よう知らんけど

 

佐々木 眞

 
 

わが国では日本固有種の絶滅危惧が心配されているようだが、その前に日本人が絶滅したそうだ。よう知らんけど

わいらあ後期高齢者は、法令により今年から、冬季は冬眠を強制されることになったようだ。よう知らんけど。

世界中女権が拡張しすぎたので、これからは昔ながらの男根主義者が巻き返すそうだ。よう知らんけど。

片思いだったヨハンネスがとうとう想いを叶えた喜びが、1877年のあの幸福な第2交響曲や翌年のヴァイオリン協奏曲、第2ピアノ協奏曲の長調の調べに繋がったそうだ。よう知らんけど。

1966年5月18日、グレン・グールドは、トロントのテレビスタジオにメニューインを迎えてバッハのハ短調ソナタ、シェーンベルグの作品47のファンタジーとベートーヴェンのト長調のソナタを弾いたが、全部暗譜だった。よう知らんけど。

難病の特効薬ができて、パーキンソン病のキムラ君が劇的に快癒し、「ただごと歌」の奥村さんも、メグロさんとこも、奇跡的に回復したようだ。よう知らんけど。

こないだまで自由に散歩していたタタラが谷の入口に、「私有地につき立ち入り禁止」の柵があった。貴重な文化遺産があるのに、私有地だから禁止できるんだろうか。よう知らんけど。

今日は土曜日。図書館へ行く前に長男は彼の大事な10円玉を呉れたが、毎日新聞におらっちの短歌は載っていなかったので、残念ながらコピーはできなかった。それから東急ストアへ行ったが、いつものように6階の本屋にはいかず、本を買うのを我慢した。偉い!よう知らんけど。

もしかして、長男は父をそれなりに愛しているんだろうか?よう知らんけど。

 

 

 

六道巡り

 

佐々木 眞

 
 

私は銀座で行われる忘年会に行かねばらないのに、誤って西方に向う「バスに乗ってしまった。後ろの座席には小山イト子と川村みずゑさんと元アンアンの編集長だった女性が座っていて、「西永福はね、元は西福原といって、平家の落武者の末裔が今でもたくさん住んでいるのよ」という話で盛り上がっていた。

もうだいぶ遅くなってしまったので、私はもう銀座の会は諦めて、とりあえず上司のセイさんに連絡しようと思ったが、会場の電話番号も分からないし、ケータイを持たないセイさんへの連絡方法も思いつかないので、とりあえずバスの中で「在天の主よ、余の欠席を許されよ」と祈りを捧げた。

すると、バスの進行方向に赤い飾りを巡らせ「修羅道」と書いた第1の門の扉が開いて、小山イト子と川村みずゑさんと元アンアンの編集長が次々に入っていったので、私はしばらく、なんじゃらほいと見つめていたが、思い切って彼らの後を追った。

修羅門の前で「ひらけゴマ」とお馴染みの呪文を叫ぶと、ただちに扉が開いたので、私は薄暗がりの中を西へ、西へとグングン進んでいくと、突如、修羅にたどり着いたのよ。

そこには金髪男のトランプと熊のプーサンの習近平、元KGBのプーチン、殺人鬼のナネタニヤフなど筋骨隆々、悪辣非道の阿修羅たちがたむろしていて、俺が俺がの我よし競争を闘っておった。

やっとこさっとこ修羅門を逃げ出すと、次の第2の「畜生門」が待っていた。

その中では牛馬豚のお面をかぶった2等兵が、水底の貝になることを夢みて未来永劫終わることのない瞑想ザゼンに耽っていた。

軍隊とか軍人とかは大嫌いなので、いま私は、神田周辺の雑居ビルのエレベーターに乗っている。

毛皮の外套を着てハバナをふかしているなにやら偉そうな中年男と一緒だったが、狭いエレベーターに途中で乗り込んできた連中に押されて、ハバナ男のハバナを叩き落としてしまった。

エレベーターが地上階についてから、私はそのハバナ男にハバナの1件で、「申し訳ないことをした」といちおう謝ったのだが、ハバナ男はまったく気にも留めずに、「ちょっとそこらでお茶でも飲みませんか」というて、とあるカフェならぬきっちゃ店に誘うと、「折り入って頼みたいことがあるのです」とある依頼をするのだった。

それは今の言葉で言うと「闇バイト」のようなものだったので、「こん畜生、むかし闇バイトして吉本興業を解雇された私だ。年金だけで暮らすからほっといてくれえ」と叫んで、神田鎌倉河岸方面に向かって駆け出した。

「畜生門」を逃れて、なおも西へ、西へとグングン進むと、小さな鉄の門が待ち構えていた。第3の門「餓鬼門」だった。餓鬼界の入り口は日本橋のたもとで、いままさに羽ばたこうとしている翼のある麒麟像だった。

麒麟像の翼の下の青銅の扉を押し開いて日本橋川をズンズン進んでいくと、角丸橋に着いたので、石橋を昇るとその袂にナリオカ・オーディオ店があった。

角丸のナリオカ・オーディオ店の軒先では、セイさんとイマナカさんが、麒麟ではなく、独裁的都市国家の象徴たる狛犬のブロンズ像を、その先端に取り付けたオートバイによく似た電動自転車に跨って、今まさに原宿まで出発しようとしていた。

2人でキックボードをキック、キックせんとしていた。

セイさんが「ササキ君、これはね、ボクがピストルと一緒に、おふらんすの巴里ィから密輸入した、ハーレー・ダビッドソンにとてもよく似た電動自転車なんだぜ」と自慢げに言うたので、おらっちは、できるだけ感情を抑えて「ああ、そうですか」と答えてやった。

するとセイさんの横合いから、まんまる顔を突き出したイマナカさんが、「ササキ君、これはね、セイさんがピストルと一緒に、おふらんすの巴里ィから密輸入した、ハーレー・ダビッドソンにとてもよく似た電動自転車なんだぜ」と自慢げに言うたので、おらっちは、またしてもできるだけ感情を抑えて「ああ、そうですか。でもそんあなこたあ、先刻承知の助ですよ」と答えてやった。

やった、やった、答えてやったのよ。

するとナリオカ・オーディオ店の店長までも、「ササキさん、これはね、セイさんがピストルと一緒に、おふらんすの巴里ィから密輸入した、ハーレー・ダビッドソンにとてもよく似た電動自転車なんですよ」と自慢げに言うたので、おらっちは、とうとう堪忍袋の緒が切れて、「ばあろう、ばあろう」と永代橋の鴉みたく喚きながら、この阿呆莫迦店長をカラシニコフ機関銃で、ズババ、ズババ、ズバババンと撃ち殺してやったのよ。

それからそれから、またしてもグングン西方に進んでいくと、エドモンド・ダンテスが長期滞在している「地獄門」だった。

第4の鉄の扉を押し開けて古びた小さなビルヂングの1階に入ると、ナガシマシゲオがマキノコーチと肩を組んで「がんばろう!」というおらっちの大嫌いなミンセイ労働歌を唄いながら、ロビー狭しとスキップしながら駆け巡っていた。

そんでもって、最後の「ガンバロー、ツキアゲルそらに!」のリフレインで、4つの大きな拳を、唄の文句通りに突き上げたので、おらっちは激しくロカンタンしてしまった。

つまり嘔吐してしまったんよ。

胃の腑の中の吐けるだけのものを吐いてしまうと、おらっちは今まで聞いたことも見たこともない天上界に到達してしまっていた。なぜならそこは地上を遥か離れた雲の上で、「天道門」とサラリと草書で描かれた、苔むした木製の門札がかかっていたからだった。

「天道門」のたもとに、その顔に見覚えがある老人がしゃがみこんでいたので、

「あなたはもしやわが敬愛する「ただごと歌」の奥村晃作さんではありませんか?」

と訊ねると、「そうじゃよ」と懐かしい声がする。

「ここは地上界の何層倍も高いところにある天道界ですよ。まだ亡くなられたわけでもないので、なんでこんな浮世離れしたところにいらっしゃったのですか?」

と勇を奮って尋ねると、「いやね、あんたは私が81歳の時に作った「大きな雲大きな雲と言うけれど曇天を大きな雲とは言わぬ」という歌を知っとるかね」という返事。

「よく存じております。あれこそは誰も知らない真実を初めて開示したあなたの「ただごと歌」の代表作ではないでしょうか!」と声を大にして絶賛すると、奥村さんは

「そんなことを面と向かって言われるとワシャ恥ずかしい限りじゃ」

と、幼児がいやいやをするように首を振りながら俄かに小さくなって、気が付くと、その姿は、どこにも見えなくなってしまった。

……最後にたどり着いた人間界の入り口は、鎌倉雪ノ下の散髪屋さんだった。

おねいさんに肩をもみもみされて、うっとりと恍惚の人になっていたおらっちは、「タナカ、ミナミ、大好きですおー!」というコウくんの声で目が覚めると、そこは毎度お馴染みのコバヤシ理髪店だった。

家族4人でワンチームとなって、たとえお客さんが束になってやってきても、うまく回してしまう絶妙のチームワークを繰り広げるここ雪ノ下の散髪屋さんは、超ラッキーなことに空いていて、全部で3つある座席に腰かけているのは、おらっちと長男の2人だけだ。

「ぼく、タナカミナミとヨシタカユリコとイシハラサトミとレンブツミサコとウエハラミツキとクロキメイサが大好きですおー!」

「コウくんは、みんな好きな人ばっかりね。嫌いな人はいないんだね。こないだお風呂で死んだ人も好きなの?」とおばさんがいうと、おじさんがすかさず「ナカヤマミホだね」と宣うのと、「大好きですお!」とコウくんが答えるのが、同時だった。

この時遅く、かの時早く、コウくんが「おねいさん、ヒガマナミ好きですか?」と訊ねたが、おねいさんは「ヒガマナミ? さあ?」と首をひねっているので、コウくんは相手を変えて「おじいさん、ヒガマナミ知ってますか?」と訊ねたので、おじさんは目を白黒させて「おれはおじさんだけど、おじいさんじゃないよ」とむくれている。

コウクンはそんなことは露知らず、「ぼく、トイレ行きますお」と勝手に宣言して、いつものようにコバヤシ家のトイレを借りようとするので、おねいさんがあわてて、「トイレ? はいはい、ちょっと待ってね。いまちょっとかたづけてくるからね」といいながら隣の部屋へ行ってしまうと、理容室はたちまちコウちゃん劇場が終わって、急に静かになった。

久し振りに好天の、師走の土曜日のお昼前である。

 

 

 

イーロン・マスク、騒ぎ立つ

 

佐々木 眞

 
 

風が立つ、風が立つ
いざ生きめやもと、風が立つ
いざいざ生きよと、風が立つ

家が建つ、家が建つ
赤、青、白の家が建つ
あっという間に、家が建つ

八雲たつ、八雲たつ
八岐大蛇がそそり立つ
須佐之男命、奮い立つ

色めき立つ、色めき立つ
政権交代できるかと
他力本願、勇み立つ

腹が立つ、腹が立つ
毎日100万ドルを配るやつ
イーロン・マスク、騒ぎ立つ

面影に立つ、面影に立つ
亡き父母が、ぞぞ髪立つ
夢枕獏、夢枕に立つ

弁が立つ、弁が立つ
口から先に生まれたる
論破小僧、浮かれ立つ

上に立つ、上に立つ
腕は全然立たないが
悪運強く、白羽の矢が立つ

倉が立つ、倉が立つ
黄金虫が、蔵立てた
息子に水飴舐めさせた

角が立つ、角が立つ
目立ちすぎると、文句言う
消息絶っても、ぶつくさ、ぶつくさ

俵屋宗達、筆が立つ
フリーマンは、役に立つ
乱麻を断った、逆転サヨナラ満塁ホーマー

門松が立つ、門松が立つ
日本全国、正月だあ
今年はめでたい、甲辰(きのえたつ)

 

 

 

三十年寝太郎

 

佐々木 眞

 
 

おらっち、三年寝太郎、改め三十年寝太郎。
ついこないだまで暑くて、暑くて堪らなかったのに、いまはもう寒くて、寒くて堪らない。
人間なんて、おらっちなんて、勝手なものだ。

「そうだ、ペルルに行こう!」
と龍宝部長が叫ぶので、みんな仕方なく西武新宿線の鷺宮にある井口君がやっている小さなバアへ行った。

アルコールなんぞ一滴も飲めないおらっちは、なぜだか寒くて、寒くて仕方ないので、井口君の奥さんが出してくれた2枚の布団を上からかけて、まるでヤドカリみたくソファーに横たわっていると、

「おらおら寝太郎、そんなとこでなに寝てる。今度は銀座の太牙へ行くぞ。荷風散人がやって来る頃だ」と、今や酒呑童子になっちまった龍宝部長が、ジャック・ダニエルをラップ飲みしながら叫ぶのだ。

荷風散人なら仕方がない。
もしかすると、30も年下の、花も恥じらう美人妾のお歌さんの、花のかんばせを拝めるかも知れん。

と思うと、可笑しなもので、おらっち、げんなり困憊した皆の衆の先頭に立ち、帝都タクシーを呼び止め、意気揚々と乗り込んだが、お目当ての太牙には、お歌嬢どころか散人の姿さえ欠片もなかった。

おらっち、しょうがないから、太牙の支配人から借りた2枚の布団を頭からかぶって、まるでヤドカリみたくソファーに寝そべっていると、そのまま3年どころか、30余年も眠りこけてしまったらしい。

んで、突出する陰茎が宝石箱を蹴飛ばしたようなある朝、いと爽やかに目を覚まし、あたりを注意深く見まわしてみると、今井専務も、龍宝部長も橋本&今中両次長も、前&若林両課長も、前田夫妻も、青木夫妻も、永原さんも、柿崎さんも、金原さんも、矢島さんも、

善太郎君も、安永さんも、酒井君も、毛塚君も、その他大勢のリー(ウー)マン諸君も、みんなみんな姿を消して、もちろんあの憎々しい金髪大統領も、軍事オタクの裏金党首さえも、全国各地の原発や米軍基地と共に、姿を消していたのよ。

 

 

 

「夢は第2の人世である」第107回

 

佐々木 眞

 
 

 

2024年9月

左の膝をハタと打つと、その夜にみた夢のあらましが、ありありと浮かび上がってくるのだった。9/1

成績優秀なタクちゃんを採用しようと、AB2つの会社がPVを作成した。前者は会社挙げてタクちゃんを熱望していることが整然と示されており、B社は女社長のタクちゃんへの熱愛が如実に示されたラブレターのようのもので甲乙つけにくかったので、持ち帰って再度検討することになった。9/2

だいぶ前に他界したタツミ君が、うちの近所に居酒屋を開店したというので、ちょっと覗いてみたら、懐かしい顔ぶれが思い思いに陣どっていたので、酒類はドクターストップのおらっちだったが、これもサービスだと思ってジャック・ダニエルのボトルキープを頼んでしまった。9/3

ふぁっちょんの深化とか退化とかは紙一重。例えば製作過程の1プロセスを無意識に飛ばしてしまうとそれは退化といわれるが、意識的に飛ばすと、逆に大いなる深化と評価され、時には「完成された未完成」と褒め称えられたりするのであるよ。9/4

また台風が来襲して集中豪雨だというので、エイヤっと畳をめくってみたら、床下を轟轟と泥水が流れていた。9/5

おらっちのインタビューでは、あの歴史的な敗戦日に昭和天皇の訳の分からぬ念仏を聞きながら性交していた男女は少なからず存在した模様であるが、かというて、彼ら彼女らが天皇制に反対だったのかといえば、そんなことはさらさらないようだった。9/6

アサヒナ会社のバーゲンで特別びっくり玉手箱を5千円で販売するというので、買おうとしたら、その値段は明日からで、今は8千円だというので諦めた。9/7

だんだん食欲がなくなってきたので、毎日水ばかり飲んでいるのだが、それでけっこう元気に暮らせるので、どれくらいもつか試してみようと思っているのよ。9/8 

モーレツに広い敷地を、モニターに映る範囲でシャッターを切り、フィルムに収めようと早朝から撮りまくっているのだが、夕方になっても、ほんの一部しか撮影できていないのだ。9/9

「我らが身近な宝物」という企画趣旨は、とても興味深いものがあったが、ドイツ中世の農民たちのお化けが紹介され、天井から巨大な足長人形が吊り降ろされてくると、はて、これはなんじゃらほい、という思いが湧き出してくるのだった。9/10

いたるところに地雷が埋められた坂道を、猛スピードで下り降りる黒いボデイスーツの美少女を、おらっちは、はらはらしながら見つめていた。9/11

敵に暗殺されたからというて、こちらが敵を殺すことはないし、敵を殺したからというて自死する必要もないと、おらっちは、そのとき考えた。9/12

そうか世の中のひとはなーーんもしないので、自分がなんかするほかないのじゃ、と、おらっちは、そのとき分かったのじゃった。9/13

敵の間者を捕まえて「お前を拷問するぞ」と脅したら、即秘密事項をべらべら喋り始めたのはいいが、こっちの間者も捕まって拷問されて秘密事項をべらべら喋っているというので、これはこまったことになったと、おらっちは思った。9/14

元の図像が徐々に姿かたちを変えて、現像されるまでのプロセスを、一目で把握できるような多重複層図像を、デゾルブと呼ぼうかと、さっきから考えている。9/15

久し振りに家族一同で楽しく夕餉をとっていたら、舞の海などの黒覆面の日本会議のファシスト連中が殴りこんできたので、カラシニコフ機関銃で皆殺しにしてやった。9/16

いつの間にかモザールが終わって、気がつけばバッハに似ているが、微妙に異なるハッハが奏されていた。9/17

私が愚かしい政治ごっこから足を洗って、西園寺公の真似をして公邸に引き籠ると、もはや誰も訪ねて来なくなったので、毎日のように床屋に通っている。9/18

ガザの住民がやってきて、空からはミサイルが降ってきて、陸地からは戦車が攻め込んできてどんどん人が殺されています。助けてくださいと訴えられたが、おらっちは「自分はイスラエル担当ではないので」というて逃げ出したのよ。9/19

親友がこの界隈の秩序を破るのが心配で心配で、それがおらっちの気弱い神経をずたずたに切り苛んでいる、そんな剣呑な状況がいつまでも続く。9/20

朝から温泉に入っていたら、色っぽい熟女がしきりに余を誘うので、仕方なく奥の奥まで突っ込んでしまったが、結局1ミリも精が出なかったようなので、挨拶もそこそこに朝食をたべにいったのよ。9/21

誰もみていない「徹子の部屋」に、なんたら女王という女性が出ていたので、こいつはエリザベス女王の隠し子かSⅯの女王様だと思ったのだが、そのどちらかはついに分からなかった。9/22

No1になるのが嫌でその地を一人脱出したおらっちだったが、5年ぶりに帰国してみたら、世界でも指折りのキョウフの独裁政治が敷かれていた。9/23

2029年9月9日の午前9時に、おらっちは、綾部大橋の真ん中から、由良川の激流に飛び込んだのよ。9/24

「主体の行動が不在の時空は虚妄である」と誰かが託宣しておるのが、枕の下から聞こえる。9/25

港川人と蝦夷が南北から攻め上がってくるというので、わいらあ、名古屋城で、じっと待ち受けておる。9/26

「お若いの、娘さんにちょっかい出すのはやめなはれ」と自分も若者のつもりで声をかけたのが運の尽き。おらっちがガンベルトから拳銃を抜き出す、その時早く、かの時遅く、彼奴の2丁拳銃から飛び出した弾丸は、おらっちの心臓を2か所も射抜いていた。9/27

珠玉を転がすようなコロラトゥーラの美声が、天空の遥か彼方まで駆け上ったかと思うと、猛烈な勢いで地表すれすれにまで急降下してきたので、おらっち、正直頭の中がクラクラしちまったのよ。9/28

集英社のパーティでヤマモトダイスケに挨拶してから朝日のアルガさんと来週の大阪行きの話をしていたら、毎日のホリウチさんと日経のコスギさんが割り込んできたので困っていたら、講談社のトミタさんと小学館のウメザワさんが、おらっちをうまく連れ出してくれた。9/29

この会社では、毎日ランチとウエアが無料で支給されたが、出張の際にはウエアが届けられないので、あらかじめ申し出ておかねばならんかった。9/30

 

2024年10月

「この勝負ドレスはなかなかいいね」「勝負ドレスじゃなくて決戦必勝ドレスと呼んでるんですけど」「ドレスで戦争に勝つんですか?」「勝てるかも」10/1

どんな微細な物音でも爆発する、最新型地雷が至る所に埋められている国境地帯を、俺たちは、恐る恐る匍匐前進していた。10/2

2アウト2、3塁でシングルヒットで2点取れるか、それが問題だと、おらっちは一晩中考えていたずら。10/3

そのスーパーのレジには、係員の両側に清算ラインが流れているので、客はどこが空いているのかを見定めながら、並んでいるのだった。10/4

公園の入り口の傍にある、洒落た古本屋で、横文字ばかりの洋書を眺めていると、おらっちは、自分が永井荷風の後継者になったような気が、ちょっとだけ、してくるのだった。10/5

知らない間に、鉄線で足や指がちょん切られるのを恐れるあまり、本日の「五山送り火」には出かけなかった。10/6

昨日頂戴した饅頭は、毒を恐れて捨ててしまったのですが、本日は思い切って無毒を信じて食べてみることにしました。10/7

特攻隊員の遺書の中身は、「天皇陛下万歳」とか「父上、母上、本日まで有難う御座いました」というようなものが多いのだが、たった一人だけ「君の瞳は100万ボルト」と殴り書きしたものがあった。これぞ戦後詩の誕生である。10/8

長兄と次兄が不和なので、3男のおらっちは、彼らの仲を取り持とうと、亡父の故里の古城で一大融和パーティを開催したのだが、2人共来てくれなかった。10/9

長い撮影が終わって、スタジオから出てきた彼女に、「お疲れさん、送っていこうか」と何気なく声を掛けたら、驚いたことに、彼女が軽く頷いたので、また驚いたのよ。10/10

荷風散人のわたくしは、真夜中に偏奇館に忍び込んだ美貌の女を、わが両膝に乗せ、袷の下を這わせた指先で、その乳首を優しく撫ぜると、宵闇の書斎に、押し殺したような呻き声が響き渡るのだった。10/11

ようやく衣服なども、人間の本性に適合したアイテムが求められるようになったので、丹波の山奥から、山猿さながらに都に上ったおらっちは、法然上人を尋ねて、その極意を学んだのよ。10/12

超高層ビルのエレベーターが突然落下し始めたので、慌てて夜警に電話したが、なかなか出ない。きっとビルの夜回りに出ているのだろうが、その間にもエレベーターは激しく落下していくので、おらっちは困り果てた。10/13

駅前広場で、三婆が呆然と口をあけているので、何事かと視線の先を辿ると、なんちゃら大臣のズボンの下の真っ赤なパンツが、透けて見えているのだった。10/14

東海道新幹線の東京駅のさきっちょに、国会議事堂駅という秘密の駅があって、超エリート議員だけがそいつを利用している。10/15

こんなに芸術的なと形容すべき美しさに輝く樹木を伐採するのか、と、おらっちは激しい憤りに駆られたのよ。10/16

おらっちは、学芸員たちがどのようにゴヤの銅版画を配置しているのかが心配で、夜も寝られんかった。10/17

下関映画祭に呼ばれていたことを、すっかり忘れて四谷三丁目で踊り食いしてたら、オヤジさんに呼び出されて、首になっちまったよ。10/18

夜、駅の高架下を歩いていたら、カモちゃんとハンカワちゃんが酔っぱらっているところに出くわしたので、とても驚いた。10/19

帰宅すると、昔の恋人かもしれない女性からの手紙の束が、壁にピンで刺されていたので、言いようもない突然の不安に駆られる。10/20

小6の西村先生の国語の授業でオガワトモコが「着の身着のまま」を「着の身着のまま」と発音したので、ボクとヨシオカ君が「え!?」と疑問符を発すると、オガワトモコは「何よ、文句でもあるの?」という顔で僕らを睨んだが、西村先生は「その発音でいいんだよ」と意に介しなかった。10/21

アホバカ犬を飼っている男が、「貴殿はなにを飼っておられるかな?」としつこく聞くので、「わいらあ猫又を飼うとりまっせ」と答えたら、その猫又が分からないようだったので、「お暇なら徒然草を読んでね」というてやった。10/22

「背中越しの風景」という展覧会に行ったが、それはちょっと懐かしい思いがする風景画ばかりが並べられていた。10/23

カンヌ、ヴァネチア、ベルリンで最高賞を獲得した超有名な大監督ではあったが、その助監督のおらっちに下らない掣肘を加えるので、わいらあ社長に直訴して、配転してもらってやっと一息ついたのよ。10/24

明治9年の宮中某重大事件とは、天皇に食われると知った3匹の子ブタが、ある夜こっそり逃げ出したことをいう。10/25

衣食住のトータルファッヨンフェアが開催され、余はそのプロデュサーに任命されたのだが、担当の腕利きデザイナーたちが、さる大手建設メーカーの私邸の仕事に駆り出されたので、頭にきて辞任したのよ。10/26

現場の雰囲気がみるみる荒々しくなって、その中からただならぬナイフのように尖った悲鳴が当たりに響き渡り、それをきっかけに、もはや誰にも収拾できない大混乱が始まった。10/27

2階に来客があると受付から電話があったので、5階からエレベーターで降りようとするとエレベーターが故障していたので、階段で降りようとしたら、途中で工事しているのでどうにも辿り着けないのだ。10/28

おらっちは当代一の人気スタアなので、次々に当代一の美人女優と共演するのだが、そのたびに情交シーンがあるので、お互いに身定めしながら最適の伴侶探しをしているといえばしていたのよ。10/29

急に昔ながらの駅弁と急須のついたお茶が欲しくなって、駅前のなんとか軒に走ったのだが、売ってなかったし、そもそも建物自体が変わっていた。10/30

「神々の深き欲望」の撮影現場にいるんだが、今村監督と三国連太郎は代わる代わる肉感的な沖山嬢とやりまくっているし、呆れ果てた大河内伝次郎は東京に帰ろうとするので、プロデューサーのおらっちは必死で止めたのよ。10/31

恒例のかぼちゃ祭りを祝うために、我も我もと遠方からやって来た連中がドンちゃん騒ぎを繰り広げたので、町内会長や警察署長も懸命に宥めすかしたのだが、誰一人言うことを聞かないので、ついに自衛隊が出動して皆殺しにしはじめた。10/31

 

2024年11月

ついさっきまで戦場にいた隣の仲間たちが全部死んぢまって、生き残ったのはおらっちだけだったが、このぶんでは間もなく殺されてしまうだろう。おらっちは、どうして彼らと一緒に殺してくれなかったんだと恨むような気持に、ついなってしまうのだった。11/1

1階の受付でタクシーを呼んだナカヤ部長が、「一緒に乗せてやる」というて待っていてくれるというので、5階から急いで降りていこうとしたら、階段で死人のように青ざめた顔つきの部長を見かけたので、戸惑っているところ。11/2

せっかく和平が成就したのに、両国の代表は、席の着順や協定書の署名の順番がどうのと枝葉末節にダメ出しを始めたので、仲介役のおらっちも、「それじゃあ、おめえらの勝手にしろ」と匙を投げてしまったのよ。11/3

てらこの店頭で朝から晩まで待ち受けていても、西本町は死んだように静かで、誰一人やってこなかった。11/4

「終了しても電源が切れないパソコンは、どこかが壊れているんですよ」と、誰かが教えてくれた。11/5

会社から帰宅すると息子がいない。誘拐されたかと思って警察に電話したが何もしてくれないので自分で探そう。おらっちにはコンクリートの壁でも撃ち抜ける両の拳があるじゃないか、と思って両手でさすった。11/6

6点のリードがあれば楽勝だと思って、しばらくトイレで用を足していたら、同点にされていた。世の中何が起こるか分からない。11/7

うちの事務所にハセガワアキラさんがやって来たので、一緒にランチでもしようとエレベータに乗った途端、3階から1階まで墜ちてしまったので、もしかすると死者と一緒だったのかと思ったずら。11/8

国民党政府が出来て町内会館で「非常時の心得」という題名の大本営映画を、強制的に鑑賞させられていたが、あまりにも詰まらないので退席しようとしたら、ジミン党の町内会長が2万円の裏金を呉れるというので、みな思い直して席に戻ったのよ。11/9

ふと気が付くと、いつもの海が見渡す限りの砂地に変わってしまったので、我らはこれはほんとに津波がやって来るんだと思って、ぞっとしたんだ。11/10

超重度で薬漬けの子供たちを、まるっきり施設からの管理のないフリーな空き部屋に移して、それこそ自由に暮らさせることに決めた。11/11

出てくる敵をみなぶっ殺すつもりで、国境の最前線の町の広場に突撃したが、どうも様子が変だ。肝心の敵は、住民とジョークを飛ばして笑っているし、我々を見ても平気な顔をしているので、我々は拍子抜けして、構えた武器を下ろしてしまった。11/12

逗子の展覧会場は、サーカス小屋になっており、そこでは参加者全員が、宮中ブランコを楽しむことが出来た。11/13

コウ君は父母に混じって、ずいぶん長く会話できているようだが、私はなにか別のことに気を取られていたので、それが普通人の正常の会話的なものなのか、いつものオウム返しの自己本位の発語なのか判断できかねた。11/14

憲法第9条では、国際紛争を解決する手段として、武力による威嚇または武力の行使を禁じているが、国際紛争以外、例えば国内における革命や武装蜂起に際してはあてはまらないというのかしら、と自問自答してた。11/15

さる学校で、衣服を服飾としてではなく、生物生態系の一部として論じていた時に、「さりながらこの問題は先日卒寿を迎えたおらっちでは無理なので、あとは若い諸君の精進に待ちたい」と言うたところ、死人のような紫色の顔付をしたをタカイチ女史から、「あーた、そおいう極私的な発言は慎んでくらさいと」警告されたよ。11/16

愛犬ムクの先導で海の底まで潜っていくと、そこには20匹以上のさまざまな犬が思い思いの姿勢で寝そべっていた。11/17

彼女はやっと安住の地を見つけたとでもいうように、私の痩せた胸にすがって抱きついていたが、侘助少年の姿が見えないという声をきくや、すぐに立ち上がって、明けることのない白夜の底へ飛び出していった。11/18

東京駅の端っこにやっとこさっとこ着いたのだが、ホームの数が一杯あって、どこにも何番線と書いてないので、適当に階段を登っていくと、後ろから「ササキサンではありませんかあ?」と呼びかける人がいるので、振り向いたらビクターのトマツさんだった。11/19

広瀬さんと野良仕事に来ている。昨日は2人共5時半に仕事を終えて、一緒に宿舎に帰ったのだが、今日は疲れて居眠りしてしまい、目を覚ましたら6時で、広瀬さんは居なかった。11/20

そいつは大腸と小腸を全摘して、お腹の中ががらんどうになってしまったにもかかわらず、相も変らぬ悪党だった。11/21

私は夏仕様の紋付姿になった。アオキは赤橙の、タケダは青紫のスーツになった。それ以来3人が一緒になる機会はなかった。11/21

大統領選挙で実際には大敗したトランプ陣営が作った共和党大勝利の偽動画は、全米のみならず全世界に流通したので、とうとうそれが真実になってしまった。11/22

ドジャースのGⅯからドジャースタジアムに隣接する小さなスタジアムでも野球が出来るようにしてほしいと頼まれたが、ここはユニホームや野球グッズの販売店や土産物屋、おもちゃ屋などのブースが所狭しと並んでいるので、簡単に退去させられない。11/23

およそ半世紀ぶりに余のふぁっちょん原論を書き直して、師匠のイマイカズヤ氏に読んでもらおうと思ったのだが、既に泉下の人になられていた。11/24

親分の提案で百貨店に強盗に入ったら、そこでは社員販売教育が行われていたので漏れ聞いていると、なかなか立派な内容だった。11/25

大阪駅までやって来たのだが、そこから新幹線に乗っていいのか、乗ってどこへ行くのかもさっぱり分からず、左手の掌の上のセンチ虫が無事かどうかを、時々確かめていた。11/26

結局山崎という駅に到着したが、同行している2人が急に喧嘩し始めたので、おらっち一人で親戚の家の2階から、大きな入道雲が夕焼けに燃えていくのを眺めていた。11/27

その事件の結末をじっと見つめていると、現在が過去に、過去が大過去に、大過去が未来に、そしてその未来が現在へと、くるくる循環していくのだった。11/28

監察官に選ばれた我々は、その映画に反米的要素があるかどうかを、朝から晩まで苦役のように審査しなければならなかった。11/29

おらっちオオタニ・ショウヘイ。さいきん戯曲を書いては世界各地で上演されるので、「投・打・演」の三役揃い踏みだあ、と褒め称えられるようになっちゃった。11/30

おらっちオオタニ・ショウヘイ。最新作は「O嬢の物語」。たった一人で天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道輪廻を経て、野晒にされる可哀想な女の物語だ。11/30

 

 

 

薦田 愛詩集「そは、ははそはの」を読んで

 

佐々木 眞

 
 

題名がなぞなぞのようなので、ちょっと調べてみたら、「ははそ」はドングリの実がなる木の総称である柞の葉っぱで、「ははそはの」は母にかかる枕詞らしい。万葉集の他三好達治の詩集「花筺」にその引用があるというので、岩波文庫を探してみたらありました。

いにしへの日はなつかしや/すがの根のながき春日を/野にいでてげんげつませし/ははそはの母もその子も/そこばくの夢を夢みし、で始まり、ははそはのははもそのこも/はるののにあそぶあそびを/ふあたびはせず、で終わる「いにしへの日は」という全部で21行のみやびやかな詩でした。

ちょっと驚いたのは、三好達治の最終連である

 ははそはのははもそのこも
 はるののにあそぶあそびを
 ふたたびはせず

という3行のひらかなが、今回の母子二人の長いようで短い道行きをうたい上げた薦田さんの第4詩集の、すべてを象徴するように印象的なエンディングになっていることでした。

それで、この詩集における作者の語り口はというと、本書の題名や詩の凝った表題の付け方にみられる古語、古典文学の広くて深い素養と、平明な現代日本語とが自然に融合したユニークな修辞によってさりげなく彩られ、現代を生きる大人の詩篇として興趣が尽きないものとなっています。

巻頭から母子は、鳥羽、河津、新宮、茅野、長崎、犬山、尾道と、全国各地に同行二人の旅に出ます。

 女ふたりで「夫婦岩なんてえね、と/鼻をかむ/だって/縁結びを祈る女子旅ではなくて/恋のアルバム作成中のふたりでみなくて/父つまり夫を送って三十年の母との旅だ」(「ふたみ、夕暮れの」より)

どうやら母親は高齢であるにも関わらず、桜をカメラに収めるのが趣味で、そのために桜前線の北上を追って全国の桜名所の寺社や名城に出かけるらしいのですが、母子とも結構うっかりもので、時間に遅れたり、大事な忘れ物をしたり、旅の失敗談がいくつも出てきて微苦笑させられます。

けれども世間の母子の大方が表向きは仲睦まじくとも、一皮めくればいろいろあるように、詩集の主人公である私とその母との間にも、ある日亀裂が走ります。私と恋人との3人暮らしに軋轢があったのか、母が突然家出して、東京から故郷の四国に戻ってしまったのです。

長く暮らした東京をはなれ/戻らないと言っていた土地へ戻ったひと/はは/母という/ばっこばっこ/はは ばっこ/その母/舜動する(「ばっこばっこ、ははは」より) 

そしてその道行の掉尾は、子が母に成り代わって事態の全貌を序破急の急で歌い上げる物語第3篇≪参≫のにあり、それが≪壱≫、≪弐≫と続いた人世の一大事の荘厳なコーダとなって、私たち読者の胸をしたたかに打つのです。

 あな、恥ずかしの身の上かな/おうおう と/聲あぐるはいと易けれど/おしころし押し殺す底ひより/たぎりたちくるもののさうらいて/あの/あの子/あの子の名 を/こゑ に/こゑ に出ださず/聲 にせむ(「ものぐるひ」より)

なお、本書のあとがき「後記、そのいきさつの」によれば、「母は郷里の街で、老境を生きている」そうであります。

 

・浜風文庫の本
https://beachwind-lib.net/?page_id=4694

 

 

 

村岡由梨第2詩集「一本足の少女」を読んで歌える

 

佐々木 眞

 
 

血を流しながら書き綴られた村岡由梨の第2詩集は、読めば血が出る22篇だ。
私は、この真率で、真情溢れる、痛切な詩行を読みながら、改めて詩とは何かと考えていた。

最初に浮かんだ考えは、詩とは「見守りボッド」のようなものではないか、というまことに幼稚なものである。

病ゆえに絶えざる自殺願望に取り付かれ、陸橋を渡りながら、何もかもを、愛する家族さえも見捨てて、硬い車道に身を投げようと思う作者を、詩は、「跳べ」とも言わず、「止めよ」とも言いわず、黙ってじっと見つめている。

その時、詩はまるで天体をぐるぐる経めぐりながら、地上に蠢く微細な存在、生きとし生ける森羅万象を、ことごとく把握しながら、じっと見つめている。
見守っている。

詩はもとより、人間と同じく無力で、そもそも無用の存在であるが、人間がそこにあって、心身に刻み付けられる体験する喜怒哀楽をしかと見届け、激しく流動する事態を、一時的に棚上げして、半永久的に保存することもできるのである。

なぜ詩を書くのか?と問われた谷川俊太郎は、「書いてくれという注文があるからです」とユーモラスに答えたが、村岡由梨は、「私が詩を書くのは、まっとうな人間になりたいからです」(「No.46」より)と、まっすぐに答えている。

詩を書くことによって、まっとうな人間になることはできないかもしれないが、 まっとうな人間になりたいという願いを、詩は、そして天は、嘉して受け止めてくれるだろう。

まっとうな人間になりたいと祈り続ける人を、
詩は、そして天は、
ずうっと優しく見守り続けてくれるだろう。

 

 

 

尻子玉

 

佐々木 眞

 
 

極楽の昼下がり、お釈迦様は長い、長いお昼寝から覚めて、遥か下方の地上を眺めていると、おりしもハロウィンで賑わう、渋谷のスクランブル交差点が見えました。

と、ふとあることを思いついたお釈迦様は、女郎蜘蛛の杜子春を呼びました。

「これ杜子春や、あのスクランブル交差点全体を覆うような、大きな、大きな巣をかけなさい」

「はい」

と答えた杜子春が、お釈迦様の仰せの通りに、天上から大きな、大きな蜘蛛の巣をふんわりと投げかけましたが、せわしなく交差点を行き来する人々の目には、もちろん見えません。

さうして、この見えない蜘蛛の巣のベールの下を通る人は、男も、女も、男でも女でもない人たちも、大人も、子供も、みんな揃って尻子玉を引っこ抜かれてしまいました。

とさ。

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その71

 

佐々木 眞

 
 

 

2024年5月

モノレール、ジエットコースターみたいですよ。
そうですか。
そうですよ。

お父さん、黒柳徹子と石原さとみの番組、録ってくれた?
撮りましたよ。帰ってきたら一緒に観ようね。

ボク、クレソン大好きですお。
お母さんもよ。こんど買いましょうね。

感謝って、ありがとうのことでしょう?
そうだよ。

コウ君、来週図書館お休みだってよ。
なんでお休み?
特別整理期間だって。
なんでお休み?

ボク、ペヤングのソースヤキソバ、大好きですよ。
そうなんだ。

ハイハイ、お父さんですよ。
お母さん、出してください。
お父さんじゃダメ? お母さんは今忙しいからお父さんが出たの。
お母さんがいいよ。

感じるって、思うこと?
そうだね。

お父さん、ショードクって、英語でなんていうの?
ショードクねえ。分かりません。今度調べとくわ。
お母さん、ホケンのタカギ先生、「手をショードクしときなさい」ていったお。
いつ?
小学2年生のとき。

戦うラーメンマン、おもしろかったですおお。
そうなんだ。

一度きりって、なに?
一回だけ、よ。

生糸、オカイコのこと?
まあそうだね。

お母さん、あした東急行きます。
はい、分かりました。
お母さん、あした図書館とたらば書房、行きます。
はい、分かりました。

 

2024年6月

ぼく、ヨシタカユリコとお父さん、好きですお。
そうなんだ。コウ君、ありがとう。

ボク、オマツリ好きですお。
そうなんだ。

 

2024年7月

お父さん、田中みな実が出る「ギークス」録画してくれた?
しましたよ。
した?
したよ。

さまざまな、ってなに?
いろいろな、よ。

吉高さんに子どもが出来たんでしょ?
そうね、でもドラマの中でよ。

お父さん、田中みな実が出る「ネプリーグ」みますお。
いつ?
今ですお。
そう、みてね。

 

 

 

静かなる休火山

――目黒実氏に
 

佐々木 眞

 
 

小学生の頃、火山には、活火山と休火山と死火山がある、と聞かされていた。

それで僕は、山を人世に譬えて、山頂から激しく火をふいいて地下からのマグマを天に向かって吹き上げる活火山は、青少年期。

その勢いがだんだん収まって、
時々爆発するオヤジのように丸くなる休火山が成熟期。

そして思い出だけを懐かしむ老人期が、
死火山に似ていると思ったものだ。

それから半世紀の歳月が流れ流れて、
僕は今まで見たこともない秀麗な休火山と巡りあった。

花と嵐のこの世を渡り、酸いも甘いもかみ分けたお洒落な伯父さん、目黒実。
それはいつも静かなる頬笑みを湛えた休火山。

その山頂には、来る朝毎に昇る太陽にキラキラと輝く透明なカルデラ湖を湛え、その下にはいつでも爆発せんばかりの、ふつふつと情熱をみなぎらせたマグマが赤黒く滾っている。

この山は、もしかすると、この国でいちばん美しい休火山かも知れない。

しかしある朝、それが静かなる休火山であることをやめ、
その端正な面立ちを崩して、天空に向かって地下から激しくマグマをまき散らすだろう。

その時こそこの山は、世界でいちばん美しい山になるだろうことを、僕は確信している。