Transparent, I am.

 

Yuri Muraoka

 
 

I sat next to a blind old man who had undergone dialysis and closed my eyes. The world went completely dark.
When I sunk into darkness, I knew that the world was shaking.
I got slight motion sickness from this vibration.
In the darkness, I searched for light.
A light.

One fine day,
I took pictures of the sky with my phone
because I got a little uncomfortable when waiting my turn at a mobile phone store in Shimokitazawa.
I wanted to remember the beauty of the light twinkling through the clouds.

In the midst of all the people who were happily coming and going, I was lonely, no matter where I was.
It was meaningless existence.
Even though I stared at my hands in a daze
I couldn’t see anything because they were transparent.

 

1. The Woman with Light Blue Eyeshadow ( In the conflicting time )

 
That day, unconscious me woke up sensing the light on a hospital bed.

Parts of white boxes and black boxes, piled up in my room,
disappeared and the rest of them floated in the air.
I had taken a large dose of medication
because I couldn’t bear the horror of ‘reality’ collapsing beneath my feet.

I met a nurse in the hospital where I was taken to.
She was a woman with heavy suffocating makeup
and an unusually small body.

In a wheelchair, and unable to move my limbs,
she handed me a thick book and told me to read it.
After reading it, I tried to tell the woman about the contents
but the woman said,
”Such a book does not exist.”

It couldn’t be.
It’s the book you just gave me.
My throat became tight and I could not speak.
I tried to shout, “No, No” as loudly as possible.
The woman tried her hardest not to laugh and said,
“Get your act together!”
while sneering at me.

Next, the woman handed me a piece of paper and told me to write some words. I complied.
But at the next moment, the words I had supposedly written,
had disappeared like a thread coming undone.
I appealed to the woman about it.
She said,
“Where is the paper ?”
Certainly the paper had disappeared.
Crying, I protested,
“You’re wrong, You’re Wrong.”

I fell out of my wheelchair and crawled on the ground
in a desperate attempt to escape from that room,
but the woman went on ahead of me and stood at the exit
saying with a voice of annoyance and derision,
“Hey, come on!”

Hey, where is Nonoho-san?
Where’s Nemu-chan?
Where’s Hana-chan?
They don’t really exist.
You don’t really exist either.

Nonoho, my dear, don’t open the door of the black and white room.

My little bird twisted its thin legs in the wire mesh at the bottom,
dying grotesquely with an ominous squeal.
Nemu was twisting her body grotesquely, walking strangely.
A screaming Hana whose eyes were slit open with a cutter.
I shudder at the things I’ve loved so much.

They say that anyone who sees their doppelganger will die.
When I encounter myself again, I think I will die.

 

2. Consultation Room (February 2009)

 
It was February 2009 I entered the consultation room for the very first time, while holding the hand of just 3-year-old Nemu
and with Nonoho, my husband, holding a still young Hana in the baby sling.

The doctor said,
“Imagine a blueprint for your family’s ‘future’ in your mind.
You have to start doing things to get closer to that.”

Because the doctor told me that, I imagined our family picture in the future. There were Nemu and Hana, growing up beautifully.
My husband Nonoho was still the same in middle age.
But I wasn’t there.
I’m the only one who isn’t there.
I’m invisible, I can’t see anything.
As I was crying bitterly,
little Nemu looked up at me worriedly,
“Mommy, are you okay?”

After we made love to each other,
falling apart with ecstasy from the waist down,
I became pregnant with my daughter Nemu.
A small refrigerator on its last legs,
a small table,
mismatched dishes –
Life was like playing house.
And then our second daughter, Hana, was born.
We become a ‘family’.

Occasionally, I have beautiful dreams.
My daughters lounging in a meadow of yellow-green semen,
playing cat’s cradle with the black and white umbilical cord
stretching from my transparent vagina.

Occasionally I have happy dreams.
My little girls saying such things as,
“Do you want kombu? Do you want pickles?”
while making a big rice ball for their dad.

Occasionally, I am chased by scary dreams.
Where’s Yuri! I’m going to kill you!
My father is looking for me.
I am hiding with bated breath.
Everyone is angry at me as a bad person.

You’re a bad person.
You are a lying human being.

You are… You are…
You are… You are…
Who are you?
Who are YOU?
Who am I?
I am who
I am… I am… I am…

I am

 

 

“If you’re in so much pain and you want to die, you can die.
It’s very sad, but your life belongs to you,”
my young daughter once told me gently.
I was moved to tears because I was so ashamed of myself
and could not forgive myself for making her say such things.
I had no right to feel pain and be sad,
but she hugged me while I sobbed saying,
“It’s okay. It’s okay.”

 

I sat next to a blind old man and closed my eyes.
The world went completely dark.
How will the world change next time I open my eyes?

This time I will hold you in my arms when you cry.
I will hug you, rub your back, and say,
“It’s okay. It’s going to be okay”

 

(Translation by HONYAKU beat)

 

 

 

眠は海へ行き、花は町を作った。

 

村岡由梨

 
 

ある夜、私の部屋の床に、
小さくて黒い一匹のゴミムシがいた。
私はそれをティッシュで包み、
ギュッと力を入れて潰した。
ティッシュを開いて中を見てみると、
ゴミムシはまだ生きていて
細い足をバタつかせていた。
私はそれを再びティッシュで包むと、
今度は親指の爪を立てて、思い切り力を入れて
ゴミムシの腹を切断した。
ティッシュを開けると
茶色い汁のようなものが染みていて
ゴミムシは死んでいた。

その週もやはり、私たち家族は
激しい怒りと憎しみで、拗れて捻れた狂乱の只中に在った。

毎日、台所の流しの下にある
包丁とナイフの数を確認する。

誰に言われてというわけでもなく、
とても狭く真っ暗な部屋に
家族4人で閉じこもって、
暗闇の中、誰がどんな表情をしているのか、窺いしれない。
もちろん、心の内を読み取ることも出来ない。
自分の子供に憎まれて恨まれて殺されるなんて、本望だわ
と強がって見せるけれど、
あの日私が殺したゴミムシの死骸が、目に焼き付いて離れない。
腹を切断して殺すくらいなら、なぜ
ティッシュで包んで、
広い外の世界に逃がしてやれなかったのだろうと。
私は、肝心な時に優しくなれない、冷酷な人間なんだ。

 
週の半ば頃、
眠が「ひとりで海へ行きたい」と言った。
私たちは一瞬戸惑って「行っておいで」と言った。
1泊2日朝食付きの宿を
妹の花と一緒にスマホで探す、15歳の眠は
とても嬉しそうだった。

土曜日の午前中に家を出発した眠から、
昼頃1通の写メが届いた。
色鮮やかな海鮮丼と
真っ白なアイスクリームがのった緑色のクリームソーダの写真だった。

眠は海鮮が好きだ。
眠はソーダが好きだ。
そこには、
私たちから遠く離れて
自分の足で歩いて、自分で見つけた店に入り、メニューを見て
自分の好きなものを注文し、それを頬張る眠がいた。

私は、
海岸近くの防波堤に座って、
遠く離れた群青色の水平線を見つめる眠の姿を思った。
長い黒髪を風になびかせて、
砂浜で貝殻を拾う眠の姿を思った。

 

その頃、花は
中学校の夏休みの自由研究で提出するために
小さな町を作っていた。

厚紙を切り抜いて、いくつもの家や階段や柱を作る。
花は細かな設計図など一切書かず、
自分の直感に従って、迷うことなく切り進めていく。
小さな窓はプラ板で作る。
そして、アクリル絵の具で丁寧に彩色する。
何度も何度も塗り重ねる内に、色の暖かみが増して
夕暮れ時の、古いヨーロッパの小さな港町のような
乾いた温もりのある、優しい町が出来上がった。

私も少し手伝った。夫も手伝った。
私は、背景にする厚紙に、刷毛で水色を塗った。
花は「ママは下手だねえ」と笑って、
水色を何度も塗り重ねた。
花と二人で、厚紙に水色を塗る。
ただそれだけなのに、涙が溢れたのはどうしてだろう。

でも幸せな時間は長くは続かない。
今の私たちは、ちょっとしたきっかけで、
歯車が狂い出してしまう。

暫くして、ふとゴミ箱を覗いたら、
花の作った町が捨てられていたのだ。
「どうして捨てたの!」
私が思わず大声を上げると、
2階から、花が降りてきた。
花は、何もかもが思い通りにいかない、とイライラしていた。
怒っていた。
悲しんでいた。
そこで野々歩さんの怒声が響く。

 
自分の生きた痕跡を消したいと、作品を捨てた花。
いつでもこの世界から消えられるように
「身支度」をする花。

花と私で水色に塗った厚紙は、絵の具が乾いて
すっかり歪んで変形してしまっていた。

 

日曜日、眠が帰ってきた。眠は、
「パパさんに」と言って『江ノ島サイダー』を、
「ママさんに」と言って、カワウソの焼印がついた小さなおまんじゅうを、
「花さんに」と言って、可愛いゴマフアザラシのぬいぐるみを
おみやげに買ってきてくれた。

私は、『江ノ島サイダー』を買った眠の姿を思った。
私の好物だと思って、カワウソまんじゅうを選んでくれた、
眠の気遣いを思った。
花のために、小さなぬいぐるみを買った、眠の優しさを思った。
もらったぬいぐるみを大切に抱っこして眠る花を、愛しく思った。

 

「私たちは変わっちゃったの」
「元からこうだったっていうことなの」
と泣きながら花は言う。
「そんなこと、ないよ。」
と私は答える。
こんな家族でも一緒にいたいと、花は言う。
楽しかった思い出もいっぱいあったし、
これからも、いっぱいあるだろうから、と。

そうだね。
いつか、花が作った町に、家族4人で行こう。
猫たちも一緒に行けるといいね。
きっとそこは、暖かくて優しい陽の光に溢れた、
夕暮れ時が世界で一番美しい場所だと思うから。
そして、花が一生懸命プラ板で作った窓を開け放して
みんなで海からの暖かい風をいっぱい浴びよう。

みんなで。

 

 

 

 

眠れる花

 

村岡由梨

 
 

ある日、私は、
取っ手のないドアの向こう側で
踏み台を蹴り飛ばして首を吊った。
娘たちが幼い時、戸棚のお菓子を取ろうと
背伸びをして使っていた踏み台だ。

もう二度と、あなたたちを残して逝かない、
と固く約束したのに。

せめて、あなたたちにきれいな詩を遺そうと、
言葉を書き留めたはずのノートは白紙のまま。

命は有限なのに、
無限に続くと信じて生きていたのはなぜだろう。
この世に永遠に続くものなんて無いのにね。
組み立てては崩してしまうブロックのおもちゃみたいに、
何度も「家族」を組み立てては壊してきた私たち。

いつの間にか女性らしい丸みをおびた体を
セーラー服で隠して、
「家を出る。もう帰って来ない。」
と言って、眠は
母親である私を振り返ることもなく、出て行った。
赤い絵の具を使って
大好きな猫のサクラの絵をひたむきに描いていた眠。
小刻みに肩を震わせて、
決して泣き顔は見せまいと
サクラの背中に顔を埋めていた眠。
サクラはザラザラの舌を伸ばして
一生懸命、眠の悲しみを食べていた。

蛍光色の段ボールのフタをこじ開けて、
これが最後だと信じて、盗みをはたらいた。
いつでもこれが最後だと信じて
何度も何度も盗んで
何度も何度もやめようとした。
けれど私はズルズルと罪を重ねて、
「私には生きてる価値がない」
そう言って、母を散々困らせた。
母は悲しそうな顔をして、何も言わなかった。
そして、今
「わたしなんて、どうでもいい人間」
「どうして私を生んだの」
と大粒の涙を流して、私を責める花がいる。
花は盗まない。花は嘘をつかない。
けれど、わからない。
私なんかが一体どんな顔をして、
どんな言葉を花にかければいいのだろう。

私は眠で、眠は私。私は花で、花は私。
あの日、取っ手のないドアの向こう側で首を吊ったのは、
私だったか、眠だったか、花だったのか。

森の奥深くの静寂な湖に
紫色のピューマになった私たちの死体が浮かんでいる。
誰が訪れるということもなく
傍らには、4枚の花弁に引き裂かれた私達の花が
ひっそりと咲いていた。

夕暮れ時の、不吉な色の空の下
霧に包まれた林間学校から抜け出して、
もうここには戻りたくないと
踵を返して走り去る、小学生の私。
2人の娘を生んだはずの生殖器が
真っ赤な血を吐き出しながら罵詈雑言を叫んでいる。
涙が後から後から流れてきて
いっそ一緒に死のうか、と娘に言おうとして、やめた。
最後まで駄目な母親でごめんなさい。
せめて真っ赤に生きた痕跡を残したかった。

夜になって海辺に着き、
黒い水平線に吸い込まれるように
(しっかりと手を繋いで)砂を蹴って進む。
もうこの世界には、居場所も逃げ場所もない。
それでも私(たち)がこの世界から欠けたことに、
いつか誰かが気付いてくれるのなら。

 

 

 

透明な私

 

村岡由梨

 
 

透析を終えた全盲のおじいさんの隣に座って、目を閉じてみる。
世界は真っ暗闇になった。
暗闇に沈んで、世界が揺れているのを知る。
その振動に、少し酔う。
暗闇の中、私は光を探した。
光を。

ある晴れた日、
下北沢のモバイルショップの順番待ちで
些か居心地が悪くなった私は、
スマホで空を撮っていた。
雲の隙間に瞬く光の美しさを、覚えておきたかった。
楽しそうに行き交う人たちの中にいて、
私は孤独で
どこまで行っても孤独で
無意味な存在だった。
ぼんやり自分の両手を見つめても
透明で、何も見えなかった。

 

1.「水色のアイシャドウの女」(錯綜する時間の中で)

 
あの日、意識を失った私が目を覚まし、光を感じたのは
病室のベッドの上だった。

自分の部屋に積み重なった
白い箱と黒い箱の一部が消えて
残りが宙に浮き、
「現実」が足元から瓦解した恐怖に耐えられず、
私は、大量服薬したのだった。

運び込まれた病院で、一人の看護師に出会った。
むせ返るように化粧が濃く、異様に体の小さい女だった。

車椅子に乗せられ、手足の自由がきかない私に、
女は分厚い本を渡し、それを読むように、と言った。
私はそれを読み、女にその内容を話そうとした。
すると、女は言った。
「そんな本、無いわよ」

そんなことあるはずがない。
たった今、あなたが私に渡した本だ。
喉がしまるような感じがして声が出ない。
「違う」「違う」と喉を振り絞って声を出そうとする私を見て、
女は必死に笑いを堪えて
「しっかりしてくださいよぉ」
と嘲った。

次に女は、私に紙を渡し、何か字を書くように、と言った。
私はそれに応じた。
けれど、次の瞬間、書いたはずの文字が、
糸がほどけるように消えてしまった。
私はそれを女に訴えた。
女は言った。
「どこに紙なんかあるのよ」
確かに紙は無くなっていて、
私は泣きながら「違う」「違う」と訴えた。

私は車椅子から崩れ落ち、必死でその部屋から逃げようと地面を這った。
しかし、その女は先回りをし、
出口に立ちふさがり、
苛立ちと嘲笑を含んだ声でこう言った。
「ねえ、いい加減にしてくださいよぉ」

ねえ、どこに野々歩さんなんているのよ。
どこに眠ちゃんなんているのよ。
どこに花ちゃんなんているのよ。
みんな、本当は、いないのよ。
あなたも、本当はいないのよ。

野々歩さん、白黒の部屋のドアを開けないで。

不吉な鳴き声をあげて、
足元の金網に細い足を絡め、
グロテスクに体をねじって死んでしまった、私の小鳥。
グロテスクに体をねじり、奇妙に歩行する眠。
カッターで真一文字に目を切り裂かれて、悲鳴をあげる花。
あんなに慈しんできたものたちに、戦慄する私。

自分のドッペルゲンガーを見た者は死ぬ、と言う。
私が再び私と遭遇した時、私は死ぬのだと思う。

 

2.「診察室」(2009年2月)

 
まだ3歳だった眠の手を引いた私と、
まだ幼い花を抱っこひもで抱いた野々歩さんが
診察室に初めて入ったのは、
2009年2月のことだった。

先生は言った。
「あなたたち家族の『これから』の青写真を頭に思い描いてください。
それに近付けるよう、これから色々と始めて行かなければならないんです。」

先生にそう言われて、私は、未来の私たちの家族写真を想像した。
そこには、美しく成長した眠と花がいて、
中年になっても相変わらずな野々歩さんがいた。
でも、そこに私の姿が無かった。
「私だけいない。透明で、何も見えません。」
激しく泣く私を、小さな眠が心配そうに見上げて言った。
「ママ、だいじょうぶ?」

腰から下が、崩れ落ちるような恋愛をして愛し合って
娘の眠を身ごもった。
壊れかけの小さな冷蔵庫。
小さなテーブル。
不揃いの食器。
ままごとのような生活。
そして、次女の花も生まれて、
私たちは「家族」になった。

時折、美しい夢を見る。
娘たちが、黄緑色の精液の草原で寝転びながら、
透明な私の膣から伸びる白黒の臍帯で
あやとりをして遊んでいる夢。

時折、幸せな夢を見る。
小さな娘たちが、
「コンブにする?おつけものにする?」なんて言いながら、
パパのために大きなおにぎりをこしらえている夢。

時折、怖い夢に追いかけられる。
ゆりはどこだ!ころしてやる!
おとうさんが、わたしをさがしてる。
わたしは、いきをひそめて、かくれてる。
みんなが、わたしをわるいにんげんだっておこってる。

おまえはわるいにんげんだ。
おまえはうそつきにんげんだ。

おまえは おまえは おまえは
おまえは、だれだ?
お前は、誰だ?
私は、誰だ?
私は誰。
わたしは わたしは わたしは

わたしは

 

 

「ママがそんなに苦しくて死んじゃいたいなら、死んじゃってもいいんだよ。
すごく悲しいけど、ママの人生はママのものだから。」
まだ幼かった娘が、優しく諭すように言ってくれたことがあった。
こんなことを言わせてしまった自分が情けなくて許せなくて涙が溢れた。
私には、辛くなったり悲しくなったりする資格なんか、ない。けれど
泣いている私を抱きしめて、あなたは言う。
「大丈夫。大丈夫だよ。」

 

全盲のおじいさんの隣に座って、目を閉じた私。
世界は真っ暗闇になった。
この次、目を開ける時、世界はどんな風に変わっているだろう。

今度は私が、泣いているあなたを抱きしめる。
抱きしめて、背中をさすって、そして言う。
大丈夫。きっと大丈夫だよ、と。

 

 

 

悪夢

 

村岡由梨

 
 

山の斜面の
水が引いた時にしか通れない道で
少女たちが一斉に列車に飛び込む
飛び散った無数の肉片を
ランドセル姿の幼女がペロッと舐めた。

目が覚める

いつもとは違う
投げやりな態度の先生が
拘束衣を片手に私の話を聞く。
私たち家族4人
別々の部屋の前に立たされる。
おかっぱ頭の、幼い眠が
泣きべそをかきながら
私に訴える。
「ママ、わたし、この部屋に入りたくない」

目が覚める

心臓の鼓動をぶつ切りにされるような衝撃で
何度も何度も目が覚めた。
私の知らない場所で
眠もまた
眠れず天井を見つめているのだろうか。

拘束衣を着せられた私の口元に
誰かがそっとガーゼを押しあてた。

自分の顔がわからない。
今すぐ笑顔の眠に会いたい

 

 

 

はな と グミ

 

村岡由梨

 
 

時計の針が夜の10時を回った頃、
ようやくその日の仕事が終わった。
疲れて、ため息をつきながら
雨に濡れた自転車のサドルを見ると、
パイナップル味のグミが1袋置いてあった。
「?」
一瞬戸惑ったけれど、すぐに誰の仕業か分かった。
傍に、見慣れた文鳥の絵柄のハンドタオルが落ちていた。
雨でグミが濡れないよう、かぶせてあったみたいだ。
タオルは雨に濡れて、砂まみれになっていたけれど、
私は、さっきまで冷たくて硬かった胸の真ん中が、
ジュワッと溶けて、プツンと弾けたような気がした。
タオルを拾って、砂をはらって、グミを手にすると、
急いで自転車にまたがった。
1秒でも早く家に帰りたかった。
はなに会いたかった。

 

こんなことがあった。
今から4年前の夏、
私が名古屋で自分の作品の上映を終えて
東京の自宅へ戻ると、
玄関に、はなが書いた手紙が置いてあった。

「まあ さいしょに たからさがし
くつばこ みてください。」

言われるまま、靴箱を見たら、
また手紙が入っていた。

「まどの近くを みてください。
ヒント 赤と黒シリーズの一つだよ。」

窓の近くを見てみると、また手紙。

「『おめでとう』といいたい ところが まだつづく
2階にいって、本だな 見てみ。
(子どもべやの眠用本だな)」

ねむの本棚を見たら、また手紙。

「かよけのムヒが、階だんにありますと。
ついでに社会の教科書みてね
ちなみに22ページです」

「えんえんとつづく たからさがし
まーた子どもべやの 人形たちをみてごらん」

「リメイクしたような
かわいいママのへやの
ムーミンが さいごの
お手紙をもってるというわけです。」

確かにムーミンが手紙を持っていて、
そこには、こう書かれていた。
「手紙の頭文字 読んでみて」
言われるままに、読んでみた。

「ま ま お か え り」

私が大笑いしていると、
押入れがバーン!と開いて、
はなが、クラッカーをパパーン!と鳴らして飛び出してきた。

はなって、ポコポコと元気に弾けるポップコーンみたいな子だ。

 

こんなこともあった。
今から5年前の冬、私は風邪をこじらせて急性扁桃炎になり
入院することになった。
たった3日間の入院だったけれど、
焼けるような喉の痛みよりも、
娘たちや野々歩さんに会えないことが、とても辛かった。
担当の医師から退院の許可が下りると、
私は急いでタクシーに乗って自宅へ戻った。

娘たちは学校へ行っていて、いなかった。
誰もいない、静かなリビングルームのドアを開けて、
私は思わず息を呑んだ。

冬の朝の冷たい空気で張り詰めたリビングの床に、
折り紙で作られたたくさんの白鳥がきれいに並べられていた。
赤 青 緑 黄色
先頭は、白鳥のお父さんとお母さん。
それに続く、色とりどりの子白鳥たち。

窓から差し込む光が、とてもきれいだった。
こんなに美しい光景を見たのは、初めてだった。
その無垢で一途な気持ちに心が洗い流されて、
もう一度生まれ直したような気持ちになった。

 

はなは、私たち夫婦にとって2番目の子供で、
1番目の子供である、ねむと比べると、
良い意味でも悪い意味でも、肩の力を抜いて育ててきたような気がする。

ねむが赤ん坊の頃は、おしゃぶりを床に落とすと
神経質に熱湯で消毒して冷ましてから口に戻していたけれど、
はなの時は、サッと水で洗ってポイっと口に戻していた。
(こんなことを書くと叱られそうだけれど)

服も、ほとんどねむのお古だった、10月生まれのはな。
ユニクロで買って、洗濯のし過ぎで毛玉だらけになった
黄色とピンク2着のカバーオールを着回して、
私のお布団に入れて添い寝して、
おっぱいをあげながら、一緒に冬を越した。

はなが幼稚園生の頃、
「ママなんか大嫌い!どっかに行って!」
と言って怒ったこともあった。
それを聞いた野々歩さんが、
「ママが本当にどこかに行ったらどうすんの?
ほんとは、ママのこと、好きなんだろ?」
と言うと、はなは、ウンウンと頷きながら
顔をしわくちゃにして泣いて、私にしがみついた。

 

と、ここまで
はなのことばかり書いてきたけれど、
この詩を読んだら、はなは何て言うだろう。
パイナップル味のグミが何より好きな、はな。
折り紙が大好きで、「おりがみ大事典」を見ながら
何でも作ってしまう、器用だったはな。
今はもう、私の身長を追い越してしまった、はな。
きっと「やめてよママ、恥ずかしい」とか
「ママは何にもわかってないんだから」
とか言うだろうな。

でも、詩の中でくらい、
好きなものは好き、
きれいなものはきれいって言わせてよ。

家に帰っても、娘たちはいない。
それは、そう遠くない未来かもしれない。
私の笑った顔が一番好きだと言う、はな。
娘たちを笑顔で「おかえり」と迎えられる、
そんな母親になれたらいいなあ、と思う。

 

 

 

 

 

村岡由梨

 
 

私は私が大嫌い。
暗闇で、鏡に映った自分を見る。
私って、こんな顔だっけ。
他人から見た自分を想像する。
たまらなくなって、鏡を拳で叩き壊す。
手に破片が刺さって、真っ赤に流血する。

私は私が大嫌い。
年をとるごとに、顔の肉はたるみ、体には余分な脂肪がついていく。
その上、狡くて思いやりのない人間になってしまった。
私って、こんなに嫌な人間だっけ。

先日、大好きなあの人とZoomで久しぶりに話をした。
Zoomの画面には、
格好をつけて足を組んだり、
後ろの壁にもたれたりする私の姿が映っていて、
品性の欠片もない、見るに耐えない代物だった。
どう映ればいいのかわからなかった。
私が話していることは薄っぺらで、
時折訪れる沈黙も耐え難い。
お互い顔が見えているのに、相手がとても遠くにいるみたいだった。
どうしても距離が埋まらない。
私は、以前の私ではなくなっていた。
あの人も、以前のあの人ではなくなっていた。
私は私が、大嫌い。
Zoomで話すことで、本当の友達がいない自分の孤独を知った。
本当の友達がいないのは、自分のせいだってことも。

二十歳くらいの頃、私が私を殺しに来たことがあった。
夜、「青空の部屋」で眠っていたら、急に身動きが取れなくなり
顔のすぐ近くに生臭い息遣いを感じた。
真っ赤な口紅を塗った女の口が、あった。私だった。
部屋の壁面にはポッカリと黒くて丸い空間が出来ていて、
青いネクタイをした黒いスーツ姿の3人の男たちがヒソヒソ話をしていた。
3人の青い男に分裂した、私だった。
赤い口紅の女が、私を殺しに来たのは明らかだったけれど、
少しも怖くなかった。
赤い女の息遣いに自分の下半身が熱く膨張して弾けて、
最高に気持ちが良くて気持ちが悪くて吐き気がした。
けれど、長い間自分がこうなることを望んでいたことも、知っていた。

収まらない苛立ちが、私を不安にさせる。
クリニックへ行く途中の電車の中で、今、
あなたときつく抱きしめ合うことが出来たなら、
どんなに心が楽になるだろう。
でもいつか私は、あなたの大切な人を階段の上から突き落とすかもしれないよ。
そうしたら私の人生は、ぐちゃぐちゃになる。
私の周りの人の人生も、ぐちゃぐちゃになる。

診察室のドアを出て、
これから一週間どう生きればいいのかわからないから、
先生のイスの後ろにある小さな窓から逃げようとしたけれど、
一発の銃弾が私の頭を貫いて、頭蓋骨がバラバラに壊れてしまった。
猫の遺骨を口に含んだ時みたいに、
私の命も、パリンパリンと簡単に砕けて、味がしないみたいだ。

床に静かに広がっている鮮やかな赤い血をぼんやり見ながら、
私は娘の言葉を思い出していた。
「おばあちゃんに、『ねむのおでこの生え際はママそっくりね』って言われたから、私、自分の生え際が好きなんだよ」

銃の引き金を引いたのは、もう一人の私。
鏡の中にあった私の顔は、
こっぱみじんになって無くなった。

でも、これでよかったんだ。
鏡の中の顔が泣いていたことを、
最早、知る術もない。

ただ、薄れゆく意識の中で、
もう何もかもどうにもならないっていうこと
それが無性に悲しかった。

 

 

 

しじみのカケラ

 

村岡由梨

 
 

今春小学校を卒業した花の荷物を整理していたら、
彼女が昨年書いた作文を見つけた。

 

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「しじみ」

しじみは四月の終わりごろに死んでしまいました。
しじみは一昨年の十二月に、家の近所でニャオニャオ鳴いているところを拾った猫です。
たった一年とちょっとの少しの間しか、一緒にいれなかったけれども、しじみは私たち家族にとって、とても大切な存在になりました。

しじみは、出会ったときはボロボロで、皆最初は野良だと思っていましたが、そうとは思えないくらいおっちょこちょいで可愛らしい猫でした。それにとてもおとなしく、白い足袋(足袋をはいているように足だけ白い)や白い胸毛、かぎしっぽがチャームポイントです。

しじみの名前の由来は、母の好きな小説、「クレヨン王国の赤とんぼ」にでてくる死なないトンボ「ふじみ」を少し変えて「しじみ」という名前になりました。母は昔、白文鳥と桜文鳥、ラブラドールレトリーバーの三匹のペットを亡くし、死なないでほしい、という願いからつけられた名前だそうです。

けれどしじみは出会う前から心臓に腫瘍があり、動物病院のお医者さんからもあまり長くない、明日死んでもおかしくない、と言われていました。

明日死んでしまってもおかしくない毎日を一年以上も頑張ってくれていました。私は、しじみの写真をたくさんとりました。死んでしまったとき思い出せなくなったりしないようにです。

今年の四月ごろ、しじみがあきらかに、具合が悪くなっていきました。
死んでしまう一日前、しじみはめずらしく私にすりよってきてくれました。もしかしたらこの時以外、しじみからすりよってきてくれたことはなかったかもしれません。しじみはカタカタふるえていました。きてくれたことに喜びもありましたが、ふるえていることがとても心配でした。この時とった動画が、しじみが生きているとき最後の動画になりました。

しじみはさらに容体が悪くなってきたため、その日に夜間にやっている大きな動物病院へいきました。
翌日の早朝、父が冷たくなったしじみをつれて帰ってきました。
しじみは片方の肺が腫瘍でうめつくされていたらしく、常に高山にいるような状態だったそうです。

父は声を出してずっと泣いていました。私が初めてみるくらい泣いていました。私は、最初意外と落ちついているなと思いましたが、寝ているようでぴくりともしないしじみを見て、もう一生帰ってこないんだ、と急に悲しくなってきて、泣きました。

私たちは、しじみを保冷ざいで囲み、バスケットに入れ、生花でしじみをうめました。私と姉は、小さく可愛らしいマーガレットのような花で花かんむりを作り、しじみにかぶせました。そして写真をとったり、肉球に朱肉をおしあて、いろんなものに肉球はんこをおしたり、ブラッシングして毛をとったりしました。

しじみが死んで、約四ヶ月。いつも形に残すことの重要さがとても身にしみます。
今、私の家には三匹猫がいます。全員一才のメスです。皆保護猫カフェで私たちが選んだ猫たちで、とても甘えん坊です。

この子たちには、しじみの何倍も元気に生きて、どんどん甘えてほしいです。そしてこの子たちが死ぬまで、たくさん思い出を形に残していきたいです。
 
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グレーキジのナナ。
キジ白のサクラ。
キジトラのクルミ。

今年で2歳、元気盛りの3匹の
どんな姿も仕草もかわいくて、
一日に何度も写真や動画を撮る。
よく撮れると人に見せたくなって、
インスタグラムやフェイスブックにアップする。
すると、「いいね!」がつく。
こんな時、しじみが遠くなる。
私は、自分が、配慮に欠けたひどく薄情な人間に思えてしまう。

そんな風に慌ただしい日常に飲み込まれて、
かわいかったしじみの記憶が薄れていくのが
ただただ、悲しい。

そんな時、花のこの作文を読んで、タイピングしながら、
胸の奥からこみ上げてくる涙を抑えることが出来なかった。

少量のご飯を一生懸命に食べていたしじみ。
食事の後、陽のあたる部屋の片隅で、
気持ち良さそうにグルーミングしていたしじみ。
時々私の撮影部屋にそっとやってきて
広げたダンボールの上で日なたぼっこしていたしじみ。

しじみ しじみ しじみ
忘れない
忘れたくない
忘れられない

しじみのようなちっぽけな猫が
生きようが死のうが
この世界はビクともしない。
何事も無かったかのように、事は進んでいくだろう。

けれど、時には時間を止めて。
確かに、しじみはここで生きていた。
間違いなくこの世界の一部だった。
そして花も私も、その一部なんだろう。

世界はそんなちっぽけなカケラが集まって出来ている。
猫とかヒトとか関係ない。
どのカケラも、世界は平等に愛するべきで
どのカケラが欠けても、悲しく虚しい。
欠けたカケラの空白に
ぴったり収まるようなカケラは存在しない。
空白は空白のまま。

そんな不完全で不器用な世界に、
私たちは生きているんだね。
たくさんの空白を抱えたまま、
今日も生きていかなければならないんだね。

そんな悲壮な決意をいだいて
私たち家族は、
しじみの空白を胸に抱き
今日も生きた形を残していく。

 
 

しじみへ

あの時
私のベッドで
痩せた体を横たえて
苦しそうに呼吸をしながら
遠くを見ていたしじみ。
一体何を見て何を考えていたの。
部屋の灯りが両眼に反射して、とてもきれいだった。
今どこにいるの。
もう一度しじみに触れたいよ。

 

 

 

透明な棺

 

村岡由梨

 
 

夥しい数の透明な棺が
一定の間隔をおいて
並んでいるのを見た。

白い人もいる。
黒い人もいる。
黄色い人もいる。
知っている人も知らない人もいる。

これから土葬されるのか
火葬されるのか。
泣いても叫んでも
愛しているのに触れることも出来ず、
物事は粛々と進められていく。
遺された人たちを置き去りにしたまま。

「母を燃やさないで。
まだ生きているかもしれないから」
母は極度の閉所恐怖症で、
死んでもなお、
狭いカマドに入るのを怖がるだろう。
私は激しく泣くだろう。

「私を娘たちと一緒に燃やしてください」
手を握ってやることも許されず、
私は娘たちの棺にしがみついて離れないだろう。
そして泣き叫ぶだろう。

世界中の人々が、
たくさんの残酷を目の当たりにして
深く傷ついた両眼から、血の涙を流している。
私たちが見ている世界は、
瞬く間に真っ赤に染まってしまった。

それでも、誰かが知らない人のために流す涙が本物ならば、
いつかきっと、世界は涙で洗い流され、
ありのままの色を取り戻すだろう。

そうしたら私は、
ありのままの世界で、
「砂利道を歩くのが好き」と言う娘たちと
手をつないで、笑って笑ってヘトヘトになるまで歩きたい。
猫たちが一生懸命ご飯を食べているのを見るのが好きだから、
何にも遠慮することなく、ずっとずっと見ていたい。

69歳のまりさんが、
「毎日食べることと排泄することばかり考えてて
こんなんで生きてていいのかしら」と嘆いたら、
84歳の詩人は
「生きるってそういうことなんじゃないの」
と言っていた。
私は、「また来ます」と言って、
いつも通り詩人と握手をして、帰った。

握手、をして帰った。
生きるってそういうことなんじゃないの。

 

ニュースで
夥しい数の木製の茶色い棺が
一定の間隔をおいて並んでいる
航空写真を見た。

その木製の茶色の棺に誰が入っているのか、
私には、見えなかった。
だから想像した。
私の肌と、その人の肌が触れ合うことが出来たなら
その瞬間の温かさを。

 

 

 

昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか(✳︎)

 

村岡由梨

 
 

1. 花

 

おでこのニキビがなかなか治らない。
何だか最近お腹も痛くてユーウツだ。

授業中、先生から出された課題を静かに終わらせて、
自分の席で絵でも描こうかと
自由帳を出したりしまったりして終業のベルを待つ。
教室の後ろには、習字で書いた「あけび」という文字が
退屈そうに並んでる。
窓際の壁に目を向けると、
「教育目標
考える子 思いやりのある子 元気な子」
って貼ってある。
私は6年間そうなれるように頑張った。
子供は大人の言うことを聞かなきゃならないものだと思っていたから。
誰からも疎ましがられたり嫌われたりしたくなかった。
私のせいで、誰かを落胆させたりしたくなかった。

大人はもっと世界に目を向けろというけれど、
私にとって
このイビツな教室が世界の全てだった。
学校は、大き過ぎて手に負えない宇宙みたいだった。
その宇宙の中で、私は
友達と笑っている時もそうでない時も
ひとりぼっちだった。孤独だった。
いつも聞き手に徹して、
「聞き上手だね」なんて言われて、また笑って。
苦しかった。
もっと私の話も聞いて欲しかった。

「考える子 思いやりのある子 元気な子」
になんて、本当はなりたくない。
これ以上、私に何かを押し付けないで。
私は私自身のために、考えて苦しんで生きてみたいんだ。

青春がキラキラしているなんて、誰が決めたの?
大人たちの疲れた顔を見るのは、もううんざりです。
自分たちは世界に絶望しているのに、
どうして未来に希望を持てなんて言うの?

私の中で、真っ赤な炎が激しく燃え始めている。

もう、誰からも束縛されたくない。
傍に猫さえいればいい。
私は、もうすぐランドセルをおろして自由になる。

私がなりたい私になるには、
まだ時間がかかりそうだけど

さよなら、ランドセル。
さようなら、世界。

 
 

2. 眠

 

春から行く高校の制服の採寸をしに、
ねむを連れて豪徳寺の店まで行った。

真っ白なセーラー服に、黒くて柔らかいリボンを付けて、
不機嫌そうな顔で試着室から出てきたねむ。
その姿を見て、私は泣きそうになった。
それはとても、きれいだったから。

いつの頃からか、人前で泣かなくなった、ねむ。
泣きたくなかったのか、泣けなくなったのか、
どちらかはわからないけれど、
中学校3年間は試練の連続だった。

ある夜、パパと口論になって
「塾に行く」と言って家を飛び出したねむが辿り着いたのは、
私が幼い頃住んでいた家の近くの公園だった。
懐かしい夜の公園で、私とねむは
話して話して話して話して
ねむは、激しく泣いた。
私はその姿を見て
雨の中でひとり泣きながらうずくまっていた
幼い私の姿をぼんやり思い返していた。
どうすることも出来なかった。

どうすることも出来なかったけれども、
ねむが、勉強や学校生活、生徒会の仕事
そういった社会との接点で
自分と他人はもとより
他人と他人がより良い関係を築けるよう
血のにじむような努力をしてきたことを知った。

私が中学生の時を過ごした「青空の部屋」で
ねむが声をあげて泣いていたこともあった。
私は、自分の中学生時代を思い出して不安になり、
このままねむが死んでしまうんじゃないかと
気が気じゃなかった。
「大丈夫?」と声をかけたら、
小さな声で「だいじょうぶだよ」と言った。
懸命に気丈に振る舞う、ねむが愛おしかった。

親や先生や友達は、
時に無自覚に残酷な言葉でねむの人格を傷つけるけど、
ねむはヤケッパチにならずに3年間闘った。

「『自分を守るために人を傷つけた』なんて人殺しの常套句。
私はそうはなりたくない。
これからのこと、もっと先のこと
ふわふわとした不安のなかで、
私は今、鏡に映る自分をまっすぐ見据えてる。」

いつだって私たちには夜があった。
夜に守られていた。
夜の闇の中では見たくないものを見ずに済むから。
でもその内、剥き出しの夜明けを迎えて
セーラー服の白がまぶしいくらいに光りだす。
そして、ねむは言う。
「私が見ている世界の中心にいるのは、私。」だって。

 
 

3. 由梨 / 母

 

2人の娘たちの存在が自分にとって全て、と思っていたけれど、それは少し違うかもしれない。子供はいつか自分の手を離れていくもの。と言いつつ、私自身も親と適切な関係を築けているかと尋ねられると困ってしまうけれど(苦笑)。それでも、自分の存在価値を、自分以外の誰かに委ねてしまうのは、実はとても危険なことだと思う。娘たちには、自分の人生を生きてほしい。自分の人生を生きるということは、自分の人生に責任を持つこと。重要な選択を人任せにしないこと。人のせいにしない。「自分で選ぶ」ということ。
世界で一番傷ついてほしくない。一方で、安易に人を傷付けてほしくない。それが今の私にとっての「娘たち」という存在。(2018年3月 眠の誕生日に寄せて)

これから、自分に今ある全ての言葉を注ぎ込んで
空っぽになろうと思う。

だいぶ前、東京拘置所にいた父と手紙のやりとりをしたことがあって、
その中に、父から届いたこんな言葉があった。

「由梨が小さい頃、自分の鼻を指差して『パパ、パパだよ』って教えていたら、鼻=パパだと勘違いしたらしく、
由梨の鼻を指差して『パパ、パパ』って言ってたことがあった(笑)。」

それを読んで、
怖かった父のイメージが完全に覆るまではいかなかったけれど、
私の中で何かがグシャっと潰れて、
涙が止まらなくなった。
人は単純じゃない、多面的な生き物なんだって
そう、腑に落ちたというか。
ああ、私にも父親がいたんだな
愛されていなかった訳じゃないんだな、ということがわかった。
完璧な親なんていないってことも、
傲慢だけど、許す許さないってことも、
長い時間をかけて決着がつけばいいやと思い始めている。

ところが、いざ自分が親になってみると、
完璧な親にならないと、と思ってしまう。
でも、出来ない。
夜更かしはするし、朝寝坊はするし、
子供に対していつでも優しくいられるわけでもなく、
寛容でいられるわけでもなく、
子供の都合より、自分の都合を優先してしまったりして
気付いたら、鬱陶しくて憎まれる親になっている。
愕然とする。
嫌われたくない、憎まれたくないと思うほど、
見透かされる。

そんなみっともなくて情けない私が、
娘たちに、何て言葉を送ればいいんだろう。

物事を多面的に見られるようになって欲しい。

対立している人たちがいたら、どちらか一方の意見だけでなく
双方の意見を良く聞いて判断できるようになって欲しい。

はな、いつもハグしてくれてありがとう。
ねむ、いつも「きれいだよ」と言ってくれてありがとう。

そして、
母が私に言うように、私から娘たちに言いたいこと。

生まれてきてくれてありがとう。

お母さん、私は生まれてきてよかったんだね?

あなたたち二人が私の闇の中から
狭い産道を通って
光のある方へ一生懸命生まれ出てきてくれたこと、
初めて両腕に抱いた時のことを一生忘れません。

二人とも、心から、卒業おめでとう。

 
 

(✳︎)ニーチェ「ツァラトゥストラかく語りき」より