白いカーネーション

 

長田典子

 
 

こどものころ
母の日に
白いカーネーションを胸につけた子がいた

あのころ
わからなかった
わからなかったなぁ
その白が
どんなにふかい哀しみの色だとは
わからなかったんだ

ごめんなさい……

40歳をとっくに過ぎているのに
ベッドに横たわる
あなたの胸に顔を押し付けて
うれしい?
と聞くと
あなたは、こくん、と
うなずきました

脳幹梗塞で倒れ
手足も動かず口もきけず
耳だけが聞こえるあなたのために
あの年は
パジャマを買うことにしました
レジに並ぶ前から
涙が止まらなくなりました
母の日のプレゼントに
なぜ パジャマしか選べないのかと
包装されたリボンの箱を抱えて
泣きながら歩いて帰りました

西日の射す部屋から
わたしはあなたによく電話をしていました
気持ちが塞ぐと
成人してからさらに 20年以上も経つのに
あなたへは電話ばかりしていました

あの午後
あなたは
なんだか ぼんやりしていて
もう何もやりたくない、と言うのです
ちゃんと「御焼きの会」に出なくちゃだめだよ、
お習字とお茶のお稽古にも休まずに参加して、と
わたしが熱を込めてしゃべればしゃべるほど、返事があいまいになってきて

その数日前に電話をしたときは
頭が痛くて痛くて横になってる、と言っていたのです
すぐに病院に行ってと言ったら
今日は誰もいなくてね、と

あの午後は
経営する工場の事務所にいて
事務員さんたちとお茶を飲んでいる最中で
わたしはすっかり安心していたのに

電話を切ったとたん激しく嘔吐したという
布団に入って横になったまま
翌朝には呼びかけても返事もできず

そのまま

5年以上ベッドに横たわっていた母
仕事で忙しかった日々の母からもらえなかったものを
とりかえすみたいに
母のベッドの横に座るたびに
わたしは
母の胸に顔をうずめては
うれしい?と聞いたのだった
いつも かすかに汗の匂いがした
あの匂いを
母の日になると思い出す
来年は遅ればせながらの13回忌

わからなかった
わからなかったのだ
母の日に
胸に白いカーネーションをした子の気持ちを

今ならわかるなんて
言えない
言えるわけがない
あのころ
あの子は5才だった

ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい………

わたし
こんなにおばさんなのに
白いカーネーションの寂しさを
受けとめきれないのです

 

 

 

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