さとう三千魚著『花たちへ 無一物野郎の詩、乃至 無詩』を読んで

 

佐々木 眞

 
 

 

2022年の5月28日の土曜日、作者の地元である静岡市の北街道にある本屋さん「水曜文庫」というところで、この詩集はスタートした。
「みらい」というタイトルである。

 
 

みらい

 

 あしたの
 ことも

 みらいの
 ことも

 わからないけど
 ここに

 わたし
 いて

 あなたがいて

 薔薇が
 咲くのを待っている

 ピンクの薔薇
 咲くのを

 

「あとがき」を読むと、この頃作者は、なぜか自分の詩が行き詰ったように感じていたようだ。作者の言葉を借りると「オワコンのように感じられて」いたようだ。

そんな苦境を救ってくれたのが「水曜文庫」のご主人だった、と作者は感謝しているが、本当に危機を突破したのは作者自身だろう。

なぜなら、この詩集に掲載された詩は、全部が全部即興詩であり、しかもこの即興詩人は「水曜文庫さんのお店の小さなテーブルをお借りして、小さなプリンターとスマホを置いて、お客さまからお好きな花と詩のタイトルを伺い、その方たちに花の詩を書いた」のだから。

従来の詩作とは、全く次元の異なる画期的な詩作方法を、一気に誕生させのだから。
仏蘭西の詩人ポール・ヴァレリーなら「これは一つの方法的制覇だ!」と、叫ぶかもしれない。

普通の詩人の普通のやり方は、無人の書斎でパソコンや原稿用紙に向かって沈思黙考、呻吟しながら書き下ろすのだろうが、それはあくまでも自分の大脳前頭葉の内部で完結させる古典的な書法である。

「詩のボクシング」の最終ラウンドでは、その場で即興詩を立ち上げて優劣を競うが、創作方法自体は前者と同様である。

さいきんの短歌の世界では、読者のリクエストに応じて、一般ではなくその人個人のためのパーソナルな短歌をつくる手法が話題になっているが、これとて即時の即興歌の創作ではない。

まさしく「花」というカテゴリーと、「題目」という思案の方向性を眼前の第三者の「骰子一擲」に委ね、次の瞬間に未知の時空に羽ばたいて新しい言葉を模索する「詩的投企」の試みに他ならないのである。

これで詩人は、息を吹き返した、のであろう。新たに生まれ変わった詩人が、以後さまざまな土地を巡礼し、さまざまな人々との一期一会の邂逅を果たしながら、私の住んでいる鎌倉の地に姿を現したのは、忘れもしない2024年の8月4日の暑い日曜日だった。

日記を繰ると、「午後1時30分、鎌倉駅にさとう三千魚氏を迎え、共に大塔宮を経て瑞泉寺へ行き、歌人、そして山崎方代の研究家としても知られる住職の大下一真氏と面会す。さとう氏は近著『方代に捧げる歌』を住職に進呈。そのお返しに小生まで『方代研究』誌を何冊も頂戴す。夜は一真住職の助言で、方代ゆかりの居酒屋「田楽屋」にて真夏の田楽料理に舌鼓を打ち、夜8時頃駅頭で別れる」

とあるが、実はこの日の昼は小生、夜は東京から偶々訪れた見知らぬ客人を相手にして、『花たちへ』の2つの即興詩が出来たのだった。

後者は本書を手に取って読んで頂くとして、その日他に訪問客が誰も居ないので、やむを得ず私を相手に、あっという間に作者がその場でスマホで打ち、ミニプリンターで印刷してくれた、1篇の即興詩を、最後にご紹介しておこう。

 
 

2024年夏

 

 木槿の
 花が

 咲いていた

 鎌倉の
 瑞泉寺の

 夏の

 庭の
 白い花の

 咲いていた

 ムクは
 眠った

 ムクは庭の土に
 眠った

 ムクは
 無垢

 木槿の木の下に眠る

 

 

 

 

「夢は第2の人世である」第110回

 

佐々木 眞

 
 

 

2025年7月

NYではLAより物価が高いので、生活が苦しい労働者が、かつての西部開拓時代のように続々移住しているらしい。7/1

彼女はピアニストとしてはたいしたことはないが、聴衆の反応を実に正確にコメントすることができるので、いつの間にか音楽批評家を名乗るようになったずら。7/2

久し振りに電話してきた先輩のタカハシさんが、「夕暮れに丘に登ると、海からの風を感じる」というた。ちなみにタカハシさんは、日野に住んでいるようだ。7/3

その寿司屋では、三日間限定で食べ放題の大サービスを実施したので、犬猫熊にんげんを問わず、千客万来の大繁盛だった。7/4

ガザの民草の言葉と断片的な映像をちりばめた、60年代の白黒ポスターが、湾岸の廃墟に貼られているのを見つけた。ADは藤幡正樹だった。7/5

サブスクであらかじめ決済された取引なのに、アマゾン族の酋長は、「是が非でも今日中に納品せよ」と不定期労働者に命令するのだった。7/6

我は長々と眠りこけていたが、そんな我をひたすら待ち設けている奴がいることを、我はうすうす感知していたので、なおも眠り続けていると、いつの間にかそやつはいなくなってしまった。7/7

おらっちは、昔リーマン時代にバイヤーと直談判して獲得した衣料品売り場で働いていたパートの女性たちが、売り場も、デパートも、衣料品会社も地上から消え去ったいま、どこでどうしているかを思いやって、複雑な気持ちになった。7/8

フランコ軍の優秀な狙撃手に心臓を撃ち抜かれたおらっちは、「右の義眼に映じたスペインの蒼穹の青がやけに沁みるなあ」と思いつつ瞑目していった。7/9

「悪の華」教室では、毎回違った視点で人世を見直すことになっていたので、今回は「もし毎日が2時間だけだったら」をテーマに、出席者全員で討論していったのよ。7/10

5大都市を代表する5人の容姿端麗年齢不明の美女たちは、なぜだか出身地の名誉を賭けて、一大コンテストに出場することになった。7/11

町内で戦争参加を意思表示しているのはたったの3名だったが、3名とも家族、殊に妻君との人間関係に破綻して、黒い絶望に駆られているのだった。7/12

溝口、小津、黒澤をはじめ、我が国の名監督たちの影のプロデューサー役を務めていた女性が、ひっそり亡くなったことを、誰も長らく知らなかった。7/13

ワレは弁護士がヘンルの方法を思いつかなんだひこんを丸はたのしてこらよかった。7/14

強風劫火の実態を、ドキュメンタリー映画で撮影したい、と念願していたベテラン俳優は、雇い入れた若手の映画監督が、テストばっかり繰り返すので、次第にやる気を失い、とうとう全てを投げ出してしまった。7/15

監督がもっとフツウでいいというのに、僕たちはタメをはってヘアメイクひとつとても徹底的に拘るものだから、結局映画は完成しなかった。7/16

急いで家を出て電車に乗って、駅の改札口を出てからコンビニでコーヒーを買おうとしたら、財布にはお札も小銭も入っていない。コウ君が抜いたんだと分かったが、もう遅い。スイカの残高が500円しかないので、ここから歩くしかなかった。7/17

我々が敵をホールドアップさせている間に、少年は、敵の捕虜になっていた両親を目ざとく見つけて、ひしと抱き合っていた。7/18

急に便意が催してきたので、急いで柵の中に入り、テキトーな穴ぼこの上に跨って尻を晒していたら、勤め帰りの連中が柵を開けて大勢侵入して来て、次々に穴ぼこの上に跨るのは、奇妙奇天烈な光景だった。7/19

女にどんな夢を見たのか尋ねたら、一晩中いろんな夢をいっぱい見たと答えたが、くわしいことは何も覚えていないというのだった。7/20

品川駅では満席だったので、東京駅まで行って新幹線の始発に乗ったら、同じ車両の遠いところにワカバヤシ、マエ、サカイの3名が雁首揃えて座っていたのだが、新大阪に着いても、知らんぷりを決め込んでいたのよ。7/21

アラビアの王子は、アラビアのロレンスが大好きだったので、宮廷政治などそっちのけでハーレーダビットソンを乗り回しているうちに、ロレンスみたく交通事故で死んじゃった。7/22

大リーグにいた稀代のノーコン投手が帰国して、クマさんチームに入ると聞いた監督のおらっちは、小躍りして喜んだ。うちの打者がバットを振りさえしなければ、四球の連発でどんどん点が入るからである。7/23

野外で大カラオケ大会を開催することになったので、ありとあらゆる曲を野外で全曲再録音することになったのだが、音大卒のアルバイト嬢が、全員咽喉を壊して寝込んでしまった。はてさてどうしたものか? 7/24

北風が吹き募って難儀な夜だったが、そんな日には、この地方では夕方から部落全体をすっぽり天幕で覆うので、人々は朝までぐっすり眠ることができるのだった。7/25

「音楽王」と称された父の薫陶を受け、その後継者と目されてきたおらっちだったが、この際思い切って居心地のよいぬるま湯的情愛歌を脱して、海のものとも山のものとも知れぬ超インディーズものを強力にフューチャーする独自路線を猛進することにしたのよ。7/26

この巨大な宿舎は、あまりにも広大すぎて、午前中に入った温泉に浸ろうとしたのだが、どこだったかてんで分からない。途中で大階段を降りようとしたら、急な俄雨に降られて、びしょぬれになってしまった。7/27

巨大な山を真っ二つに切り出して造成した大学は、物凄く広い。大浴場に行く途中の急な崖には、階段状の広いコンサート会場や、それぞれ2つの十字架を持つ新旧2つのキリスト教会の会堂が、隣り合わせに聳えていた。7/27

今日は月に一度の面会日。たくさんの食べ物やお菓子や果物を用意して、牢屋から息子が出てくるのを、今か今かと待っていたが、なかなか出てこないので、不安になる。7/28

この村のどこの居酒屋に行っても、入り口で大声で騒ぎ立てる奴がいるので、俺はその都度ブスッと刺し殺すようにしていた。この鋭い短刀で。7/29

警官のおらっちが、ネズミ男を駐車違反で捕まえると、ネズミ男はニヤリと笑って、「今度はあんたの番だぜ」と囁いたのだが、案の定おらっちは、翌週ネズミ男に駐車違反で逮捕されてしまったのよ。7/30

最新型の潜水艦からは、潜望鏡を上げなくても、外部の様子をくまなく観察することができたのだった。7/31

 

2025年8月

むかし彼女にプレゼントした現代人必携の教養書が「国のあけぼの」で、これに加えて「国のいきおい」、「国のほろび」の3点セットは、わが社随一のベストセラーになったのよ。8/1

どこかで見た顔つきのゲタ男が、スマホを取り出して、なにやら業務連絡を始めた。8/2

人殺しを始めたら中途半端は良くない。一人より10人、10人より百人、千人を殺せばそのうち誰も文句をいわなくなることをよく知っていたので、そいつは毎日500人をノルマに、どんどん人殺しをしていた。8/3

頭の中で、あるコトバを念じただけで、直ちに印字できてしまう最新システムが完成したのだが、いまだに漱石山房の原稿用紙に、モンブランの太字で小説を書いている俺は、焦った。8/4

その人気番組は、実はダブルスタッフで運営されているので、メインのキャラクターの演技がいまいちな時には、もう一人のキャラの映像が使われるのだった。8/5

「話し言葉」はダメで「書き言葉」だけが許される戦争なので、とても不便。指揮官も単純に「撃て!」と命令すればいいのだが、「はじめに我らの兵の一撃あるべし!」などと、もって回った言い回しにせざるを得ないのだった。8/6

その地方検事は、地方に出張しては、隠匿された軍慰安婦を探し出して保護していたので、まるで神様のように崇められていた。8/7

人事に頼まれて面接に臨むと、おらっちは、いつもこの有為な人材を他社に取られたくないというて採用しようとするので、人事のウチダに警戒されて、あまり声がかからなくなってしまった。8/8

人気、実力、人格随一無比のイシイ選手に対して、瞬間湯沸かし的な嫉妬に駆られたおらっちは、愛用のブラウニングで撃ち殺そうとしたが、幸か不幸か未然に逮捕されたので、10年間牢屋で暮らしたんだ。8/9

そのテレビ局の地下1階のフロアには、いつも湧水がいちめんに流れていたので、夏は天然冷房状態だったが、まるでアニメのヒロインのような少女が、清水を掬って一口飲んでいた。なんでもテレビ局の社長の一人娘らしい。8/10

線路際で電車を待ちながら、「今日はまた格別に暑いですね?」「ええ」「どうですか、どこか涼しいところで冷たいかき氷でもいかがですか? 私は真っ赤なイチゴが大好きなんですが」と、ゼネラル広告のオカモト氏は言葉巧みに誘って、これまで何人もの美少女をモノにしてきたのであった。8/11

鎌倉霊園の近くの県道にたむろする大型バイクの暴走族の排気音が凄まじいので、テラオ氏は単身県道の中央に仁王立ちになり、さながら武蔵坊弁慶のごとく大手を広げて立ち塞がったのよ。8/12

ここは山紫水明の別天地だが、生憎交通の便が最悪でこれまで観光客など皆無だったのだが、最近は地元民より怪しい風体の外国人の往来が頻繁になってきたようだ。8/13

花形12人衆のうちの誰か1人が、死地にあったおらっちを救い出してくれたのだが、それが一体誰なのか分からない。お礼を言いたくて懸命に探し出そうとしたのだが、その行方は、杳として知れなかった。8/14

死にゆく女には、ただ一人だけ会いたい人がいたのだが、奇跡的な邂逅の願いはついに果たされることなく、永遠に沈黙したまま冥い泉下へと沈み込んでいった。8/15

最高権力者の晩餐が終わると、あたしたち2人のどちらかが、食後のデザート代わりに呼ばれて、四阿の寝室の中でお伽をさせられるのでした。8/16

わが軍では、ある時から2人1組のユニットで行動することに決めたのだが、これが意外にも功を奏して、連戦連勝が続くことになったのよ。8/17

「宣伝が最高のイメージを演出しても、商品がそのイメージを裏切ったら、宣伝なんかしない方がよかったという結果になるんだよ」とアホ無垢に語ると、ワンワンと頷いたげな。8/18

ソロモン王は、宮殿の寝室で血を吸うた蚊を殺しそこない、あまつさえ山百合の花が乱れ咲く花園に逃げ出したので、悔しくて悔しくてたまらず、幾世代後の後にそれを気の毒に思ったマタイが福音書第6章第28節以下の名文句を遺したのだった。8/19

4名の犯人のうち、どれか1人を殺すことになったのだが、選ぶ基準を巡って邏卒らに論争が起こり、陽が沈んでも落着しないので、とりあえず今日の処刑は延期することになった。8/20

戦士たちの慰安に供せられる映画を事前に検査するべく、在庫のビデオを鑑賞しはじめたのだが、これがいつまで経っても終わらないので、命じられた俺たち2人は途方に暮れた。8/21

「間もなく大地震が必ずやって来るから、そん時は、まず大きな握り飯を仰山作るんだ」というておったら、その翌日に関東大震災がやって来たので、落ち目のヤマダ組が、久々に高く評価されたんよ。8/22

ほんでなあ、しばらくすると放送局に昔馴染みが避難してきたので、スタジオから「嘆きの貌」をオンエアすることができたんよ。8/23

余は少年時代の夏休みの宿題で企画構想した「毛髪湿度計」を、長じて就職した計量器メーカーで半世紀後に製品化したところ、意外な人気で売れに売れ、国内のみならず世界中で引っ張りだこになってしまった。8/24

あたいはお姉さまから頂いた新幹線のチケットを自動改札に入れたら、駅員が飛んできて、はじめは「これはフェステイバルホールの入場券だからダメダメ」というてたんやけど、ひるむことなくぐあんばってたら、とうとうとう根負けして通してくれたんで、無事東京に帰ってこれました。8/25

おらっちが投げる日は、堅守の内野がダイチョンボするとか、一番まともなリリーフが大量失点しておらっちの勝星を失くすとか、必ず災いが起きる。もう、やってられへんわい。8/26

広い倉庫の中をぶらぶら歩いているうちに、光文社の書籍が、じつは岩波書店の第3編集部で、ひそかに製作されたものであることに気づいた。長年続く出版不況で、老舗も生き残りに懸命らしいでよ。8/27

セイさんが描いた銀座のビルヂングのイラストを持って、実際に銀座に行くと、次々にそれらが具現化していくので、「あだやおろそかでスケッチしてはいけない」と、思い知らされるのだった。8/28

非常勤講師の唯一の楽しみは、その控室で、国籍やジェンダーも不明な呉越同舟のメンバーたちと知り合うことで、時折人間とは思えない輩もいるのだった。8/29

誰かから、「あんたは角丸世代!」と決めつけられたので、「それはクロカンとフランケンシュタイン、辺見庸、辻真一、中島みゆきなんかの話。おらっちは反角丸の三羽全学連シンパやった」と訂正すると、「シンパって何?」と聞き返されちまったよ。8/30

だっせえホームスパンの上着を羽織っているバアサンの傍を通り過ぎようとしたら、一瞬にしてひっくりかえされちまった。ああ、油断した、ユダンした!8/31

 

2025年9月

兵庫県も、大阪府も、基本的には維新仲間なので、お互いに仲良く談合して、今日からイシン副都心連合を立ち上げたらしいが、4月莫迦かと思って、誰も報道しなかったらしい。9/1

文化の学生が死んだ翌日、また文化の学生が死んだ。するとその翌日、また文化の学生が死んだ。するとその翌日、また文化の学生が死んだ。するとその翌日、また文化の学生が死んだ。するとその9/2

「痩せても枯れても、俺たち武士だ。平民風情に絶対負けるわけにはいかぬ」と、眦を決して戦ってはいたものの、だんだん手負いのものが増え、とうとう「負けるが勝ち」と、蜘蛛の子を散らすように、すたこら逃げ出したとさ。9/3

荷風散人の引っ越し手伝いは、おらっちを含めて全部で10名ほどだったが、みんないいやつばかりなので、引っ越し作業が終わってからも別れがたく、期せずして大宴会が始まった。9/4

我が家はミサイル発射基地の近所にあるのだが、時折敵に向かって撃ちだしたはずのミサイルの不発弾が、道端にごろごろ落っこちていたりするので怖くなる。9/5

モスクワのKGBスタッフの平均月給は20万だが、人を殺すたびに特別手当が出るので、そのボーナス頼みで、みんな仕事に精出しているらしい。9/6

今回の敵は、どうやらヤクザか、KKKか、狂暴なテロリスト集団のようだが、どっちににせよ、わいらあ仕事は仕事なので、バリケードめがけて押し寄せる彼奴等を、バースカ砲で、殺しに殺しまくっていた。9/7

オオノが白い大きな犬と一緒で青物横丁で目撃されたというので駆け付けたがいない。夜になると岡山の海産物問屋でぶらついているのがテレビに映っていたという。9/8

永年に亙ってガン研でガンの研究をしていた友人が、なんとかガンに罹らずに退職し、永年のガン研究の成果を100冊の私家版にまとめたのだが、誰も読もうとしないので、私ともう一人の友人が義理買いしたのよ。9/9

戦時下のウイーンで曖昧な生き方をしている我は、毎晩喜歌劇「こうもり」を専らクライバーの演奏で楽しんでいた。9/10

株式会社夢工場では、社員全員が見た夢をAIが自動的に記録し、その内容を毎月審査して人事考課に反映しているという。9/11

社員旅行で巴里に出かけた一行は、一人ずつ特製カメラを与えられ、町中の風景や行きかう人物を撮影してくるように厳命されていた。9/12

いつもの姿勢制御のコントローラーが言うことをきかなくなったが、どうしていいのかさっぱり分からない。9/13

隣のお兄ちゃんは海釣りが好きなようで、時折我が家におすそ分けしてくれる。今回は新鮮なイワシ。早速妻が小骨を抜いてお刺身にしたら肉がブイブイしていてとても美味しかったのよ。9/14

その赤ちゃんは誰かの真似をするように、「天上天下唯我独尊」と賜ったので、さすがのトランプも打ちのめされて参ったようだった。9/15

イケダノブオは当時高級お子様料理を作っていたのだが、ある日自分の本業はふぁっちょんだったと思い直して、それからは高級子供服ブランドの立ち上げを目指したことだった。9/16

おらっち夕方沖縄に到着したら、客室乗務員が占いしませんかというてしなだれかかてきたので、占いは大嫌いだとと叫んで睨む付けるとスゴスゴと退散してしまったよ。9/17

京からタクシーに乗って丹後の宮津でピンと出したら、ウルセイ君がしたり顔で「うるせえ!」と怒鳴ったよ。9/18

満員電車の中を容貌魁偉で頑強な体躯をした中年の酔漢が、吊革にぶら下がったまま、右に左に大揺れしながら嘔吐するので、乗客たち全員が隣の車両に逃げ出した。9/19

ういではアパレル商売をやっているつもりだったのに、中国ではスパイ行為をやっていると見做されていたようだ。もうこんな国には二度と行きたくないずら。9/20

某宗教団体から教団服を作ってくれと頼まれたので、幹部服、エリート服、その他大勢服の3つのグループに分けてデザインを考えているのだが、それらのデザインをどう変えるのかがつかめなくて往生しているところ。9/21

「大川に塩を入れたら海になる」という川柳を参考に何か作りなさい、という兼題が出たので、しばらく考えたがなーんも思い浮かばなかったので、「大海の塩を取ったら大河なり」と詠んだのよ。9/22

「コウ君そこは足場が悪いから、もう少し上の乾いたところを歩こうよ」と呼びかけたのだが、その時遅く、かの時早く、愛する我が長男は泥んこ道に足を取られて急坂をごろごろ転がって遥か麓まで転落してしまった。9/23

25、6時間戦っていたリーマン時代は、毎晩午前2時までは会社で働き、もはや電車もないので、五反田か新橋のカプセルホテルに泊まって、早朝出勤するのがいつものパターンだった。9/24

おばはんに「そごうじゃない百貨店が近所にあたよね」と訊ねたが、「知らすか」という。店から離れたことなんかないから仕方ないのだが、その癖よそで不浄を借りた時のために500円玉を包んだ落とし紙を3個いつも懐中している。9/25

交通事故に遭い、裁判の結果一生涯先方がおらっちの生活の面倒を見てくれることになったのだが、なんか一生涯おらっっちの自由が奪われたような気がして、いいのか悪いのか分からんようになっちまった。9/26

いつものように出社したら、秘密警察の連中が俺のデスク周りやパソコンを勝手に荒らしまくっている。「何すんねん!」と抗議したら、「あなたの書いた広告コピーが治安維持法に抵触する危険なものだという通報があったので緊急捜査しています」というのである。9/27

それにしても荒廃したこの大阪支店は、まるで落城した大阪城みたいだ。3階の砕けたコンクリの穴から水浸しの2階が見える。声を出して呼んでも、誰一人答える奴はいない。9/28

世界一周旅行ができる航空券をもてあそんでいるうちに、真っ二つにちょん切れてしまったが、こんなんで搭乗できるのだろうか?9/29

最初はどんな映画も面白くて試写会には喜び勇んで出かけていたのだが、そのうちにだんだん詰まらなくなり、しまいには詰まらない映画をみたり、PR会社の担当者に感想を聞かれたりするのが苦痛で苦痛で、とうとう試写会には行かなくなってしまったのよ。9/30

 

2025年10月

緑陰深い渓谷の夕べ、おらちがビーフカレーを食べていると、どこからか飛んできたミドリシジミが向かいに座っているジョセフの右指に止まったので驚いて、そのミドリシジミを僕に呉れよと言ううとジョセフがおらっちの左の人差し指に止まれせてくれた。この世のものとも思えない美しいゼフィルスよ!10/1

国立オペラでロシアのオペラをイスラエルの指揮者が振ることになったので、管弦楽団がのメンバー全員がストライキをうたので、公演は中止のやむなきに至った。10/2

最早1敗も出来ないと思うと全身が緊張の塊りと化し、コチコチになってしまったが、結局は打者に対して1球1球全力で投げこんでいくしかないのだと思い返すと、いつもの平常心を取り返すことができたのよ。10/3

次々に准将に打ち破られ、遂に主将ひとりが孤塁を守る状態になった5人組柔道勝ち抜き大会だったが、さすが我らが主将、敵の准将と主将を連破して栄冠を勝ち取ったのだった。10/4

このリーグではGⅯとは異なるコレオ・マネージャーというのがいて、野球の試合そのものよりもそれに付随する選手の振り付けを担当していた。10/5

三味線一挺を抱えて舞台に登場したその男は、哀切極まりないメロディを奏でて、超満員の聴衆たちを忽ち魅了したのであった。10/6

その女は吉原や須崎の遊郭には属さない所謂私娼だったが、淫乱とは思えぬ愛らしい面立ちとまるで処女のような可憐さと初々しさが持ち味なので、荷風散人の私は、自然と夜な夜な馴染むようになってしまった。10/7

なかなかいい鞄を自分で作って売っている後輩が、出店しているデパートから様々な迫害を受けているがどうしようかと相談されたので、もう店売りは止めてネット通販だけにしたらとアドバイスしたのよ。10/8

巷で大暴れしていた大泥棒を銀座四丁目で真昼間に発見した月光仮面は、乗ってきたオートバイから飛び降りて逮捕したので、即座にセーブポイントがついた。10/9

おらっちゲリラ。町内の電燈を壊し、街灯を壊し、常夜灯を壊すという3段階作戦を展開したが、とうとう力尽きたので、赤い褌姿で投降したのよ。10/10

多孔性金属錯体と有機金属構造体と制御性T細胞の違いと相関関係について述べよと迫られたが、いくら考えてもてんで分からんかった。10/11

就職の内定を貰った会社へ行って軽トラに寝転がっていると、ベテラン社員のナカニシさんが、「こんな青二才を取るなんて会社もどうかしてるなあ」というあが、おらっちも自分自身でそう思った。10/11

ここはどこの海岸だろう? 懐かしい故郷の海辺を去ってから早幾年。海水は私の体に触れてから猛烈な勢いで沖に去っていくのだが、その悪臭は耐え難い。私はいつの間にかどんどん腐りゆく長大なナガスクジラになっていた。10/12

バーンスタインが26夏に3回目のマーラーの交響曲全集を録音することになった。今回のオケはルツェルン祝祭管でコンマスは勿論ヘッツェル、会場は第8を除いてウィーン楽友会大ホールだそうだ。10/13

明日はいよいよマーラーの交響曲第5番のライブ録音。トランペット奏者のおらっちは超難しい冒頭の独奏で頭がいっぱいなのに、バーンスタインが自室に来いというので心配だ。きっと「明日はやっちゃいなよ」と言いながらおらっちの金玉を弄ぶに違いない。10/14

死にそうに苦しいので医者が呉れた薬を飲もうと思うのだが、2種類の内のどれを飲んだらいいのか分からないうちに時がどんどん過ぎて行く。10/15

漢字でいくか、それともアルファベトで検索するのとどっちが早いのかてんで分からないので、暇な時に試してみたら漢字の方だった。さすがは今では貴重なものとなった日本製のパソコンだ。10/16

戦場で敵を殺すとその人数に応じて国から報奨金が出るので、我も我もと貧乏人が参戦してくるが、半年も経たないうちに死んでいくのだった。10/17

おらっち今日は好調で、なんと3人もの敵を殺したのだが、彼らの武器をどう始末しようかと迷った挙句、市の指定するゴミ袋に入れて所定の場所に置いておいた。10/18

かくして余は大川を渡って蛮人共のが跋扈する辺境の地へ進軍することになったのよ。10/19

なにやらこの国には今まで見たことも聞いたこともない怪物が潜んでいるっことがじょじょに分かってきました。10/20

本番で4つのところを3つにして歌ったり、即興で下らないセリフを入れたりしたので、怒った演出家は、おらっちを即クビにしおったのよ。10/21

真夜中にキチジョウジとおぼしき駅の近所のバスターミナルに一台のバスがよろよろと到着したのだが、思いがけず大量の乗客がどっと吐き出されてきて、一群の泥のように固まってしまった。10/22

夢遊病者のように道路のど真ん中をふらふら歩いていたが、トラックに撥ねられもせずに家までたどり着いたのは、殆ど奇跡といえるだろう。10/23

おらっちは、彼にそのことを伝えると、必ずや悪い結果になると知りながら、それを彼に伝えてしまった。10/24

たった3秒で3人の打者を片付けた後、その男は立て続けに3本のホームランを打って、野球の醍醐味を世界中に伝えったのだった。10/25

青森一の豪農の主人には奇妙な性癖があって、自分が手塩にかけて育てた一番米を流通に回さず、押し入れの奥に隠して時々嘗めてみるのだった。10/26

ファシスト政権は「スパイ法」に続いて「隣人愛染法」も成立させ、全国民の相方を指定して毎週お互いの動静を上長に報告させる人民監視制度を発動したのであった。10/27

10時頃に寝たんだが、1時間ほど眠った後は眼が冴えて全然寝られないので、朝まで本を読んでいたが、いつしかまた夜になっていた。10/28

7回に0-2で負けていたので、今日はダメかと思って半ばあきらめていたら、8回に2ランが出て同点。9回裏2死満塁で暴投が出て、サヨナラ勝ちを拾ったのよ。10/29

昔々の大昔、四球王と呼ばれた老選手が代打に立って、押し出しのフォアボールを選んでくれたので、嬉しかった。10/30

ジョーン・バエズになったブロンズ新社のワカツキさんが、テレビに出てきて、新宿西口の地下は通路ではなく公共の場所だから、もとの新宿広場に戻しなさいと阿呆莫迦ベビーガールを窘めた。10/31

 

 

 

ミツイパブリッシング刊・長田典子著『錨氷』を読んで

 

佐々木 眞

 
 

 

題名の「錨氷」という言葉を知らなかったので、ネットの『ブリタニカ事典』で検索すると「びょうひょう」と読み、固着している氷のこと。「底氷」ともいうらしい。

しかし本書の終りの方に、作者自身による丁寧な説明があった。

「極寒に流れる川底の石に、氷の始まりである直経一ミリにも満たない円形の晶水が張り付き、錨氷となる。錨氷は朝日で剥がれて川の流れに乗り、やがて川は一面、厚い氷で覆われる」。(P137)

さて徐に本書をひも解いてみよう。

するといきなり「旅に出ろ。旅に出ろ。旅に。出ろ。」と“耳の奥から届いた声”に動かされ、作者は先住民アイヌの住む北の大地へと向かうのである。

唐突ながら、ここで私は、かの俳人、松尾芭蕉を思い出した。

生涯を旅に明け暮れる中で俳諧の道を究めようとした芭蕉が、道祖神に突き動かされるようにして『奥の細道』の旅に出たように、作者もまた地道に勤め上げた小学校の教師を突然辞め、50代半ばにしてNYで2年間の学校生活を体験し、帰国後暫くしてから、今度は大学の博士課程で新たな学びが始まる、というような生き方をする。*

それゆえ、ここだけの話だが、私は長田典子という詩人は、現代の松尾芭蕉ではないか、とひそかに思っているのである。

それはともかく、今回の旅で、作者は北の大地を目指す。
そしてその先住民であるアイヌと真正面から出会うのだ。

―アイヌは和人の言葉で「にんんげん」という意味で
「にんげん」はアイヌの言葉では「アイヌ」で
アイヌは「アイヌ」だ。(p39)

未知の旅に限りなく高揚する作者は、土の下から聞こえてくるアイヌの女性の語りに耳を傾けているうちに、いつしかアイヌの女性が自分の身体に入ってきたような感覚に襲われ、ヤマブドウ、エゾイチゴ、ハルニレ、オヒョウ、マリモ、ヒメマス、イトウ、カワシンジュ、それらすべての物語とひとつになる。

作者は、「広い大地を自由に移動し自然とともに生きた人々の物語」を口ずさみ(P89)、樺太アイヌの弦楽器トンコリを弾いたりもする。

そうして北海道の網走に生まれ育った『無知の涙』の著者にして元死刑囚の永山則夫、そして日本国籍がないのに日本兵として徴集され、シベリアで10年近く重労働を強いられた樺太生まれの北方少数ウィルタ民族の北川源太郎ことダーヒンニェニ・ゲンダーヌも俄かに呼び出され、作者の熱い、熱い抱擁に包まれる。

―「この血よ騒げ!
もっともっと騒げよ!
忘れるな
おれたちはウィルタだ!」(P126)

やがて熱量に満ちた極寒の地から地元に戻った作者は、故郷にそっくりの佇まいの福島県大沼郡昭和村を経て、ダムの底に深く沈んだ今は亡き懐かしい不津倉(ふづくら)集落へと舞い戻り、ル・クレジオのように「きっとわたしも先祖の顔や仕草を引き継いでいるに違いない」と呟いて、長い長い螺旋状の旅の終わりを静かに告げるのである。**

これは、詩とエッセイが渾然一体となって、新しい旅と、新しい自分、新しい世界との出会いをうながしてくれるような、そんな奇跡的な1冊である。

 

*長田典子著『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(2019年、思潮社刊)第53回小熊秀雄賞受賞
**長田典子著『ふづくら幻影』(2021年、思潮社刊)

 

 

 

最後の晩餐

 

佐々木 眞

 
 

日暮れてイエス十二弟子とともに往き、みな席に就きて食するとき言ひ給ふ。

『まことに汝らに告ぐ、我と共に食する汝らの中の一人、われを賣らん』

弟子たち憂ひて、一人一人『われなるか』と言ひ出でしに、イエス言ひ給ふ。

『十二のうちの一人にて、我と共にパンを鉢に浸す者は夫なり。
實に人の子は、己に就きて録されたる如く、逝くなり。
然れど、人の子を賣る者は、禍害なるかな。
その人は生まれざりし方よかりしものを』

――1968年改譯新約聖書「マルコ傳」第14章第17-22節

 

追記

写真は2025年11月24日まで東京都現代美術館にて開催中の「日常のコレオ」展に出品された佐々木健の油彩画《ゲバ棒、杖、もの派の現象学、または男性性のロールモデルについてのペインティング》である。

 

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その73

 

佐々木 眞

 
 

 

2025年1月

お母さん、ぼくタチヒロシです。
こんにちは、タチヒロシさん。
タチヒロシ、タチヒロシ、タチヒロシ

お母さん、スイシンってなに?
スイシン?あ、推進ね。うまくいって前に進めること。
スイシン、スイシン、スイシン

お母さん、花盛りって、なに?
お花がいっぱいのことよ。

わたしはコーゾーさんです。
こんにちはコーゾーさん。

韓国はソウルでしょ?
そうね、ソウルね。

 

2025年2月

ケンちゃん、駅どこ?
キタノでしょう。
キタノ、キタノ、キタノ

お母さん、旅立つって、なに?
旅行に行くとか、死んでしまうとか、よ。
旅立つ、旅立つ、旅立つ。

コウ君、リンゴケーキ食べたいね。
お母さん、リンゴケーキ作ってね!
お母さん、リンゴケーキ作ってね!
お母さん、リンゴケーキ作ってね!
わかしましたあ。

 

2025年3月

ぼく、タナカミナミとサワさん大好きですお。
お母さんもよ。

またサワサンに会える?
会えるでしょう。

サワさん、「光る君」みた?
みたでしょう。

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その72

 

佐々木 眞

 
 

 

2024年8月

お父さん、台風の英語は?
タイフーンだよ。
お父さん、台風の英語は?
だから、タイフーンだよ。
お父さん、台風の英語は?
だからあ、タイフーンだよ。

お父さん、洗濯物かわいた?
かわいたよ。

お父さん、ボク田中みな実と暮らしていますお。
え、ほんと?石原さとみと暮らしているんじゃなかったの?
田中みな実です。
そうなんだあ。

お父さん、ボク、タナカミマミとおウエハラミツキが好きですお。
そうなんだ。

お母さん、田中みな実、お茶のんでになって。
コウさん、一緒にお茶飲みましょう。

お母さん、キモダメシてなに?
コウ君、小さい時にキモダメシしなかった?
分かりませんお。
真っ暗な小学校へ行かなかった?
行きましたお。
それがキモダメシよ。
キモダメシ、キモダメシ、キモダメシ。

お母さん、機会があったら、って、なに?
よい時が来たら、よ。

お勘定って、なに?
お金を払うことよ。

お母さん、Uターンって、なに?
Uターンすることよ。

お父さん、背中って、英語でどういうの?
バックだよ。
バック、バック。

 

2024年9月

待っとれよ、ってなに?
待っててね、のことよ。

タナカミナミ、アメリカで生まれたでしょう?
え、そうなの?
そうですお。

お父さん、「小児療育」の英語は?
さあねえ、チャイルド・ナーシングかな。

お父さん、神様の英語は?
ゴッドだよ。
ゴッド、ゴッド、ゴッド。

 

2024年10月

お母さん、迷惑ってなに?
こんなことしちゃ困ります、よ。

 

2024年11月

ぼくウエハラミツキとタナカミナミ好きですお。
お父さんはウエハラミツキとタナカミナミよりコウ君が好きですよ。

 

2024年12月

スピード違反て、なに?
40キロと決まっているところで、それ以上で走ることよ。

平成の後は令和だよね?
そうだね。

ナカムラさん、注意されたんですお。
アカムラさん、嫌いなの?
じゃあないですお。

えーとねえ、お母さん、ぼく授産所好きだったの。
授産所? そうなんだ。

お父さん、蓮佛さんのドラマ、全部録画してくださいね。
分かりましたあ。全部録画するよ!

 

 

 

「夢は第2の人世である」第109回

 

佐々木 眞

 
 

 

2025年3月

夫に愛想を尽かされて家出したあたしは、どういう訳でソーユ~ことになったかを冷静に振り返るために、映画とも、小説とも、エッセイとも、夢ともつかぬ代物を、でっちあげてみましたがあ。3/1

阿呆莫迦課長の家にある再生装置では、おらっちの頭にある古典音楽がちゃんと鳴らないので、いくら誘われても二度と行くことはなかったよ。3/2

タカハシの源ちゃんが、さる貧乏作家のある作品を激賞してやまないのに、その貧乏作家がたいして喜んでいるようにも見えないので、なんというアホタレかと俺は思った。3/3

妻君が、茶碗を持ったまま「お茶入れて」というたのに、おらっちは、メールを入れて仕舞った。3/4

ひよどり公園に行くたびに、ひよどりではなくて、ピカソの描いた平和の鳩が一斉に舞い上がるのだった。3/5

セカイのオザワが、事あるごとに「カラヤン先生からオペラを習った」と叫ぶので、「モザールの「コジ・ファン・トゥッテ」はベーム先生に習わないといかんかったのよ」と何度いうてもわからんようやった。3/6

アオキさんとトクコマエダ女史が寂しい野道を歩いているので、「どしたの?」と訊ねると、「2人で今後の身の振り方を考えてるの」という返事だった。3/7

世界料理合戦は3名の決戦となったが、「料理のキモは、オカズにあらず、ご飯なり」と唱えるだけでなく、それを見事に実践しているのぶいっちゃんに決定した。3/8

造られるべきその造形物を幻視した時、もうこれで全ては出来たも同然だと考えていたのだが、いざ実際に創作にかかってみると、細部の具体性に欠けていることが分かったので、もう一度無理やりに想像してみるほかはなかった。3/9

総務のサワダは、洗面所の水道の蛇口を高めに設定したために、女子は届かず、男子も辛うじて用を足せるくらいだったので、上司から「もとっと低くしろ」と命じられたが、「男子の猫背を直そうと思って」と頑なに抗弁するのだった。3/10

いつもおらっちは大量のギリシア文学関連の資料を買い込むのだが、さすがに最近は会社で払ってくれなくなったずら。3/11

これは確か昔戸川純がどこかでやったはずだ、という曖昧で奇妙な理由で、自分が提案したその新人歌手の出産ライブは、ついに実現しなかった。3/12

総務のノグチさんとかヒグチさんとかがやって来て、「一緒に社員食堂へ行こう」と誘われたが、その気になれず町中華へ行ったら、厨房にある肉が旨そうなので「あれを喰わせろ」と頼んだら見積書を持ってきて、そこに一金19万円也とあったので驚いて逃げ出した。3/13

自分は、ひさかたぶりにぐっすり眠っていたのだが、目覚めてみると、顔ぜんたいが飴のようにとろけだして、まるで、オバケのようになっていた。3/14

時計をみると12時を回っている。おそくなってしまった。こんなところにいてはいけない。早く家に帰ろう。立ち上がる時に靴が脱げたので、お気に入りのマーティンを探したが見つからない。ああ、早く家に帰らなくちゃ。仕方なく裸足で歩き出した。3/15

おや、この横長のビルはいったい何だろう? 歓声を上げる人々の向こうには巨大な寿司桶のような家族風呂があって、中にはトシコちゃんに似た少女も入っている。横長ビルを過ぎると家族揃って焚火をしている家族もあったが、あんなところで野宿でもするのかしら。早く家に帰ろう。3/16

おらっちがヤクザになったのは自由にピストルを使うためだったが、オヤブンはそんなことはさせてくれない。それにコブン同士お互いにカンシ体制にあるので、自由どころの騒ぎではない。それでも一通りピストルを撃つ共同訓練だけはやってくれたので、おらっちは実弾を撃ち込むシャンスを窺っていた。3/17

おらっちの会社がどんどん左前になっていくので、心配になった社長は、日本会議や右翼やヤクザや体育会系の学生を大勢雇って、バランスを取ろうとしたらしいが、結局それが仇となって、倒産してしまったずら。3/18

「ボナールの「裸女」が一番良かった」と。いくぶん恥ずかしそうに告白したシオミ先生に、まったく同感だったにもかかわらず、無言でソッポを向いた中三のオレだった。3/19

気が付くと歓喜仏の一人になってしまったので、やむを得ず私は、相方をぐっと抱きしめたのだった。3/20

あの3.11の折、かのムク犬は救助犬として大活躍したのだが、色々な人を助けているときに様々な知識を吸い取り、AIの力も借りて、晴れて立派な人間犬になったのだった。3/21

そこは朝から晩まで日が差さぬ木賃宿で、毎朝婆さんが不味い味噌汁を飲ませていたが、大方の住人は裏金党の岩盤支持者ばっかりだったので、おらっちはすたこらさっさとトンズラしたのよ。3/22

戦争やら飢饉やら、陸地での暮らしが嫌になった人たちは、示し合わせて海底で生活するようになりました、とさ。3/23

告白タイムになると、彼女は「彼の寝相の悪さと激しい歯ぎしりで毎晩一睡もできない」と言い出したので、かれらは直ちに離婚することになっちまった。3/24

彼は毎朝おらっちのところへやって来て、「このヤマザキパンとニッポンハムをお前にやるから、その代わりにお前んちのうまいパンに上等のハムをはさんだやつを呉れ」というのだが、毎朝鄭重に断ったのよ。3/25

「大なんたら展」をみにいったのだが、その前に「小なんたら展」でみた作品の印象とごっちゃになってしまい、結局は、混雑錯綜した記憶しか残らなかった。3/26

仏専連、2連協、4連協の最後のOB会が開かれ、スロープ下の部室でお互いの近況などを報告し合っているところに死んだフランケンシュタインなどの角丸が角材を手に殴り込んできたので、やむを得ず全員をブローニング銃で撃ち殺してやった。3/27

戦時下のライブ放送局が好評なので関西にも支局を設立しようとスタッフが派遣されたのだが、生憎そいつが敵のスパイだったので沙汰止みになってしまった。3/28

ハスイケ君の誘いで北海道にやって来たら海も空も大地も村も町もなにもかもが広大で、浩然の気を養うことができたが、誰にも出会うことができなかったのは残念だった。3/29

大阪でもフィガロを公演しようということになって、梅田で降りたが生憎維新と山口組が武装闘争を始めていたために物情騒然としてオペラどころではないうえに、公演当日のお昼に他の歌劇団がなんとフィガロをやると分かったのでわいらあ困り果てた。3/30

ベビー子供服の企画構想会にオブザーバーとして参加しているのだが、あと数年も経てば、この会社も倒産し、この部門も全員がリスストラされると、なんでオレだけが知っているんだ、と訝しく思いながら参観していた。3/31

 

2025年4月

今回の展示会のテーマが「森の中で」だというので、おらっちは、AI4Dを駆使して、会場全館を鬱蒼とした霧深い森に仕立ててしまったら、行方不明になる入場者が続出して会長からクレームが来たのだが、これ幸いと深い森の中に逃げ込んだのよ。4/1

もうすぐ川崎駅というところで電車がいきなり停止してから逆走を始めたので驚愕する。このままだと後続の電車と激突するに違いない。間もなく関東大震災がこの身に襲い掛かるようなものだ。はてさてどうしたものか。4/2

真っ暗な暗闇の中で、人々は広大な原野を流れる人工の川にフリチンで入り、自由に泳いだり踊ったりしていると、上流から時々奇妙なものが流れてくるのだった。4/3

草っぱらの上には、管月流の日本画の不可思議な作品が整然と並べられ、遠くには全裸で走っていく2人の影ぼうしが見えた。4/4

古いズボンのポケットの中から、「すぐに停戦せよ」と書かれた上官の命令書が出てきたが、敵味方が入り乱れてドンパチやっている最中に、はてさてどうしたものか。4/5

あたしは同志のテト写しをしようと、ベートーヴェンを唄ったのに、あの男たちは、あたしを「Aと結婚させろ」と叫ぶので、バーカ、バーカというてやったのよ。4/6

元は黒人だったのに、罪を犯したために顔を白く塗られて白人社会に追放されたあたしだったが、そのどちらにも馴染めなかったのよ。4/7

ケーハク女のホラン千秋が「ほらみんな、ここでコーヒーでも飲んでゆっくりしようよ」とイスラエル人社長のスターバックスのコーヒーを勝手に注文してしまったので、我々は維新肝いりの大阪万博をまたしても見物する苦しみに耐えなければならなかった。4/8

巴里にアトリエを持ち巴里風景をパステル画で書き捲り、毎年日本で開催される個展をみた彼女は、是非とも作家に会いたいと私にせがんだのだが、哀しいかな彼は去年88歳で命終していた。4/9

それなら死者が眠る墓場でもいいから彼に会わせろと彼女が喚くので、仕方なく五反田の追悼会場に入ったら、香典狙いの怪しいやつらがべろべろに酔っぱらって受付に並んでいるので、「しばらく待とう」というたのよ。4/10

雨宮さんは「もしもその時が来たなら、私もササキさんのように妻子を捨ててでもそれに参加すると思います」というたので、おらっちは愛する妻子の前でそんな過激な発言をしてもいいのかよお」と鼻白んだが、雨宮さんの勇気と根性に激しく打たれてもいた。4/11

おらっちはいつのまにか90歳になってしまったが、卒寿以来この日まで、毎日毎日死ぬ死ぬと怖がっていた自分が莫迦らしく思えて仕方なかった。4/12

東洋岩屋行きの切符を買ったが、いつまで待っても電車が来ないので越中島まで歩いてそこから改めて電車に乗ろうと思って10分ほど歩いたが、迷いに迷ってどうにか越中島に着いたのは7時過ぎだった。4/13

構内には誰一人いない駅の窓口で「東洋岩屋行き1枚」というたが、今の時間帯は途中駅までしか行かないというので仕方なくそれを買うことにして500円玉を出すとお釣りに10円玉をいっぱい呉れたのだが、そいつを受け取り損ねて辺り一面10円玉だらけになってしまった。4/14

ようやくプラットホームに上がったが、時刻表示板もないし、そもそも線路が一つしかない。これでは上下行きの電車が衝突するんじゃないかと心配するうちにようやく電車がやって来たのだが、これが蒸気機関車1台だけだったので驚いた。4/15

なぜだかリーマン時代の宣伝部にいて広告コピーを作っている。品質も値段も第一級のスールのキャチを考えろと言われたが、最高という言葉を使いたくないので「責任ある立場の人の期待に応える充実の1着」としたら営業からクレームがきた。4/16

私たち4名は名前を呼ばれると円周を一回移動するパフォーマンスを終えてから十二所神社で4つの段ボールを一つの家と見做し、その中で1週間暮らすという新しいパフォーマンスと取り組んだのよ。4/17

その翌日トランプ政権が自由左翼革命的右翼という理由で逮捕監禁されていた囚人たちを全員解放したので、おらっちもようやく日の目を見れたわけじゃった。4/18

ちょん切られた2頭の豚の頭が激しく噛みあい、同じく頭だけになった2頭の犬が激しく噛みあいながら痙攣している。4/19

いつも夢に出てくる処をうろついていると「とりや」に来てしまった。ヨシダの奴が何度も「2人でも1人前」とつぶやくので、オカミに悪いから「とりや」を出てまたしてもその辺をうろついているうちにヨシダの姿が見えなくなてしまった。4/20

馴染みの古本屋に入ると大正時代の哲学者の翻訳シリーズ本が気になって気になって仕方がない。買うべきか否かと大いに迷っているとこの本を若い男女のカップルが狙っているような気がしはじまた。2人とも私が嫌いではないタイプだ。4/21

ヘタウマを狙って街角で踊り始めた人たちが、何十年経ってもヘタウマにたどり着けないのでへとへとになって、それでもほかにすることもないので、街角で踊り続けている。4/22

わが合唱団の全国公演が迫ったので最終リハーサルをやっているのだが、どうしてもモザールのレクイエムの転調が出来ないので、そこだけは飛ばしてなんとかやりおおせたのよ。4/23

ポールヴァレリー街キャトルビスにある元の娼館に住んでいた料理人が、彼が一番得意にしていた料理のレシピを送ってくれたので、私は直ちにそれを再現したものを見せるために渡仏したのだった。4/24

一世を風靡した全共闘運動が陰りを帯び、壊滅しようとした時期に、それでもなお初心を貫こうとする学友諸君が離島に渡り、土俗の民草と試行錯誤を続けたのだが、所詮は所業無常にして平家の残党のごとくその地の土となりにけり。4/25

世界の終わりを唄うマタイ受難曲が終わったが、おらっちはまだ生きているようだ。そのに後の世界はどうなるのか。すると目には「ノスタルジア」の水が流れる森に佇む人々の姿が浮かび、あれからずとっと世界は終わったままだと分かった。4/26

「全員死に方用意!」の号令が出たので、全員は戦死を覚悟していたが、わたしらの乗り組んだ船はいたいどこへ行くのか誰も教えて呉れないので、不安で仕方がない。4/27

某大家の最新超大作の試写会に出かけ、シリーズ第1作をみたのだが、それ以降の招待状が来ないので会場へ行って掛け合ったのだが、入れてくれない。仕方なく帰宅してテレビをつけると、なんと教育テレビで当該の作品を上映しているので驚いた。4/28

いつの間にか我が国をはじめコスタリカ、スイスなどが中心となった憲法第9条&永世中立国連合が立ち上がり、世界的な新潮流を形成するような展開になったので驚いた。4/29

第3次世界大戦が勃発するや急いでNYのサミットビルに駆け付けると、既に早耳カラヤンが張り付いていたので、仕方なくハワイの宇宙天文台に行って、その頂上から様々なニュースを発信したのよ。4/30

 

2025年5月

その昔の新橋踊りは、4つの流派が順番に出演することになっていたので、超一流の名手の踊りを見物する機会が殆ど無かったが、最近は芸者の数もどんどん減って来たので、4流派全員が総出演するようになってきた。5/1

ヒロセさんと一緒に地下街を歩いていると後ろからカミヨのツウちゃんもついてくるようだが、ヒロセさんはいつの間にかいなくなロり、目の前のバーのような部屋の前に立つと、扉が燃えるような深紅色に輝いているのだった。5/2

何杯も何杯もお代わりをする世界丼という腰折れ川柳を詠んだら、隣のジョージが頭から真っ逆さまに滑川に落っこちそうになったので、とっさに彼の両足を掴んで引っ張り上げ、事なきを得たのよ。5/3

宣伝マンのおらっちは神社に寝泊まりしているちうのに、営業の奴らはちゃんとしたビジネスホテルに泊まってその差を見せつけられている。5/4

世界各国からの貴賓総勢350名を巨大な宮殿外交船「まぼろし丸」に招待して、下にも置かぬ鄭重なもてなしをせよと命じてあったのに、爬虫類脳しか持ち合わせのない阿呆莫迦トランプ船長はなーんもやるべき仕事をしていないのだった。5/5

上官から叩き込まれたとおりに息を潜めて敵に近づき、そ奴のそっ首を鋭利な匕首でぐさりと刺そうとしたら、なんと敵は無抵抗の美女と気づいたので、おらっちははたと動きを止めた。妄りに人を殺してはならない!5/6

かくて私の最後の著作は、ブルックナーの交響曲10番の最終楽章の14通りの演奏例を詳細に論じたものになった。5/7

キャロル・ロンバード博士の秘密のネットワークではその中間地点にヌエのような権門を設営していたが、その詳細は誰にも分からなかった。5/8

初めは長距離砲を使っていたのだが、敵が肉迫してきたので近距離砲に切り替えたが、間もなく長銃の先端に鋭い刃物を取り付けて血沸き肉躍る剣劇戦に備えた。5/9

俺たちのアイドルだった桃尻娘が被弾してしまうと残る戦闘員は我らが真田十勇士だけになってしまったので、潔くこの塹壕で玉砕する覚悟を決めたのよ。5/10

万博は開場したものの結局1/3のブースが未完成だったので、カジノを含めて急遽中止し、IR敷地と合わせて世界最大の難民センターへとお色直しをしたので、俄然注目を集めることになった。5/11

電通の営業マンのS君が、「ふぁっちょんのお仕事をするにしてはダサすぎますね」と笑いながらいうたので、図星を言い当てられて思わずかっとなったおらっちは、傍にあったシンガーミシンを投げつけたらで大慌てで逃げていった。5/12

1時間おきに客に何らかのサービスを提供せよと労務規約に記されているので、バナナを尻の穴に入れたり、象とファックしたりいろいろバカげたパフォーマンスをし続けたのだが、肝心の客に受けないのでとうとう馘首されちまったよ。5/13

働きだした娘が「お母さん、今日は、きよらかにおころう」といいながら、お昼のランチに向かっていったが「きよらか」の意味が、さっぱり分からない。5/14

地下室に障害科学部と障碍者化学部という表示を掲げた2つの部屋があったが、どの部屋も使われた形跡はなかたずら。5/15

どの部屋も空いていないので仕方なく廊下に大きなテーブルを持ち出して会議を開いたが、なぜだか2人のルンペンが陣取っていたので、とても話しづらかった。5/16

西部開拓史上の些細な出来事だったので、それが故意だったのか、それとも事故だったのかはいざ知らず、私を含めた関係者たちは、その無名の町の、その無名の通りで、全員無名のまま亡くなった。5/17

明日はいよいよ余の最後の日となるだろうと思ったので、今のうちに辞世の句か歌を詠もうとしたのだが、575の5すら出てこないので焦りに焦る。俳句も短歌もすべてこの日のために学んできたというのに、いったいどうしたことだろう。5/18

若手カメラマンが仙花紙で白黒写真集を出したので、これ幸いとトイレットペーパー代わりに使っているのよ。5/19

敵と対峙している塹壕戦の合間に昆虫採集をすると「西部戦線異状なし」のように生命の期間があるので、もっぱら腰折れ俳句をひねることにしている。5/20

こんどこそ妊娠させてやろうとぐあんばったら、彼女のお腹ではなく、わいらあの腹の中に赤ん坊が出来たので、広い世間にはこんなこともあるのかと、驚きいった次第だ。5/21

その謎のブツを風呂の中に入れると、なぜか元気が出たので、その話をカフェの女給にすると「是非あたいもお風呂で元気になりたい」とすり寄ってきたが、どうせろくなことにならないのでしっかり固辞したのよ。5/22

この糞忙しいのにスポーツ事務局のシミズ嬢がやって来て、まるで盛りのついたアヒルのようにガアガア鳴き喚くので「うるせえ、黙れ!」と一喝してやったが、まだガアガアア騒いでる。5/23

そんなに多忙なくせに彼は九州の片田舎にある少年野球チームの監督をかって出て月に2度くらいやって来て、お土産に名物のコッペパンを全員に御馳走するので、コッペ監督さんと呼ばれていた。5/24

サーカスの興行中に大地震が起こったので、団長以下の全員が近くのラブホを借り上げて毎晩酒池肉林のありさまとなりにけり。5/25

宇宙から地球への帰還に失敗した我々日の丸号の乗組員3名は、人跡未踏の寂しい空間の中で、徐々に死に絶えるまでの歳月を、いたずらに責任をお互いになすりつけることで消化するしかなかった。5/26

我々村民の愚かさに徹底的に付け入り、その悪い女は甘い汁を吸い放題に吸って都会に脱出していったのよ。5/27

人事のウチダの「浪曲子守歌」が余りにも酷い出来だったので、全社員が手拍子を打って彼の上司のナカザワ課長の「おまんた音頭」を催促したのよ。5/28

こないだドイツ軍と戦って負け、また戦ったが負けてしまい、つくづくもう負け戦は嫌だと思ったずら。5/29

戦国時代最後の梟雄と謳われた吾輩は、この世の名残に愛妃と目玉焼きを食してから辞世の句を遺して自裁したのよ。5/30

若い時は夜布団に腹這いになって、さあこれから魔法の絨毯に乗って世界中の国々を歴訪するんだと思っていたが、年を取るとそんな元気がなくなり、うつ伏せになったまま、「いま洪水が来る。世界よ滅びよ、わしは知らん」と呟きながらネンネグーするのだった。5/31

 

2025年6月

さる画廊のオーナーに託していた作品がなくなったので、どうしてくれると迫ったら、これで勘弁してくれと何枚かの紙幣を差し出したのでその場は仕方なく矛を収めたんだが、後になって彼奴はこっそりあの傑作を倉庫の奥深くに秘蔵しているのではないかという疑いが沸き起こって来た。6/1

その日の機動隊導入で、私はバリケードから排除され、最後の戦いの記念写真には若き日のわが雄姿はなかった。6/2

半年前の「空飛ぶカボチャ展」では無数の野菜たちが、「空飛ぶゾウさん」展では動物たちがいっぱい空を飛ぶ絵がたくさん展示され、記念品のイラストシャツもそれこそ飛ぶように売れたので、貧乏な絵描きは泣いて喜んだのよ。6/3

田舎娘がデザインしたとんでもなくダサイ服が今年のふぁっちょん大賞を受賞したので超おどろく。もうろくしたおらっちにはもうふぁっちょんのことなどじぇんじぇんわからなくなったずら。6/4

敵が送って寄越した異形の図形夢と異様な音楽夢を解析すると、彼奴等の軍事探索の水準が手に取るように分かった。6/5

おらっちはイマイさんの勧めで南極探検隊を辞めて世界中のシロナガスクジラの研究チームの端くれに加えて貰ったんだ。6/6

新米を呼び戻そうとすると古米が、古米を呼び戻そうとすると古古米が、古古米を呼び戻そうとすると古古古米が、古古古米を呼び戻そうとすると、雄鶏と牝鶏が出てきて、コケコッコーと啼き叫ぶのだった。6/7

大阪ミナミの類人猿パークで、無数の類人猿たちが境界の鉄条網に絡みついて上空を凝視していたが、これは時折ある落雷で鉄条網が焼き切れて、脱走できるのを待っているらしい。6/8

敵を攻撃する場合は、幅広い空間を対象にするとAI装備無人機によるミサイル攻撃が無に帰することが多いので、極力ピンポイントをターゲットにしなければならない。6/9

演奏基盤がしばらく前に崩壊したウィーン・フィルだったが、今は亡きクナパーツブッシュを黄泉の国から呼び寄せたら、往年の音楽力をなんとか取り戻したそうだ。6/10

「新式の仏蘭西パンを喰うてみる」に続けて、「せっちゃんを2人捨てれば夜になる」、と詠んでみたが、これはいったい何なのだ?6/11

もうだいぶん遅くなったので、急いで首都圏に帰ろうとして小高劇場のどこかにあるはずのクロークを探そうとしたが見つからないので、その隣のバロー劇場のクロークを探しているが、まだ見つからないのだ。6/12

「箆棒、延べ棒、怒りん坊、ゲバ棒、つっかえ棒、香林坊」と呪文を唱えながら、死地に乗り入る我々は、待つ構えている7機に突っ込んでいった。6/13

国内亡命者たちを海外に脱出させる秘密の抜け穴はこの国の随所にあって、東西南北のどの国にも通じているようだ。6/14

ここはたぶん北海道の真ん中附近だと思うが、人っ子一人居ない広大な平野に立っているとだんだん孤独と不安が押し寄せ、どうしてこんな処にいるんだろうと後悔の念も湧いてくる。6/15

3人のミリタントが出合い頭に一人1千発、合計3千発のミサイルを撃ち込んだのでそれはそれは大事だった。6/16

敵勢に追いつめられた吾輩は、幸い土手に手頃な穴が開いていたので、急遽五体投地してそこに潜り込んで事なきを得たんよ。6/17

劇団の持主たちは戦争の間じっとその空き家で様々な労苦を耐え忍んで、とうとう終戦の良き日を迎えることができたのだった。6/18

いっぺんに夏がやって来て無暗に暑苦しいので、そこを流れている滑川に座り込んで4人でマージャンをしていたら、急に水かさが増して牌が流されてしまったよ。6/19

F市のオケメンバーのおらっちは、全員にコンサートチケット販売キャンペーンを指示。各自が持参した楽器で戸別訪問しチケット売込みせよと命じた結果、いつもの3倍の売り上げを達成したのよ。6/20

批評家が推薦しているA女の作品はB女よりは芸術的に優れているが大衆性に欠けるので、おらっちはなんとか双方の融和が図れないかと暗中模索して、AB両嬢にジャンケンポン3番勝負を申し入れたが、今日に至るも返事がない。6/21

自転車に乗って帰宅しようとしたが、あっという間に海水が押し寄せ、帰り道が水浸しになってしまったので、途方に暮れた。関東大震災の再来だ!6/22

占領軍からオートバイ8台を即納品せよと厳命が下る。これで都合30台だがまだ未払いだ。つくづく戦争は負けるもんじゃないと思う。6/23

以前この部屋に来た時には清潔そのものだった2部屋が見るも無残に汚れているので、おらっち課長はんに4名の助っ人を頼んでてって的に大掃除したのよ。6/24

史上空前の支持率低迷にあえぐ政府からどういう風の吹き回しか「今週の黄金ブローチ賞」当選の通知が舞い込んだので、はてさてどうしたものかと片腹痛いおらっちなのだった。6/25

突如リストラされて路頭に迷っている身なのに、それをしてか知らずかデンツウのフルカワちゃんは、「競合プレゼンじゃなく随意契約にしてもらいなさいよ」とトホホのアドバイスをするのだった。6/26

長くライターの仕事をしていたが、そのブルータスとJAⅬのPR誌を足して2で割ったそのユニークな媒体のギャラが異常に高いので、ちょっと調べてみるとオーナーが中国人の大富豪なのだった。6/27

ボンクラ市長の息子が「春になれチョウチョウ大作戦」と称して家ごとに5千円バラまいたので警察に捕まって物笑いの種になったげな。6/28

絶海の孤島にやって来たので、深い森の中で朝から晩までテープを回しっぱなしにしてみたら、不思議な鳥たちの異様な鳴き声のがいっぱい録音されていた。6/29

調子に乗った時のコウ君は、相手の肩に自分の肩を触れ合わせて、驚いたことに軽くステップを踏むこともあった。6/30

 

 

 

「夢は第2の人世である」第108回

 

佐々木 眞

 
 

 

2024年12月

ある寄合に出ていたらいまさっきあなたそっくりの人物に会ったというので、早速外に出たらほんとにおらっちそっくりの人物がいたので、色々話をしているうちに、彼こそほんとうのササキマコトであって、自分はニセモノではないかと激しく疑った。12/1

おらっちが起きると、隣の部屋からイデッチも起き出して朝飯も食わずに飛び出すので、「どこへ行くんだ」と訊ねたら、「チューリッヒへ」と答えて、たまたまやって来た市電に飛び乗って、角っこを曲って行ってしまった。12/2

おらっちは証券会社のせーるすまんじゃったが、上司のお墨付きの安全安心な投資の代わりに、一攫千金のリスキーな投資ばかりを唆していたので、ほどなく解雇されちまったのよ。12/3

そして僕らは、この地区で最も危険なブドウ坂下のヒカリ沼の岸辺にたつ、カブト屋旅館を拠点として、日夜活動していた。12/4

その新入社員は、物凄い音痴なのに、人事課の書類には歌が得意で、「カラオケでは、クラシックやシャンソンの名曲を持ち歌にしている」と書いてあったので、驚いた。12/5

お嬢様誕生の佳き日だというので、天井裏から煤だらけの茶器を取り出し、大掃除してからお嬢様の駕籠かきになって、東海道をえっさほいさっさと下ってるとこ。12/6

仲良し3人組で豆腐屋の内職をしている。豆腐はとても柔らかいので、第3指ががっつり食い込んでいる。12/7

スカ線の2本の線路のうち、こッち側はおらっち、あっち側はオグロ選手の領分で、おらっちは黄色いひよっこを、あっち側では白いニワトリを遊ばせていたが、おらっちはオグロ選手と違って今まで侵入してくる電車にひよっこを轢かれたことは一度もない。12/8

おらっちは、自分を、熱砂の上で身悶えしながら、飛び跳ねている、1匹の魚のようだ、と感じていた。12/9

私は老齢で亡くなった大詩人の元原稿が入ったカバンを運んでいたが、坂道で転んだ拍子に飛び出した1枚の原稿が目に入ったので、偶然読んでしまったのだが、その1行の詩句に戦慄して、身動きできなくなった。12/10

撮影所のゴミ箱に大量の百円札を見つけたので、きっと偽札だろうと思いながら、じっと眺めてみたら、なんと本物だったので、これ幸いと、ごっそり抱え込んで、いそいそと家路に急いだ。12/11

「お前はもう俺の女だ。お前はもう俺の女だ」と、無意識に呟きながら、ふらふら歩いていたら、後ろから歩いていた女性が、おらっちを不審者と思ったのか、道路を渡って反対側の歩道に移った。12/12

ハイフェッツによって演奏されたブラームスは、宇宙の彼方めがけてまっすぐ飛んで行った。12/13

わが資生堂では、社員の自由研究課題として、「どんな姿かたちでもよいから、1時間でイメージビルドせよ」とかいうお題が出たので、おらっち、一番美しいのと、一番醜いのと、2型を作ってやったずら。12/14

わいらあ、「第2次おまんた音頭」ブームが来るのを、じっと待っていたが、それは、いつまで待っても、訪れなかった。12/15

天道、人間道、修羅道を経て畜生道、餓鬼道、地獄道の門に到ると、その入り口に翼をつけた麒麟が静かに羽ばたいていたので、余はその背中に飛び乗った。12/16

横大路の西から東を見ると八幡宮を経て宝戒寺に至るが、いつもは多い観光客も今日は誰一人見当たらず、霜月騒動で平頼綱に殺されるとも知らず悠々と宝戒寺に向かって歩いていく安達泰盛の姿が見えた。12/17

さる大詩人が命終して、なんと2億円という大金が詩人団体に寄贈されたので、その使途を議論する会合が何度もホテルや銀座のバーで行われたのだが、そのうち会合が行われなくなったのは、彼らがぜんぶ呑んでしまったからだった。12/18

切りたった断崖絶壁をよじ登っているのだが、これ以上うえに登れず、かというて戻るに戻れない絶体絶命の危機に余は立ち至った。12/19

我はハワイ群島にあって、カメハメハ王朝に先行するバリハイ王朝の祖先の血を引く者であるが、米国と一体になったカメカメハ王の弾圧をくらって、家族もろとも光の見えない牢屋の中で日を送っているのだ。12/20

私は、公園で幼い男の子をあやしていたが、その子が大切にしていた鳥籠を壊して、鳥を傷つけてしまったので、母親に謝ってその子を返し、今度は、可愛い女の子に、カエルを取ってやったが、そっぽを向かれてしまった。12/21

おらっちは、神田鎌倉河岸にあるオフィイスの1階のフロアから、断崖絶壁を爆走できる特殊車両に、女の子を乗せて、大手町から銀座方面へと、走り去ったのよ。12/22

「レコ藝」の取材だというので、われわれライターは全国各地の主要音源地を訪ねては、当地の重要人物に取材しているのだが、それらVIPの大半は、時代物の再現道具と膨大な音源を隠匿したまま、とっくの昔に物故者となっているのだった。12/23

チャンドラグプタの知財育成講座が終わると、すぐにもアインシュタインの原発破壊講座が始まるので、我々聴講者は、深夜の市電に乗るために、急な坂を喘ぎ喘ぎ登らなくてはならなかった。12/24

一匹狼がウリのササキ組だったのに、どういう風の吹きまわしか、気がつけば巨大財閥のワタベ・コンツェルンに呑み込まれそうになっていたので、おらっちは「こんななはずではなかった」と、そのイメージダウンの大きさに衝撃を受けていた。12/25

隣国の女王を愛してしまった国王の私は、両国が戦争して、我が方が勝利した時にも、断固として女王の身を守ったのだが、翌年再び戦争して敗れた時には、女王の助命嘆願も空しく、断頭台の露と消えたのだった。12/26

「エイコさんとヒロシさんを探して」とミエコさんがいうので、ヒロシさんが消えた路地に入ったら、陽気なガイジンが町トロッコに乗っていたので、「ヒロシさんもこれに乗ったんだ」と思って乗り込んだら、反対側の駅前方面に動き出したので、急いで飛び降りたんだ。12/27

親戚の裕福なおじさんが、渓谷の入り口に豪勢な別荘を構えたのだが、渓谷にハイキングにくる人たちの邪魔になるので、早く移転するように誰からも言われているのだが、断固として動かない。12/28

自分は所謂書けない作家なので、しばらく市民大学の自由講座を受講したり、市民公園でなんとなく散歩したりして気分転換を図り、そのうちに面白いプロットが脳裏に浮かんでくるのを待っているのだ、があ。12/29

7人目のててなし児が生まれたので、みんな一斉に出家して、あわよくば得度したいと阿弥陀如来に祈ったのだが、その願いは、ついに聞き届けられなかった。12/30

フランクリン家は、先祖代々の墓地の半分を、死刑囚のために寄付している篤志家だったが、この夏家なき子孫たちが、そこに家を建てて住みたいと言い出したので、大騒ぎになっている。12/31

 

2025年1月

吾は、障害者だけの住区と長く思い込んでいた地域に住んでいるのが、障害者と偽る健常者ばかりだったので、非常に驚いている。1/1

伝説的なJ.ワシントン家と、栄光のJFK家に加えて、禍々しきトランプ家の血を引き継いだ社交界の花形娘が結婚するというので、人々は、喜んでいいのか、悲しんでいのか複雑な表情だった。1/2

ヨモタ氏にぱったり出会ったので、自己紹介したら名刺を呉れた。さりながら無職の余はそんなものは持っていなかったので、ありあわせの仙花紙の雑記帳に名前を書き始めたら、ヨモタ氏がカラーマジックで悪戯書きを始めたので、しばらく2人でジャムセションしたずら。1/3

おらっち五大マフィアの一角になんとか食い込み、世界新興任侠集団を立ち上げて、その旗手となったのよ。1/4

公園の中に、禁止事項などを書いた注意書きがあったが、それらの文章の、ピリオドの部分に、〇ではなく、ドングリの実をくっつける作業に熱中しているところ。1/5

あれやこれやの世間話を電車で乗り合わせた徳島からやって来たという男と楽しんでいるうちに、電車が私もよく知らない駅に停まったので、男は降りていったが、彼が東京駅にたどり着けるかどうかを危ぶんだ。1/6

ふとポスト現生人類のシン人類が大量に発生し、彼らが我が国の兵庫県知事選挙にも甚大な悪影響を齎しているのではないかと思ったが、プーチンとかトランプ、周近平、死んだアベ、まだ生きているタマキなんかもそれではなかろうかと、疑心暗鬼に駆られた。1/7

会社の人事用パンフの撮影をしていたら、ソームのワタナベが「ちゃんと許可撮ってるのか?」と偉そうに聞くので、「んなもん同じ会社の社員の仕事にいちいち許可もへちまもあるもんか。ソームハはソームの仕事をしてろ!」と怒鳴ると、こそこそ逃げていった。1/8

次男がやってきて、カメラのデータのPCへの正しいコピーの仕方を、手取り足取り教えてくれたが、今までにない親切な態度なので、驚いたなあ、もう。1/9

青山通りのプレゼンに参加しようと、おんぼろトラックに乗って駆け付けたが、どこのビルヂングが会場だか分からないので、うろうろしているうちに、時が流れていく。1/10

たとえ安物でもスピーカーを変えると、音色が劇的に変わることが分かったので、次々に買い漁っているうちに、狭い書斎がスピーカーだらけになってしまい、誰も入れない開かずの間になってしまった。1/11

「もう老い先は長くないのだ」と呟きながら、学研のヨコヤマ君が、山手線池袋駅のプラットホームすれすれをよろめくように歩いているので、おらっちは、彼が今にも電車に巻き込まれるのではないかと案じていた。1/12

歌舞伎役者になりたくて、しばらく修行していたら、師匠から「お前さんは、意気地なくめそめそ泣いている役はいいけど、元気はつらつの役は、からきし駄目だね」と言われたので、めそめそ泣いてしまった。1/13

電車に乗ろうと、物凄く天井が高く、物凄く広い空間を彷徨していたら、階段教室の麓のような一画に、見覚えのある仲間たちが、歌を唄っていた。1/14

国連から同僚の女性とアフリカに派遣されたおらっちは、真っ黒なバルバロイたちの捕虜になり、いましもロシア製のカラシなんとかいう機関銃で殺されようとしていたが、形だけでも彼女の盾になろうという余裕の持ち合わせがないのに気づいて、二重に絶望していた。1/15

巴里のお客さんが注文した品物は、東京からではなく、やはりNYから届けなければ感動と信用がない、と上司に力説して、おらっちは、今年も海外出張できることになったのよ。1/16

アラビアのロレンスならぬオレンスの私は、なんとかきゃんとかアラブの烏合の衆を寄せ集めて、一気に敵陣に迫ろうとしたんだが、大将に据えた王子が、なんと誤って地雷を踏んで自爆したので、万事休した。1/17

昔水道橋でちょっとクマグスのような顔をしたスズキ・シロウヤス氏の詩作教室で知り合ったコモダさんが持っていた詩集が、まるで巨大なシイタケのようにたっぷり水気を帯びていたので、持っていたモンブランの万年筆でぎゅぎゅっと押さえつけると、味わいのある青い水が滲み出るのだった。1/18

サンフランシスコの石油汲み上げクレーンが蠕動している、モハーヴェ砂漠の近辺から、彼女の電話があったが、生憎取り損ねてしまったので、生きていることは分かったが、詳しい事情が分からないので焦る。1/19

おらっちは、自分を歓迎してくれたその町の海と空に向かって、最後の挨拶をしたいと願っていたのだが、その希望が叶えられたので、町で一番高い山に登って、「海よ有難う!」「空よ有難う!」と叫んでから、その町を後にした。1/20

阿呆莫迦ナベ野郎が、値段が安いからというて、婦人服の生地で紳士服を作ったら、案の定全部返品になってしまったので、社員たちが、それを定価で給料から天引きされて強制的に社員販売され、毎日泣いているのよ。1/21

黒板に、なんかを書こうとしていたその瞬間、震度10の大地震が、天地を揺るがしたので、わいらあ、なんもかんも分からんように、なっちまったずら。1/22

芯から絶望した人間が、ふらふらと街頭に出て、たまたまやって来た大型トラックに弾き飛ばされて、舗道に叩きつけられたので、五体バラバラになって、顔といわず、頭といわず、鮮血が淋漓と流れ出たのだが、その人間は、立ち上がって、よろよろ歩き出した。1/23

後期高齢者は、法令により、今年から、冬季は冬眠を強制されることになったようだ。1/24

凄惨な市街戦が始まったが、我々は前回に敵が奪った村々の大半を取り返したので、鼻高々だった。1/25

仲良し兄弟のおらっちは、今までその証拠のようにして弟の丹波焼の茶碗でお茶を飲んできたのだが、側近の勧めで、今年から自分の近代デザインの茶碗で飲むことにしたら、すぐに弟がへそを曲げたので、超驚いた。1/26

うつらうつら眠っていると、巨大なダイオウイカがやってきて、その長い手足をギュンと伸ばして、おらっちの顔に触るので、右転左転して、ケタクソ悪いイボイボの感触から逃れよう、逃れようとするのだが、なかなか朝が来ない。1/27

長いだけが取り柄のような長大愚作を、生憎満席のために立ちん坊で見終わった映画評論家の佐藤忠雄氏と淀川長治氏が、口を揃えて「僕はこういうのはどうも苦手だな」と言い置いて帰っていかれたのはショックだった。1/28

いつもあたしに引っ付いてキスしまくっているあおせあかコタル川がうんともすんとも言わなくなったのはどうしてだろう?もしかすると死んぢまったのか?1/29

せっかく世界剣道大会で優勝したというのに、何を食ってもうまくない。どうやら舌の味蕾がやられてしまったらしい。1/30

長らく絶縁状態だった大家族が、一堂に会してにこやかに挨拶を交わしたり、楽しげに会話しながら食事をしたのだが、数時間後には全員が離れ離れになって、もう二度とまみえることもないだろうと、皆が分かっていた。1/31

 

2025年2月

綾部の田舎の家の2階のベランダからケン君がひょいと顔を出すと、緑色をした小鳥が近づいてきて右手の掌に乗ったので、ケン君は小鳥をつまんで、軒下にあった鳥の巣の中に入れてやると、驚いたことに、巣の下から赤や青や茶色い小鳥たちが次々に顔をのぞかせたのでした。2/1

荒野に聳え立つ、大中小様々な姿かたちをした、青紫色のアスパラガスのような陰茎を、次々に咥えこもうとするので、思わずおらっちは「アスパラガスを咥えるな!」と叫んだのよ。2/2

向こうに景色の良い原っぱが見えた。あそこでケンと一緒に寝転んで「大きくなったらなにになる?」というような遠大な噺をしたのだが、あれから何十年も経ってしまった。2/3

昔々、大風が吹けば、たちまち吹き飛んでしまうような、バラック仕立ての犬猫ツインタワーがありました。2/4

あの吉田秀和翁が、御年百歳にして初めて映画を撮ったというので、みに行くと、なんとホームムビーだったので、驚いた。2/5

私が作ったテレビCⅯのナレーターに根津甚八を起用して「多情多感な毎日です」という文章を読んでもらったのだが、全部で7つの録音の内テーク2とテーク5をOKにしてそのどちらかを使うことにしたら、甚八選手が「このうち1つは俺もOKです」と言うのでそれで行くことにした。2/6

その時プロダクションのデラの社長の江尻京子さんがスタジオにやってきて、「事務所は税務署が押し掛けてくるのから「ここに逃げてきたの」と言うのだが、ほんとはダビングの様子を見に来たのかもしれない。2/6

どういう風の吹き回しか、図書館の貸出カードを、青砥橋から滑川に投げ込んでしまったので、「ああしまった!」と途方に暮れたが、これはきっと夢の中の話なのでから、朝まで待ってカードを探そうと思いついて、安心したのよ。2/7

犬ビルの社長は、犬博士。猫ビルの社長は猫博士。世間では2人の博士を犬猫の、いや犬猿の仲だと噂していましたが、それは表向きだけのこと。ほんとは2人の博士は大の仲良しで、時々社長室の窓を開け放って、資生堂の「ナチュラル・グロウ」をアカペラで唄っていたのでした。2/8

あらかた宿敵を退治した三宝帝は、新たな後継者を指名して、東宮、宰相、貴族や武将などを新都の皇居近辺に住まわせて、指導体制を確立したかにみえたが、僅か半年でことごとく瓦解してしまった。2/9

もうすぐ獰猛な人喰い族がやって来るというんで、おらっち、あちこち隠れ場を探したんだが、どこもヤバそうなんで、これはほんとにタバイぞ。2/10

第3次世界大戦が終わったので、ようやく能世界の改革が始まったが、旧流派が全部破壊されてしまったので、新しいスクールが登場するまで、相当時間がかかる見込みだ。2/11

大学の創立記念日で関係者1人ひとりに1つずつ福袋が貰えるというので、我らあさましく、少しでも中身がよくて重そうなのを、矯めつ眇めつ選りに選っているところ。2/12

何事もナアナアで済ませようとする大人たちに鋭くノンを突き付ける若者たちのアンソロジーが発売され、大ヒットちゅうだ。2/13

昨日会社で仕事をしていたら、超美人の女医さんがやってきて、さあ皆さん、どなたでも只で診察してあげますよ、というたので社長から闇バイトの小僧まで全員仕事なんかほっぽり出して門前市をなして診てもらったのよ。2/14

犬猫ツインタワーの中には、それぞれ大きな事務所があって、それぞれ全世界の優良会社から派遣された100名の社員がデスクに陣取り、朝から晩まで、仕事のような、遊びのような仕事に従事していましたが、中には「あたし墨田区のタバコ屋さんで働いてたのよ」と告白する中年のオバサンもおりました。2/15

そんなある日のこと、犬猫2人の博士がそれぞれ発表したラテン語の年頭所信表明の文書が、ふたつながらに意味不明なので、ミラノのスカラ座宛にファックスを入れたら、たまたま居合わせた指揮者のトスカニーニが、たちどころに解読してくれました。2/16

それによると、犬博士は「能登地震の被害から立ち直るには、世界最大の地震国イタリアに学ぶに如かず」と説き、これを受けて猫博士は「紀元62年のポンペイ地震とその17年後のベスビオ火山の大爆発を、テッテ的に研究せよ」と論じていたのでした。2/17

ようやく懸案の謎が解明されたので、犬猫ツインタワーの200名の全社員は、ビルヂングの窓を開け放って、例の資生堂の懐かしいCⅯソング「ナナチュラル・グロウ」をアカペラで大合唱したのでした。2/18

するとどうでしょう。その時早く、その時遅く、どこからともなく大風が吹き付け、と同時に犬猫ツインタワーを揺るがす震度10の大地震が天地を揺るがしたので、2人の博士と200名の社員たちは、ガタンガタンと大揺れに揺れる地上100メートルのツインタワーの窓から、全員大空に向かって投げ出されたのでした。2/19

どの遺品を貰おうかとわしとセイサンは焦りまくったが、なんのことはない結局2人共生絹の洒落たジャケツを1着ずつ貰うことで噺がついた。青と緑のジャケツやった。2/20

夜中に台所の窓の外で白い影が蠢いているのでさっと開けると土管工事をしているので、「夜中に工事なんかするな!」と怒鳴ったら、ナンチャラ星人がこっちを向いた。2/21

60年に天安門広場で開催されたというエポックメーキングなふあっちょんしょおについて取材しようと北京を訪ねたが、誰もがそんな噺は聞いたこともないと首を振るのだった。2/22

ミラノ公国とバイエルン公国がまたしても戦争しようとしていた時、アンタラ公国のさる公爵が、毎度おなじみの人殺しではなく、手を一切使わない足だけ戦争をしてみてはいかが?と提案したのが欧州における蹴球の始まりらしい。2/23

巨大工場で最新兵器の展示会が開かれたのだが、何の説明もないので、仕方なく門外漢のおらっちがテキトーなことをシャベっていたら、マスコミ各社が迫って来たので蹌踉と逃げ出したのよ。2/24

デザインする時のビジョンが不完全だったので、それをなんとかカバーしようとしたがうまく行かず、結局また別の霊感がやってくるまで待機することにしたのよ。2/25

母校参観日に出かけたら、行ったことがないからよく知らないけど、まるでキャバクラのオネイサンみたいな大勢の若い女性が、立錐の余地もなく犇めいているので、驚いた。2/26

中居2代目のおらっちだったが、1代目と同じ失敗は許されないと武道館で日本一盛大な記者会見を行うことにしたのだが、誰一人現れなかったずら。2/27

他人と同じことをすれば殺されるというお触れがあらかじめ出回っていたにもかかわらず、愚かなニッポンチャチャチャは、隣と同じ振舞いしかできなかったので、全員銃殺されてんげり。2/28

 

 

 

極私的

 

佐々木 眞

 
 

アウシュビッツの後でも
世界中の詩人が、
詩を書いたように、

ベトナム戦争の後でも、
世界中の詩人が、
平気で詩を書いた。

フクシマの後でも、
この国の詩人は、
つまらん詩をぎょうさん書いた。

厚顔無恥な我々は、
ガザ、ウクライナの惨劇の後でも、
下手糞な詩を、ビシバシ書くだろう。

世界の荒廃に対する防御は、
ただひとつ、
創造する営みだけだからだ。*

 

*「世界の荒廃に対する防御はただひとつ、創造する営み。」byポール・オースター「4321」モンロー先生の言葉より引用。

 

 

 

犬猫ツインタワー

 

佐々木 眞

 
 

昔々、大風が吹けばたちまち吹き飛んでしまうような、とんとバラック仕立ての犬猫ツインタワーがあったげな。

犬ビルの社長は、犬博士。猫ビルの社長は猫博士。世間では2人の博士を犬猫の、いや犬猿の仲だと噂しておりましたが、それは表向きだけのこと。ほんとは2人の博士は大の仲良しで、時々社長室の窓を開け放って、資生堂の「ナナチュラル・グロウ」をアカペラで唄っていたのでした。

犬猫ツインタワーの中には、それぞれ大きな事務所があって、それぞれ全世界の優良会社から派遣された100名の社員がデスクに陣取り、朝から晩まで、仕事のような、遊びのような仕事に従事しておりましたが、中には「あたし、墨田区のタバコ屋さんで働いてたのよ」と告白する中年のオバサンもおったげな。

そんなある日のこと、犬猫2人の博士がそれぞれ発表したラテン語の年頭所信表明の文書が、ふたつながらに意味不明なので、ミラノのスカラ座宛にファックスを入れたら、たまたま居合わせた指揮者のトスカニーニJr.が、たちどころに解読してくれました。

それによると、犬博士は「能登地震の被害から立ち直るには、世界最大の地震国イタリアに学ぶに如かず」と説き、これを受けて猫博士は「紀元62年のポンペイ地震とその17年後のベスビオ火山の大爆発を、テッテ的に研究せよ」と論じておったげな。

ようやく懸案の謎が解明されたので、犬猫ツインタワーの200名の全社員は、ビルヂングの窓を開け放って、例の資生堂の懐かしいCⅯソング「ナナチュラル・グロウ」をアカペラで大合唱したんだとさ。

するとどうでしょう。

その時早く、その時遅く、どこからともなく大風が吹き付け、と同時に犬猫ツインタワーを揺るがす震度10の大地震が天地を揺るがしたので、2人の博士と200名の社員たちは、ガタンガタンと大揺れに揺れる地上100メートルのツインタワーの窓から、全員大空に向かって投げ出されたのでした。

とっぴんぱらりのぷぅ。