トマト選果場

 

みわ はるか

 
 

ひょんなことから残暑がまだまだある日、わたしはトマトの選果場で1日働くことになった。
その選果場はとても広く大きなシャッターは全て開けられていて開放的な場所だった。
中は想像していた通りでたくさんの機械や箱ごとトマトを運ぶための乗り物が所狭しに並んでいた。
驚いたのは人の多さだった。
100人以上はいると思われた。
女性が圧倒的に多く、それぞれタオルや帽子を用意しており手にはペットボトルや水筒を握りしめていた。
年配の人が多く若い人を探す方が難しかった。
外からは熱気がムンムンと押し寄せてきていた。
空は青かった。

大きなスピーカーによる簡単な朝礼が終わると機械的に配属場所が割り振られた。
わたしはDゾーンに行くことを支持され、そこには長いレールが待ち構えていた。
他のレーンからは大きなプラスチックケースに詰められた様々な大きさのトマトが流れてきた。
それをよいしょと自分のそばに引き寄せ自分の前にある動くレーンに移し替えていく。
移し替える基準は大きさ、傷の数、傷の深さ、熟成度などいくつか見るべき所があった。
それを瞬時に判断して4つのカテゴリーのどれかに収めていく。
おちおちしているとどんどん周りに置いて行かれるので必死にマニュアルを覗き込んだ。
両脇はベテランだと思われる70才位のおばさま。
手慣れた様子ですごい勢いでトマトを選別していた。
ちらっとわたしの方を見て小さなため息をもらしつつもコツというものを丁寧に教えてくれた。
それを参考に作業を続けるとわたしの作業ペースは格段にあがった。
迷ったときは申し訳ないと思いつつも両脇のおばさまに尋ねた。
あっという間に2時間が過ぎ10時の休憩がやってきた。
なぜか休憩もあの両脇のおばさまと同じ木の椅子に座って休憩することとなった。
予想通り70才近い年齢で夏のこのシーズンだけ働きにやってくる。
家にいても迷惑をかけるから、都会からの出戻りで今でもお金が必要だから、働くことが好きだから。
理由は様々な色んな人がここには集まっていることを教えてくれた。
疲労感は感じたけれどみんないい顔ををしていた。
知らない人同士で塩味が効いた飴を分け合っていた。
たった2つしかない自動販売機には長蛇の列ができていた。
わたしは2人のおばさまと同じ空と雲を見た。
最後の力を振り絞って鳴く同じセミの合唱を聴いた。
お互いのことを詮索することもなくその時を過ごした。
汗がポトリと滴り落ちたがあっという間に蒸発していった。

1日はあっという間に終わった。
終わるころにはおばさまたちに負けないくらいのスピードで作業できるようにまでなっていた。
なんだか昔小学校の花づくり活動で泥だらけになりながら味わった達成感に似ていた。
外での作業はものすごく久しぶりだった。
ものすごく疲れたけれどすっきりした気分でいっぱいになった。

トマトの時期はもう終わる。
もうここに来ることはおそらくないだろう。
ここにいる人とも会うこともないだろう。
そんな1日ぽっきりのジリジリ太陽が照り付けていた日の出来事。

 

 

 

わたしと友人と愛犬

 

みわ はるか

 
 

星を見た。
夜中の23時ごろ、久しぶりに再会した幼なじみ3人でアスファルトの上に寝転がって見た。
傍らにはすっかり年老いてしまった我が愛犬もいたけれどおとなしく座ってお行儀よくしていた。
夜のアスファルトの上は気持ちがいい。
少し石っぽい痛さは感じたけれど苦痛というほどではなかった。
どこまでも続く夜空にはこれでもかという程の光が少し遠慮深そうに散らばっていた。
赤い光が一定のリズムで動きながら点滅していたのは旅客機だと思われる。
しばらくすると雲の向こうへ消えていった。
そして、久しぶりの再会を祝ってくれるかのように流れ星がすごい勢いで半円を描いて消えた。
それを見られたのが2人だけだったというのはちょっと残念ではあったけれど・・・・・。
3人とも半袖Tシャツに短パン、楽に歩けるサンダル。
まるで小学校に戻ったみたいな時間だった。
どこからともなくやってくる蚊さえいなければ朝までそこにいてもいいとさえ思えた。

この10年余りですっかり若年の人口が減ってしまった。
田んぼや畑で仕事をしている人はかつてわたしの記憶では若々しかったが今は腰を曲げてしんどそうにしていた。
大型機械に頼る人が増えて少しは楽になったのかと思ったけれど、夏の炎天下は老体には厳しそうに見えた。
ちゃんと水分や塩分を摂っているのだろうかとハラハラする。
それでも順調に生き生きと育っている稲や畑作物を見ると懐かしさがこみ上げずっとこの景色が消えないでほしいと無責任な感情が生まれてしまう。
風になびく稲の穂を目の当たりにするとほっとした。
収穫ももう間近である。
幼なじみから聞いた話によると最近は外国人や都会からの移住者が前と比べて随分増えたそうだ。
空き家になったところに住んだり、安い土地を購入して自分たちでカフェを始めたり。
田や畑を借りて異国の知らない土地で農作業を始め出荷する程の腕前を発揮する人もいる。
そこで家族ができて馴染んでいく人も少なくないそうだ。
もちろんトラブルは少々あるそうだがきちんと話し合えばある程度は解決していくみたいだ。
生きていると周りの様子や社会のシステムはどんどん変わっていく。
こんな「今」になるとは全然予想もしていなかったし、こうやって山や川を駆けずり回っていた友人と小難しい話をする時が来るとも思ってなかった。
愛犬がのそのその動き始めてわたしの方を「そろそろ帰ろうよ」という目で見てくるので2人とまたねと挨拶を交わして別れた。

再会は驚くほど早かった。
朝5時30分頃携帯が鳴った。
誰だこんな朝早くにと少し不機嫌な顔でコンタクトもつけてないので名前も分からず電話に出た。
昨日の友人の1人だった。
我が愛犬の散歩を3人でしようという旨だった。
もう1人にもすでに連絡してあるのであと15分程で我が実家に到着するという。
こんな朝早くにと驚いたけれど暑い日差しを避けての選択だった。
久しぶりに会ったので名残惜しかったのだろうと少しニヒヒとにやけながらも急いで洗面所に向かった。
コンタクトを入れ終え、歯ブラシに歯磨き粉をつけ終わった所で「おはよう~」と友人たちがやってきた。
案の定もう1人の友人もいきなり電話があったらしくまだ顔は起きてなかった。
麦茶をすすめ待ってもらうことにした。
歯を磨きながらこうやって昔の友人が実家の居間に座っている姿を見るのは何年ぶりだろうかと小首をかしげた。
なんだかあまり違和感を覚えなかったのも不思議だった。
麦わら帽子をかぶり日焼け止めをたっぷり塗って出発した。
愛犬は老犬になってしまったためノロノロと歩いた。
伐採されてしまった木々、いまでは遊べなくなったエリアの川、人気のない家々、手入れが行き届いていない林・・・・。
見るもの見るもの1つ1つに新たな発見があった。
昔通学路だった道、当時は小学校までがものすごく遠く感じだがものの10分で到着してしまった。
一掃された遊具、1匹もいなくなってしまったウサギ小屋、白から鮮やかな黄色に塗り替えられた校舎、水温が高くて入れないため開かれないプール。
200mある運動場のサークルはものすごく短い距離に見えた。
朝早く歩くというのはとても気持ちがよかった。
「早起きは三文の徳」と昔よく亡くなった祖母が言っていたけれどこういうことかと遅かれ気付いた気がした。
1時間も歩くと老犬とともに人間3人もさすがにくたばってきたので家路に急ぐことにした。
愛犬は舌をハッハッと出して体温調節しながら最後の力を振り絞って歩き出した。
わたしたちもそれに倣った。
家に帰って冷蔵庫の中をゴソゴソ探ると水ようかんが大量に出てきた。
麦茶とともに頂くとそれはそれはツルンとしてとても美味しかった。
特段何か特別な会話をしたわけではないけれどただいる、ただそこに古い友人がそこに存在しているという時間が心地よかった。
またまたねと言って別れた。
次はいつになるか未定だけれどまた並んで我が愛犬の散歩に行けたらなと思った。
心なしか愛犬も名残惜しそうに2人の友人の背中が見えなくなるまでいつまでもいつまでもしっぽを振りながら見つめていた。

 

 

 

焼きおにぎり

 

みわ はるか

 
 

ピッと赤く光るボタンを押すとガランガランと派手な音をたてて自分が選んだものが落ちてきた。
透明の蓋のようなものを手が挟まれないようにゆっくりと持ち上げ手を突っ込んでそれを取り出した。
生温かいぬくもりが感じられた。
写真で見るよりも小ぶりだけれどそれは紛れもなく醤油味が絶妙に効いた焼きおにぎりだった。

地元の最寄り駅に久しぶりに来てみたら、学生時代よく見かけた愛想は全くないがいつも大きな声であいさつをしてくれたおばちゃんがいなかった。
小腹がすいたときに食べたくなるようなチョコレートやスナック菓子、朝刊、雑誌、たばこ、ペットボトルのジュースや缶コーヒー。
そういった売り物が所狭しと並んでいた売店がなくなっていた。
小さな、だけどちょっとワクワクするようなその空間はたった1人で切り盛りしていたおばちゃんとともに消えていた。
代わりにやや大きめな自販機がどーんと設置されている。
その中の1つに焼きおにぎりが商品としてあったのだ。
おばちゃんは違う駅に飛ばされてしまったのかなと少し寂しくなった。
ただ、これも田舎のぽつんとした駅には必然な結果なのかもしれない。
時代は無情にも変わっていく。
でもどうしてだろう、たこ焼き、ポテト、お好み焼き・・・・・たくさん種類がある中で迷うことなく焼きおにぎりを選んだ。
ぼんやりと少しずつわたしは焼きおにぎりとの出合いを思い出し始めていた。

小学生低学年のとき仲のいい友達がいた。
よく土日には彼女の家に行ってお昼ご飯を忘れる程ゲームに熱中していた。
母親には宿題をしてくると言って逃げるようにいつも家を出発していた。
おそらく今も母はちゃんと勉強していたんだと思っていると思う。
ある時いつものように彼女の家に行くと、夕方から病院に行く用事があると言われた。
なんでも同居しているおじいさんの体調が悪くなり入院したという。
病院という所にほとんど縁のなかったわたしは同行させてもらうことにした。
夕方の病院というのはとうに外来診療が終わっているせいか薄暗くしんと静まり返っていた。
スタッフの数もうんと少ない。
院内も迷路のようで迷ってしまいそうだ。
その時ひときわこうこうと光を放っている一画があった。
3台程の自販機がみんなきちんと前を向くように並んでいる。
周りが暗いが故にとてもまぶしく感じた。
奥の2台は道端でもよく見るジュースやコーヒーが売られているものだった。
手前のそれは当時わたしにとっては初めて見る自販機だった。
前述の大人になって見たものとほぼ同じでたこ焼き、ポテト、お好み焼き・・・・・、そして焼きおにぎり。
どの写真もみんな美味しそうに見えた。
友達のお母さんはニコニコしながら慣れた手つきで500円玉をそれに投入した。
その時買ってくれたのが焼きおにぎりだったのだ。
友達と2人でわくわくしながら箱を破り醤油がかかってほんのり香ばしい焼きおにぎりにかぶりついた。
お腹がへっていたのもあってペロリとたいらげた。
2人とも口の周りに醤油をつけてもぐもぐさせながら顔を見合わせて微笑んだ。
友達の二カッと笑った時の歯と歯の間には茶色の米粒がいくつもついていた。
長椅子に2人並んで足をプラプラさせながら焼きおにぎりをほおばっていたあの時、わたしたちの間には幸せな時間が流れていた。
またそれ以上に自販機で食べ物が買えるということが当時のわたしたちには衝撃的な事実だった。
大人になって思うと、自販機に備えられているからある程度防腐剤が入っているだろうし写真ほど立派なものは残念ながらでてこない。
値段も普通に買ったり作ったりすることを思うと決して安くはない。
だけどあの時あの場所で光り輝いていた自販機にわたしたちは吸い込まれていくような気分だった。
堂々と立っているにも関わらず森の中で秘密基地を見つけたような気持ちになった。

残念ながらその友達とは高校から別の道を歩むことになり今ではすっかり疎遠になってしまった。
実家にいるというのは風の便りで知っているが今どんな風に生活を送っているのかは全く知らない。
ただあの時あの瞬間に2人で味わった驚きと幸福はこれからも消えることはないんだと思っている。

 

 

 

喫茶店

 

みわ はるか

 
 

しばしばどうしても「モーニング」に行きたくなる日がある。
モーニングというのは東海圏発症の習慣だ。
午前中、コーヒー1杯の値段でトーストやサラダ、ゆで卵なんかがついてくるシステムだ。
つまりとってもお値打ちなのである。
まだわたしが小学校の低学年だったころ、日曜の朝に家族で近所の喫茶店に行った。
内観は少し古めかしくてソファもどこか傷んでいる。
今みたいにLEDライトがあるわけでもなく薄暗い白熱灯が店内を照らしていた。
カランカランと扉を開けると、白髪白髭でダークグリーンのエプロンをしたひょろっとしたおじいさんがニコニコと迎えてくれる。
その後からヒョコっとまたもニコニコしたダークレッドのエプロンをした奥様が顔を出す。
少し年の差があるのか、髪は黒々としていたし肌つやもあったような、小柄なおばさまだった。
片手にはコーヒーポットを持っていた。
店中にコーヒーの香りが漂いそこにいる人みんなが休日の朝を穏やかに楽しんでいた。
もちろんわたしはまだ小さかったのでコーヒーではなくオレンジジュースを注文していた(実は大人になった今もコーヒーは苦手なのだけれど)。
半分に切ったトースト、キャベツや紫玉ねぎや人参が細かく切られたサラダ、ゆで卵は殻ごと出てきた。
トーストには小倉あんかマーマーレードを塗る。
たった2択しかないのに選ぶという行為がドキドキだった。
サラダにはちょっとおしゃれな、今思うとフレンチドレッシングをたっぷりかけた。
ゆで卵は苦戦して殻をなんとかむき少しお塩をつけて食べる。
最後はオレンジジュースを口の周りベトベトにしながら飲み干した。
お腹は満腹だった。
ゆるやかな時間がそこには流れていた。

家着でそのまま喫茶店にやってきたような無精ひげを生やしたおじさんが足を組んで煙草を吸いながら1人朝刊を読んでいた。
家族連れで来たであろうテーブルにはちびっ子たち用の漫画や絵本が散らばっていた。
常連なのだろう、マスターと慣れたように話す老夫婦は美味しそうにコーヒーを飲みながら会話を楽しんでいた。
メニューの数も飲み物の数も決して多くはなかった。
だけど、休日になると足を運びたくなるそんな不思議な場所。
タイミングよくコーヒーのおかわりを運んできてくれる奥様も素敵だった。
みんながその空間を楽しんでいた。

今、とってもお洒落なカフェやチェーン店が増えた。
店内は明るくて若い人も増えた。
そこには様々なモーニングサービスがあって選ぶのにも苦労してしまうほどだ。
内装やテーブル、椅子もモダンな雰囲気を醸し出している。
すごくかわいいのだけれどわたしはなんだかそわそわして落ち着かなくて、何食べたかも忘れてしまう。
お会計を済ませて外に出ると自然に「ふーっ」と息がもれた。
やっぱりわたしは昭和っぽいレトロな感じのお店が好きだなぁと思う。
今、夜9時までやっている理想な喫茶店に通っている。
店主はもう70才近いだろうか、白髪にどこで買ったのか丸眼鏡で少しよろよろと歩く。
娘さんがフォローしながらやっているそんなお店。
余計な詮索はされないし、夜のメニューにちょっとした軽食があるのでそれが嬉しい。
好きな本を持っていつまでも居座ってしまう。

店主、どうかどうかいつまでも元気でいてくださいね。

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

間違えて寝室のカーテンを遮光カーテンにしなかったせいで朝が来るのが億劫である。
そうでなくても朝が苦手なのに、時間になると容赦なく照り付ける太陽が憎い。
雨より晴れが好きだけれど朝日はどうも苦手だ。
起きてすぐはなんだか不安でいっぱいで、これから始まる1日をどうしても肯定的に受け取れない。
長い間ずっとずっと悩まされてる。
小さなやかんんで沸かしたお湯をお茶っ葉を入れた小さな急須に静かにそそぐ。
1分位たったらお気に入りの湯飲みにそっと移す。
ほうじ茶の温かい香りが少しだけわたしを癒してくれる。
リモコンを操作してNHKに合わせる。
今日も司会のアナウンサーの人はきちんと身だしなみを整えテレビの中にいる。
それを確認してやっと窓の外の眩しい世界をなんとか受け入れることができる。
えいっとヨーグルトを口に押し込む。
ほんのりとブルーベリーの香りが鼻の奥の方まで漂ってくる。
バナナがあれば食べるし、なければ食べない。
そんな簡単な朝食がわたしにはちょうどいい。
新聞の第一面にさっと目を通しながら急いで歯磨きをする。
歯磨き粉はシトラスの香りのするものが好きだ。
うがいついでに洗面台でコンタクトを装着する。
最近アカウントアメーバの存在を知り前よりよく流水でレンズを洗うことにしている。
身支度を整え、ほうじ茶を入れた魔法瓶を忘れずに鞄にしまう。
何年も履いているパンプスに足をとおす。
昔は20cmとか21.5cmとか成長するごとに気にしていた足のサイズ。
ここ数年はずっとMサイズだ。
壊れないかぎり靴を代えなくなった。
扉をあける。
背広の人、ジャージの人、制服の子・・・・・。
同じような時間に動き出す周りの人に助けられてわたしもなんとか職場に向かうことができるような気がする。

みんなはどんな気持ちで朝を迎えているのだろう。
切実に知りたい梅雨前の心境。
 

 

 

自転車物語

 

みわ はるか

 
 

まろさんの背中はこんなにも大きかったんだなと初めて知った。
その背中を一生懸命に追うわたし。
上り坂が多くてわたしはすぐに息が切れてしまう。
ダイヤルを回して軽く足が運べる設定にしても限界がある。
中学生の時は駅伝大会で区間賞をとるレベルだったんだけどなぁと首をかしげながら時がたつことの残酷さに舌打ちしたくなった。
東屋が遠くに見えた。
あそこまでもう一息頑張ろうとぐっと足に力を入れる。
まろさんはわたしとの距離が空いてしまったことにようやく気付くとブレーキをかけこちらを振り返った。
咲いたばかりの桜の花を見るような柔らかい笑顔でいつまでもいつまでも待っていてくれた。

この春わたしはちょっぴり値がはる折り畳み式の雪のように白い自転車を買った。
まろさんが以前から持っていた炭のように黒いそれを真似て。

以前使っていた普通のママチャリを買ったのは高校入学時だ。
それを何度かのパンクを乗り越え大学3年生まで使った。
しかし残念ながら大学4年生の時、数ヵ月使わず学内の駐輪場に置いていたら当然のことながら撤去されてしまった。
「はっ」と気付いた時には後の祭りで、愛着あるわたしのパートナーはさよならを言う機会もなくいなくなってしまった。
落ち込みに落ち込んだ。
かごは錆びついてボロボロ、カラカラとペダルをこぐだびに聞こえてくる奇妙な音、学校から配られた校章の入ったステッカー。
全部が思い出だった。
あの自転車とともに大学の卒業式を迎えることがいつのまにか小さなゴールになっていた分ひどくがっくりした。
新しい自転車を買うことも考えだがなんとなく買わずじまいで卒業証書を受け取る日を迎えた。
それ以後自分では購入していなかったのでおよそ7年ぶりくらいに新しいパートナーと出会うことになったのだった。

折り畳みであることがわたしの世界を広げてくれた。
日本では公共交通機関を使用する際は袋にいれなければならない。
専用の袋も同時に購入したのですいすいと電車やバスに乗ることができた。
着いた先で折りたたんだ時とは逆の手順で組み立てる。
ものの30秒で完成してしまう。
そこからは自由だ。
その土地の行きたい方向へペダルをむける。
車では通れない細い小道も問題ない。
しだれ桜はほとんど葉桜になってしまっていたけれど八重桜は見頃だった。
黒色のジャージできちんと後ろ髪をポニーテールにしてジョギングをしている若い女の子たち。
少しくすんだピンク色の作業着につばの広い帽子をかぶったおばあちゃんが丸太のような木の上に腰をおろしている。
畑作業の途中だろうか、ずっと遠くを見ていた。
その目の先にはイワシ雲がたなびいていて深い緑の山、もっと標高の高い山には雪がしっかり残っていた。
パンが焼けるいい匂いがしてきたのでその匂いを追ってみた。
白い工場からそれは出ていて、中を窓越しに覗いてみても作業場しか見えなかった。
中に思い切って入ってみると数人の人影とともに事務所らしきものを発見した。
尋ねるとここはパンの製造だけで卸しているのもスーパーのみ、専用の店舗は持っていないのよと丁寧に教えてくれた。
幾分がっかりはしたもののパンの焼ける香りはいつでも追ってみたくなる魅力がある。
その香りがなくなる距離に達するまでずっとかぎ続けていた。
1時間程こぎ続けるとさすがに足も心も限界だった。
家にむかってこぎ続けていたのだけれどまだ30分くらいある。
まろさんは最寄りの駅から電車で帰ることを提案してくれた。
それが折り畳みのいいところなのだと。
あっという間に家の近くの駅まで来た。
改札を通るとまた組み立てて乗るだけだ。
まろさんは今度は横並びで走ってくれた。
まろさんが乗ると炭のように黒い自転車はとても小さく見える。
それがなんだかたまに滑稽に見えることがあるけれどそれもまたいい。
玄関に到着するころには付けていたヘルメットは汗でじんわり湿っていた。

世界恐慌が1929年、それからおおよそ100年後の現在世界はまた変革期を迎えているように思います。
外出や公共交通機関を使用することを躊躇う世の中になってしまいました。
見えない敵と戦うというよりはおそらくこれから先共存していかなければならない日々が続く気がします。
いつか、今はまだ無責任ないつかかもしれないけれど、誰か大切な人と外に出られる日がみんなに来ますように。

最後に、今自転車の需要が増えているそうで、購入した町の小さな自転車屋のおじさんがにんまり顔だったのが忘れられない。

 

 

 

贈り物

 

みわ はるか

 
 

土曜の朝、というか昼になるんだろうか、11時頃玄関のチャイムが鳴った。
布団の中にくるまっていたわたしはこんな時間に誰だと少し不機嫌になりながらも急いで半纏を羽織って扉を開けた。
若い郵便局員が大きな段ボールを重そうに持っていた。
無事受取人が出てきたことに安堵したのかにかっと嬉しそうに笑いながらわたしにサインを求めてきた。
「ありがとうございましたー」と若者らしく元気な声で言い終えると風のように去っていった。
そんなこんなで眠気もあっという間になくなってしまった。
そしてわたし宛の荷物にドキドキしながら依頼人欄を見るとそれは懐かしい名前だった。
所在地は遥か遠く日本の中心地、「東京都」であった。
彼女はわたしの中学時代のテニス部の同級生でとても美人な子である。
長身で肌は雪のように白く笑うとえくぼができてたっけな。
地毛がきれいな栗色で伸ばしたストレートの髪がよく似合っていた。
部活開始前のランニングではよくお互いにがははがははと笑いながらふざけあった。
木陰での休憩中には砂の上によく絵を描いた。
わたしのそれはとても下手くそだったが、彼女はさらっとかわいいキャラクターや幾何学模様のようなものを書いていた。
それはとてもわたしには真似できない上手な絵だった。
同じクラスで席が近かった時、彼女はよくわたしが一生懸命英単語を覚えている横でわたしの教科書に落書きをしていた。
「あっ」とわたしが気付くと悪びれた様子もなくあはははは~と笑いながら逃げていった。
「ふ~」と思って一度はシャープペンシルから消しゴムに持ち替えたけれど、その絵を見て消すのをやめた。
ただの、本当にただの落書きなんだけれど消すにはもったいないと思ったのだ。
それくらい彼女の絵はなにか引き付けられるようなものがあったのだと今では思う。
その時はなんだか不思議な本能で残しておきたいと思った気がする。
残念ながら昔の教科書類は全て処分してしまったのでもう確かめようもないのだけれどふともう一度見たいなと思った。
やわらかいタッチで、人やキャラクターを好んで描いていたあの作品を。

そんなことを思い出しながら段ボールの荷物の中身を取り出した。
そこには甲府で買ったと思われる赤ワイン、そしてわたしが昔から好きな日本茶の茶葉が丁寧にラッピングされた中から出てきた。
さらに奥をごそごそと探ると一枚の女性の絵と手紙が出てきた。
そこにはこう記されていた。
「こないだ共通の友人の結婚式で14年ぶりに再会できてとても嬉しかった。その時のことを忘れたくなくてその日着ていたワンピース姿のあなたを描いたよ。
ほとんど話す機会がなかったことはとても残念だったけれど昔と何も変わってないね。それがなんだかほっとしたよ。ワインとお茶はよかったら飲んでね。
また会えることを楽しみにしているよ。」
数か月前、同じテニス部の同級生だった子が結婚した。
その時、控え室で偶然会ったのだった。
14年ぶりの再会にお互い感動はしたものの席は遠くほとんど会話ができなかったのだ。
わざわざ気をきかせてこんなことをしてくれるなんてと、しばし感慨にふけってしまった。
自分を書いてくれたというその絵をまじまじと見てみた。
水彩画だと思われるそれはとてもやわらかい印象でずーっと見ていたくなるようなものだった。
わたしってこんな風に見えてるんだ、なんだか照れるなと一人ニヤニヤしてしまった。
その絵は縮小コピーして写真立てに入れ玄関に飾ることにした。
突然に華やいだ玄関はキラキラしていた。

段ボールの中をゴソゴソと整理しているともう1枚手紙が出てきた。
それには今までの近況が書かれていた。
10年程前に上京したこと、大学に通いながら誰もが知っている大手映像会社で絵を描く仕事をしていること、好きな映画監督の作品のこと、生まれ育った田舎との違いに今でも夜になると孤独を感じる時があること・・・・・。
わたしの知らない14年間がそこにはあった。
あーこんな嬉しいことはない、やっぱり彼女は描き続ける使命だったんだと何度も何度も読み返した。
慣れない都会でわたしなんかが知る由もない苦労がそこにはあるのだろうけれど、まだこれからも東京で頑張りたいと締めくくられた最後の一文には逞しさを感じた。

世の中にはこれをしたいと思ってものすごい努力をしてもどうしても報われない人が自分を含めてたくさんいると思う。
そうかと思えば本当に一瞬でさらっとやり遂げてしまう人が中にはいる。
そういう使命を持って生まれてきたような人がその道を進んでいるのはとてもいいなと思う。
そして、それが自分の古い友人の1人だと知った時の喜びは格別なものだ。

 

 

 
#poetory

アラサー、「時間」と向き合う

 

みわ はるか

 
 

数ヵ月先に親族の結婚式に参加しなければならなくなった。
こんな書き方をすると怒られそうだが、女性にとってこれは頭を悩ます問題である。
友人であればある程度きれいめなワンピースでも持っていればたいていは無難にすむ。
しかし、親族となれば話が違う。
参加するというより迎えるという立場になってしまうのであまりにも華やかなものは好まれない。
着物を着る人が多いと聞くがこれがまた会場が遠方で、式が終わったらすぐに帰らなければいけない日程のため現実的ではない。
さらに、一昔前の人たちは着物の1着や2着自宅にあるというのが普通であったらしいが残念ながらわたしは1着も持っていない。
持っていたところで自分では着られない。
きれいめなワンピースを数着はクローゼットにしまってあることを思い出したが会場の雰囲気にはいまひとつといったところ。
物が増えることが好きではないわたしにとって今後使用するあてがない物を買うという選択肢は毛頭ないし・・・・。
うーんと声に出してしまいそうな勢いで眉間に皺を寄せているとふっと名案を思いついた。
華やかな会場でも気後れしないきちんとした洋装をレンタルすればいいんだ!
少し考えれば誰でも思いつくようなことなのだけれど、その時のわたしはこの上ない解決策を見つけたかのように顔がニヤニヤしていたと思う。
それからは早かった。
Google様に頼りながら自宅近辺の貸衣装屋さんを探した。
2つ程目星をつけて週末に来店する旨の予約をとりつけた。
これで準備は整ったとPCを閉じ、TVの前に座り煎餅をボリボリとかじっていたらいつのまにか安心したのか深い眠りについていた。

週末はすぐにやってきた。
朝が苦手なわたしは休日は昼頃まで寝ることが多いのだが、その日は眠い目をこすりながらカーテンを開け、洗面所で顔を洗った。
朝ごはんはパスして、急いで化粧を済ませると車に飛び乗った。
1件目のお店は小さな可愛らしいお店で、隣にはカフェを併設していた。
ちょっとしたアクセサリーも売られているスペースもあり、おとぎ話に出てくるような建物であった。
中に入ると先客がいたため少し待つこととなった。
普段、カフェとか可愛らしい小物が売っているようなお店にほとんど行く習慣がなかったため新鮮だった。
月ごとに違う石?をアクセサリーにして売っていたり、石?水晶?のようなものをそのまま陳列してあったり。
心の中で石がこんな値段するのかと驚いて、2、3回値札の0の数を数え直した。
しばらくするとわたしより若いと思われる化粧の濃い店員さんに案内され貸衣装が並べられた部屋に入った。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
確かにある。数十着のドレスがハンガーに所狭しと並んでいる。
それに合わせたパンプス、アクセサリー、鞄。
だけどそれはわたしの想像していたものとは違った。
どちらかというとパーティーとか、1.5次会で着ていくようなややカジュアル系のものでリカちゃん人形に着させるような可愛らしいものばかりだった。
わりとふりふり系のものが多かったのだ。
30才を目前にしたわたし、童顔で幼く見られがちなわたし、わーーーー着られない。
ものの数分でこの店のコンセプトを理解したわたしは「すいません、すいません」とひたすら謝って、逃げるようにその店を後にした。
簡単に見つかると思っていたわたしは一気に崖の下に落とされたような絶望感にひたった。
次の店もこんな感じだったらどうしよう。
心は半泣きでナビに次の行き先を入力した。
2件目は淡い水色の外壁に守られた3階建ての造りだった。
恐る恐る入口から入ると年配のあまり化粧っ気のない、それなのにどこか上品な感じの女性がにこにこと出迎えてくれた。
ドレスは膝下で、なるべく大人っぽく見えるものがいいんだと初めから要望を伝えると、慣れた様子で何着かわたしの前に並べてくれた。
それはまさにわたしが探しているものだった。
色々試着させてもらって黒のノースリーブのロングドレスでラメ入り薔薇の刺繍が入ったものにした。
ボレロはベージュのこれまたラメ入り。
鏡の中の自分が違う人に見えて目をぱちくりさせた。
あんなにもめんどくさいと思っていた自分の衣装選びの時間がなんだかとてもうきうきしたものだったなと感じた瞬間だった。
小学生のころ、遠足のお菓子は〇〇円までだと決められてスーパーで駄菓子エリアの前をうろうろしていた時間。
なんとなくいいなと思った同級生にどうしてもバレンタインでクッキーを渡したくて慣れないキッチンの前で何時間も奮闘していた時間。
数時間のセレモニーのために事前に袴を決め、当日は着付けやヘアアレンジのためにものすごく早起きをしなければならなかった大学の卒業式。
たった一瞬のために準備する長い長い時間。
諸手続きを済ませて店を後にするころにはすっかり日が暮れていた。

ウインドウショッピングが苦手なわたし。
休日は昼まで毛布にくるまっているのを好むわたし。
いつも終わるのをまだかまだかと願って参加する職場の飲み会。
まぁいいかと下処理を省いてしまう夕飯づくり。
自然な流れだけれど疎遠になっていく友人関係。
見て見ぬふりをしたくなる両親の老い。

もう少しだけ1つ1つを丁寧に扱っていったら、楽しんでみたら、何か変わりそうな気がしてきた。
頭の中で考えすぎて疲れる前に行動にうつして見るのもいいのかな。
そういえばこないだ職場の若い子が上司から「あなたは体当たりで仕事をするから困ります」
と言われていたけれど、なんだかわたしにはそういう所が欠けているのかもと思った。
まだきっと若いから。
若さだけは誰も後からは手にできないから。
まだまだやるぞーとなんだか不思議な力が湧いてきた。

そんなことを感じながら今年初めて梅が咲いているのを発見したアラサーの夕暮れ時の話。

 

 

 

朝を感じる

 

みわ はるか

 
 

今年は全国的に雪が少ないらしく、寒さが大の苦手なわたしにとってはありがたいかぎりだ。
雪かきをすることもなく日々過ぎていく。
朝晩さえ我慢すればあとはわりと快適だ。
昔はあんなに雪が降ったのになぁ、兄弟でよくそり遊びをしたことを思い出した。
雪はきれいなんだと疑わなかったあの頃は、ガラスの器に雪をてんこ盛りにして、
夏に使いきれず冷蔵庫に残っていたブルーハワイの蜜をかけかき氷にしたこともあった。
当然冬に食べるのだからさらに体は冷えたのだけれど、なんだか特別なことをやり遂げたような
気分になって1人にやにや笑っていた。
当時飼っていた愛犬だけにはその姿を見られてしまった。
なんだか不思議なものを見るような目で小首をかしげていたっけ。

さて、そんな暖冬ということもあって最近職場まで歩いて通勤することにした。
歩くとおよそ20分かかる。
今年新調した超軽量登山用ダウン、インナーは超極暖、毛糸の帽子と手袋、リュックスタイルだ。
歩いてみると朝の空気は冷たいけれどとても心地よく背筋が伸びる。
顔だけは寒いけれどなんだか楽しい気分になる。
意外にも徒歩通勤の人も多く、だいだいわたしとほぼ変わらないスタイルで歩いている。
勝手に仲間だと思って心の中で「ニヒヒ」と笑う。
田舎道なので民家や商店が立ち並ぶ所を通過する。
みんな朝早いのに色んなことをしている人を目撃する。
まだ寝間着姿でなぜか必死に窓ふきをしているおばあちゃん、郵便受けから取った新聞を
その場で広げてしげしげと眺めている腰のだいぶ曲がったおじいちゃん、子供が言うことを
聞かないのか怪獣のようにわき目もふらず大声で怒鳴っている目の吊り上がったお母さま。
さらに民家やお店を眺めるのも楽しい。
看板の色が剥げに剥げて目を凝らしてようやく「クリーニング屋」だと分かる店、真冬だというのに
風鈴だけが数百個も並べられ売られている店(果たして需要はあるのか)、朝6時~夕方16時まで
モーニングセット提供とかかれた喫茶店(もはやモーニングではない時間帯だ!)、
早朝から年配の人が列をなし今にも開店するであろう大衆浴場。
こんなにも朝早くから人って動いてるんだなと思うとなんとも不思議な気持ちに包まれた。
ビュンビュン通る車をやり過ごしながら職場の近くまで来た。
わりと速足で歩いてしまうせいかいつも早目に着きそうになるのですぐ近くにある建物に入ることにしている。
なんとそこはとても大きいコインランドリーだ。
本当はコンビニとかそういう所が近くにあればいいのだけれどそういう類のものが全くない。
初めは抵抗があったけれど意外と快適なのだ。
ソファ、新聞、雑誌、テレビ、自販機となんでもあるからだ。
洗濯や乾燥をしに来る人が何人かいるのだけれど、朝の忙しい時間帯だからなのかわたしには見向きもしない。
ぐるぐると洗濯物が回っているのを遠目に眺めていると眠気に襲われる。
ついうとうとしてしまうのをぐっとこらえる。
もうここまでくると仕事に行くのが嫌になってしまうのだけれどなんとか重い腰を上げててくてくとまた歩き出す。
ふぅーと吐いた息は白い。
近くの工業高校では朝からカキーンとボールをバットで打つ音が聞こえる。
職場の真ん前の工事現場の人が魔法瓶に入った湯気の立つ熱々のお茶をおいしそうにごくりと飲んでいる。
みんな人間をちゃんとやっている。
毎日決まった時間に同じことを繰り返している。
晴れだろうが、雨だろうが、雪だろうが、必ずやってくる朝をきちんと迎えている。
人生は変わっていくものだから楽しいと誰かが言っていたけれど、わたしはこういう小さな変わらない日々も
結構好きだなぁと感じる。
なんだかそういうものに安心する。

大寒ももうとっくに過ぎたそんな朝の小さな物語。

 

 

 

書斎にて

 

みわ はるか

 
 

畳1畳分のスペースに長方形の机、座椅子を置いている。
机の上にはペン立て、時計、電子辞書、障子で円柱にかたどったスタンド電気。
これがいつものスタイルで、ここをわたしは密かに書斎と呼んでいる。
どうしてこんなにも狭いのかというと、部屋自体は8畳分くらいあるのだが他にも置くべきものがあるからだ。
本棚、ベッド、クローゼット、ファンヒーター、プリンター。
物を最小限にしか持ちたくない、シンプルな生活を理想としているけれど、これらは必需品である。
というわけで隅のたった1畳分のスペースがわたしの憩いの場なのである。
温かいお茶を急須から湯飲みに移し、最近寒くなってきたので赤い半纏を着込み座っている。
ふっと前を向けば白い壁と目が合う。
朝がものすごく弱いわたしは夜にこの机でパソコンを開く。
色んなことを考えながら文章を書いたり、公募で応募したエッセイ作品が落選したことを伝えるメールを受け取ったり、
ここ最近島に魅了されている(できるだけ人口が少ないとこ)島への旅行をもくろんだり、
好きな作家の新刊をチェックしたり、又吉のトークライブ行きたいなぁと考えたり、
老いていく両親が元気であることに感謝しつつ妹弟がきちんと自立したことに安堵している。
お茶が大好きなのだけれど貧血がひどいので緑茶は諦めてほうじ茶を選ぶようにしている。
有名な全国のお茶っ葉を時々友人にもらうのだけれどとても嬉しい。
物欲のない若者が最近は多いとニュースでやっていた。わたしも例外ではないなぁとふと思う。
それでも必要なものは事前に色々調べて購入するのだがそれが届いたときに満足いくものだとやっぱり嬉しい。
シンプルでミニマムな暮らしに憧れていてこれからもそうであるような気がする。
友人関係も狭く深くとなった。
それが居心地がよくてしっくりくるようになった。
情報格差がいまやほとんどなくなった。
どこにいてもあらゆる情報をネットや動画で得ることができる。
でもやっぱり羨ましいと思うのは文化や芸術の中心地はまだまだ都心でありそれに憧れて上京する若者はたくさんいる。
わたしは田舎が好きなので今の場所に満足しているけれど、たまに物足りなさを感じることがないわけではない。
隣の芝は青いなのかな。

年の暮れに色んな角度への思いを思いつくままに書いてしまった。
最近、「いつもエッセイ読んでるよ」と友人からメールをもらった。
こんな嬉しいことはないなとその文面を何度も何度も繰り返し読んだ。
彼女は絵がものすごく上手で今でも彼女からもらった秋の隠れた紅葉の絵を大事に持っている。
これからも好きなだけ書いてほしいなと思ってるよ。

新しい年を迎えました。
昨年は日記のようなエッセイのようなわたしの文章を読んでいただきありがとうございました。
また今年もどうぞよろしくお願いいたします。