長田典子
さくら、サク、ラ、
かすみかくもか
薄墨色、けぶる
花房、すずなりの、
み、わ、た、す、か、ぎ、り、
アバンギャルドな、不穏に響く変ホ長調、CDから流れる
スタンリー・クラークのSakura Sakura みわたすかぎ、……消音、空白の、り、
アバンギャルドな、不穏な、り、立ち現れたる我らの
妖怪「土蜘蛛」の、千筋、万筋、白い糸伸ばす、
Scatter 散りばめる、
り、はらはら垂れる り、り、…… ふいに消滅、
ウッドベースの低い重なる不協和音 破れ、去る、空白、その気配、
低い空から弾ける薄墨色の花火は
下降する、はらはら花びら Scatter まき散らす
五臓六腑に匂い発つ墨…、墨…、じわじわ薄紅色に染めあげ、
長机に向かって小さな手で書いた高音の「さくら」から遥か遠く
黒い土の上をけぶる薄紅色の気配
花房、
群れる 散る 這う 広がる 渦巻く その先の空白
空白 ヨコハマ、リビングから
てのひらの「土蜘蛛」の糸、千筋、伸ばし伸ばし、飛ばした
七年前のニューヨーク、ブルーノートへ
大嵐、
水没したロウアーマンハッタン
三日後には開店
ステージが終わると客は急ぎ足で外に消えていった
Scatter 散らす、
暗闇の中でライトが小さく灯る
何か記念のお土産をと二階に上がって行ったら
いつも人で賑わっているフロアには誰もいなくて
あなたにバッタリ出くわした
咄嗟に
二人で写真を、とお願いしたのだった
あなたの腰に腕を回し脇腹の贅肉をぎゅうっと摘んだ
写真よりもその手の感触がわたしのお土産
いざや いざや
七年後、
二〇二〇年
ブルーノート・トーキョー
ようやくあなたのウッドベースの音を聴いた
記念のお土産に買ったCDの
Sakura Sakura
不穏な変ホ長調、二オクターブ下の重なる隣合わせのドとシ、はらはら、煙る
けぶ、る
ヨコハマのリビングでSakuraは
いざや いざや
渦巻く不協和音、濁る、一月の床は冷たく広がる
のやまもさとも
攻撃、報復、くすぶ、る、る、疫病、る、る、り、花房めくるめく、
低く弾ける花火は黒い土の上を群れる、渦巻く、散らばる、くすぶ、るる、
花房はなびら るる、り、り、り、はらはら散らばる り、り、
立ち現れたる
我らの妖怪「土蜘蛛」の白い糸、千筋、万筋、伸ばす り、り、り……、
消音する、りりりりりり……、不穏な、り、り、り、
Scatter 散りばめる、
スタンリー・クラークのウッドベースがリビングの床に反響する
温かい消音、り、りりりりりりり……、五臓六腑に沁みわたる
あの日
あなたの脇腹の贅肉をぎゅうっと摘んだその指で
紐スイッチを引く
ライトを点ける
けぶる 春
薄墨色の花房
不穏な 温かい 燻る
はらはら るる、り、り、り、り、り、り……、
いざや いざや
春です
※童謡「さくら」より引用あり
※「Sakura Sakura」…『Jazz in The Garden』The Stanley Clark Trio with Hiromi &Lenny Whiteより引用