塔の上のおじいさん

 

村岡由梨

 
 

家族で小さな小さな会社を経営している。
訪問介護の会社だ。
昨年母から代表の立場を引き継いだものの、
「代表」とは名ばかりで
実態は経理全般と事務担当だ。
私がこの世で一番関わりたくないもの「お金」の責任者。
もちろんヘルパー業務もする。

このところ日が落ちるのが早くて、辺りはもう真っ暗だった。
冷たい風を裂くように自転車を走らせて、
その日、私は母の現場仕事に同行していた。
初めて行く御宅だった。

着いたのは、まるでおばけやしきのような古いアパート。
母にくっついて、
向かって右側の古くて狭い階段をカンカン昇っていく。
恐る恐る手すりの隙間から向こう側の景色を見たら、
街がべっこう飴みたいに てらてら光っていた。

母が部屋のインターフォンを押すと
ドアが開いて、おじいさんが床を這って出て来た。

不思議な部屋だった。
家具も照明器具も見当たらない。
ガランとした部屋が、月光に青白く照らされていた。
床は腐っているのか、湿って傾いていた。

殺風景な部屋に、古いケージが一つあって、
中には赤茶色の鶏が一羽と
スズメのような鳥が一羽。
傍に、肌色の温かい卵が一つ落ちていた。

母は、その卵を拾って台所へ行くと
コンコンと割って、黄身と白身に分けた。
黄身が入った殻と、真っ白なショートケーキをお皿に載せて、
おじいさんの傍にそっと置いた。
おじいさんは布団も敷かずに、
まっすぐ横になっていた。

私は床にゴロンと寝転がった。
すると、母も私の隣に横になって
二人で夜空を眺めた。
流れ星が五つ。
私が「きれいだね」と言うと、
北海道生まれの母は
「私の小さな頃はこんなもんじゃないわよ」
と言った。

帰り道、ふと自分の手のひらを見たら、
おじいさんのうんこがベッタリ付いていた。
母の手のひらにも付いていた。
私たちは、おじいさんのうんこを
お互いにベタベタ付け合いながら
声をあげて笑った。

「ただいま!」
家に帰ると、娘たちが
ディズニープリンセスの顔パネルを作って遊んでいた。

「すごい御宅だったよ。
塔の上のラプンツェルみたいなお家だった!
今から詩に書くから! そしたら読んでね、野々歩さん」
 

そう言ったところで、目が覚めた。
 

母と寝転んで流れ星を見たことが一気に遠ざかって
急に悲しみと寂しさが込み上げてきた。
 

受験生のねむの期末テストが近いこと、
少し眠るから、1時間経ったら起こしてね
と言われたことを思い出した。寝過ごしてしまった。
ねむの憂鬱と切羽詰まった気持ちを思うと
遣る瀬ない気持ちになった。
中学校にほとんど行かず、
高校も3日で辞めた私のアドバイスなんて
クソの役にも立たないのだ。

「内申点に響く」「人生に関わる」って言って
狭い世界は子どもたちを追い詰めるけれど

そんな必死にならないで
太陽が優しい時 一緒に原っぱに寝転がって
うんと伸びをして
好きな絵を描いて過ごす
そんな風に生きていくわけにはいかないのかな。
そんな生き方を許容出来る世界ではないのかな。
やっぱり「お金」を稼がないと、生きていけないのかな。

考え込む私の横で、
猫が大きなあくびを一つして
丸くなって眠っていた。

 

 

 

お誕生日おめでとうの詩

 

村岡由梨

 
 

私たちが出会った頃のこと
どれくらい覚えていますか。

あの頃、野々歩さんはヘアワックスで髪を逆立てていて、
今みたいにメガネじゃなくてコンタクトをつけてたよね。

イメージフォーラムの16mm講座で一緒の班になって、
どういう作品を撮るかの話し合いの時
私の隣の席に、ぶっきらぼうな表情で座ってた野々歩さん。
なぜか私は胸がドキドキして、
ゆでダコみたいに顔が真っ赤になってたよ。

多摩川の河川敷での撮影が終わって、編集作業の日。
珍しく野々歩さんは洗いたての髪にメガネをかけてて、
なぜかまた私は胸がドキドキして、
ゆでダコみたいに顔が真っ赤になりました。

助手の徳本さんが、
一生懸命に編集作業に取り組む私たちを見て
「野々歩君と村岡さん、仲良いね」
ってからかったの覚えてる?
野々歩さんは
「僕らお互いのファンですから」
って、さらっと言いのけた。
その時の私の頭の中を想像出来る?
ゆでダコどころの話じゃないよ!
頭がグラグラ沸騰して、
パーンと音を立てて爆発しそうだった!

その年のクリスマスの夜は、

二人で東大の校舎に忍び込んで
初めて手を繋いで歩いたね。

お正月には、初日の出を見ようと
建設中のマンションの屋上に忍び込んで、
自分の眼の高さに鳥が飛んでいるのを見て、
「私も飛べるかな」
って柵を飛び越えようとした私を、
「落ちたら痛いから、やめなよ」
と言って止めた野々歩さん。
何でも複雑に深刻に考えがちな私にとって、
「落ちたら痛い」っていうシンプルな言葉は
ものすごく衝撃的だった。

私たちはそうやって、
互いに無いものを補いあって求め合って、
ここまで歩いてきたんだね。

やっとの思いで完成させた処女作を
イメージフォーラムの映写室で泣きながら観ていた私。
そんな私を優しく気遣ってくれた野々歩さん。
河口湖の花火大会を観に行った時、
湖畔の土産物屋の二階で
私に浴衣を着付けてくれた野々歩さん。
雪の降る夜、大きなお腹を抱えて立ち尽くす私を
家に連れて帰って温かいお風呂に入れてくれた野々歩さん。
鬱がひどくて何も出来ない私の髪を洗ってくれる野々歩さん。

「村岡さん」から「由梨さん」、
「由梨さん」から「由梨」、
「由梨」から「ゆりっぺ」。
呼び名が変わる度にすごく嬉しかったこと、
おばあさんになっても忘れないよ。

1980年10月22日に、野々歩さんは
池ノ上の、お庭にウサギさんがいる産院で生まれて、
1981年10月22日に、私は
渋谷の日赤で生まれた。
その後、野々歩さんは渋谷で育って、
私は池ノ上で育った。
もしかしたら、イメージフォーラムで出会う前から
私たち街ですれ違ってたかもね
と、二人で笑う。

必然とか偶然とか、簡単な言葉で済ませたくない。
愛しています、とか
ありきたりな言葉では表現しきれないよ。
もっと良い詩が書きたいよ。
喉のつっかえがすうっと取れるような詩を。

シワシワのガタガタのグッチャグチャな
おじいさんおばあさんになっても
一緒にいよう。
「死が二人を分かつまで」って何?
死んでも一緒のお墓だよ!

お誕生日おめでとう!
野々歩さんと私。

 

 

 

小鳥を殺す夢

 

村岡由梨

 
 

夕暮れ時、白いカーテンが涼しい風に揺れている。
階下から娘たちの澄んだ歌声が聞こえてくる。

そんな時、私は、近くに住む母のことを考える。
今頃、リビングのソファに、ひとりぼっちで、
疲れた体を横たえているんだろうか。

「二人のフリーダ」みたいに、
母の心臓と私の心臓が一つに繋がって
母の孤独が私の体内にドクンドクンと流れ込んでくるようで
苦しくなる。
ドクンドクン
ドクンドクン
お母さん、
お母さんの心臓もいつか止まってしまうの?
私より先に死なないで。
それがだめなら、
せめて、お母さんの心臓が止まってしまう時、
私をそばにいさせて下さい。

そして、「あなたの人生は決して間違えていなかった」
と伝えたいのです。

 

思えば、母が私に何かを強制することはほとんど無かった。
けれど、私が見るのは小鳥の死骸でいっぱいの鳥カゴの夢。
小鳥を自分の手から大空に放すのではなく、
水に沈めて殺す夢。

19歳の誕生日に母が小鳥のヒナを2羽買ってくれた。
私は2羽をとてもかわいがり、よく世話をした。
私は2羽のことが大好きだったし、
2羽も私のことが大好きだった。

それから暫くして
1羽が病気になり、あっという間に衰弱していった。
そしてある朝、今まで聞いたことのないような鳴き声をあげて、
鳥カゴの金網に足を引っ掛け
グロテスクに体をねじって
助けを乞うような眼をして
私の方を向いたまま死んでしまった。
私は小さな亡骸を抱いて、
日が暮れるまで泣いていた。
夕方、帰宅した母は、「体が腐っちゃうでしょう!」と怒って、
半ば強引に私から亡骸を取り上げ、庭に埋めてしまった。
そうしなければ、私は亡骸が腐るまでそれを手放さなかっただろう。

鳥は私にとって、自由の象徴だった。
一日に何回か鳥カゴから出してやると、
自由に飛べる喜びに全身を震わせ部屋中を飛び回った。

けれど、一生の大半を鳥カゴの中で過ごした2羽は、
本当に幸せだったんだろうか。

いつの日か、小鳥を殺す夢を見なくなる日は来るんだろうか。

これまでの人生の大半を鳥カゴの中で過ごしてきた私は
これからどう生きて死んでいくんだろう。

 

私に自由を強制しないで。
私に不自由を強制しないで。

誰かに「自由について」の詩を書けと言われたら、
きっと私は白紙のまま突き返す。

例えそれが理にかなっていなくても、
いつも私を駆り立てるのは、
名状しがたい、
言葉になる以前の原始的な衝動なのだから。

 

 

 

学校に行きたくない

 

村岡由梨

 
 

花火大会の夜、蒸し返すように気だるい人混みの中で、
やっぱりわたしは一人ぼっちだった。
ここにいるのに、ここにいない。
誰もわたしに気が付かない。

人の流れに逆らって
何度も人にぶつかりながら、
次から次へ目に飛び込んでくるのは
顔 顏 顔
男に媚びるような化粧をした女たち。
女を舐め回すような目で見る男たち。
みんな不気味で同じ顔、みんなセックスで頭がいっぱい。

そんなこと思ってるわたしが一番卑しい人間だと思うけど。

軽薄な音楽が流れるとともに、
心臓をえぐるような爆発音の花火が打ちあがって、
桟敷の人々は大きな歓声をあげた。
わたしは、ある戦争体験者の
「焼夷弾を思い出すから、花火は嫌い」という言葉を思い出していた。
その言葉を思い出しながら、
「今、花火が暴発したら、こいつら全員燃えるのかな」
と考えていた。

自分はつくづく不謹慎で邪悪な人間だと思う。

先生に何十回目かの呼び出しを食らって、
職員室の横の小さな部屋のいつもの椅子に座る、空っぽなわたし。
ただ一点を見つめて、かたく口をつぐんだまま。
わたしが学校以外の場所でも徐々に精神が蝕まれて、
邪悪な欲望に侵食されつつあって、
本当のところ、何に苦しんで何に絶望しているのかなんて、
言ってもわかるはずがない。
黙ってうつむいたまま、一点を見つめるわたしを見て、
先生は諦めたようにため息をついた。
いつもの光景だった。

下水のような不快な臭いを漂わせて、
不登校で授業をほとんど受けていないから、勉強もさっぱりわからない。
友達が何が面白くて笑っているのか、全くわからない。

それでもある日、わたしが初めて「声」を出したことがあった。
同じ部活の部員たちに嗤われて「爆発」して、
言葉にならない言葉でわめきながら、
彼女らを学校中追いかけ回したのだ。
次の日から、一切のクラスメートがわたしを避けるようになった。
保護者の間で「あの子は危ないから付き合うな」と連絡が回ったからだ、
と知ったのは、それから暫くしてからだった。

特別な人間になりたいわけじゃない。
いや、特別な存在になりたいのか?
自分が取るに足らない人間なんだって
こんなにも思い知らされているのに。

言ってもわからない。
言ってもわかるはずがない。
わたしが中学校の屋上の柵を越えて飛び降りようとする絶望を
親もきょうだいも先生も友達も、
わかるはずがない。

「狭い世界に閉じこもるな、もっと大きな世界に目を向けろ。」
「君より大変な思いをしている人は、世界にいっぱいいるんだ。」
「みんな孤独を抱えてる」
「もっと他者に優しい眼差しを」
わかってる。わかってるけど、
今のわたしが欲しいのは、そんな真理や言葉じゃないんです。

わたしが欲しいのは、わたしだけの神様。
神様は、踏み絵を踏んだわたしに向かって、こう言うんです。
「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。」(✳︎)

だけど、それは本の中の話で、
実際はそんな神様なんてきっといない。

長い夜が明けて、また絶望的な朝がやってくる。

だから、明日も
わたしは学校に行きたくない。

 
 

(✳︎)遠藤周作「沈黙」より

 

 

 

クレプトマニア

 

村岡由梨

 
 

不潔で醜い男たちと交わる夢を見る。
その男たちが私自身だと気付いたのは、
小学校高学年の頃だっただろうか。

あなたと永遠の別れになる前に、
ひとつ告白をさせて下さい。
私は嘘つきな子供でした。
盗んだのは1回だけ、と言ったけれど、
実際は365回でした。

何度も何度も盗んで、
何度も何度も食べました。
そのうち、おでこにたくさんのニキビが出来て
これが神様から与えられた罪の刻印なんだなと思いました。

やがて、その日がやってきて、
私は丸裸で店の奥に連れて行かれました。
涙で視界がぼやけて、
何も見えず、何も聞こえず、息も出来ずに、
暗い水の底を歩いているような時間が
永遠に続くような気がしました。

帰ってきたあなたは、私を麺打ち棒でメッタ打ちにして
それから、泣きながら私の体をきつく抱きしめました。
それ以降、私はパタリと盗みをやめました。

けれど私の外形は醜いまま。
醜い私を愛してくれる人など、いるわけもなく
私は私を愛するしかなかった。
肉体的に交わることによって。

お母さん助けて。
顔がかゆい。かゆくてたまらない。
いっそ顔中をかきむしって、
髪の毛を一本残らず引きちぎってしまいたい。

お母さん、お姉ちゃん、弟、お父さん。友達。
たくさんの人達を傷つけながら生きてきた。
私の生活は今、
たくさんの人達の不幸の上に成り立っている。

「お前たちは育ちが悪い」
「由梨はヤク中」

お父さん、誇れるような人間でなくて、ごめんなさい。

お父さん、私のことが嫌いですか?
私は、私のことが嫌いです。

中学3年生の娘が言いました。
「『嫌い』っていう言葉は人を傷つけるためにある言葉だから、
簡単に口に出してはいけないよ」

でも、私は、私のことが嫌いです。

小学6年生の娘が言いました。
「私が私のお友達になれたらいいのに」

私が、私のお友達になれたらいいのに。
私が、私のお友達になれたらいいのに。

 
 

この詩を一気に書き上げて、
「切れない刃物でメッタ刺しにされているような気分。」
と夫から言葉をもらい、
決して誰かを傷つけるわけではなかったと
中途半端な言い訳をして、
決して虚構を演じているわけではないけれど、
私の中に詩という真実があるのか、
詩の中に私は生きているのか。

「ママさん ママさん」
そう言って、ねむは
はにかみながら私を抱きしめる。
「人ってハグすると、ストレスが3分の1になるらしいよ」
そう言って、はなが
ガバっと覆いかぶさってくる。
幼い頃の大きな渦に飲み込まれたまま
いつしか私は
抱きしめるだけではなく、
抱きしめられる立場に、また、なっていた。

私たち三人は、きつく抱きしめ合って大きな塊になったまま、
その瞬間、
間違いなく詩の中に生きていた。
詩の中に生きていた。

 

 

 

絡み合う二人

 

村岡由梨

 
 

不安そうに沈みゆく太陽は、
私の両眼に溜まった涙のせいで、かすかに
震えているように見えた。
美しかった。

少女から女性へ

太陽が沈んで
真っ暗闇の中で泣く私の髪に
そっと触れて優しく撫でてくれたのは、娘だった。

ふたり並んで歩いていて、
娘の手が、私の手にそっと触れる。
どちらともなく、二人の指がゆっくりと絡まっていく。
私の「口」がかすかに痙攣する。

娘の豊かな胸のふくらみが、私を不安にさせる。

娘は母乳で育った。
私は母乳の出が多く、
あっという間に乳房はパンパンに腫れて
石のように固くなって、熱を帯びた。
娘は乳首に吸い付いて、一心不乱に乳を飲んだ。

青空を身に纏った私は、
立方体型の透明な便器に座って
性の聖たる娘を抱いて、授乳している。
娘が乳を吸うたびに
便器に「口」から穢れた血が滴り落ちて、
やがて吐き気をもよおすようなエクスタシーに達し
刹那「口」はピクピクと収縮し痙攣した。
無邪気な眼でどこかを見つめる娘を抱いたまま、
私は私を嫌悪した/憎悪した。

小さくて無垢な娘は、お腹がいっぱいになり、
安心したように眠りに落ちていった。

あなたは悪くない。
あなたは悪くない。
ごめんね。
ごめんね。
穢れているのは、あなたではなく、私なのだから。

娘が飲みきれなかった母乳が、ポタポタと滴り落ちてきた。
性の俗たる自分では触れることすら出来ない穢れた乳頭から、
白濁した涙がポタポタと落ちていた。

一緒に歩いていて、
娘の手が、私の手に触れる。
感触を確かめるように、
ゆっくり手の甲に手のひらをすべらせて、
やがてどちらともなく二人の指が絡まっていく。
私の「口」はかすかに痙攣する

けれど
私の不安を知ってか知らずか、
娘は、沈みゆく太陽を見て私が泣く理由を、誰よりもよくわかっている。

冬が来て、しもやけになった娘の足指にクリームを塗る。
小さな頃から変わらない、肉付きの良い足指一本一本に丹念に塗り込む。
そんなことくらいで、
娘は私に、母として生きる喜びを感じさせてくれる。

美しい人。
かけがえのない人。

母と娘。女と女。不穏で不可思議な私たち。

 

 

 

しじみの花が咲いた

 

村岡由梨

 
 

体が腐らないように
小さな氷嚢を抱いたしじみは、笑っているみたいだった。

その日の朝、入院先の病院から
しじみちゃんの心臓が停止しました、どうしますか
と連絡が入ると、
野々歩さんは身をよじらせて、声をあげて泣いた。
慟哭、という言葉では到底表しきれない
言葉にできない何かが
何度も何度も私たちを責めるように揺さぶった。

やがて静寂が訪れて
私たちは、しじみの周りにたくさんの花を飾った。
優しい花の色に埋もれて
小さなヒナギクで作った花冠をかぶったしじみは、
やっぱり笑っているみたいだった。

しじみの体が燃やされた日は控えめな曇り空で、
時折ささやかな光が射したり、
遠慮がちにパラパラと雨粒が落ちてきたり、
素朴であどけない、しじみのような空だった。

移動式の小さな焼却炉の重低音が止み
重くて熱い鉄板が、竃から出されたのを見て、
私は言葉を失った。
小さくて痩せていたしじみの体はほとんど灰になり、
ほんの一握りの骨しか残らなかった。

やわらかくて温かだったしじみは、もういなくなってしまった。

空っぽのひと月が過ぎた頃、
庭に植えた黄色いヒナギクが一輪、花を咲かせた。
しじみの花だ。
その花を見て、
「言葉にできない気持ちを言葉にするのが詩なのだとしたら、
もう一度、言葉に向き合ってみよう。」
空っぽだった心に、そんな気持ちが芽生えてきた。

毎日水をやりながら、撮影をした。
しじみの花が、風に吹かれて気持ち良さそうに震えているのを見て
嬉しくて涙がこぼれた。

それから暫くして、花は萎れ、やがて枯れていった。

わかっていたはずだった。
生きて咲き、萎れ、枯れていくこと。
その後は?
その後は、一体どうなるんだろうか。

今日もレンズ越しに、言葉を探している。
今どこにいる?
寒い思いはしていない?
ひもじい思いはしていない?
答えのない問いを、何度も繰り返しながら。

 

 

 

 

イデア

 

村岡由梨

 
 

私たちは今、“家族”という儚い体をなして生きている。
2年前の夏の初め頃、
「夕暮れ時、アトリエ近くの歩道橋からの景色を眺めてると、
悲しいような、でも懐かしいような気持ちで胸がいっぱいになるんだよ」
と、眠が言った。
私と同じ気持ちだったんだ。
そう知って、切なさで涙がこみ上げた。
けれど今、その歩道橋はもう存在しない。
この世界には決して叶うことがない願いがあるということを
私たちは知ったのだ。

永遠に続くと思っていた関係にも、
いつか終わりの時がやってくる。
大切な人を胸に抱いている時。
温かい生き物の息遣いを感じながら眠りにつく時。

小さな頃、夏の夕暮れ時の庭の木々を見るのが好きだった。
冬の明け方に目が覚めて、
雨戸の隙間から朝焼けの澄んだ空気を感じるのが好きだった。
時間の粒子が流れるのが、一つ一つ目に見えるようで、
全てが魔法に包まれていた。

永遠に続くものに執着して
何かを失うことを畏れて悲しんで
壊れてしまった家族の記憶と、壊れそうな家族と
瀕死の飼い猫についての映画を撮った。
私の11本目の映画だ。
いつもは何かと注文をつけたがる野々歩さんが、
「君が今日まで生きてきて、この作品を作れて、本当に良かった。」
と言ってくれた。
その言葉を聞いて、
私には一緒に泣いてくれる人がいるんだということに気が付いた。

もう少し、私と一緒に歩いてくれますか?
いつかの魔法を取り戻すまで。
私が「自分は幸せな人間なんだ」と信じて、言い切れる日まで。

 

 

 

青空の部屋

 

村岡由梨

 
 

私が初めてひとり部屋を持ったのは、中学三年生の頃だった。
「自分の部屋の壁紙を選びなさい」と
母からずっしり重い壁紙サンプル集を渡された時、
迷うことなく青空の壁紙を選んだ。

「青空の時代」の私は、混沌と混乱の大きな渦の中にいた。
中学校にはほとんど行かず、高校は3日で行くのを止めた。

それでも、部屋の天窓に切り抜かれた空は美しかった。

夜が更けて
私がいた部屋は光が無くなり真っ暗闇になった。
電灯はつけない。
自分の精神と魂が互いの肉体を食い潰していく激しい痛み。
皆、自分の人生を生きるのに精一杯な人達だった。
誰も私の悲鳴なんて聞きたくなかっただろうから、
歯を食いしばって一人泣いていた。

男でも女でもない。大人でも子供でもない。
人間でいることすら、拒否する。
じゃあ、お前は一体何者なんだ?
「白と黒の真っ二つに切り裂かれるアンビバレンス」

やがて日が昇り、
太陽の光に照らされて熱くなった部屋の床から
緑の生首が生えてきた。
何かを食べている。
私の性器が呼応する。
もう何も見たくない。
もう何も聞きたくないから
私は自分の両耳を引きちぎった。
耳の奥が震える。
私が母の産道をズタズタに切り裂きながら産まれてくる音だ。
そして、漆黒の沼の底に、
白いユリと黒いユリが絡み合っていた。

この時期、私と私の核との関係は、
ある究極まで達したけれど、
それと引き替えに、
私の時間的成長は、15歳で止まってしまった。
私が発病した瞬間だった。

その後15歳で働いて旅をして
15歳で作品制作を始めて
15歳で野々歩さんと出会って結婚して
15歳で長女の眠を産んで
15歳で次女の花を産んで
15歳で働きながらまだ作品制作を続けていて
15歳で老けていって。

やがて「青空の部屋」で死んでいくんだろう。
皺だらけの顔に不釣り合いな、黒々とした髪
死ぬ時の私は、きっと、美しくない。
でも、部屋の天窓に切り抜かれた空は変わらず美しいんだろう。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も
私という不穏な塊を生き抜くとはそういうことなのだ。
そう、覚悟を決めるということ。

私が死んでも、眠と花は生き続ける。
続いていく。追い抜いていく。

今、庭のハナカイドウが花盛りだ。
ネムノキはぐんぐんと空に向かって伸びている。
そう、そのまま伸びて伸びて
いつか、私たちを閉じ込めた青空を突き破ってほしい。

 

 

 

未完成の言葉たち

 

村岡由梨

 
 

1.「旅」

いつかバラバラになってしまう私たち
今はまだ、そうなりたくなくて
必死に一つに束ね上げ
毎夏、家族で旅に出る。

去年の夏は秩父へ行った。
作品に使う画を撮るために、スマホを持って宿を出た。

雨だった。
赤紫色の、名前も知らない花から
ポタポタと雫が落ちていた。

その日、ねむは
中学校の門を飛び出して、
激しく雨に濡れて
死に物狂いで走って帰ってきた。
でも、家のドアの鍵は閉まっていたのだ。
“家の鍵は開いているんだ。”
そう信じて取手を引いた
ねむのぐちゃぐちゃの絶望を思い返すたび、
私は眠ることが出来なくなった。

はなは“早く大人になりたいな”という。
私が“ママは大人になりたくないな”と返すと、
“あはは、ママはもう大人じゃん!”
そう言って、はなは笑っていた。

大人になりたい子供と、
大人になりたくない大人たち。

誰もいない駅のホームで笑う3人の姿を
遠く離れて撮っている私がいた。

 
 

2.「夜」

私は、叫んだ。
“あの女の性器を引き裂いてぶち殺せ!”
引き裂いて、噛み砕いて、床に叩きつけて
お前も死ね 今すぐに
破綻した思考がギイギイと音を立てて
夜の暗さにめり込んでいく。
鱗粉 痙攣 東3病棟
お母さんの瞼が真っ赤に腫れ上がる。
私は真っ暗な部屋の鏡に映る自分の姿を凝視する。
私は悪だ。
私のからだは穢れている。
私のからだは穴だらけ。
繕いもしなければ買いもしない。
ゆりっぺが穿き古したパンツと一緒じゃん。
「幼な心」「憧憬」
このからだがもっと穴だらけになって
早く消滅してしまえばいいと思う。

 
 

3.「空」
—未完成—

 
 

4.「光」

家の裏に、鎖につながれた犬が三匹いた。
首輪をはずして
体を洗ってやって
心から詫びた。
新しい名前 新しい首輪
もう鎖は必要ない。
そのままで生きていて良いと許されたような気がした。
もうすぐ私は私の体とさよならする。
真の自由を手にするために

“ママのうそつき”“ママはずるい”
そう言って娘たちは怒るだろうか。
“親より先に逝くなんて”
そう言って母は泣くだろうか。

ある夜、6本指になる夢を見た。
自分の体の一部なのに、自分の思うようには動かせない、
もどかしい6本目の指。
思い切ってナタを振り下ろしたら、
切り裂くような悲鳴をあげて、鮮血が飛び散った。

真っ赤に染まった5本指は私。
切り落とされた6本目の指は誰?

そんな風に、痛みで私たちは繋がっている。