エスケーピング

 

村岡由梨

 
 

手元に見慣れない紙がある。
「死亡診断書」
「鈴木康之」
「(ア)直接死因 腎盂腎炎」
「(イ)(ア)の原因 前立腺癌」

どうしよう。
志郎康さんが亡くなってしまった!

思えば亡くなる2日前、奇妙な夢を見たんだった。
赤ちゃんになった志郎康さんを、
老齢の麻理さんがフラフラと手招きして
「これが最後だから」と言って、抱き寄せようとする夢。
そんな最愛の人を残して、
一足先にエスケープしてしまった志郎康さん。
大好きなバニラ味のハーゲンダッツみたいに
溶けて無くなってしまった。

ハーゲンダッツといえば、
子供のように駄々をこねるヤスユキさんだ。
便通の良くなる粉薬を飲ませると、
「苦い苦い苦い苦い苦い、
ニーーガーーイーーヨーーー!!!!!」
「アイス アイス アイスアイスアイスアイス!!!!!」
思わず「うるさい!!!」と一喝したくなるけれど、
そこは我慢。冷凍庫からハーゲンダッツを出してきて、
スプーンで一口二口と食べさせる。
そうするとヤスユキさんは大人しくなる。
ご機嫌なヤスユキさん、悪いヤスユキさん、
しょうもないヤスユキさん、
父親としてのヤスユキさん、祖父としてのヤスユキさん。
色々なヤスユキさんがいて、いっぱい翻弄された介護の日々。
でも、どんな時でも、帰り際の握手は忘れなかった。

梅雨頃からだんだん体調が不安定になり始めて、
夏の途中から食欲も顕著に落ちていった。
傾眠傾向が強く、いつも眠っている状態だった。
でも、時々「!“#$%&‘()=〜|」と言うので
注意深く聞いてみると「孫たちは元気?」とか
「今日は由梨ひとりで来たの?」とか
こちらを気遣う言葉ばかりだった。

亡くなる前日、救急車に同乗して
ずっと手を握っていた。冷たい手だった。
耳が遠いので、耳元で「由梨ですよ」と言っても
「うー」としか言わなかった。

それっきりシロウヤスさんの口から
「言葉」が出ることは無かった。

斎場の霊安室でシロウヤスさんの遺体と対面した時、
まるで作り物のゴム人形のようだったけれど、
トレードマークの度の厚いメガネをかけたら、
ゴム人形は、シロウヤスさんになった。
でも、これが、シロウヤスさんなのか。
シロウヤスさん、本当に死んじゃった。
シロウヤスさん、本当に死んじゃったんだ。
そう言って泣くことしか出来なかった。

 

私が作品を作れずに苦しんでいる時、
「とにかく続けなさい」と励ましてくれた志郎康さん。
私の顔を見る度「詩、書いてる?」と言う志郎康さん。
その度に「書いてますよ!」と答えていた私。
逆に「志郎康さんはもう書かないんですか」って言って
赤い表紙のノートを1冊買って渡したら、
次の日、詩がポコっと生まれていた。
それがこの詩。

 
 

鈴木志郎康

詩って書いちゃって、
どうなるんだい。

詩を書いてなくて、
もう何年にも、
なるぜ!

ノートを買って来てくれた
ゆりにはげまされて、
なんとかなるかって、
始めたってわけ。

それゆけ、ポエム。
それゆけ、ポエム。

 
 

ヤスユキはいなくなってしまったけど、
小さなシロウヤスはウジャウジャと世界中に広がっているみたい。

私も、詩を書き続けることを誓います。
いつかまた、「詩、書いてる?」って聞かれても大丈夫なように。

 

 

 

小さな灯火のお話

 

村岡由梨

 
 

古びた金槌。
この場合、金槌は親の頭を砕くためにある。
切れない安物の包丁。
これは親の全身をメッタ刺しにして、
失血死させるためにある。

殺される準備は、もう出来ている。
子殺しは良くないけれど、
子供が親を殺すのは、仕方がないんじゃない?
だから、誰も娘たちを罰しないでください。
「偽善者!」(声を震わせて)
「うそつき」(蔑むような目で)
「本当はママ、私たちのこと殺したいんでしょ」

家族って何?
「全員死んでくれればいいのに!」
そう言って屈託なく笑う、寝ぼけ眼の17歳と、
「こんなに苦しめるのに、どうして私を産んだの?」と
涙をポロポロこぼす、14歳。
「穢らわしい!」(吐き捨てるように)
「親ぶってるんじゃないよ!」(笑いながら)
そんな本気なのか冗談なのかわからない娘たちの
些細な言葉でいちいち傷つく、面倒くさい母親の私。

池ノ上の踏切内で、幼い女の子二人とその母親が
電車に轢かれるのを見た。
首を綺麗な一直線に切断され、
ゴム人形になった女の子の
巨大に膨れ上がった頭部を抱えた母親が
全身血まみれになって
喉を破くように泣いていた。
私も含めた周囲の人たちは、
声をかけるのでもなく
助けるのでもなく、
ただボーッと
ボーッと見ているだけだった。
所詮他人事に過ぎなかった。

 

このお盆、ふと思い立って、
初めて迎え火と送り火をやった。
ネットで調べながら でも
全く形式に則っていない 適当な迎え火と送り火。
経堂のOdakyu OXで158円のオガラと
おもちゃみたいな作り物のナスときゅうりで作られた
598円の精霊馬を買った。

夜、玄関の外で迎え火を焚いた。
「今、しじみちゃん、お馬に乗ってやってきてるのかな」
しじみは3年前闘病の末に亡くなった猫だ。
痩せてボロボロだったしじみ。
あの時しじみは、自分の死をもって、
バラバラだった私たち家族を
ひとつにしてくれたのだった。

雨がポツポツと降り始めた。
しじみのことを思って泣いた。
泣かずにはいられなかった。
祈らずにはいられなかった。
泣く私を、
娘が「ママ、泣かないの」と笑って
優しく抱いてくれた。
「私が長生きしたいのは、
パパさんやママさんが幸せに死んで行くのを
娘として見届けたいからなんだよ」

愛してるの?嫌いなの?
優しいの?優しくないの?
オガラがパチパチとはぜていた。
そんな真っ暗で小さな世界の、
小さな灯火のお話。

 

 

 

ある晴れた日、ひまわり畑で

 

村岡由梨

 
 

新しい映像作品のために、ひまわりをずっと撮っている。
初めに植えた6つの種は、
間も無く芽吹いて私たちを喜ばせた。
太陽の光を浴びようと
懸命に頭をグルグル回しながらやわらかい葉を広げる姿を見て、
家族皆で「かわいいねえ」と笑いあった。

その後、強い雨にも激しい暑さにもひるまずに、
伸びて、伸びて、
萎れて茶色くなった葉はむしられて、
育ちの悪いものは間引かれて、
灼熱の大きな眼球の視線に焼かれて
苦しそうに身をよじるようになった。
まるで拘束衣を着て死刑台から落下した死刑囚のように
ひとつの命が、決して死ぬまいと苦しんでいる様を
私はファインダー越しに、
冷徹な眼で見ていた。
カメラのシャッターがカシャっと切られる。
そうか、生きるということは苦しむことなんだ。

今年の夏は、水色の晴れた日に、
娘たちとひまわり畑に行こうと思う。
大きく、屈託なく育ったひまわりとひまわりの間を
白いワンピースを着て走る娘たち。
幸せとは、何なのだろう。
私にとって幸せとは、きっと
自分の大切な人たちが幸せであることなんだと思う。
でも、私の幸せが他の誰かの幸せとは限らない。
「あなたのことが嫌いなんじゃない。
 憎いのでもない。
 ただ、こわいだけなんだ。」
そう伝えたいだけなのに、伝えられずにいる。

娘たちが幸せになるために、
家以外の場所に居場所を見つけ、
玄関のドアを出ていく日もそう遠くはない。
この映画は、私たちの別れの映画だ。
ひまわりが芽吹いて、大きく成長して、花を咲かせて、枯れて死ぬ。
母と義父母が死んで、私たち夫婦が死んで、娘たちもいつか死ぬ。
娘たちには何百年も生きて生きて生き続けてほしいけれど、
娘たちもいつか死ぬ。
それを受け入れることから、私の「生きる」は始まる。
この「宿命」すらも守られないことが世界で起こっているなんて、
何という悲劇だろうか。

やがて死刑囚はこと切れて、
我が家のひまわりも花を枯らすだろう。
そうしたら、私は
ひまわりの頭を千切って、
たくさんの種を丁寧に集めて、ひとり
水色の空一面に、思い切り蒔いてみよう。
いつか世界中にひまわり畑が広がることを願って。
悲しいほど、切実な自由を胸に。

 

 

 

悪魔の子

 

村岡由梨

 
 

悪魔のような声をあげて嘔吐する母を見ていた。
まるで口から何かが産まれようとしているみたいだった。

運び込まれた病院の、救急外来の待合で私は、
看護師から、母が身につけていたエプロンを渡された。
石鹸の、清潔な香りがするエプロン。
母の香りだった。
ポケットには、飴玉と常備薬とティッシュと口紅。

しばらくして、看護師に付き添われた母が、
おぼつかない足取りで、廊下の向こうから歩いてきた。
いつもきちんと髪を結い上げ、
きれいな身なりをしている母の
やつれた姿を見て、私は、
幼い子供を見るような気持ちで、
母のことをかわいいなあと思った。
この人を守ってあげられるのは、私一人だけだ
という、どんよりとした不安が募った。

その日の深夜、母と二人で家へ帰った。

その日以来、母はすっかり弱り切り
ほとんどものを食べなくなった。
ある夜、私の携帯に母から連絡が入り、
これから風呂に入るのだと言う。
そして「一緒に入ろうか」と言われたので
そうすることにした。

着替えと洗顔フォームと保湿クリームを持って
母屋の洗面所へ行くと、
すっかり痩せた母が、弱々しく立っていて、
「あなたには全部見せておきたい」
と言った。
日頃から美醜に対する強い執着心を持っている母が
そう言ったものだから、
私は思わず身構えた。

まず母は全部の歯を外して見せた。
彼女が一番多感だった頃の親の無関心で
自分の歯が一本も無くなったということは
何度か聞いて知っていたけれど、
歯を全て外した姿を見るのは初めてだった。
次に、母は裸になって、
幼い頃に全身ヤケドを負った痕を見せてくれた。
胸の下の肌が赤く引き攣れていた。
眠る時にすら口紅を引くことを欠かさない母だ。
自分の皮膚が醜くただれたことが、
どんなに辛かったことだろう。

私たちは一緒にお風呂に入って、
母は、私の髪を洗ってくれた。
顔はこうして洗うのよ。
体を洗う時は、こうするのよ。
そうすれば美しくなるから。
もっともっと美しくなるのよ。
そして、そのやり方を
自分の娘たちにも伝えるの。
わかった?
母はそう言った。

私は、今まで母の何を見てきたのだろう。
私の記憶では、母の乳首の色はもっと黒かった。
けれど、実際はもっと肌色に近い茶色で、
子に吸われ、男に吸われ尽くして、
疲れ切った乳首がそこにはあった。

本当は母という女性の裸を見たくなかった。
年をとって醜くなった自分の裸も見せたくなかった。
とても恥ずかしかった。
叱られるんじゃないかという不安もよぎった。

 

母は激しい性格の人だ。
母のことを悪魔のように憎んで恨んでいる人は大勢いるだろう。
でも、私は母を憎みきることなどできない。
私のことを命がけで生んで、
姉と私と弟を女手一つで育ててくれた人だ。
清濁併せ呑んで愛することしか出来ない。

 

私は小さな頃から壁を見るのが好きだった。
暇さえあれば、いつも壁を見て没入していた。
壁の前にじーっと立っている私を、
母は無理矢理やめさせようとはしなかった。

今日も壁を見ながら眠るだろう。
私は壁を見ているけど、
壁が私を見ることはないから。
母が死んだら、私は母の遺体をじっと見つめるだろう。
私は母を見ているけど、
母が私を見つめることは、もうないのだろうから。

 

 

 

滑稽な干物のダンス

 

村岡由梨

 
 

先日通りがかった上原小学校の前で
2匹のカエルが死んでいるのを見た。

2匹とも、車に轢かれたのだろう。
ぺしゃんこで、黒く干からびていて、
ベージュ色の手先足先の斑点と水かきだけは、
かろうじて確認することが出来た。
2匹は仰向けで、片手を繫いで
ダンスをしているみたいだった。
2匹はつがいだろうか。
春が来て、やっと地上に這い出て、
これからどこへ向かうつもりだったんだろう。
誰も気に留めない死。
一緒にいた野々歩さんと私は、どちらともなく
「こういう風に死ねたらいいね」
「死ぬ時は手を繋ごう」と悲しい約束をした。
明日こそは、私たち
ちゃんと生きようと誓い合って目を瞑るのに
後から後から涙が流れ落ちて、
眠れずに顔が粉々に壊れてしまう。
毎日を無為に生き、着々と死にゆく私たち。

それから暫くして、また上原小の前を通った。
2体あったカエルの亡骸の内、1匹がきれいに無くなっていた。
きっとカラスか何かに食べられてしまったのだろう。
それを見て「もう1匹の残った方の亡骸を口に入れて噛んだら、
どんな味がするだろう」と思ってツバが出た。
ツバが出た。
私たちは生きている。
死ぬ瞬間まで、生きている。

残った方のカエルは、ひとりでダンスしているみたいだった。
ただの気持ちの悪いカエルの亡骸なくせに、
誰にも気付かれず、意味もなく朽ちていくことに抵抗していた。
死ぬ瞬間まで生きていたんだと、全身で叫んでいた。

 

 

 

 

村岡由梨

 
 

桜ほど悲しい花はない。
青く空が澄み切っているほど、余計に悲しい。
空が白い涙を、はらはらと流しているみたいだ。

自宅近くの緑道沿いの満開の桜並木を歩いていたら、
新しいランドセルを背負った小さな女の子が笑って
お母さんらしい人が写真を撮っていた。
小さなシートを敷いて、お弁当を食べている家族もいた。
私たちが私たちだった頃のことを思い出す。
生クリームがたっぷりのったプリンと、
少し焦げてしまったチュロスが入ったレジ袋を下げて、
文字通り、若さ故の根拠のない自信だけが一人歩きしていた。
もしかしたら、今からでも真っ当な人生を歩めるかもしれない、
なんて分不相応な希望も、一瞬だけ持ってしまった。
でも、もう私たちは若くない。
顔を合わせればまた深く傷つき合うだろうから、
もう二度と会わない、絶対に会わない。
そう心に決めている。

さよなら。
さよなら。
けれど私は、
幸せになっていいのかな。

 

春ほど悲しい季節はない。
そう思っていた。
多くの人たちが去っていった
そんな季節に、娘のねむは生まれた。
夜中陣痛が始まって、その明け方、ねむは
私の中にある産道を一生懸命前進して、くぐり抜けて
命がけで光の中へ産まれて来てくれた。
このドロドロで汚くて欺瞞に満ちた最悪な世界に、
どこまでも無垢で穢れのないものを
産み落としてしまったのかもしれない。
けれど、十月十日一心同体だったねむを抱いて、
自分もかつて母の子宮の中で包まれていた
羊水の匂いの記憶がよみがえり、初めて、
幸せになっても良いと許された様な気がした。

ありがとう。
ありがとう。
私が母親で、あなたは幸せですか?

 

ある薄曇りの日に、窓を開けたら
春の生ぬるい風が吹き込んできて、
窓辺にあった原稿用紙がパラパラとめくれた。
一端の詩人気取りで
自由に書きたい。
自由に書きたい。
お前にその言葉を書く覚悟はあるか。
自由に生きたい。
自由に生きたい。
お前に自由を生きぬく覚悟はあるか。

 

今日はねむの17歳の誕生日。
逆立ちして精液をひとしずく滴らして
スプーンでかき混ぜた様な青空だった。
この雲の名前はなんて言うんだろう。
おいで、外に行こう。
空を見たら、気分がスッと楽になるから。

おめでとう。
おめでとう。
希望と少しの不安を孕んだ、あなたは美しい。
4月から新しいスタートを切る、ねむ。
バースデーケーキのろうそくを、
笑いながら、フッとふき消した。

 

 

 

No.46

 

村岡由梨

 
 

人に優しく
きょうだい仲良く
お年寄りを大切に
そんな当たり前のことが出来ずに、
人を殺すためのナイフを持ったまま
私は母親になってしまった。
友達を殺して
母を殺して
きょうだいを殺して
夫を殺して
娘たちを殺して
気が付けば、ひとりぼっちになっていた。
「ひとりぼっちも悪くない」と
口角を耳まで大きく引き裂いて笑う私がいた。

「私には私のストーリーがある」
「時代にも世代にも性差にも括られたくない」
そう言って、
「その他大勢」と一緒くたにされることに抵抗した。
孤独を掴み取った私は、
白光りする翼を大きく広げて羽ばたくことを、ずっと夢見ていた。
けれど、現実の私は高い所が苦手で、
私が飛べないのは、結局
自分の羽ばたきを信じていないからだと、
随分後になって、わかった。
「その他大勢」にもそれぞれのストーリーがあるということも。

余りにも愚かだった。
何もかも手遅れだと
精神科の待合室で声を押し潰して泣いた。

コントロール出来ない怒りと苛立ちで、
不愉快な人間の内臓が入った白いビニール袋を
思い切り床に叩きつけた。
ビニール袋は、中途半端な手応えで
だらしなく破裂して
肉片は方々に飛び散り、
私は血まみれになった。
不愉快な穢れた血。
もう耐えられない。
お願いだから、死んでくれ。
お願いだから、殺してくれ。
 

「そんなに死にたければ、ひとりで死ね」
 

私が詩を書くのは、
まっとうな人間になりたいからです。

今も昔も
平気で人を傷付けて、
周りを不幸に巻き込みながら、
現在進行形で、わたしは生きている。
そう言いながら、
「あなたは悪くない」という言葉を
どこかで期待していた
狡い私は、こうして46番目の詩を書いた。
 

いつだったか、ゾウの親子の夢を見た。
優しい眼をした母ゾウが、
子ゾウに赤紫色のさつまいもを食べさせていた。
生まれ変わったらゾウになりたい。
そうすれば、誰も憎まずにすむから。

 

 

 

 

村岡由梨

 
 

雪が降っている。
前に住んでいた家の小さな庭で
真っ赤なコートを着て
仰向けに横たわる、幼い私。
手を伸ばせば届きそうな暗い空。
庭の木々にも、芝生にも、わたしにも
やわらかい雪が降り積もっていく。
このまま
白く清らかなままで
全て消えてしまえばいいのにな。

無垢な猫の胸毛のように真っ白で、
豊かにやわらかく揺れる母の乳房に、
身を捩って苦しむ母の乳房に、
ニトログリセリンを貼って、顔を埋める。
母の胸の奥に、赤くてあたたかな光が見える。
ほんとうは
もっと早くこうしたかった。

もし、あなたが
明日消えてしまうのなら
欠点も何もかも のみ込んで
あなたのことが好きだった、と伝えたい。

もし、私が、明日消えてしまうのなら、
これまで出会った全ての人たちに
優しく出来なかったことを
泣いて激しく悔やむでしょう。

濃い霧に覆われて、
先の見えない道の半ばに立たされた
孤独な娘たち。
赤いフリースを着せて、
震えるあなたたちにそっと目隠しをする。
見たくなければ、見なくていいよ。
逃げたかったら、逃げればいい。
やがて眠りについたあなたたちのそばに、
色違いの羊のぬいぐるみを、そっと置く。

ある日、一羽のカラスが一直線に大きく翼を開き、
冬の寒さを切り裂くように
私の目の前を低空飛行した。

母の胸の奥の赤い光が爆発して、
母の乳房が、体が、こっぱみじんになった。
女の血と肉片で着飾った私は、
真っ白な雪の絨毯に、仰向けに寝転がる。
手足の指がかじかんで、赤くなって、
やがて黒くなって、壊死してしまった。
雪はいつしか女の遺灰となって、
静かに降り積もっていく。
女の遺灰に埋もれて、
遺灰を鼻から吸い込んで、私は
このまま全部消えて無くなればいい、
そう思った。

けれど、私はこのままでは終われない。
白く激しく燃えるような
辺りいっぺんを激しく焼き尽くすような
作品を作るまでは。

出し尽くす。焼き尽くす。
自分の命を最後の一滴まで絞りだす。
私は、ひとりの表現者として生き切りたいのだ。

なんて強がりを言っても、
今際の際、きっと私は、
夫と二人の娘たちの名前を叫ぶでしょう。
そして、私が自分勝手な生き方をして、
いつも良い妻・良いお母さん
でいられなかったことを、
激しく泣いて悔やむでしょう。

狂おしいほどの怒り、苦しみ、憎しみ、悲しみの
全てをのみ込んでもなお
あなたたちのことを愛していたことを
うまく伝えきれるでしょうか。

赤くてあたたかい光が、
私の胸の奥にもあったことも、
いつか、気付いてくれるでしょうか。

そんなことを考えながら、
小さな庭に横たわる私の体に
雪が、母の遺灰が、
音もなく降り積もっていく。

 

 

 

最後の詩

 

村岡由梨

 
 

眠と二人で訪れた名古屋のビジネスホテルで、
やっと寝息をたて始めた眠を起こさないよう、
備え付けの小さな机のデスクライトを点けて
私は、いつになく気落ちしていた。
昼間上映会場で見た、
自分の映像作品の未熟さを思い出して
気落ちしていた。

野々歩さんが数日前にプレゼントしてくれた
深緑色のセーターを着て
ホテルのメモ用紙に言葉を書き留めながら
東京にいる野々歩さんとMessengerで
他愛もないやり取りをする。

「今、詩を書いてる。これが最後になるかも」
「大丈夫。いつまでも『最後』の作品にならないように、
 君の創作ノートやメモの類を片っ端から破っていくから(笑)!」
「……」
「……」

野々歩さんとのやり取りが終わって、
「おやすみ」と送ってスマホを閉じた。
そして、服を脱いで、
居室のバスルームにある
大きな鏡に映った自分の裸を見た。
体重が増えて、やや大きくなった乳房。
眠と花を生んで、色が濃くなった乳首。
ずっとずっと見ていた。
なぜか、ずっと見ていたかった。目が離せなかった。
そこには、紛れもない「今」の私が映っていた。
今年の秋に40歳になって、
20代の時のように、
鏡に映る自分の体に欲情することは少なくなったけれど、
いつまでも風変わりで美しいものに執着していたい。
そんな気持ちだった。
でも、40歳。
「自分は20歳になるまで生きられない」
そう信じていた頃の自分に、
どうしようもない後ろめたさを感じてしまう。
「死んでしまいたい」
そんな熱情のような気持ちを初めて自覚したのは、
多分14,15歳の頃。
それから25年が経って、
かつての熱情は、冷たくて硬質な覚悟に変わった。

 

シャワーを浴び終わって、部屋着に着替えて、
ベッドに潜り込んだ。
眠はよく眠っているようだ。
目を閉じて、東京にいる花のことを考える。
期末試験があり、一緒に名古屋へ来られなかったのだ。

ちょっと前にあった幸せなことを思い出す。
その時、私は三軒茶屋へ用事があって
自転車を走らせていた。
すると、数十メートル先から
学校帰りの花が歩いてくるのに気が付いた。
「おーい」と言葉には出さないけれど、
私は大きく手を振った。
すると、気付いた花も大きく手を振って駆け出した。
家の外で抱きしめ合うのは恥ずかしいから、
ハイタッチをして、他愛のない会話をした。

この日、私たちが幸せだったことを、
私はずっと忘れない。

 
 
 

先日、野々歩さんと、
高校に残されている眠の荷物を引き取りに行った。
ロッカーに教科書が数冊、
化学の授業に使う白衣とゴーグル
教室には緑の上履き入れ。
あっけないほど少なかった。
放課後の教室には、眠のクラスメート(だった)子達が
まばらに居残っていた。

私の知らない場所で、
ロッカーから教科書を出し入れしていた眠。
教室で一生懸命に授業を受けていた眠。
文化祭の催しに使う看板をひたむきに作っていた眠。
眠は、確かにここにいたのだ。
そう思うと、涙がこみ上げた。

 

眠も花も野々歩さんも私も、
今、確かに、ここにいる。
鏡に映るのは、紛れもない「今」の私たちだ。
未完成で不完全な私たちだ。
かつて「滅んでしまえばいい」とさえ思い、
憎んでいた世界の地面に、私たちは
二本の足を踏みしめて立っている。
悩んだり、憎んだり、苦しんだりしても
きっと最後は幸せな詩が書けると信じている。

「いってきます」の代わりに「さよなら」と言う
その日が、いつか訪れても。

 

 

 

褪せた水色と白のストライプ、血痕

 

村岡由梨

 
 

1. 娘A

 
楽しそうに話す学生たちの声。
キュッキュッと忙しく歩く上履きの音。
「学校」という色々な音が渦巻く空間の中心で、
ひとり孤独感を募らせた、娘。
特に誰かに悪口を言われたわけでも、
意地悪をされたわけでもない。
鳴らないスマホ。
周囲の友達の、悪意の無い無関心。
自分という存在が持つ意味がわからなくなって、
娘はやがて、呼吸の仕方がわからなくなった。
そして、学校へ行けなくなった。
もちろん、それだけが理由なのでは無いのだろう。
理解のある面倒見の良い先生。優しい友達。
誰も悪くない。だから辛い。
「高校3年 大学4年 仕事を始めたら40年」
「今、選択を間違えたら、この先大変なことになりますからね」
オンラインの特別ガイダンスで声を張り上げる先生たち。
それを虚ろな目で見る娘。
思わず抱き寄せると、
体が静かに震えていた。
将来のことなんてわからない。
考えたくもない。それなのに
カチカチと無情に時間を刻む時計。
カチカチとカッターナイフの刃を出す音。
切れ味の悪い刃で、娘の白い皮膚が裂かれるのを見て
悲鳴をあげる。

 

「自殺したい」
親が子供にそう言われる苦しさを思い知りました。

そう言って診察室でうなだれる私。
「今はたくさん甘えさせてやりなさい。」
先生はそう言った。

娘が「ママさん、ママさん」と言って無邪気に抱っこをせがんでくる。その無防備な二つの胸の膨らみに、抱くのを躊躇う私がいる。これまで母親のような役割も果たしてきた夫に娘が抱っこされるのを見て、戸惑う私がいる。父娘が抱き合うのを見て、男女の性愛を思い浮かべてしまうのだ。うなされ苦しむ娘の声を聞いて私は、女である私と母親である私との間を右往左往する。これは育て直しなのだ。甘え直しなのだ。ぎこちなく娘を抱き寄せて、背中をさする。「ママさんって、いい匂いがするね」しばらくして抱いている手をゆっくりとほどいて、娘を寝かせて、手を握る。娘がどこか遠くを見つめて言った。

「ママさん…ママさんは近いのに遠いね」
「そう?」
「うん。近いのに、遠い。」
「そっか…」

そんなことないよ、とか
遠くなんてないよ、とか
そんな風に娘の孤独を受け止められる母親に、
これから私は、
なり得るのだろうか。

 
 

2. 娘B

 
夜遅くに塾が終わって、
突然の雨で全身びしょ濡れで帰ってきた疲労困憊の娘が
怒り任せに、こう言った。
「何でこういう時に限って迎えに来ないの」
「死ね、毒親」

 

「死ね、毒親」

 

かわいいとか愛しいとか、かけがえのないとか
そういった熱を帯びたような感情が、
すっと冷めていくような気がした。
こんなことくらいで感情が冷めていく、
自分の心の脆さが、こわかった。

「冗談だった」と言ってくれた娘。けれど、「私の知らないところでも、私のことを毒親だと嘯いているのではないだろうか。」自分の子供のことを邪推する。他人から悪い母親だと言われるのがこわい。いつかひどい言葉で傷つけられるんじゃないかと警戒する私がいる。自分自分自分吐き気がするような自己愛に耽溺する私。それを軽蔑する娘たち。自分自分自分自分自分自分自分自分いくら人から作品を認められたって、二人の娘の心に響かなければ意味がない意味がないもうどうすればいいのかわからない。自分という存在に意味を持たせようと必死だったけど、意味がない もう意味がない 自分の都合のいいように娘たちを解釈しようとする私 後ろめたさ いい母親ぶっていること 全て見透かされている

 
 

3.

 
ある日、私たち家族は、窮屈なベッドで眠っていて…
身動き出来ないほど、窮屈だった。
その時、まるでフラッシュバッグのように私は
2017年に訪れたアウシュビッツ(オシフィエンチム)で見た光景を思い出したのだった。
ぞっとするほど冷たい手で心臓を握りつぶされて
引きちぎられたような衝撃だった。
気がつくと、私はアウシュビッツの収容棟にいた。

モノクロではなく、鮮やかなカラーの光景だった。
私は、褪せた水色と白のストライプの囚人服を充てがわれ、
たくさんの囚人たちと同様、「名前を奪われて」、
一緒に収容棟へ入れられた。
寒い寒い夜だった。
古びて煤けた粗末な二段ベッドで痩せた体を押しつけ合い、
互いの体温を分け合いながら、
身を切るような寒さをしのいでいた。
生きのびるために
生きのびるために、自分以外の誰かの体温が必要だった。

ある日、一人の看守が一人の囚人を表にひきずっていった。
間も無くその囚人は頭を撃ち抜かれて死んでしまった。
地面に広がる赤い鮮血。周りにいる人たちの無関心。

夢から覚めて、
その血の赤さを思い出して
これまで「詩」という名の暴力で
娘たちの「名前」を奪ってきたのではないかと思う私がいた。
ただでさえ生きづらさを抱える娘たちを
自分勝手に振り回して、
私は今まで一体何を思って書き続けてきたのだろう。

過去の何もかもを消してしまいたい。
でも消したくない。
娘たちが許してくれてもくれなくても、
無条件に人を愛せる人間になりたいから。
娘たちになら、頭を撃ち抜かれて死んでも構わない。

けれど
生きのびるために
私たちは「名前」を取り戻さなければならないのだ。
生きのびるために
人は、自分以外の誰かの存在の温かさが必要なのだ。

生きのびるために
生きのびるために。