ひぐらし 硯に向かいて

 

みわ はるか

 
 

久しぶりに布団の上に寝転がっている。

ひぐらしの鳴き声がこれでもかというくらい聞こえる。

でもなぜか、全然耳障りではなくて心地いい。

短い一生を一生懸命生きている。

そんな人生も悪くないのではないかと思う。

蝉の本能はすごい。

 

法事があった。

ごくごくこぢんまりしたもの。

父親の兄弟夫婦のみ呼んだ。

久しぶりに会った叔父や叔母は老いていた。

元気に話してはいるけれど、年齢にはなかなか抵抗できないようだ。

腰にステロイド、お盆に膝のオペ、その後の長い安静期間を経てのリハビリ、糖尿病、肩の内視鏡オペ。

唯一元気な叔父のゴルフ話になんだか救われた。

仲のいい父の三兄弟。

家が近いためわりと行き来をしているようだ。

ほんと、魔法たるものがあったら、前みたいに若々しくしてあげたい。

もっともっとパワフルな叔父叔母であってほしい。

そんな叶わない夢を描いてしまう。

色んな、この先と言われるものを考えなければならない。

次もみんなそろって会いたい、会えると信じている。

信じることでなんとか今の現実を受け入れられたような気がした。

 

帰り際、以前よりよたよたと歩く姿に、ぐすんとなる心を落ち着かせ大きく手をふった。

どうか無理をしないで生活してね。

頼むよ。

 

ひぐらしは今日も大合唱している。

 

 

 

野菜作り

 

みわ はるか

 
 

最近始めたことの1つに野菜作りがある。

 

小さなその土地は、わたしが初めて訪れたときは雑草ばかりであった。

昔は果樹を植えていたらしいが、そんな面影は微塵もなかった。

昔、わたしが小さいころ、今では珍しくなったが3世代で暮らしていた。

おばあちゃんが畑をせっせとやっていたが、他の家族は誰もやっていなかった。

興味がなかったのだ。

そう、わたしは全くの素人。

まずは、ホームセンターに向かった。

種からは無理にしても、苗からならなんとかなるのではと考えたからだ。

ホームセンターはものすごく混んでいたし、ほとんど来たことがなかったのでその大きさに心底驚いた。

苗の種類はたくさんあった。

種類によって支柱が必要となるもの、カバーをした方がいいもの、追肥をした方がいいもの・・・・・。

たくさんやること、買わないといけないものがあってどっと疲れてしまった。

ナス、キャベツ、ブロッコリー、カボチャ、ミニトマト、ししとう、ピーマン、きゅうり、レタスを購入した。

帰ってまず行ったのは除草剤をまくこと。

1週間ほど待って、今度はマメトラで土を耕しにかかった。

これが本当に重労働であった。

長年使っていなかったので、土が固く、大きな石がゴロゴロでてきた。

知り合いのおじいちゃんに色々借りて一緒に作業したのだが、こんな土は珍しいと言われてしまった。

1日がかりで耕し終わると、次の日は畝を作った。

草が生えないようにきれいにマルチングもした。

苗を植えられるように穴を空け、丁寧に全ての苗を植えきった。

初めてにしてはなかなか上出来だ、ニヤニヤしてしまった。

が、しかし、畑をなめていた。

それからも大変で、青虫は来るわ、茎が伸びれば支えが要るわ、摘花しなければいけないものもあるわで頭がぐちゃぐちゃになった。

その辺からだろうか、わたしは水やり専門になった。

見兼ねた知り合いのおじいちゃんが、わたしの知らない間にどんどん作業を進めてくれた。

常にわたしの畑は知らぬ間に日々アップデートしていったのだ。

さすがに申し訳ないので、時々わりと上等な菓子折りなんかを贈った。

あっという間に収穫の時期となった。

採れたてが美味しいというのは本当だった。

サラダや塩漬けタコライスなんかで食べたのだが、スーパーのそれとはだいぶ異なる気がした。

後半、ほとんど何もやっていないことに罪悪感はあったが、パクパクと食べてしまった。

 

今もまだ、野菜たちは成長し続けている。

「そろそろ採った方がいいぞ~。」なんて知り合いのおじいちゃんが教えてくれる。

もはや、誰の畑なのか分からない状態だ。

 

結論

わたしは野菜作りには向いていなかった。

多くの時間をとられること、手間がかかること、費用もそれなりにかかることにうんざりしてしまったのだ。

ベランダにキャンプ用の椅子を置いて、風鈴の音に耳を傾けながらうとうとする。

お菓子をボリボリかじりながら好きなドラマを見る。

友人に手紙を書く。

のんびり犬の散歩に行き、力強い入道雲を見る。

川の流れをじーっと見つめる。

そんなようなことがわたしにとっての幸せな時間なのだ。

ただ、畑作業を楽しいと思う人はたくさんいる。

そういう人達の顔はキラキラと輝いている。

そういう方々にうーんとたくさんお野菜を作っていただいて、わたしは直売所で購入することに決めた。

 

例年より梅雨の期間が短かった今年の初夏。

とってもいい経験ができた。

 

 

 

文具店

 

みわ はるか

 
 

「大人のぬり絵あります」

窓ガラスに大きな字で書かれた紙が貼ってある。

3階建てのビルの1階にある町の文具店だ。

 

外から見るとなんだか薄暗い。

何度かここは通ったことがあるけれど、なんとなく入りそびれていた。

文具は見るのも使うのも楽しい。

最近は文字を書くことも少なくなったし、ペンも黒があれば事足りることが増えた。

文房具というものから自然と距離ができたような気がする。

小学生や中学生のころは必需品だったのに。

今ではPCやタブレットが台頭してしまっている。

それでも時々、無性にアナログが恋しくなる。

自分の手で書きたい、彩りたい、創り上げたい。

えいっと勇気を出して自動扉の前に立った。

思ったよりゆっくりとその扉は開いた。

 

入口付近にあるレジ。

そこには店番をしていると思われるおばあちゃんがいた。

わたしが入店したことに気づいたおばあちゃんは、びっくりしたようにうたた寝から目覚めたようだった。

あわてて、蛍光灯のスイッチを入れた。

店内がぱぁ~と明るくなった。

そうか、このお店は半分しか天井にとりつけてある電気がついてなかったから薄暗かったのか。

妙に納得して店内を進んだ。

ファイル、ペン、画用紙、スケッチブック、絵葉書、便箋・・・・・。

昔懐かしい文具一式がほとんどそろっていた。

眺めるだけでワクワクして、それはやかんに入れたお湯が沸騰してくるときのような感じに似ていた。

昔よく通った地元の雑貨店を思い出した。

何か足りなければそこに行けばよかった。

お小遣いで十分欲しいものが買えた。

それが手に入った時の幸福度はかなり高かった。

店内は思っていたより広かった。

奥には、学校や企業に納品しているだろうと思われるノートやペンが一定量段ボールに詰められていた。

本屋や印鑑屋と同じで、こういう所は取引先をいくつか持っていることが多いそうだ。

そこでの収入源がかなり大事らしい。

娘さんと思われる人がエプロンをして、忙しそうに作業していた。

邪魔しないようにそこを通り過ぎた。

違う通路に入ると、そこには特別なスペースが設けられていた。

そう、大人のぬり絵だった。

小さいころは24色の色鉛筆をそろえて、アニメ、花、動物・・・・。

色んなぬり絵をした。

それの大人バージョンである。

パラパラと中身を見てみると、大人のぬり絵だけあって複雑な絵柄が多かった。

でもものすごく興味をそそられた。

これはやるしかない。

何冊かあるうちから1冊を選んだ。

花のぬり絵だ。

色鉛筆もなかったため、今回は12色を選んだ。

ふんふんふんと心の中で鼻歌を歌いながらレジにむかった。

またおばあちゃんをびっくり起こしてしまったけれど、きちんとお会計を済ませて店を後にした。

水色のチェック柄のかわいい袋に入れてくれた文具を握りしめて。

パチパチパチと電気を消す音がした。

電気がふたたび半分消され薄暗さが戻っていた。

 

久しぶりに童心に帰ったようなそんな気持ち。

帰り道の坂をぽつぽつと歩いた。

日が長くなったなぁと身を持って感じる。

1年の中で最も過ごしやすいこの季節。

穏やかに過ぎていけばそれ以上何も要らない、そんな風に思ったとある日の物語。

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

大きな喪失感に包まれている。

有限な人生の限界を真正面から突き付けられたような気がした。

 

3月下旬。

その日は休日出勤で14時頃に仕事が終わり、リュックを抱えながらおもむろに携帯を取り出した。

1件の、これまたメール嫌いな幼なじみからの連絡の様だった。

珍しいこともあるもんだなと疲れた頭で何だろうと考えていた。

階段をのろのろと降りながら中身をチェックする。

「はっ」と心の声が出ていたのかもしれない。

すれちがう人が怪訝な顔をわたしにむけていた。

わたしは、必要最低限書かれたその文面を何度も何度も繰り返し目で追った。

にわかには信じられないものであった。

「◯◯亡くなった。今日の未明。」

それ以下でもそれ以上でもなく、ただそれだけが書かれていた。

ただその文面がわたしに与える衝撃はどんな長文よりも大きいものだった。

守衛さんにいつもと変わらない笑顔をなんとか作り挨拶をし、駐車場まで歩く。

座席に座りゆっくりとメールの送信者に電話をかける。

コールの時間はものすごく長いように感じた。

彼も詳しいことは分からないようであったが、紛れもない事実であることは確かなようだった。

30代前半、働き盛り、奥さんもおり第2子妊娠中であった。

駐車場からしばらく動けなかった。

久しぶりの晴天で雲が流れるように漂っていた。

何十年かぶりの雪もやっと通り過ぎ、快適な気候がこれからやってくる。

街の人の気分も高揚し始めている。

いつもと変わらない日曜、になるはずだった。

わたしの心はぐちゃぐちゃと、せっかく積み上げたブロックが一気に崩れていくような気持ちになった。

 

彼も含めた幼なじみ3、4人でSNSでグループを作って、近況や集まって犬の散歩をしたりご飯を食べたりしていた。

お互いの結婚を祝ったり、同じ業界で働いていることもあり悩みを相談したりしていた。

住んでいる所はバラバラだったけれど、誰かの帰省に合わせてよく地元の焼肉屋さんに行った。

きれいとは言い難い所だったし、店員さんもさして愛想がいいわけでもないし、匂いや油はベトベトに服につくようなとこだけど、育った町のそこにある焼肉屋、小さいころから変わらず在り続けてくれるというだけで安全地帯だった。

わたしは知っている、遅れてきたメンバーのために、一度焼いて皿に移してあった肉をそっと網に戻して温めなおしていたことを。

急に写真を撮って、こういう何気ない瞬間を大事に保存していたことを。

みんながアルコールを飲みたいと言ったら、必ず運転手をかって出ていたことを。

うちの実家の犬を可愛がってくれたことを。

注文1年待ちの鉄のフライパンをこっそりと注文し、わたしの結婚に間に合わせようとしてくれていたことを。

 

みんなきっと知っている。

彼の家族は誰に対しても親切で、例外なく彼も親切であるということを。

 

わたしは今でも連絡できる他の幼なじみに事の顛末をゆっくりと、正確に電話で伝えた。

誰も知らずに過ぎていくのはあまりにも不憫だと思ったからだ。

みんな相当驚いていたし、中にはその日結婚式だった人もいた。

人生はむごい、そして神様は意地悪だと思った。

みんながまたそこから知りうる限りの人に連絡してくれたようだ。

最後のお別れに行ってくれた人もたくさんいたと人づてに聞いた。

わたしは、GWに伺う予定だ。

現実を突きつけられるのはかなり怖い。

しかし、行かねばと、残された人間はそれでも生きていかなければいけないのだと思っている。

 

11年前、事故で同級生を2人すでに亡くしている。

空を見ると3人の顔が思い浮かぶ時がある。

死後の世界が本当にあるのだとしたら、3人でもう何もストレスや苦労もなく穏やかに焼肉でもしてるのかな。

お酒も二日酔いを気にすることなくたらふく飲めるね。

いつかわたしもその日が来たら仲間にいれてよね。

 

グループメッセージの既読の数が1つ減った。

何日待っても既読にはならない。

アイコンの写真だけが笑っている。

 

人生は幻だ。

 

 

 

壮途

 

みわ はるか

 
 

4月、土の中から一生懸命に顔を出す花々は可愛らしい。

この文章が公開される頃には新しい土地にいるわたし。

生まれてこのかた、4ヶ所目となる新天地。

どんな未来が待っているのだろう。

 

少しさかのぼった話。

4ヶ所目の新天地に移るほんの少し前の話。

 

色んなことが終わっていった、というよりは終わらせていった3月。

 

最後の美容院。

いつも担当してくれる兄のような存在の優しい美容師さん。

この土地のことをいつも丁寧に教えてくれた。

シャンプーの力加減が絶妙でいつも眠ってしまっていた。

店を出る時、両手を大きく振って見送ってくれた。

 

最後の定食屋。

俳優の橋爪さんに似ているから、いつも勝手に「橋爪マスター」と呼んでいた。

ここだけは味噌カツがメニューにある。

山のようなキャベツの千切り、ちょうどいい煮物の味、ほっとする緑茶の味。

難しいからカードは使えません、現金だけとニカニカしながら言ってたな。

最後はいつもと同じ人懐っこい笑顔で見送ってくれた。

 

最後の友人との対面。

同じアパートに1人で住んでいるベトナム人。

素敵なホテルで働いている。

一番難しい日本語検定に合格した。

わたしが悲しんでいる時には鼓舞してくれて、楽しい時には一緒に笑った。

初詣、温泉、フレンチレストラン、ベトナム料理のおもてなし、街歩き散歩、同じ空間を共有できたことが嬉しかった。

一番落ち着いたのは、彼女の部屋のこたつ。

二人で足をぶつけ合いながら、寒い寒いとこたつにもぐりこんだ。

突然訪れてみた彼女の仕事現場、エントランスでてきぱきと仕事をこなす彼女はとてもかっこよかった。

 

最後の街の風景。

レトロな喫茶店、赤い大きな橋、呉服屋、茶屋、公園、神社、和食店、ステーショナリーショップ、みたらし団子屋、自転車屋。

全てが目にやきついている。

わたしは、写真はあまり撮らない。

頭に記憶したい派だ。

季節によって見え方が変わったし、街の装いも異なっていた。

共通していたのは、どこか小京都のような趣があって美しい造りだった。

こんなところに住むことはもうないだろう。

自分のメモリの中に深く刻むことにする。

 

別れと出会いが1年の中で最も激しい4月。

その波に逆らうことなく身をささげよう。

3月末日、大家さんに返却しなければならないスペアもいれた2本の部屋の鍵を確認して眠りにつくことにする。

 

 

 

叫び

 

みわ はるか

 
 

19時からの天気予報。
この冬一番の寒気が流れ込むでしょうと伝えている。
ん、その言葉数週間前にも聞いたような。
また雪か、ふぅ~と大きなため息がどうしても出てしまう。
雪は苦手だ。
きれいでワクワクするなんて言う人もいるけれど、わたしはどうしてもその気持ちを理解することができない。
道は凍る、滑る、事故が増える、厚着での外出を余儀なくされる、車の雪かきのために早目に起きなければならない、重い灯油を定期的に購入しなければならない、家の中はジメジメする、空は暗い、そして心はもっと暗い。
この土地に来る前は、住めば都かなと思ったりしたが、わたしにはそうはならなかった。
ここを出られることに、心の奥でほっとしている。
街は小京都のようで美しいけれど、それ以上にわたしには耐えがたい環境だった。
待ち望んだ春、短い夏、忘れられた秋、長すぎる冬。

夏が好きだ。
暑中お見舞いにデザインされている風鈴、金魚、浴衣、朝顔、センス、虫取り網を眺めていると心が躍る。
だから、玄関には年中夏の装飾品を置いている。
我が室内に四季はない。
うだるような太陽の下を歩いてたどり着いた喫茶店。
カランカランと押したドアの先はひんやりした空間が広がっている。
そこで飲むメロンソーダの美味しいこと。
サクランボは先に食べてしまう。
髪を上手に結ってアップにする。
首筋を1滴の汗が滴り落ちる。
花火が描かれた淡い青い浴衣の若者たち。
暑い暑いと言いながらも楽しそうに会話しながら歩いている。
「氷」と書かれた店の前で立ち止まる。
何のシロップにしようか真剣に悩んでいる。
ブルーハワイが人気のようだ。
薄着で、ぴょーんと外に出られる。
紫外線は気になるけれど、靴下を身に着けずサンダルでスタスタ歩くのは最高だ。
冷房がまだなかった小学生時代。
下敷きで風を作った。
あまりにも乱暴だとプラスチックのそれは無残にも割れた。
教科書をうちわ代わりにするには重すぎた。
すぐに新しい下敷きを買いに走ったっけな。

夏の写真をよく見る。
夏に着たい服をネットで検索してみる。
夏の予定を考えてみる。
あー、とりあえず京都に行きたい。

心のモヤモヤをただただ言葉にしただけの文章になってしまった。
ご愛敬。

 

 

 

貴方に贈る言葉

 

みわ はるか

 
 

雪ん子のようだと思った。
肌は透きとおるような白さで、真ん丸な眼鏡を通して見える目はくりっとして嘘偽りを知らないで生きてきたんじゃないかと思わせるようだった。
黒くショートカットな髪形もとてもよく似合っている。
彼女と友達になれたらなと思った。

職場の異なる職種の彼女。
フロアこそ同じだが、あいさつ程度の付き合い。
こんなご時世、飲み会もなければゆっくり話す機会もないんだろうなと思っていた。
そんなある日、事は動いた。
職場から徒歩10分位のところに街を一望できる公園がある。
昼食後、そこに散歩に出る人が何人かいるのだが、それに彼女はわたしを誘ってくれたのだった。
やや暑い初夏だったと記憶している。
突然のことで帽子も日傘もなかったので、とりあえずわたしはハンドタオルを頭にかぶせて歩いた。
行きは急な坂が蛇行しているのだけれど、彼女との会話は楽しかった。
この土地へはお互いよそ者同士。
悩みも似ていてなんだかほっとしたのを覚えている。
彼女は都会出身だ。
数年たっても田舎はまだ慣れないと言う。
わりと思ったことは口にするタイプだけれど嫌みが全くない。
自然体の彼女と友達になれたことがなんだかとっても嬉しかった。

世がやや落ち着いていたころ、仕事帰りに一緒にご飯を食べることになった。
わたしがいつも行くような所でいいと言う。
だけどわたしは、うーんと頭の中で悩んだ。
わたしが足しげく通っているのは、昭和感漂う定食屋だ。
70代のおじいちゃんが1人で経営していて、テレビはいつもNHKがついている。
味は申し分なく、揚げ物のセットがおすすめだ。
わたしはこういうお店が落ち着くので好んで通う。
だけど・・・・・決してお洒落ではないし、都会出身の彼女に本当にいいのかな。
少し迷ったけれどやっぱりここにすることにした。
彼女は予想に反して喜んでくれた。
店主もいつも通りニコニコと迎えてくれた。
初めこそちょっとよそよそしかったけれど、だんだんと会話が盛り上がった。
彼女は人知れず悩みを抱えていた。
わたしも悩みはある。
同世代どうし、その悩みをアウトプットすることで心の奥の何かがホロホロとそぎ落とされていった。
大人って難しい。
勉強さえしていればよかった学生とは違う。
なんだかとっても生きづらいなとモヤモヤすることが漫然とある。
そんな中でのこの定食屋でのひとときは生涯忘れないだろう。
その後我が家で一緒に飲んだほうじ茶の味も忘れない。
何もない我が家をモデルハウスのようだと驚愕していたあの悲鳴にもにた感想、断捨離を伝授してほしいと懇願された時の真ん丸に見開いた目、向かいの家の自転車屋の親父がご飯たべているところを一緒にくすくすと笑いながら観察していたあの瞬間、ドラム式洗濯機の楽さを伝えたときの真剣に耳を傾けるあの表情。
ずっとずっと覚えている。
物理的な距離ができたとしても、きっと。

この文章が公開される頃、彼女は都会の実家近くの病院のベットの上だ。
初めてのオペにものすごく心細い気持ちになってるはずだ。
面会も制限されているだろう。
いつもと違う白すぎるベッドのシーツ、見慣れない窓からの風景、毎日変わる病院のスタッフ、決して美味しいとは言えない食事、心はきっと落ち着かないだろう。

あなたにこの文章を送る。
寝て起きたら全て、きっと思い通りの結果になってるはず。
また屈託のない笑顔を見たいよ。
健闘を心から祈る。

 

 

 

香箱蟹

 

みわ はるか

 
 

新年あけましておめでとうございます。

このエッセイを書いている今は年末であるので、どんな年始を迎えているのだろうか。

 

年末のとある日の物語。

 

毎年この季節になると香箱蟹を食べに行く。

なんと贅沢なことかと思うけれどまろさん(久しぶりに登場)がどうしても譲らないのである。

なので、この時期前後はうちの小さめの冷蔵庫はもやし、納豆、豆腐といった安価な食材がいつも以上に増える。

飢えをしのいでいる。

キラキラ輝く香箱蟹のために。

 

いつもお邪魔するところは決まっている。

京都で修行をされた店主、京都出身のおかみさん、ご夫婦で経営されている小さな割烹料理屋。

カウンター5席、テーブル席2つの上品な店内。

お手洗いには京都らしい匂い袋が吊るしてあってほっこり。

店内の明かりも暖色系でなんだか落ち着く。

おかみさんはいつもきちんと着物を着こなし忙しそうに店内を行き来する。

料理はもっぱら店主担当で少しギョロっとした目が印象的。

2人とも温厚できさくだ。

料理は言うまでもなくものすごく美味しい。

今回は、サツマイモを焼いてスープ状にしたもの、レンコンの練り物、新鮮な鯖と鰹のお造り、3種類の寿司(しゃりが絶妙な大きさで感動)、牡蠣と山菜の天ぷら、待ちに待った香箱蟹(内子と外子がしっかりとのっていた)、生シラスがふんだんに使われたお茶漬け(生シラスなんて江ノ島以来)、甘すぎないデザート。

本当に素敵な時間だった。

料理好きなまろさんは1つ1つ細かく素材のこと、仕入れ先のこと、調理方法のこと熱心に聞いてたなぁ。

そういえば先日、海辺近くに住む親族から金目鯛と伊勢海老が送られてきた。

わたしだったら調理の仕方も分からずそのまま腐らせていただろう。。。。。

まろさんは余す部分なくきれいにお刺身、寿司、ホイル焼き、椀物、まるでお店のようにやってくれた。

これもYou Tube先生のおかげだけれど、腐らすことなく消費できてよかった。

店主もその写真を見て驚いていたなぁ。

わたしはというと、こんな素敵なもののお返しにはて何が適してるかと悩んだ。

最終的には海の幸の返礼には肉だなと、わたしは食べたことのないような立派な肉を送っておいた。

美味しかったとお礼をもらったが、なにせ食べたことがないので、はぁよかったとしか答えられなかった。

 

1つ残念なことといえば、後から来店したカップルなのか(指輪はしていたような)、夫婦なのか分からないお客のこと。

このお店で一番高いコースを食べていた。

だけど、おそらく医療関係者同士なのだろう、聞こえてくるのは抗生剤がどうとか患者がどうとかそんな話ばかり。

ふと見ると、料理には目もくれずただたんたんと料理を口に運んでいる。

どんだけ丁寧にこのご夫婦が命を吹き込んでくれたメニューであるか知ろうともしてないように見えた。

とっても残念なお二人でした。

どうか、どうか、もっと丁寧に料理と向き合ってくださいませ、お二人さん!

 

ご夫婦には1人息子さんがいる。

中学生のようだが、どうやら今の夢はラーメン屋らしい。

願わくばこのお店の味を引き継いでほしいな。

人生は一度なのでもちろん好きなことをやってほしい。

でもちょっぴり期待してるよ、大事なせがれ様。

そして、わたしは2年半住んだこの街を春には去ることが決まっている。

この味にもう手軽には触れられないことが残念だ。

一緒に引っ越し先に来てくれないかな、そんなの無理か。

 

2月頃はフグのシーズンですから最後にぜひどうぞと、お土産までもらって2021年を締めくくることにした。

 

 

 

ちょっと贅沢な1日を

 

みわ はるか

 
 

経済活動がだんだんと緩やかになってきた。
基本的な対策を取りつつも外に出たい気分になった。
根本はインドア派のわたしだが、むくむくと雑踏に足を踏み入れたくなった。
できることはできる時にと早速実行に移すことにした。

その日はやや薄手のコートが必要な肌寒い気候だった。
クローゼットからベージュのコートを引っ張り出し、ニットのワンピースの上から羽織った。
茶色の斜め掛けのバッグと藤色のパンプスを履いて外に出た。
バス停までの数分の道のりは、新鮮な冷たい空気に頬を刺激されたけれど悪くなかった。
冬は確実にやってきていた。

バス停の中には小さな売店がある。
お昼ご飯を済ませていなかったので、おにぎりやらスナック菓子やら甘い物やらをせっせとかごに入れた。
こういう場所に来ると、ディスプレイがいいのかなぜか必要以上に買い込んでしまうのはきっとわたしだけではないだろう。
レジで合計金額を見るといつも予想以上で驚くのだけれど、いっこうになおらない。
まぁ、旅のお供だからとかなんとか理由をつけて自分を納得させている。
バスの発車時刻まではまだ少し余裕があった。
待合の椅子に座りキョロキョロ辺りを見回した。
大きな荷物を抱えた人、学生らしき人、とってもお洒落をしたマダムたち。
みんな色んな理由でここにいる。
そんな人たちの集まりを見るのが好きで、いつもバスの発車時刻よりも大分前に来てしまう。
そうこうしているうちにバスが来た。
わりと空いていて真ん中位の窓際の席に腰を下ろした。
イヤホンを取り出し、好きな動画を見ながらさっき買った食べ物たちを食べる。
こんな単純なことがものすごくドキドキして幸せな気持ちになる。
やや長いバス旅は始まったばかりだ。

滞りなく、時間通り目的のバス停に到着した。
しまった、見たい映画の時間まであと15分しかない。
そのシネマが入ったショッピングモールまでバスを乗り換えて5分はかかる。
ナイスタイミングでそこ行きのバスがやってきた。
急いで乗り込んで、時計とにらめっこしながらソワソワした気持ちを必死に落ち着かせる。
バスを降りて一目散にショッピングモールに入るのだけれど、どうしてもシネマが見つからない。
スタッフの人に慌てて聞くと、どうもここは本館でシネマは分館にあると言う。
着ていたコートを脱いで、またダッシュで目的地へ走った。
ギリギリ滑り込みセーフでなんとか上映時間に間に合った。
ふぅーと息を整えながら、映画館特有の空気の中に身を委ねた。
長らく映画を見ていなかったので、初めは色んな映画の番宣があることをすっかり忘れていた。
そうだ、こんなに急ぐこともなかったのだ。
その証拠にわたしの後から何人かゆっくりと談笑しながら席に着く人がいた。
優雅に飲み物やらポップコーンやら両手に抱えて。
あぁ、わたしも本当は買いたかった、残念無念とはこのこと。
でも映画はとってもよかった。
大画面のスクリーンは気持ちを高揚させてくれる。
あぁ、ありがとう映画!
余韻に浸りながら、プラプラとショッピングをした。
前から欲しかった底がやわらかい好みのスニーカーを買えた。
インテリアショップの自動ソファには感動した(値段を見たときには0の数を何度も数えてしまったけれど)。
お洒落なフレグランスの香りにいい気分になりずっとそこにいたかった。
自分専用で作ってもらっている枕(肩こりが昔からひどい)のメンテナンスをしてもらいとても満たされた。

そんなこんなで、足も疲れたし帰ることにした。
こんな1日がわたしにとっては色んなことを忘れさせてくれてHAPPYな気持ちになる。
毎日こんなのは疲れるけれど、たまにお気に入りの服や靴で出かけたくなる。
今年はこれが最後かな。
また来年もこんな日を定期的に作れたらいいな。
帰りのバスでは爆睡してしまい、そのお陰か車酔いもすることなく無事に終点最寄りバス停に着いた。
夕暮れ空は冷たい空気を凝縮させていて、わたしはコートをぎゅっと掴んだ。

 
2021年もお世話になりました。
どのような方が読んでくださっているのかわたしには分かりませんが、共感したり楽しみにしてもらえていたらこの上ない幸せです。
よいお年をお迎えください。

 

 

 

社会は循環している、と気付かせてくれた逞しい少女へ

 

みわ はるか

 
 

緊急宣言がやっとやっと明けたまだ残暑が残るある日。
わたしはものすごーく久しぶりに同業の友人宅へ初めてお邪魔した。
同期入職で長い付き合いになりつつある。
2年も会っていなかったのでほんのちょっぴり緊張したけれど、変わらない優しさでできた雰囲気の空間にすっと溶け込めた。
職種は違うけれど、同じフィールドで活躍している。
彼女は優しさの中に芯のある性格をしている。
風が吹いたらポキッと折れてしまいそうな小枝ではなく、その風とともにしなるススキみたいな感じ。
白を基調とした素敵な大きな家を建て、子育てもものすごく頑張っている。
そんな彼女はいつも眩しい。
8月のもくもくした入道雲の中から差し込む太陽の光のように眩しい。

玄関から出てきた彼女は髪を短く切りさっぱりした印象だった。
その後ろから恥ずかしそうに顔だけ覗かせる可愛らしい女の子。
ん?!まさかこの子は4年くらい前に初めて定食屋さんで会ったあの子なのか??
そうか、そうだそうだ間違いない。
こんなにも大きくなったのかと心底驚いた。
聞くともう小学生らしい。
ミートボールのように焼けた肌色、きれいにまとめて結んであるサラサラの髪、もう一人でどこにでも行けてしまう靴を履いた足。
幼女は立派で逞しい少女へと進化していた。
ははぁ、我々が年を重ねるわけだ・・・・・。
なんか最近首が痛いとか、階段だるいとか、外出るの億劫だとか思うわけだ・・・・。
少女はもちろんわたしのことなんか微塵も覚えていなかったが、わたしに色々教えてくれた。
近所の公園までの近道、カラスノエンドウという植物、ピンク色をしたものすごく気持ち悪いタニシかなんかの幼虫(これは本当に驚いた)、通っている小学校(今やタブレットは必須らしい)のこと、友達のこと。
以前はあんなに幼かったのに今や先導してくれる、成長って目覚ましい、すごい!と心から感じた。
公園に到着すると滑り台があった。
しかも結構急傾斜だ。
ん?あっそうかこれはわたしにもやれということか!
もう何十年ぶりだろう、滑り台の上から見る景色は結構怖かった。
下に降りたとき上手く止めれるだろうか、そんなことを考えながら言われるがままに落下した。
うっ、なんとか大人の威厳は保った形で砂場まで降りられたと思う、きっと。
ケラケラケラケラ笑われたけれどなんだかとっても楽しかった。
こういう子がいるってことは、2回同じ経験ができるんだろうなぁと思った。
なんだかいいなぁと思った。
その後、もう一回もう一回と言う声にやんわりと断りをいれ、近くの東屋にみんなで腰をかけた。
ふぅ~、やっと休めるという心の声を隠してグビグビと冷たいお茶を飲んだ。
将来の夢はボートレーサーだという。
どこで覚えたのか、目はとてもキラキラしていた。
同じころ動物園の飼育員に憧れていたわたしからしても、夢をもつことはいいことだなぁと思う。
これから色んな職業を知っていく中でこれだと思えるものに出合い、叶えていけることを願っている。

帰り道、行きには気付かなかった風景が目に入ってきた。
新築であろう洋風の一軒家の集合体、規則正しく立ち並ぶ賃貸住宅、新しくできたであろう高速道路・・・・・。
売地、空き家もちょこちょこあったけれどきっとこれらもまた素敵な建物に変わってくだろう。
わたしが小さいころよく見た和風、3世代で住んでます、みたいな感じの所はほとんどなかった。
時は抗いもなく流れて行っている。

今回、少女を通じて街、人が循環していくことを肌で感じることができた。
周りのものもそうだ。
IoT化、DX、便利すぎる家電、行政の簡略化システム。
これからも想像をはるかに超えたスピードで色んなものが変わっていくと思う。
その中で循環していく瞬間瞬間を楽しめたらなと思う。
そう簡単にはいかないかな、どうだろう、ついていくのに必死かな。
それでも水のように生きていきたい。
先のことは本当に分からない。

また彼女や少女に会えること楽しみにしている。
もうその時は滑り台に誘ってもらえないかもしれないけど、練習だけはしておこうと思う。
素敵な人生がこれからも続いていきますように。