布団干し
身の周りを清め
好きなところで仕事をする

私は好きな音楽を聴く
雨上がりの芝生の匂い
風が小さな桃色の花びらを届ける
ヨガと瞑想、読書
人間の理想的な生活とは
こんな風ではなかったか

ただ唯一
足りないものがそれだ
濃厚な接触
握手、ハグ
何気ない会話
深く見つめあう目と目

ただ唯一
あの人に会いたい
人肌、口づけ
耳元で聞こえる息づかい
混じりあう汗
からみあう指と指

 

 

 

胸騒ぎの春

 

正山千夏

 
 

春はざわざわする
見えないところで
なにかがうごめいている

地下を流れる川が
ざわざわいう
都会の音は入り交じり

そらから見たら
大気圏の下でうごめいている
いきものたち


の皮膚の下でざわざわいう
創造性が低い沸点でわく

夢でトイレの床をふく
汚れた血が
きれいになってった

目が覚めて
カーテン開けたらガラス越しに
胸騒ぎの春がはらはらと散るのがみえた

 

 

 

新型コロナ星から愛を込めて

– that’s the same after all –

 

正山千夏

 
 

目に見える天敵からは
なんとか身を守ることができたとしても

目に見えない天敵からの
思いもよらぬ粛清に

老いも若きもくしゃみして
マスクは免罪符にも似て魔力を発揮

外敵と内敵に翻弄されながら
生きるこの時代は終末なのか地獄なのか

それとも長い冬のあと
ヒトのいない平和な春へとつづくのか

結局は
どちらも同じ

あたしたちは今酒を飲み花を見る
肉を食べ笑い泣くそして死んでいく

 

 

 

二度寝姫

 

正山千夏

 
 

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
外では雨の降ってる音がする
午後からは雪になると天気予報
カーテンはあけないで
もう一度眠らせて

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
起きたって今日もすることなんにもない
やらなきゃいけないことばかり
やりたいことはなんだっけ
もう思い出せないの

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
がらんどうの部屋
ひとりねむるベッドは広すぎて
真っ白い雪の一面につもる
足あとのない平原みたい

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
せっかくあたたまった毛布から出るのが嫌
はだしで踏む冷たい床が怖いの
嗚呼だれか私に
林檎を食べさせてくれたなら

毎朝毎朝起きたくないの
ねむくてねむくて仕方がない
外ではまだ雨の降ってる音がする
夜からは雪になると天気予報
カーテンはあけないで
もう一度眠らせて

 

 

 

眠りたくない

 

正山千夏

 
 

ベッドに入って
ずっとケータイを見てる
もう見尽くしたタイムライン
さて次はどこへ

みんな眠ってしまった
電車の音も聞こえない
更新されることのない夜は真っ暗
頭の中でキーンと響く沈黙の爆音に

聞き耳を立てている
分厚い布団の寒い夜
より一層の星のかがやきが
鋭く切りつける光年の疑問に

一方四角い光は秒速で
何も解決しないかのよう
慣性にとらわれっぱなしの私の寝床
さて次はどこへ

眠りたくない
どこへ飛んでいくのか
目を閉じてしまえばまるで魔法のよう
何もかも終わるのに