辻 和人
微かなグレーの匂いが
ひょうんひょうん
上下しながら
歩いてる
ここ
喫煙が許された喫茶店
禁煙・分煙の風潮ものともせず
堂々
生き残ってる
備え付けの「ゴルゴ13」読みながら
おいしくもまずくもないブレンド啜ってるぼくは
煙草吸わない派の人間
大学生の時、勧められて1本に火をつけて
吸い込んだ途端、頭くらくらっ
もう煙草なんか吸うもんか
ところが
周りに煙草吸う人だんだんいなくなってきて
ぼくに勧めた奴も禁煙して
飲食店も煙草禁止になってきて
そしたらさ
ちょっと寂しい
煙は嫌いだけど
なくなったら寂しい
と思ってたらこの店見つけた
頭の薄いおじさんが入ってきましたよ
まだ肌寒い春先なのにサンダルつっかけて
入り口近くのどかっと座るなりポケットから四角い箱
カチッ、カチッ、ぷぅー
おじさん、目がうつろ
うっとり
そしてだらしなく開いた口元からグレーのあれが
ひょうんひょうん
歩き出す
歩き出したはいいけど
渦巻く元気はみるみる衰える
ひょ……うんと細い紐のようになって
もう紐の形態を取ることも難しいぞ
ひょ……うん……ひょうん
グレーの微かな匂いだけが
ここまでやっと届いてきました
お疲れ様
ひょうんひょうん、は
嫌いだけど
ちょっと懐かしい匂い
お、もう一人
目をキョロキョロさせて隅っこの席にちょこんと座った20歳過ぎくらいの女の子
花柄バッグを開けるや否や
取り出したのは何とおじさんと同じデザインの四角い箱だ
目細めて
うっとりうっとりうっとり
ひょうんひょうんひょうん
派手なピンクの口紅塗った口からグレーのあれが
元気に歩き出した
微妙に上下しながら
ぼくのところまで来るかな?
ひょ……うん
グレーの匂いの襞の襞みたいのがテーブルの端っこに絡みつきました
嫌いだけど
お疲れ様
嫌いだけど
よく頑張った
開いたページの中では
「俺は依頼主の感傷には興味がない。用件を話してくれ」と言い放ち
おもむろにゴルゴが煙草に火をつける
嫌な奴だけど
連載終わったら寂しい
懐かしくて嫌なものに囲まれてると
ちょっと感傷的になりますね
ひょうんひょうん