未完成の言葉たち

 

村岡由梨

 
 

1.「旅」

いつかバラバラになってしまう私たち
今はまだ、そうなりたくなくて
必死に一つに束ね上げ
毎夏、家族で旅に出る。

去年の夏は秩父へ行った。
作品に使う画を撮るために、スマホを持って宿を出た。

雨だった。
赤紫色の、名前も知らない花から
ポタポタと雫が落ちていた。

その日、ねむは
中学校の門を飛び出して、
激しく雨に濡れて
死に物狂いで走って帰ってきた。
でも、家のドアの鍵は閉まっていたのだ。
“家の鍵は開いているんだ。”
そう信じて取手を引いた
ねむのぐちゃぐちゃの絶望を思い返すたび、
私は眠ることが出来なくなった。

はなは“早く大人になりたいな”という。
私が“ママは大人になりたくないな”と返すと、
“あはは、ママはもう大人じゃん!”
そう言って、はなは笑っていた。

大人になりたい子供と、
大人になりたくない大人たち。

誰もいない駅のホームで笑う3人の姿を
遠く離れて撮っている私がいた。

 
 

2.「夜」

私は、叫んだ。
“あの女の性器を引き裂いてぶち殺せ!”
引き裂いて、噛み砕いて、床に叩きつけて
お前も死ね 今すぐに
破綻した思考がギイギイと音を立てて
夜の暗さにめり込んでいく。
鱗粉 痙攣 東3病棟
お母さんの瞼が真っ赤に腫れ上がる。
私は真っ暗な部屋の鏡に映る自分の姿を凝視する。
私は悪だ。
私のからだは穢れている。
私のからだは穴だらけ。
繕いもしなければ買いもしない。
ゆりっぺが穿き古したパンツと一緒じゃん。
「幼な心」「憧憬」
このからだがもっと穴だらけになって
早く消滅してしまえばいいと思う。

 
 

3.「空」
—未完成—

 
 

4.「光」

家の裏に、鎖につながれた犬が三匹いた。
首輪をはずして
体を洗ってやって
心から詫びた。
新しい名前 新しい首輪
もう鎖は必要ない。
そのままで生きていて良いと許されたような気がした。
もうすぐ私は私の体とさよならする。
真の自由を手にするために

“ママのうそつき”“ママはずるい”
そう言って娘たちは怒るだろうか。
“親より先に逝くなんて”
そう言って母は泣くだろうか。

ある夜、6本指になる夢を見た。
自分の体の一部なのに、自分の思うようには動かせない、
もどかしい6本目の指。
思い切ってナタを振り下ろしたら、
切り裂くような悲鳴をあげて、鮮血が飛び散った。

真っ赤に染まった5本指は私。
切り落とされた6本目の指は誰?

そんな風に、痛みで私たちは繋がっている。

 

 

 

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