ごみ

 

塔島ひろみ

 
 

いつも川は下にあり
私は橋の上から船を見た
「潮来丸」
と書かれた小型の曳船
その隣り、それがその地から曳いてきたのだろう、クレーンが載った大きな作業船
その上で、
今日も男たちは指をさし、声を掛け合い、
動きまわる
そしてときどき
暗い空を映した中川を覗く
水中では仲間が潜水作業をしているが
川は濁っていて 闇夜のようだ

午後から荒れた天気になるという
橋脚補強工事は終盤にさしかかり
彼らはこの船上の現場で2回目の春を迎えた
西風が強まり、
日ごとたくましくなる梁が支える橋の上で
私は吹き飛びそうになりながら船を見下ろす
白いヘルメットの男が先刻から動かず
(風などないかのように)
船のふちで川の中をのぞいている
両ひざを手のひらですっぽり包み、
立ったまま身をかがめて川を見ている
潜水作業員はまだ 戻ってこない

風に雨が混じりだした
あわてて折畳み傘を開いたのがいけなくて
傘は、突風にあおられて私の手から容易に離れ、
くるくる、風に弄ばれ、踊りながら船から突き出た棒杭を掠め、川へ落ちた
義母がくれた紺地に三日月柄のおしゃれな傘は
鈍色の水面に今 ゴミとして浮かび 流れてゆく
工夫が数人、橋を見上げた
そして私を見てすぐに、視線を戻し作業を続けた
時折、立ち止まって川を見ながら

夜空模様のナイロンゴミが中川下流の水に体を浸し、東京湾に向って流れていた
長年親しんできたこの川の水に私は触ったことがない
毎年水質ワーストにランク入りするこの川に、決して触らずに生き延びてきた
その水に ゴミになった傘が触る

* * *

川底では、水中溶接に失敗した潜水夫が、
中川の深奥の絶景を、
誰も、仲間たちのただ一人さえも知らないその黒い闇に息づく、様々なゲテモノたちが奏でる音楽を、
静かに 楽しみながら、味わいながら、
東京湾に向ってゆっくり 泳いでいた

橋の上で私は どこへ向かえばいいのかわからない

 

 

(3月某日 本奥戸橋で)

 

 

 
#poetory

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