第6章 悪魔たちの狂宴~正歴寺の鐘は鳴る
佐々木 眞
やがて、朝ケンちゃんが登った寺山には、虹のような琥珀色の後光が射して、西の空が美しい朱色に染まりました。
その朱色が、わずかに暮れ残ったセピア色と溶け合いながら、明暗定かならぬ幻覚を見ているような微妙な色調に、おぼろおぼろに変わる頃、正歴寺の高く澄んだ鐘の音が、綾部の町ぜんたいに子守唄のような晩祷を捧げはじめました。
他人おそろし
やみ夜はこわい
おやと月夜はいつもよい
ねんねしなされ
おやすみなされ
朝は早よから
おきなされ おきなされ
ねんねした子に
赤いべべ着せて
つれて参ろよ
外宮さんへ
つれて参いたら
どうしておがむ
この子一代
まめなよに まめなよに
まめで小豆で
のうらくさんで
えんど心で
暮らすよに 暮らすよに
寝た子可愛いや
起きた子にくや
にくてこの子が
つれらりょか つれらりょか
あの子見てやれ
わし見て笑ろた
わしも見てやろ
笑ろうてやろ 笑ろうてやろ
あの子見てやれ
わし見てにらむ
突いてやりたや
目の玉を 目の玉を
と、その時、
正歴寺さんの鐘の音が、「突いてやりたや目の玉を、目の玉を」と唄い終わった時、
ケンちゃんは、由良川全域に響き渡るような大声で、
「そうだ!」
と叫びました。
ケンちゃんは、由良川の水際の泥と水を両足でぐちゃぐちゃにかきまぜ、砂利だらけの河原をましらのように走り抜け、さまざまな自然石を足掛かりになるようにコンクリートに埋め込んだ堤防の傾斜面をイノブタのように駆けのぼり、スズメノテッポウやチガヤが生えている堤防の上の一本道に座り込んで、土の上に棒きれでなにやら地図のような見取り図のようなものを一心に描きはじめました。
それからケンちゃんは、なにを思ったのか、もうとっぷり日が暮れて誰一人いない由良川へ、静かに入ってゆきました。
そして大きなストロークで河を15メートルほどさかのぼってから、空気をうんと吸い込んでどこか深い所へ潜ってしまいました。
5分、そして10分近く経っても、ケンちゃんは浮かんできません。
どこかでなにかが、ポチャンとがねるような音がしました。あれはきっとアユかフナが、水面すれすれに飛ぶユスリカに飛びついたのでしょう。
それからさらに30分、1時間と、時はどんどん過ぎてゆきます。
おや、水浸しになった濡れ鼠のケンちゃんが、星いっぱいの夜空に、片腕を元気いっぱい振り回しながら、岸に向って泳いできます。
――やったあ、これでうまくいくぞお! チェストー!
と、ケンちゃんは北斗七星の大熊くんに向かって吠えました。
それからケンちゃんは、由良川の堤防に置いてあった自転車に軽々と飛び乗ると、西本町の「てらこ」までお得意の両手放し乗りで帰ってゆきました。
晩ごはんは、ケンちゃんの大好きなスキヤキでした。
丹波の但馬のいちばんやわらかでおいしい肉を、ケンちゃんのおばあさんがサトウをどっさりかけてお鍋でグツグツ煮込んでいきます。
そこへフとネギを加え、肉と三位一体になった大好物が奏でる香ばしいかおりと絶妙の味わい……
ケンちゃんは、ごはんを3杯もおかわりして、もうお腹がいっぱいになってしまいました。
ごはんの後ケンちゃんは、おじんちゃんに由良川での投げ網の漁のやり方についていろいろ教わってから、大好きないつもの「テレビ探偵団」も見ないでお風呂に入り、8時すぎには、もうぐっすりと眠りこけてしまったのでした。
つづく