長田典子
ぱく もぐ ぱく もぐ
ぱく ぱく ぱく
あのころ
池の鯉は
白いソーメンを
上手に口に咥えて
泳ぎ回った
水中で
ながいソーメンをなびかせて
泳ぎ回る鯉たち
鯉たちのためにと茹でられたソーメンは
粉から捏ねて作られたもの
ほら、みんなよろこんでいるよ
まいあさ
おばあちゃんはわたしの小さい手を握って言った
トマトの実が赤々とゆれ
山羊は黒曜石のような美しい玉を産み落とし続けた
ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぽっとん
近所のおにいちゃんやおねえちゃんたちが
なにを言っているのか
さっぱり わからなかった
くちびるが縦横ななめにすばやく動くのを
ひたすら見上げていた
鯉よりも山羊よりもトマトよりも豚よりも鶏よりも
さっぱり さっぱり わからなかったんだ
このまえ
墓参の帰り
どうしても湖の縁の淵をのぞいてみたくなって
みんながいた場所を見たくなって
あの村に続いていた山道を下って行った
水辺へと続く 道なき道を
おばあちゃーん、おじいちゃーん、
おかあさぁーん、おとうさぁーん、
山羊たち、鯉たち、豚たち、鶏たち、
どこにいるの?
ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん
みんなみんな どこにいるの?
どうしてどうしてどこにもいないの?
村は食べられちゃったの?
なにに?
ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん
山道を下って行くと
いちばんはじめにドングリの大木を見つけた
昔のまんま 太い根で赤土を鷲掴み
まだ 生きていた!
生きていた!
ぱく もぐ むしゃ ぱく ぱく ぱっくん
いっつも追いかけていた
学校に入る前から
何を言っているのか
さっぱり さっぱり わからなくても
近所のおにいちゃんやおねえちゃんのあとを追いかけて
走り回っていたっけ
田んぼのあぜ道 山道 野原道
川原の石ころ とんとん渡り
折れ曲がる
ヘアピンカーヴの山道
片側は剥き出しの関東ローム層の赤土が切り立っていた
その曲り角の赤土のてっぺんに
ドングリの大木が
太い根を巨人の掌のように広げ大地を鷲掴んでいた
昔のまんま
節くれた太い指の下は洞窟で
おにいちゃんたちは
木の葉や枝を集めて秘密基地を作っていたんだ
ぱく もぐ むしゃ ぱくぱく ぱっくん ぼと ぼっとん
みんなの声は
坂を下った川沿いの村まで届いていきそうだった
おにいちゃんたちのくちびるは
すばやく動く
鯉よりも山羊より豚よりも鶏よりも
わからない
わからない
ぱくぱくぱくぱく ぱっくん もぐ むしゃ ぼっとん
見ているうちに急に大便をもよおした
うんこ、したい……と言うと
………、いいよ、と聞こえ
わたしは
おもむろに基地のど真ん中にやってしまった
ちょうど誰もいなくなった一瞬のできごと
そのとたん
臭いがたちこめ
秘密基地の周辺は大騒ぎになってしまったっけ
おにいちゃんたちは
ひどく怒って
ばくぶくばくぶく ぶちゃぶちゃ ばっぐん ばぐばぐ ばぁん!
怒鳴り散らしながら
どこかに走って行ってしまった
みんな どこにいるの?
ばぐぶぐばぐぶぐばぐぶぐばっぐん
ぶちゃぶちゃ どっぷん どっぷん とぷとぷとぷ
鯉よぉっ!
山羊よぉっ!
来いよぉ!
みんなぁっ!
とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん
はなればなれになっちゃったね
村が湖に沈むとき
みんな みんな いなくなっちゃって
とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん
湖の縁の淵には
わたしたちがいた村があったのに
みんなぁーっ!
ドングリの大木はまだあったよ
まだ 生きていた
昔のまんま
巨人みたいに大きな掌を広げて
赤土を掴んで立っているよ
根っこの洞窟は
わたしたちのツリーハウスだよ!
とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷん
おばあちゃーん、
おじいちゃーん、
おとうさぁーん、
おかあさぁーん、
みちこさぁーん、
けんろくさぁーん、
おなかさぁーん、
かおるくーん、
よしこちゃーん、
おりんさぁーん、
ねぇ、みんなぁーっ!
山羊が産みだす黒曜石の丸い玉、ときどき逃げ出した豚、
たわわに実った黄色い柚子の実、真っ赤に熟したトマト、
まだ温かい生みたての卵、………、
とっぷんとっぷん とぷとぷとぷとぷ とっぷんとっぷん
鯉たちが咥えた白いソーメンが湖の底でなびくのが見えた?
村は食べられちゃったの?
なにに?
あは、
食べられてなんかいないさ
ドングリの大木みたいに
続いていくのさ
墓参の帰り
駅まで姪の車で送ってもらう
※連作「ふづくらシリーズ」より
※小島きみ子氏主催「エウメニデス」49号初出を大幅に改稿した。
このシリーズ、いいですね。偉そうですが、とても充実しているような気がします。それをまずfacebookに書き込もうと思ったのですが、小生昨日から7日間の禁止処分を受けてしまったので、こちらにコメンントしました。
次回作が楽しみです。
佐々木眞様
コメントありがとうございます。充実しているとお褒めにあずかるとは!とても意外で、嬉しいです。帰国後、NYシリーズと並行して書きためていたシリーズで、実は、本作で終了となります。(改稿作は発表させていただくかもしれませんが)
また、新たなステージを目指します。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。