長田典子
ふと
テーブルに手をおく
あなたはかならず平面に
ゆびさきを縦にする
五歳だった
ほら、こんなふうに、
てのひらに触れた茹で卵に
ゆびを沿わせてまげた
その角度のままに
「茶色の小瓶」の八分音符は難しくて
あなたは泣きじゃくった じれったくて
いちどできたら繰り返し弾いた
八分音符と八分休符の組み合わせが
きもちよくて
ジャズ ジャズ やめられないジャズ
卵が発熱する
パソコンの
キーボードは鍵盤
ゆびは 今も
ピアノを弾いている
あの日のまま ゆびさきをたてて
叩くパソコンのキーボード
卵は熱い卵はくるしい卵はじれったい
産みたい産まれない産みたい産まれない
ジャズ ジャズ やめられないジャズ
産まれたら きっと
だきあおう
牙をむくまえの
甘噛みのように
だきあおうよ
毛が生えそろう前の獣のように
弾き語る
ジャズ ジャズ ジャズ 発熱するジャズ
十二歳
ピアノ教室はやめた
バスで街まで行ってまだ知らないソナタの楽譜を買い
調律されていない古びたピアノで夜中まで練習した
独りぼっちで卵を温め うちのめされ
あなたがピアノを弾くのをやめたのは十四歳
てのひらのうちがわで
卵を温めた そのかたちのまま
ジャズ ジャズ ジャズジャズ ジャズ
今
鍵盤は
パソコンのキーボード
あの日のまま ゆびさきをたてて
てのひらのうちがわには発熱する 卵
卵は孕む卵を孕む
卵は卵を産み落とす産み落とす
発熱する卵 孵化する 孵化する
バックミュージックは「茶色の小瓶」
ぽろ、ぽ ぽろ、ぽ ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽろ、ぽ、
ゆびさきは つっかえる ひきかえす はんぷくする はんぷくする
制御不能な 暴走する 沸騰する じれったい
産みたい産まれない産みたい産みたい産みたい
ジャズ ジャズ ジャズ くるおしいジャズ
キーボードはわたしはわたしのてのひらは
ゆびさきは
弾き語る
産みたい産み出したい産み出す
キョウリュウ!
しっぽが長くて 巨大な 牙をむく
凶暴な 肉食の
不用意な 制御不能な
ぽろ、ぽ ぽろ、ぽ ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽろ、ぽ ぽぽぽぽ
キョウリュウ!
産まれる産まれる産まれる産まれる
ぽろ、ぽ ぽろ、ぽ
ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、
ぽろ、ぽ、ぽぽぽぽ
キョウリュウ!
だきあおうよ
牙をむくまえの
甘噛みのあとは
ふかく ふかく
交りあおうよ
不用意に 凶暴に 制御不能に
くるおしく
食らいあおうよ
キョウリュウ!