喫茶店

 

みわ はるか

 
 

しばしばどうしても「モーニング」に行きたくなる日がある。
モーニングというのは東海圏発症の習慣だ。
午前中、コーヒー1杯の値段でトーストやサラダ、ゆで卵なんかがついてくるシステムだ。
つまりとってもお値打ちなのである。
まだわたしが小学校の低学年だったころ、日曜の朝に家族で近所の喫茶店に行った。
内観は少し古めかしくてソファもどこか傷んでいる。
今みたいにLEDライトがあるわけでもなく薄暗い白熱灯が店内を照らしていた。
カランカランと扉を開けると、白髪白髭でダークグリーンのエプロンをしたひょろっとしたおじいさんがニコニコと迎えてくれる。
その後からヒョコっとまたもニコニコしたダークレッドのエプロンをした奥様が顔を出す。
少し年の差があるのか、髪は黒々としていたし肌つやもあったような、小柄なおばさまだった。
片手にはコーヒーポットを持っていた。
店中にコーヒーの香りが漂いそこにいる人みんなが休日の朝を穏やかに楽しんでいた。
もちろんわたしはまだ小さかったのでコーヒーではなくオレンジジュースを注文していた(実は大人になった今もコーヒーは苦手なのだけれど)。
半分に切ったトースト、キャベツや紫玉ねぎや人参が細かく切られたサラダ、ゆで卵は殻ごと出てきた。
トーストには小倉あんかマーマーレードを塗る。
たった2択しかないのに選ぶという行為がドキドキだった。
サラダにはちょっとおしゃれな、今思うとフレンチドレッシングをたっぷりかけた。
ゆで卵は苦戦して殻をなんとかむき少しお塩をつけて食べる。
最後はオレンジジュースを口の周りベトベトにしながら飲み干した。
お腹は満腹だった。
ゆるやかな時間がそこには流れていた。

家着でそのまま喫茶店にやってきたような無精ひげを生やしたおじさんが足を組んで煙草を吸いながら1人朝刊を読んでいた。
家族連れで来たであろうテーブルにはちびっ子たち用の漫画や絵本が散らばっていた。
常連なのだろう、マスターと慣れたように話す老夫婦は美味しそうにコーヒーを飲みながら会話を楽しんでいた。
メニューの数も飲み物の数も決して多くはなかった。
だけど、休日になると足を運びたくなるそんな不思議な場所。
タイミングよくコーヒーのおかわりを運んできてくれる奥様も素敵だった。
みんながその空間を楽しんでいた。

今、とってもお洒落なカフェやチェーン店が増えた。
店内は明るくて若い人も増えた。
そこには様々なモーニングサービスがあって選ぶのにも苦労してしまうほどだ。
内装やテーブル、椅子もモダンな雰囲気を醸し出している。
すごくかわいいのだけれどわたしはなんだかそわそわして落ち着かなくて、何食べたかも忘れてしまう。
お会計を済ませて外に出ると自然に「ふーっ」と息がもれた。
やっぱりわたしは昭和っぽいレトロな感じのお店が好きだなぁと思う。
今、夜9時までやっている理想な喫茶店に通っている。
店主はもう70才近いだろうか、白髪にどこで買ったのか丸眼鏡で少しよろよろと歩く。
娘さんがフォローしながらやっているそんなお店。
余計な詮索はされないし、夜のメニューにちょっとした軽食があるのでそれが嬉しい。
好きな本を持っていつまでも居座ってしまう。

店主、どうかどうかいつまでも元気でいてくださいね。

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

間違えて寝室のカーテンを遮光カーテンにしなかったせいで朝が来るのが億劫である。
そうでなくても朝が苦手なのに、時間になると容赦なく照り付ける太陽が憎い。
雨より晴れが好きだけれど朝日はどうも苦手だ。
起きてすぐはなんだか不安でいっぱいで、これから始まる1日をどうしても肯定的に受け取れない。
長い間ずっとずっと悩まされてる。
小さなやかんんで沸かしたお湯をお茶っ葉を入れた小さな急須に静かにそそぐ。
1分位たったらお気に入りの湯飲みにそっと移す。
ほうじ茶の温かい香りが少しだけわたしを癒してくれる。
リモコンを操作してNHKに合わせる。
今日も司会のアナウンサーの人はきちんと身だしなみを整えテレビの中にいる。
それを確認してやっと窓の外の眩しい世界をなんとか受け入れることができる。
えいっとヨーグルトを口に押し込む。
ほんのりとブルーベリーの香りが鼻の奥の方まで漂ってくる。
バナナがあれば食べるし、なければ食べない。
そんな簡単な朝食がわたしにはちょうどいい。
新聞の第一面にさっと目を通しながら急いで歯磨きをする。
歯磨き粉はシトラスの香りのするものが好きだ。
うがいついでに洗面台でコンタクトを装着する。
最近アカウントアメーバの存在を知り前よりよく流水でレンズを洗うことにしている。
身支度を整え、ほうじ茶を入れた魔法瓶を忘れずに鞄にしまう。
何年も履いているパンプスに足をとおす。
昔は20cmとか21.5cmとか成長するごとに気にしていた足のサイズ。
ここ数年はずっとMサイズだ。
壊れないかぎり靴を代えなくなった。
扉をあける。
背広の人、ジャージの人、制服の子・・・・・。
同じような時間に動き出す周りの人に助けられてわたしもなんとか職場に向かうことができるような気がする。

みんなはどんな気持ちで朝を迎えているのだろう。
切実に知りたい梅雨前の心境。
 

 

 

自転車物語

 

みわ はるか

 
 

まろさんの背中はこんなにも大きかったんだなと初めて知った。
その背中を一生懸命に追うわたし。
上り坂が多くてわたしはすぐに息が切れてしまう。
ダイヤルを回して軽く足が運べる設定にしても限界がある。
中学生の時は駅伝大会で区間賞をとるレベルだったんだけどなぁと首をかしげながら時がたつことの残酷さに舌打ちしたくなった。
東屋が遠くに見えた。
あそこまでもう一息頑張ろうとぐっと足に力を入れる。
まろさんはわたしとの距離が空いてしまったことにようやく気付くとブレーキをかけこちらを振り返った。
咲いたばかりの桜の花を見るような柔らかい笑顔でいつまでもいつまでも待っていてくれた。

この春わたしはちょっぴり値がはる折り畳み式の雪のように白い自転車を買った。
まろさんが以前から持っていた炭のように黒いそれを真似て。

以前使っていた普通のママチャリを買ったのは高校入学時だ。
それを何度かのパンクを乗り越え大学3年生まで使った。
しかし残念ながら大学4年生の時、数ヵ月使わず学内の駐輪場に置いていたら当然のことながら撤去されてしまった。
「はっ」と気付いた時には後の祭りで、愛着あるわたしのパートナーはさよならを言う機会もなくいなくなってしまった。
落ち込みに落ち込んだ。
かごは錆びついてボロボロ、カラカラとペダルをこぐだびに聞こえてくる奇妙な音、学校から配られた校章の入ったステッカー。
全部が思い出だった。
あの自転車とともに大学の卒業式を迎えることがいつのまにか小さなゴールになっていた分ひどくがっくりした。
新しい自転車を買うことも考えだがなんとなく買わずじまいで卒業証書を受け取る日を迎えた。
それ以後自分では購入していなかったのでおよそ7年ぶりくらいに新しいパートナーと出会うことになったのだった。

折り畳みであることがわたしの世界を広げてくれた。
日本では公共交通機関を使用する際は袋にいれなければならない。
専用の袋も同時に購入したのですいすいと電車やバスに乗ることができた。
着いた先で折りたたんだ時とは逆の手順で組み立てる。
ものの30秒で完成してしまう。
そこからは自由だ。
その土地の行きたい方向へペダルをむける。
車では通れない細い小道も問題ない。
しだれ桜はほとんど葉桜になってしまっていたけれど八重桜は見頃だった。
黒色のジャージできちんと後ろ髪をポニーテールにしてジョギングをしている若い女の子たち。
少しくすんだピンク色の作業着につばの広い帽子をかぶったおばあちゃんが丸太のような木の上に腰をおろしている。
畑作業の途中だろうか、ずっと遠くを見ていた。
その目の先にはイワシ雲がたなびいていて深い緑の山、もっと標高の高い山には雪がしっかり残っていた。
パンが焼けるいい匂いがしてきたのでその匂いを追ってみた。
白い工場からそれは出ていて、中を窓越しに覗いてみても作業場しか見えなかった。
中に思い切って入ってみると数人の人影とともに事務所らしきものを発見した。
尋ねるとここはパンの製造だけで卸しているのもスーパーのみ、専用の店舗は持っていないのよと丁寧に教えてくれた。
幾分がっかりはしたもののパンの焼ける香りはいつでも追ってみたくなる魅力がある。
その香りがなくなる距離に達するまでずっとかぎ続けていた。
1時間程こぎ続けるとさすがに足も心も限界だった。
家にむかってこぎ続けていたのだけれどまだ30分くらいある。
まろさんは最寄りの駅から電車で帰ることを提案してくれた。
それが折り畳みのいいところなのだと。
あっという間に家の近くの駅まで来た。
改札を通るとまた組み立てて乗るだけだ。
まろさんは今度は横並びで走ってくれた。
まろさんが乗ると炭のように黒い自転車はとても小さく見える。
それがなんだかたまに滑稽に見えることがあるけれどそれもまたいい。
玄関に到着するころには付けていたヘルメットは汗でじんわり湿っていた。

世界恐慌が1929年、それからおおよそ100年後の現在世界はまた変革期を迎えているように思います。
外出や公共交通機関を使用することを躊躇う世の中になってしまいました。
見えない敵と戦うというよりはおそらくこれから先共存していかなければならない日々が続く気がします。
いつか、今はまだ無責任ないつかかもしれないけれど、誰か大切な人と外に出られる日がみんなに来ますように。

最後に、今自転車の需要が増えているそうで、購入した町の小さな自転車屋のおじさんがにんまり顔だったのが忘れられない。

 

 

 

贈り物

 

みわ はるか

 
 

土曜の朝、というか昼になるんだろうか、11時頃玄関のチャイムが鳴った。
布団の中にくるまっていたわたしはこんな時間に誰だと少し不機嫌になりながらも急いで半纏を羽織って扉を開けた。
若い郵便局員が大きな段ボールを重そうに持っていた。
無事受取人が出てきたことに安堵したのかにかっと嬉しそうに笑いながらわたしにサインを求めてきた。
「ありがとうございましたー」と若者らしく元気な声で言い終えると風のように去っていった。
そんなこんなで眠気もあっという間になくなってしまった。
そしてわたし宛の荷物にドキドキしながら依頼人欄を見るとそれは懐かしい名前だった。
所在地は遥か遠く日本の中心地、「東京都」であった。
彼女はわたしの中学時代のテニス部の同級生でとても美人な子である。
長身で肌は雪のように白く笑うとえくぼができてたっけな。
地毛がきれいな栗色で伸ばしたストレートの髪がよく似合っていた。
部活開始前のランニングではよくお互いにがははがははと笑いながらふざけあった。
木陰での休憩中には砂の上によく絵を描いた。
わたしのそれはとても下手くそだったが、彼女はさらっとかわいいキャラクターや幾何学模様のようなものを書いていた。
それはとてもわたしには真似できない上手な絵だった。
同じクラスで席が近かった時、彼女はよくわたしが一生懸命英単語を覚えている横でわたしの教科書に落書きをしていた。
「あっ」とわたしが気付くと悪びれた様子もなくあはははは~と笑いながら逃げていった。
「ふ~」と思って一度はシャープペンシルから消しゴムに持ち替えたけれど、その絵を見て消すのをやめた。
ただの、本当にただの落書きなんだけれど消すにはもったいないと思ったのだ。
それくらい彼女の絵はなにか引き付けられるようなものがあったのだと今では思う。
その時はなんだか不思議な本能で残しておきたいと思った気がする。
残念ながら昔の教科書類は全て処分してしまったのでもう確かめようもないのだけれどふともう一度見たいなと思った。
やわらかいタッチで、人やキャラクターを好んで描いていたあの作品を。

そんなことを思い出しながら段ボールの荷物の中身を取り出した。
そこには甲府で買ったと思われる赤ワイン、そしてわたしが昔から好きな日本茶の茶葉が丁寧にラッピングされた中から出てきた。
さらに奥をごそごそと探ると一枚の女性の絵と手紙が出てきた。
そこにはこう記されていた。
「こないだ共通の友人の結婚式で14年ぶりに再会できてとても嬉しかった。その時のことを忘れたくなくてその日着ていたワンピース姿のあなたを描いたよ。
ほとんど話す機会がなかったことはとても残念だったけれど昔と何も変わってないね。それがなんだかほっとしたよ。ワインとお茶はよかったら飲んでね。
また会えることを楽しみにしているよ。」
数か月前、同じテニス部の同級生だった子が結婚した。
その時、控え室で偶然会ったのだった。
14年ぶりの再会にお互い感動はしたものの席は遠くほとんど会話ができなかったのだ。
わざわざ気をきかせてこんなことをしてくれるなんてと、しばし感慨にふけってしまった。
自分を書いてくれたというその絵をまじまじと見てみた。
水彩画だと思われるそれはとてもやわらかい印象でずーっと見ていたくなるようなものだった。
わたしってこんな風に見えてるんだ、なんだか照れるなと一人ニヤニヤしてしまった。
その絵は縮小コピーして写真立てに入れ玄関に飾ることにした。
突然に華やいだ玄関はキラキラしていた。

段ボールの中をゴソゴソと整理しているともう1枚手紙が出てきた。
それには今までの近況が書かれていた。
10年程前に上京したこと、大学に通いながら誰もが知っている大手映像会社で絵を描く仕事をしていること、好きな映画監督の作品のこと、生まれ育った田舎との違いに今でも夜になると孤独を感じる時があること・・・・・。
わたしの知らない14年間がそこにはあった。
あーこんな嬉しいことはない、やっぱり彼女は描き続ける使命だったんだと何度も何度も読み返した。
慣れない都会でわたしなんかが知る由もない苦労がそこにはあるのだろうけれど、まだこれからも東京で頑張りたいと締めくくられた最後の一文には逞しさを感じた。

世の中にはこれをしたいと思ってものすごい努力をしてもどうしても報われない人が自分を含めてたくさんいると思う。
そうかと思えば本当に一瞬でさらっとやり遂げてしまう人が中にはいる。
そういう使命を持って生まれてきたような人がその道を進んでいるのはとてもいいなと思う。
そして、それが自分の古い友人の1人だと知った時の喜びは格別なものだ。

 

 

 
#poetory

アラサー、「時間」と向き合う

 

みわ はるか

 
 

数ヵ月先に親族の結婚式に参加しなければならなくなった。
こんな書き方をすると怒られそうだが、女性にとってこれは頭を悩ます問題である。
友人であればある程度きれいめなワンピースでも持っていればたいていは無難にすむ。
しかし、親族となれば話が違う。
参加するというより迎えるという立場になってしまうのであまりにも華やかなものは好まれない。
着物を着る人が多いと聞くがこれがまた会場が遠方で、式が終わったらすぐに帰らなければいけない日程のため現実的ではない。
さらに、一昔前の人たちは着物の1着や2着自宅にあるというのが普通であったらしいが残念ながらわたしは1着も持っていない。
持っていたところで自分では着られない。
きれいめなワンピースを数着はクローゼットにしまってあることを思い出したが会場の雰囲気にはいまひとつといったところ。
物が増えることが好きではないわたしにとって今後使用するあてがない物を買うという選択肢は毛頭ないし・・・・。
うーんと声に出してしまいそうな勢いで眉間に皺を寄せているとふっと名案を思いついた。
華やかな会場でも気後れしないきちんとした洋装をレンタルすればいいんだ!
少し考えれば誰でも思いつくようなことなのだけれど、その時のわたしはこの上ない解決策を見つけたかのように顔がニヤニヤしていたと思う。
それからは早かった。
Google様に頼りながら自宅近辺の貸衣装屋さんを探した。
2つ程目星をつけて週末に来店する旨の予約をとりつけた。
これで準備は整ったとPCを閉じ、TVの前に座り煎餅をボリボリとかじっていたらいつのまにか安心したのか深い眠りについていた。

週末はすぐにやってきた。
朝が苦手なわたしは休日は昼頃まで寝ることが多いのだが、その日は眠い目をこすりながらカーテンを開け、洗面所で顔を洗った。
朝ごはんはパスして、急いで化粧を済ませると車に飛び乗った。
1件目のお店は小さな可愛らしいお店で、隣にはカフェを併設していた。
ちょっとしたアクセサリーも売られているスペースもあり、おとぎ話に出てくるような建物であった。
中に入ると先客がいたため少し待つこととなった。
普段、カフェとか可愛らしい小物が売っているようなお店にほとんど行く習慣がなかったため新鮮だった。
月ごとに違う石?をアクセサリーにして売っていたり、石?水晶?のようなものをそのまま陳列してあったり。
心の中で石がこんな値段するのかと驚いて、2、3回値札の0の数を数え直した。
しばらくするとわたしより若いと思われる化粧の濃い店員さんに案内され貸衣装が並べられた部屋に入った。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
確かにある。数十着のドレスがハンガーに所狭しと並んでいる。
それに合わせたパンプス、アクセサリー、鞄。
だけどそれはわたしの想像していたものとは違った。
どちらかというとパーティーとか、1.5次会で着ていくようなややカジュアル系のものでリカちゃん人形に着させるような可愛らしいものばかりだった。
わりとふりふり系のものが多かったのだ。
30才を目前にしたわたし、童顔で幼く見られがちなわたし、わーーーー着られない。
ものの数分でこの店のコンセプトを理解したわたしは「すいません、すいません」とひたすら謝って、逃げるようにその店を後にした。
簡単に見つかると思っていたわたしは一気に崖の下に落とされたような絶望感にひたった。
次の店もこんな感じだったらどうしよう。
心は半泣きでナビに次の行き先を入力した。
2件目は淡い水色の外壁に守られた3階建ての造りだった。
恐る恐る入口から入ると年配のあまり化粧っ気のない、それなのにどこか上品な感じの女性がにこにこと出迎えてくれた。
ドレスは膝下で、なるべく大人っぽく見えるものがいいんだと初めから要望を伝えると、慣れた様子で何着かわたしの前に並べてくれた。
それはまさにわたしが探しているものだった。
色々試着させてもらって黒のノースリーブのロングドレスでラメ入り薔薇の刺繍が入ったものにした。
ボレロはベージュのこれまたラメ入り。
鏡の中の自分が違う人に見えて目をぱちくりさせた。
あんなにもめんどくさいと思っていた自分の衣装選びの時間がなんだかとてもうきうきしたものだったなと感じた瞬間だった。
小学生のころ、遠足のお菓子は〇〇円までだと決められてスーパーで駄菓子エリアの前をうろうろしていた時間。
なんとなくいいなと思った同級生にどうしてもバレンタインでクッキーを渡したくて慣れないキッチンの前で何時間も奮闘していた時間。
数時間のセレモニーのために事前に袴を決め、当日は着付けやヘアアレンジのためにものすごく早起きをしなければならなかった大学の卒業式。
たった一瞬のために準備する長い長い時間。
諸手続きを済ませて店を後にするころにはすっかり日が暮れていた。

ウインドウショッピングが苦手なわたし。
休日は昼まで毛布にくるまっているのを好むわたし。
いつも終わるのをまだかまだかと願って参加する職場の飲み会。
まぁいいかと下処理を省いてしまう夕飯づくり。
自然な流れだけれど疎遠になっていく友人関係。
見て見ぬふりをしたくなる両親の老い。

もう少しだけ1つ1つを丁寧に扱っていったら、楽しんでみたら、何か変わりそうな気がしてきた。
頭の中で考えすぎて疲れる前に行動にうつして見るのもいいのかな。
そういえばこないだ職場の若い子が上司から「あなたは体当たりで仕事をするから困ります」
と言われていたけれど、なんだかわたしにはそういう所が欠けているのかもと思った。
まだきっと若いから。
若さだけは誰も後からは手にできないから。
まだまだやるぞーとなんだか不思議な力が湧いてきた。

そんなことを感じながら今年初めて梅が咲いているのを発見したアラサーの夕暮れ時の話。

 

 

 

朝を感じる

 

みわ はるか

 
 

今年は全国的に雪が少ないらしく、寒さが大の苦手なわたしにとってはありがたいかぎりだ。
雪かきをすることもなく日々過ぎていく。
朝晩さえ我慢すればあとはわりと快適だ。
昔はあんなに雪が降ったのになぁ、兄弟でよくそり遊びをしたことを思い出した。
雪はきれいなんだと疑わなかったあの頃は、ガラスの器に雪をてんこ盛りにして、
夏に使いきれず冷蔵庫に残っていたブルーハワイの蜜をかけかき氷にしたこともあった。
当然冬に食べるのだからさらに体は冷えたのだけれど、なんだか特別なことをやり遂げたような
気分になって1人にやにや笑っていた。
当時飼っていた愛犬だけにはその姿を見られてしまった。
なんだか不思議なものを見るような目で小首をかしげていたっけ。

さて、そんな暖冬ということもあって最近職場まで歩いて通勤することにした。
歩くとおよそ20分かかる。
今年新調した超軽量登山用ダウン、インナーは超極暖、毛糸の帽子と手袋、リュックスタイルだ。
歩いてみると朝の空気は冷たいけれどとても心地よく背筋が伸びる。
顔だけは寒いけれどなんだか楽しい気分になる。
意外にも徒歩通勤の人も多く、だいだいわたしとほぼ変わらないスタイルで歩いている。
勝手に仲間だと思って心の中で「ニヒヒ」と笑う。
田舎道なので民家や商店が立ち並ぶ所を通過する。
みんな朝早いのに色んなことをしている人を目撃する。
まだ寝間着姿でなぜか必死に窓ふきをしているおばあちゃん、郵便受けから取った新聞を
その場で広げてしげしげと眺めている腰のだいぶ曲がったおじいちゃん、子供が言うことを
聞かないのか怪獣のようにわき目もふらず大声で怒鳴っている目の吊り上がったお母さま。
さらに民家やお店を眺めるのも楽しい。
看板の色が剥げに剥げて目を凝らしてようやく「クリーニング屋」だと分かる店、真冬だというのに
風鈴だけが数百個も並べられ売られている店(果たして需要はあるのか)、朝6時~夕方16時まで
モーニングセット提供とかかれた喫茶店(もはやモーニングではない時間帯だ!)、
早朝から年配の人が列をなし今にも開店するであろう大衆浴場。
こんなにも朝早くから人って動いてるんだなと思うとなんとも不思議な気持ちに包まれた。
ビュンビュン通る車をやり過ごしながら職場の近くまで来た。
わりと速足で歩いてしまうせいかいつも早目に着きそうになるのですぐ近くにある建物に入ることにしている。
なんとそこはとても大きいコインランドリーだ。
本当はコンビニとかそういう所が近くにあればいいのだけれどそういう類のものが全くない。
初めは抵抗があったけれど意外と快適なのだ。
ソファ、新聞、雑誌、テレビ、自販機となんでもあるからだ。
洗濯や乾燥をしに来る人が何人かいるのだけれど、朝の忙しい時間帯だからなのかわたしには見向きもしない。
ぐるぐると洗濯物が回っているのを遠目に眺めていると眠気に襲われる。
ついうとうとしてしまうのをぐっとこらえる。
もうここまでくると仕事に行くのが嫌になってしまうのだけれどなんとか重い腰を上げててくてくとまた歩き出す。
ふぅーと吐いた息は白い。
近くの工業高校では朝からカキーンとボールをバットで打つ音が聞こえる。
職場の真ん前の工事現場の人が魔法瓶に入った湯気の立つ熱々のお茶をおいしそうにごくりと飲んでいる。
みんな人間をちゃんとやっている。
毎日決まった時間に同じことを繰り返している。
晴れだろうが、雨だろうが、雪だろうが、必ずやってくる朝をきちんと迎えている。
人生は変わっていくものだから楽しいと誰かが言っていたけれど、わたしはこういう小さな変わらない日々も
結構好きだなぁと感じる。
なんだかそういうものに安心する。

大寒ももうとっくに過ぎたそんな朝の小さな物語。

 

 

 

書斎にて

 

みわ はるか

 
 

畳1畳分のスペースに長方形の机、座椅子を置いている。
机の上にはペン立て、時計、電子辞書、障子で円柱にかたどったスタンド電気。
これがいつものスタイルで、ここをわたしは密かに書斎と呼んでいる。
どうしてこんなにも狭いのかというと、部屋自体は8畳分くらいあるのだが他にも置くべきものがあるからだ。
本棚、ベッド、クローゼット、ファンヒーター、プリンター。
物を最小限にしか持ちたくない、シンプルな生活を理想としているけれど、これらは必需品である。
というわけで隅のたった1畳分のスペースがわたしの憩いの場なのである。
温かいお茶を急須から湯飲みに移し、最近寒くなってきたので赤い半纏を着込み座っている。
ふっと前を向けば白い壁と目が合う。
朝がものすごく弱いわたしは夜にこの机でパソコンを開く。
色んなことを考えながら文章を書いたり、公募で応募したエッセイ作品が落選したことを伝えるメールを受け取ったり、
ここ最近島に魅了されている(できるだけ人口が少ないとこ)島への旅行をもくろんだり、
好きな作家の新刊をチェックしたり、又吉のトークライブ行きたいなぁと考えたり、
老いていく両親が元気であることに感謝しつつ妹弟がきちんと自立したことに安堵している。
お茶が大好きなのだけれど貧血がひどいので緑茶は諦めてほうじ茶を選ぶようにしている。
有名な全国のお茶っ葉を時々友人にもらうのだけれどとても嬉しい。
物欲のない若者が最近は多いとニュースでやっていた。わたしも例外ではないなぁとふと思う。
それでも必要なものは事前に色々調べて購入するのだがそれが届いたときに満足いくものだとやっぱり嬉しい。
シンプルでミニマムな暮らしに憧れていてこれからもそうであるような気がする。
友人関係も狭く深くとなった。
それが居心地がよくてしっくりくるようになった。
情報格差がいまやほとんどなくなった。
どこにいてもあらゆる情報をネットや動画で得ることができる。
でもやっぱり羨ましいと思うのは文化や芸術の中心地はまだまだ都心でありそれに憧れて上京する若者はたくさんいる。
わたしは田舎が好きなので今の場所に満足しているけれど、たまに物足りなさを感じることがないわけではない。
隣の芝は青いなのかな。

年の暮れに色んな角度への思いを思いつくままに書いてしまった。
最近、「いつもエッセイ読んでるよ」と友人からメールをもらった。
こんな嬉しいことはないなとその文面を何度も何度も繰り返し読んだ。
彼女は絵がものすごく上手で今でも彼女からもらった秋の隠れた紅葉の絵を大事に持っている。
これからも好きなだけ書いてほしいなと思ってるよ。

新しい年を迎えました。
昨年は日記のようなエッセイのようなわたしの文章を読んでいただきありがとうございました。
また今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

寒空の下で

 

みわ はるか

 
 

朝起きると窓から見える山々には早くも雪が積もっている。
どうりで寒いはずだなと急いでファンヒーターの電源を入れる。
朝晩の気温の下がり具合は尋常ではなくぶるぶると震える。
窓には結露も発生していた。
これから本格的な冬がやってくるんだと思うと少し身震いした。

夜7時頃、ダウンや毛糸の帽子を着込んであえて外に出てみた。
意外と空いているお店がたくさんあったのには驚いた。
真剣に患者の口腔内を観察している歯医者さん。
誰もいないのに明かりが灯してある神社。
カウンター席10席程のラーメン屋さんには観光客であろう外国人でいっぱいだった。
トタン屋根で作られた簡易なお店からはおでんのいい香りが漂ってくる。
みんなの楽しそうな声がわたしの気分を高揚させた。
白い息を弾ませながら15分ほど歩くと図書館が見えてくる。
そう、わたしのお目当てはここだった。
21時までとわりと遅くまで開館しているのだ。
こんな遅い時間にも関わらずたくさんの高校生やスーツ姿の大人がいた。
参考書とにらめっこする人、PCに向かっている人、朝刊や雑誌に目を通す人、黙々と本を読む人。
みんな1日の終わり、静かな館内で好きなように過ごしていた。
こういう雰囲気が好きでわたしはよく足を運ぶ。
今まで数回引っ越しを重ねてきたけれど、まずその地域で探し出したのは図書館だった。
本が好きというのもあるけれど、それと同じくらいその雰囲気や空間が心地いいからだ。

わたしが長椅子に座って新聞を読んでいると、隣に初老のおじいさんが腰を下ろした。
70才はとうに超えていると思われる。
細身できれいな白髪、縁のないない眼鏡、わりときちんとした服装で靴は革靴だった。
どんな本を読むんだろうと、そっと視線をそちらに向けると「物理学・幾何学」みたいな題名のものだった。
いかにも小難しくてわたしなんかには到底理解できそうにない。
そこでわたしは想像する。
昔はどこか大学で物理学を専攻し、そのまま大学に残り研究に明け暮れていたのか。
はたまた、電機メーカーのような企業の研究職あるいは開発部門に従事したいたのか。
それとも、物理学というものはただの趣味で本業は畑違いの農業や営業職だったりして・・・。
こんな人を支えてきた奥様はどんな人なんだろう。
いつもニコニコしていて夫の帰ってきたころに熱々のクリームシチューを出すような人か。
気難しそうな性格に耐えかね夫とは距離を置き自由奔放に自分の人生を謳歌しているような社交的な人か。
同職でいつもああでもないこうでもないと議論を家庭内でも繰り広げているような人か。
色んなことをチラチラ観察しながら想像していると「ん?}というような困った顔をされてしまったので思いを巡らすことは中断した。
その人は21時のチャイムが鳴るとさっと席をたち、今や自動貸し出し機となったPCの前でその本の貸し出し手続きをしていた。
慣れた手つきだった。
わたしも慌てて新聞をもとの場所に戻し上着を着込んだ。

外に出るとぐっと気温は下がって顔に当たる風は突き刺すように痛かった。
鞄の中に潜ませておいた帽子と手袋を急いで出した。
スナックや居酒屋が並ぶ道沿いはきらきらしていけれど、行きと違ってほとんどのお店は閉まっていた。
羽の生えたよく分からない生き物の置物につまずいた。
人の姿が見当たらないコンビニの若い女の店員さんは金髪のさらさらした長い髪をいじりながら大きなあくびをしていた。
少しくたびれた背広を着たサラリーマンがとぼとぼと歩いていた。
その日の月は雲に隠れたりそうでなかったり中途半端な姿だった。

明日が来るのが怖い時がある。
なぜかよく分からないけれどなんとなくそんな日がある。
ずっと暗闇でもいいのになぁなんて。
首を左右にぶんぶん降って自宅を目指す。
たまに後ろから来る車に注意を払いながらぽつぽつと歩き続ける。
あのおじいさんはもう家に着いたかなぁと考えながらもう一度空を見上げると月はもう完全に雲の後ろに隠れてしまっていた。

 

 

 

自転車屋のおじいさん

 

みわ はるか

 
 

マンションの窓から向かいの自転車屋さんが見える。
70才近いだろうか。
白髪、眼鏡、中肉中背、すらっとしたおじいさん。
1階は自転車を売ったり直したりしている店舗、2階3階が自宅だと思われる。
カーテンという概念がおじいさんにはないのか、2階の部屋は夜になると中がよーく見える。
窓際にマッサージ付きかなと思われる大きな椅子、テーブル、その向かいにテレビが置いてあるようだ。
お店を閉めた後には必ずそこにおじいさんが現れる。
1人、何かを飲みながらテレビの方を見ている。
たまに大きな口を開けて笑っている。
たまに勢いよくビールだろうか飲んでいる。
外でお祭りをやっている日でも、数年に1度の台風が来た夜も、おじいさんはいつもと変わらず椅子に座って休んでいる。
とても幸せそうだった。

ある日、たまたまお昼にその自転車屋さんの前を通った。
おじいさんが仕事をしている時間だった。
ちらりと覗くと、おじいさんと目が合った。
口をもごもご動かしていた。
傍らにはお饅頭が箱ごと置いてあった。
いたずらが見つかった少年のように目をまん丸くしてこちらに会釈してきた。
わたしも軽くお辞儀した。
お饅頭の箱をそーっと後ろに追いやっていた。
なんだかとてもかわいらしかった。

これから寒い寒い冬がやってくる。
おじいさんはあの椅子に座り続けるだろう。
半纏でも着るようになるのかな。
熱燗でも飲むようになるのかな。

これからもこっそり迷惑にならない程度に垣間見てみようと思う。

 

 

 

夏の終わりに

 

みわ はるか

 
 

コスモスはあんなに細い茎なのに真っすぐ長く背伸びするように存在している。
一番てっぺんにはあんなにも可愛らしい花を咲かせる。
仲間と共に集団で並んでいて、不思議なことに多少の強風には身を任せるだけで折れている所をほとんど見たことがない。
風に吹かれてゆらゆら揺れている姿にはか弱い印象ながらもあるがままを受け入れるたくましささえも感じる。
その上空には早くもトンボが飛び始めていた。
秋はもういつの間にかやってきたみたいだ。

9月の1回目の3連休、わたしは地元の友人宅に招かれてバーベキューをした。
メンバーは3人で中学を卒業してからは疎遠になっていたが、それぞれが大学生のころから定期的に再開するようになった。
そこで必ずやるのはトランプの大富豪だ。
わたしがトランプ係になぜかなってしまったのでいつも忘れないように気を付けている。
掌サイズの小さいもので、裏にはクリスマスの時にかぶるような帽子をかぶったクマがデザインされている。
「Merry X’mas」と大きな文字で書かれてもいる。
かれこれ10年近く使っているのでボロボロになってしまった。
小さくてシャッフルしにくいとか色々ぶつぶつ文句もでるけれどどうしてもわたしはそれを使い続けたい。
思い出に勝るものはなかなかないと思っているから。
だからその日持って行ったトランプももちろんそのボロボロのトランプだった。

雲一つない青空、気温も容赦なく昼に近づくにつれ上がっていった。
外の木陰にいるにも関わらず次から次へと汗が滴り落ちる。
炭と着火剤を使って火をおこすとあっという間に炎が姿を見せる。
せっかく奮発していい飛騨牛を買ったのにみるみるうちに黒焦げになってしまった。
みんなでトングをせわしなく動かして肉を救出した。
貝殻の上にのったホタテはいまいち火が通ったのか分からなかったのでひっくり返して貝殻が上になるようにしてみた。
そしたらなんといい具合に焦げ目がついて醤油を垂らすとそれはとっても美味しかった。
殻ごと焼いた大きなエビは手をベタベタにして殻をむいて食べた。
まるで子供みたいに体裁を気にせずかぶりついた。
肉、野菜、海鮮・・・・・・、様々な新鮮な食材を網に並べると色鮮やかできれいだった。
炎天下の元、ジューといい音が食欲をそそった。
みんな笑っていた。
それはわたしが昔から、ずっとずっと昔から知っている友人の笑顔だった。
大人になった分顔も少しは変化する。
だけど、笑った時にできるえくぼ、生まれた時からずっとそこにあるほくろの位置、切れ長になる目。
変わらない部分を確認できたときものすごくほっとするのはわたしだけだろうか。
どんなライフステージにいてもやっぱり人間笑っている顔が一番いいなと思った。
それが自分の家族や友人、大切な人ならきっとなおさら。

〆のラーメンを食べた後、エアコンで涼しくなった部屋の中でもちろんトランプをした。
それは3時間程に及んだ。
ずーっとほぼ大富豪。
たまに飽きてきたら7並べ。
それの繰り返し。
よく飽きないなと言われるけれど、みんなの顔色をうかがってカードを出していくゲームはただ単純に面白い。
たまには何時間も熱中してアナログのカードゲームをするのも悪くない。
色んな事、ぜーんぶ忘れてただ目の前のカードの数字に集中する。
勝利を確認してニヤっとしたり、逆転されて本気で落ち込んだり、敢えてカードを止めてちょっと意地悪してみたり。
そんな時間は何にも代えがたい宝物になる。

「stand by me」という映画がある。
幼少の頃の友情は貴重で永遠で、二度と戻ることはできないけれど忘れるとこはできない瞬間である。
そんなメッセージを伝えているものだ。
わたしは古い友人に会う時、この映画をよく思い出す。
古い友人と言える人がいてくれてよかったな、それだけで人生は豊かだなと思える。
これからはもっと会う頻度は減っていくと思うけれど、みんなの心にはきっと薄れることのないそんな日々が残っている。
それだけできっと十分だ、そんな気がする。