塔島ひろみ
ゴルフ練習場から球を打つ音が聞こえてくる。
その裏に沿い神社へと続く道は行商豆腐屋の通り道で、
今日もラッパを吹きながらバイクを低速で走らせていると
「お豆腐屋さーん!」と声がかかった。
それは古い木造アパート脇の静かな場所だ。
高齢の男性が2階から声をかけ、タッパーを手に降りてくるまでの間に豆腐屋はバイクを降り、スタンドを立てると、チョコレート色のガードレールに近づいた。
おいしそうな色のガードレールが整然と続き、歩道を歩く人を交通災害から守っていた。
根元ではところどころにペンペン草がこんもりと茂り、生温かい風に揺れている。
豆腐屋はガードレールの上部を両手で持ち、長靴の足で強く、蹴りを入れた。
それから下の雑草の辺りも、ゴンゴンゴン!と、蹴り潰す。
豆腐屋の顔は戦争のように厳しく、暗く、一言も発さない。
高齢の男性が到着した。
その頃豆腐屋はバイクに戻り、荷台にくくりつけた冷蔵ボックスの蓋に手をかけて男性を迎える。
腰が曲がり、足の弱った男性をいたわり、体の様子を聞き注文を受ける。豆腐を男性の持ってきた容器に入れ、油揚げをポリ袋に入れて手渡し、金を受け取る。
すべてが終わり、男性は家へ、豆腐屋はヘルメットをかぶり直し、バイクにまたがる。エンジンをかけ、出発する。
プーププー。豆腐屋の息を含んだラッパの音は、次第に薄く、遠くなる。
代わりに、思い出したようにゴルフ球を打つ間延びした音が聞こえ出し、黄砂のように辺り一帯に充満する。
・・・・・
路肩に停車するオレンジ色のトラックのドアが、静かに開いた。
中でパンを食べていた犯人は、帽子を被り大きなマスクを装着し、
高齢男性と豆腐屋がいなくなった道にコソと降り立つ。
そして豆腐屋が蹴り飛ばしたガードレールのところへ行った。
ガードレールは傷はなく、汚れてさえいない。
雑草は少し折れているが、もともと折れていたのかもしれない。枯れ始めて汚らしい雑草だった。
犯人はしばらくガードレールを触って豆腐屋を思った。
(9月28日、新小岩サニーゴルフの裏手で)