ポップコーン・デイズ

 

薦田愛

 
 

ちょっと古びた打ちっ放しの外壁
ちいさな集合住宅の
ここは
リビンングダイニングの壁ひとつが
いちめん型ガラス
その向かい側がベランダに出る窓
型ガラスの
外は
こぢんまりと中庭
だから
ほのかに透けて
みどり
五月だった
はじめて
足を踏み入れ
射られた
しんと
ほの暗いなかに
明るい
みどり
みどりがさしこむ
みどりに射ぬかれ
うなずき合った
合わせた目を
真向かう
ベランダの側にうつせば

大きな樹
もしかすると
桜かなあ? 桜だったら
部屋からお花見できるね
「いいねえ、花見」
そうして決まった
こころ
心を決めた
ここに住む

仕事帰りのユウキ
そのレジ袋は何?
「ポップコーン、買ってきた」
えっ、ポップコーン?
なんで?
「だって、ポップコーンみたいじゃない?
満開の桜って。
見てると食べたくなるんだ、ポップコーン」
そうかなあ
満開の
ポップコーン
なんだか
アメリカン・テイスト
ニューヨークかどこかで桜を見ながら
ポップコーン頬張ってるひとって
いるのかな
ベランダの向こうの
〈もしかして〉が
もみじ、はだか木
〈やっぱり〉になり
寒さのゆるむ速度を追い越すように
ある日
色づくつぼみに気づくと
そこからあっという間
雨に濡れた枝からしたたる滴もあたたかいのか
見れば二輪、三輪
ほころんで
ユウキ
咲き始めたよ
「ほんとだ」
言葉少なに見やっていたのが
つい三日前だったか

アルミケースのフライパン型パッケージ
へえ、やっぱりアメリカ製なんだ
火にかけると
ぽぽっ ぽぽぽっ
ぱぱぱぱ ぱぱん ぽぽぽぽぽ
ユウキの手もと
みるみる
ミルクイエローの花はな花
リビングダイニングいっぱいコーンの匂い
「どうぞ」と澄まして注いでくれるビール
鉢に山盛りの花はな花
ポップコーンって
映画館で手探りしながら食べるだけじゃなかったんだね
塩と油にまみれた指をなめなめ
泡と花とを交互に口にする
あけはなつ窓からの風は
まだ少し冷たい
むすうの花はな花を抱えて身震いする
いっぽんの

明けの声
メジロにスズメ、ヒヨドリにアゲハ
蜜は日に日に吸われ
いっさんに散るとき
白いと見えていたものが薄あかい
吹き寄せられて
側溝に溜まる紅が朽ち
枝ひとつも忘れない入念さで若葉が覆い尽くすと
それはそのまま
蝉のねぐら

そして

ふたたびの春
ちいさな集合住宅のある町
その町のあるクニ
その、クニのある星いちめん
覆い尽くす
おそれ
はやりやまい
声をあわせ笑いあい
くみかわすことを
あきらめこらえようと
こもる人びとの窓
けれど
二輪、三輪、先を競う
花はな花は
枝枝からこぼれ
きこえない声に
揺れ
「買ってきたよ、ポップコーン」
それにビールね
この窓の内側
小さな集合住宅の
リビングダイニングをコーンの匂いに染めて
ふたり
咲ききって散り初める
いちにちを寿ごう

 

 

 

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