2017 師走

 

みわ はるか

 
 

15年ほど前に欠けてしまった前歯に詰め物をしている。
先っぽだけなので見た目にはそんなに目立たないのだけれど、やっぱり気になるので詰め物をしている。
その詰め物が定期的に取れてしまうので、歯医者にその都度行っている。
先日、生まれた時からずっと通っていた歯医者さんが引退してしまった。
仕方なく新しい歯医者を探してそこに行くようになったのだが、未知の空間へ足を踏み込むのは勇気がいる。
椅子の上でわたしのまぬけな顔をのぞかれる。
知らない人にまじまじと見られる。
こんな恥ずかしいことはない。
年配の歯科衛生士さんにライトで照らされた口の中をすみからすみまでチェックされる。
あーーー帰りたい。
そんなわたしの歯医者デビューはなんとか無事に終わった。
慣れるまでには時間がかかりそうだけれど、当分ここに通うつもりだ。

社会福祉協議会という組織がある。
そこが募集している勉強を教えるボランティアに参加している。
月に数回程度、小学生や中学生の子と学校の宿題や参考書の問題を一緒に解いている。
自分も学生に戻ったような気がして思った以上に楽しい。
それにやっぱり人の役にたてるのはうれしい。
自分のことより誰かの笑顔を見るために生きていけたらなと思うようになったのはいつからだろう。
そんなに遠い昔ではないような気がする。
にこにこと笑顔でわたしの参加を受け入れてくれたスタッフの方に感謝している。
あるとき、いろんな種類の果物のジュースが差し入れにと置かれていた。
そこには「お一人様3缶までどうぞ」ときれいな字で書かれていた。
わたしは甘いものがそんなに得意ではないので、できるだけ甘そうでないものを3缶とも選んだ。
子供たちも思い思いのものを選んでいた。
その中に「お姉ちゃんが桃が好きだから桃にしよう。」と言って桃の缶を手にしている子がいた。
はっとさせられた。
その年で誰かのために無意識に物事を考える姿に脱帽した。
彼女のえくぼができたその笑顔はきらきらと輝いていた。

これといった趣味のないわたしだけれど、唯一保育園のころからずっと好きなものがある。
それは活字をおうことだ。
読書が大好きなのだ。
学生のころ、テスト明けは友達と買い物に行くことと同じくらい図書館にこもることが約束になっていた。
読みたい本がありすぎて時間が足りない。
その中で最近興味をもっているのが作家綿矢りささんの作品だ。
史上最年少で芥川賞をとった作品「蹴りたい背中」は圧巻だ。
生きにくい中学校のクラスの様子が丁寧に描かれている。
出過ぎる杭は打たれてしまうのか。
そんなこと気にせず一匹狼で生きている人間は負けなのか。
ただなんとなく過ぎていく毎日に妥協して過ごすのか。
自分が誰かのターゲットにならないようにただびくびくして生きていくのか。
何が正しいのか今でもわからないけれど、そんな世界を視覚化させてくれるこの作品が純粋に好きだ。
闇の中からすくいあげたような文章を書く人が好き。
ただ生きているだけでは表面に出てこない感情や行動を文字にしてくれる人が好き。
メールで文章の最後に必ず「。」をつけてくれる人が好き。
一人称が「僕」の人が好き。

文学に救われてきました。
これからもきっとそうです。

 

 

 

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