3月10日

 

鈴木志郎康

 
 

この日付は
忘れないというより、
身体にはりついている。
昭和20年3月10日
アメリカ空軍による
東京大空襲。
その夜、燃えさかる
火の粉の降る工場の間の道を、
わたしは 母と祖母と、
父の指示に従って、
下町の亀戸から荒川へ
逃げていた。
北十間川の土手を、
中川の土手を、
平井橋まで逃げた。
その先へは、
工場が燃えていて
行けなかった。
朝までそこにいて助かった。
朝になって、対岸の親戚の家で、
ほっとひと息ついて、
焼け尽くされた焼け跡を、
とぼとぼ歩いて、
小松川橋を渡って、
新小岩の駅から、
省線電車に乗って、
千葉県の本八幡にあった
叔父の家に落ちついた。
わたしは焼き殺されなかったのだ。
わたしは生きのびた。

 

 

 

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