ポップコーン・デイズ

 

薦田愛

 
 

ちょっと古びた打ちっ放しの外壁
ちいさな集合住宅の
ここは
リビンングダイニングの壁ひとつが
いちめん型ガラス
その向かい側がベランダに出る窓
型ガラスの
外は
こぢんまりと中庭
だから
ほのかに透けて
みどり
五月だった
はじめて
足を踏み入れ
射られた
しんと
ほの暗いなかに
明るい
みどり
みどりがさしこむ
みどりに射ぬかれ
うなずき合った
合わせた目を
真向かう
ベランダの側にうつせば

大きな樹
もしかすると
桜かなあ? 桜だったら
部屋からお花見できるね
「いいねえ、花見」
そうして決まった
こころ
心を決めた
ここに住む

仕事帰りのユウキ
そのレジ袋は何?
「ポップコーン、買ってきた」
えっ、ポップコーン?
なんで?
「だって、ポップコーンみたいじゃない?
満開の桜って。
見てると食べたくなるんだ、ポップコーン」
そうかなあ
満開の
ポップコーン
なんだか
アメリカン・テイスト
ニューヨークかどこかで桜を見ながら
ポップコーン頬張ってるひとって
いるのかな
ベランダの向こうの
〈もしかして〉が
もみじ、はだか木
〈やっぱり〉になり
寒さのゆるむ速度を追い越すように
ある日
色づくつぼみに気づくと
そこからあっという間
雨に濡れた枝からしたたる滴もあたたかいのか
見れば二輪、三輪
ほころんで
ユウキ
咲き始めたよ
「ほんとだ」
言葉少なに見やっていたのが
つい三日前だったか

アルミケースのフライパン型パッケージ
へえ、やっぱりアメリカ製なんだ
火にかけると
ぽぽっ ぽぽぽっ
ぱぱぱぱ ぱぱん ぽぽぽぽぽ
ユウキの手もと
みるみる
ミルクイエローの花はな花
リビングダイニングいっぱいコーンの匂い
「どうぞ」と澄まして注いでくれるビール
鉢に山盛りの花はな花
ポップコーンって
映画館で手探りしながら食べるだけじゃなかったんだね
塩と油にまみれた指をなめなめ
泡と花とを交互に口にする
あけはなつ窓からの風は
まだ少し冷たい
むすうの花はな花を抱えて身震いする
いっぽんの

明けの声
メジロにスズメ、ヒヨドリにアゲハ
蜜は日に日に吸われ
いっさんに散るとき
白いと見えていたものが薄あかい
吹き寄せられて
側溝に溜まる紅が朽ち
枝ひとつも忘れない入念さで若葉が覆い尽くすと
それはそのまま
蝉のねぐら

そして

ふたたびの春
ちいさな集合住宅のある町
その町のあるクニ
その、クニのある星いちめん
覆い尽くす
おそれ
はやりやまい
声をあわせ笑いあい
くみかわすことを
あきらめこらえようと
こもる人びとの窓
けれど
二輪、三輪、先を競う
花はな花は
枝枝からこぼれ
きこえない声に
揺れ
「買ってきたよ、ポップコーン」
それにビールね
この窓の内側
小さな集合住宅の
リビングダイニングをコーンの匂いに染めて
ふたり
咲ききって散り初める
いちにちを寿ごう

 

 

 

むらさき落ツル

 

薦田 愛

 
 

「その、ジカビダキ、だっけ?」
――えっ?
「きみが言ってた、なんだっけ? 鳥の」
ああ
ジョウビタキっていうの。
オレンジ色の身体に黒い頭
スズメより少し大きいっていうんだけど
わたしが見たのはほっそりしてて
大きさもスズメと同じくらい
網戸に止まったり手すりにも
小首かしげて可愛いんだ
写真撮りそこねたけど
近づいてもすぐに逃げないよ
「ジョウ、ジョウビ、タキ?」
そう、ジョウビタキね
その子がどうも、ガラス窓に激突してるみたい
ゴツッ ゴトッ
ゴンッ コトッ

内側からユウキが貼ってくれた
紫外線防止フィルムのミラー効果で
じぶんの姿がうつったんだよ
ナワバリ意識のつよい鳥で
異性にまで攻撃しかけたりするんだってよ
「へええ、それはすごいね!」
だからじぶんの姿が映っているとも知らずに
ガラスに激突ってこと、よくあるみたい
そのストレスでフンを落としていくんだって
フン害報告はネットにたくさん
車のミラーやフロントガラスも危ないみたい
「ああっ」
まさか
「それだったのかあ! 汚れてた、紫の」
むらさき、の?
「だぁーっと流れてた、誰のしわざかと思ったら」
ああ、それ
ジョウビタキだ
でも、渡り鳥だから
十一月から三月くらいまでだって
春になるとどこか
たぶん北のほうへ飛んでゆく
「でも汚されるのはたまらないから
ミラー、たたんでおくわ」
そうだね、それがいい
それにしても
紫のおとしもののもとは
なんだろう
やっぱり紫なのだろうか
だとしたら
上の階のベランダには葡萄の棚らしいものが見えているけれど
グリーンぽいから違うなたぶん
そういえば
赤い鳥は赤い実を
白い鳥は白い実を
なんて唄もある
それなら
ジョウビタキはオレンジ色の実を
食べるんじゃないか
オレンジ色の鳥はオレンジ色の実を
いやいやカラスだって
ビワの実がなるとあんなに興奮する
食い散らかしがそこらじゅう
だから
紫色の実を食べたとしても
紫色の鳥にはならない
待てよ
赤い鳥は
赤いおとしものをするのだろうか
白い鳥は白いおとしものを

ある日地元の高校で
里山を歩くワークショップ
そして干し柿作り
坂の多い住宅街のひとすみ
こちらからも向こうからも
造成されて
ここだけ残ったのですよと
生物エコ部の松本先生
十年がかりの調査をまとめた里山マップによれば
アカマツクロマツモウソウチク
カワラナデシコアキノキリンソウ
茸だけでも百三十種
市内でここにしかない草木百般
案内される校内の
「裏山」と呼ばれる細長い里山エリアやハーブ園
立ち止まっては説明してくださるなかに
小暗い茂みのようないっぽんの木かたそうな葉
「これがシャシャンボです。
紫の実がなる。
和製ブルーベリーですね。
鳥が食べにくる」
むらさきの
ブルーベリー
これだったろうか
ジョウビタキの
むらさきの餌
おとしもののもと
小高い高校からヒトの足で五分のわが家へは
小柄なジョウビタキの翼でもひとっ飛び
きっと
冷たい外気のなか
干したバスタオルのまんまんなかを
深く染めた
むらさき、の
むらさき落ツル
あれはこの
シャシャンボの実
ついばまれた和製ブルーベリーのなれのはて
シャシャンボの――
メモする私は列から遅れ
湿りを帯びて傾く土の道の先
高枝伐りばさみを
ヤマガキの梢にさしのべる先生を囲んで
ワークショップは続いている

ヒヒ ピイヒ
ゴツ
ピピ ピイ ヒィ
ゴツッ
朝と言わず午後と言わず
来る日も来る日も
激突
「外側に貼ろうかな、クッション材」
結露対策に使った余りが少しある、とユウキ
いいかもしれないね
ぶつかって死んでしまうこともあるっていうから
映らなくなればもう
おとしものだって

けれどふいに
訪れは絶え
ベランダの
コンクリートに残るむらさきを
こそぎながら
耳をたてる
声をさがす
渡りの季節にはまだ早い
「別の餌を見つけたかな」
そうなのかな
べつの枝
べつの里山へ移っていったのだろうか
白く冷たいバスタオルは
よごれずに
かたく乾いた夜風をふくんでいる

 

 

 

どど どぉん どど どどっ

 

薦田 愛

 
 

ぴぃぴぃぴぃー
リビングの窓いっぱい
葉を繁らせる桜の樹のどこかだろうか
ひときわ高く鳴く
声の主が知りたくて
歴二ヵ月のスマホで調べる
便利だなスマホ
日本野鳥の会鳴き声ノートなんてあるんだな
午前十時すぎ朝食の洗い物を済ませ
ソファでひと息ついたところへ
どど どぉん どど
どどっ
何だろう
どこか近所で太鼓の練習でも始めたんだろうか
ハナミズキやツツジのある中庭を囲む
小さなこの集合住宅はいつも静かだから
最近越してきた向かいの棟の人かななんて
いけないなあ根拠のない濡れぎぬは
うちだってまだ一年そこそこ
歩いても歩いても
このあたりのことはどれほども知らない
東京入谷の住まいはまわりに
お寺も神社もたくさんあったから
祭のころになると週末ごとに笛や太鼓
お囃子が近づいてくるのだった
ひよひぃ ぴぴぃ
とことん どこど
とことことこ どどどどどん

あれまたかすかに
どど どぉん どど
どどっ
まさか
まさかね
気づかなかったんだ

二日くらいあとだったか
メイクをしようと脱衣所のドアを開けたら
押し寄せてきた
おと
どど どぉん どど
どどっ
えっ
太鼓の練習?
違うのだった太鼓じゃなかった
よそじゃなかったうちだった
洗濯機が鳴っていたのだった
どど どぉん どど どどっ
これはいわゆる異音ってやつだろうか
グレイでクールな洗濯機の上蓋前面にある
一時停止ボタンを押し
リビングに戻ってトリセツを開く
音の種類さまざまについての解説に
どど どぉん どど どどっ
は含まれておらず
異音のある場合は使用を続けると危険な場合があるとの記載
とはいえ洗いかけのものを放置もできないので
つむれない耳をつむらないまま
洗濯を再開
ふむふむ
ずうっと鳴ってるわけでもないんだな
洗うものの重さを量っている時、空回りしているような何かひきずるような
し し きゅ きゅる しし し し きゅる
洗っている時の音がいちばん大きいな
どど どぉん どど どどっ

仕事帰りのユウキに話すと
「何年使ってるの」
そうだね
東日本大震災よりあとに買ったよ
五年か六年くらいかな
「洗濯機なんて、そうそう壊れるものじゃないよ
もっとも、きみのうちはお母さんもきみもすごい量の洗濯をしていたみたいだから
ふつうの家の頻度に比べたら、だいぶ消耗してるのかもしれないね」
あのころ
女所帯の長らくの習慣で
ベランダに出る窓にも鍵を
上下合わせて三つつけていた
つまり籠城の覚悟
ゆえにずうっと外干しはせず
浴室乾燥と洗濯機の乾燥機能をフル利用していた
(なんて反エコだったんだ!)
東日本大震災のあとは放射線量が気になって
洗濯物の量も頻度もいっそう増えた
ことに雨のあとはコートもスカートも鞄のカバーも
脱いだ端から外した端から
洗濯機の中
身につけるものを選ぶ基準は何より洗えること
いや洗えない表示のものでも洗ってたっけ

東京をはなれて
今の住まいには浴室乾燥機能もないけれど
外干しをためらう理由もなくなった
奥行きのないベランダの物干し竿に隙間なく並べては
容赦ない西日に射られながらすばやく取り込む

し しし きゅきゅる しし し
どど どぉん どど
どどっ
だましだまし使っていても
音はやまない
洗い終えたものをすっかり出すと
なにやら違和感
あれっ ねじが浮いてる?
これってつまりねじがゆるんだせいで異音が出てたってことかな
いのる思いでしめ直しても
次に使うとまたゆるんでいる
かぞえきれないくらい回って
かぞえきれない靴下だのタオルだの
すりへった洗濯機の年月をおもってみる

「そうか仕方ないね」
早じまいで帰宅したユウキの車でいちばん近い量販店コジマへ直行
冷えすぎた平日夜のフロアはほぼ独占状態
ドラム式の威風堂々をスルーし
整列する各社新製品を通り越し
そうそう
七キロ洗える全自動式洗濯機でいいんだよ
梅雨どきには外干し時間が限られちゃうから
乾燥機能はいちおう欲しいよね
異音の主となった今のも乾燥機能があって
いざって時にはけっこうありがたい
でも六キロで、ちょっときゅうくつ
七キロはほしいね
言い合いながら仔細に覗き込むところへ
洗濯機をお探しですかと若手男性店員N氏
ちょっと目元が北村一輝似の濃い目くんは
ひやりとしたフロアの空気を切るように私たちの前から隣のブロックへ
「ああ、大型じゃなくていいので。七キロ洗えて乾燥機能ついてれば」
ならばと戻った列の二台を、こちらは節電、こちらは節水、とてきぱき解説
デザインお値段もにらんで節水タイプのを選択
今日選んで明日配達、というわけにはいかないけれど
太鼓の練習とさよならできるよかった

それが火曜の夜六月の日没は遅い
暮れきらないうちに買い終えて帰った
のだったが

どど どぉん どど どどっ
廃棄確定の全自動洗濯乾燥機でお茶を濁しながら
まもなく到来する新しい洗濯機の機能を確認する
使い心地のクチコミも今更ながら気になる
節水をうたっているけど洗いあがりがイマイチというのは気になるな
すすぎの回数を増やしたら結局たくさん水を使ってしまうし
そのぶん時間もかかるってこと
ふと見ると、縦型全自動洗濯機と銘打ってはいるけれど
乾燥の文字が入っていない
ってことは
乾かせないの?

配達の時間帯を知らせる電話を受けて
メモを取るのもうわの空
洗えるけど乾かせないのでは、梅雨をのりきれないのじゃないか
慣れないLINEで仕事中のユウキにメッセージ
配達時間がわかったよ
ただ、洗濯機に乾燥機能がついてないみたい
どうしようキャンセルできるかな
「え、なんで?」
だから、そういう機能のを選んじゃったみたい
まず配達をキャンセルできるかどうか聞いてみるね
「わかった」
乾燥機能のない洗濯機を積んだトラックがわが家に近づく
いやいやまだだいじょうぶきっとだいじょうぶ
コジマへ電話するも北村一輝似のN氏は不在
代わりのK氏にこうこうこういうわけでと
キャンセルを申し出る
配達とご購入のキャンセルはお受けできますが
改めてご購入の場合は金額が変わりますのでご承知ください
もちろんです勝手を申して申し訳ないですと陳謝
汗を拭きふき受話器を戻す

それでも洗濯機は要るのだった
予算内におさまるかどうかわからないけど
間際でキャンセルした手前
早めに行かなくちゃ

改めて選びに行った
コジマへ
二日後だったか
その日北村一輝似のN氏はいた
キャンセルの一件を詫びつつ話した
乾燥機能つきのものを改めて選びたいと
するとN氏
濃い眉の下の濃い目をくっきりとあげて
乾燥機能はついていますというのである
ただし乾燥といっても温風のそれではない
風乾燥だという
「ああそれなら十分だ。やっぱりこのままでいい」
とユウキ
温風ではないのはやや心もとないのだったけれど
湿気が籠りがちな脱衣所のつくりを思うと
そうだねそれでいいね
ではとN氏は改めて配送の手配
キャンセルのキャンセルという次第で
もとの値段のまま

よかったこれでやっと
どど どぉん どど どどっ と
さよならだ
籠城の女所帯のぬれた靴下やコートのにおい
うっくつのしみたグレイの
すり減ったおおきな矩形ははこびだされ
し し きゅきゅる し しし と
うめくものはもういない
ここには

届けられ開梱され納まってみれば何ごともなかったような
顔でそこにいるのが大型家電というもの
白にピンクの配色はいささかこそばゆく
風乾燥はまことに心もとないけれど
回転する音は静かなのだった
うん うん ぐぐー すすっ すすー
上蓋に化粧ポーチを置いてもすべらない
梅雨が明け
みみ みぃん みみ みんみん みぃん
いちめんの蝉しぐれ
洗濯終了のベルさえ
聞こえない

 

 

 

枕辺の

 

薦田 愛

 
 

めざめて
いた
ぼんやり
ひとり
ひとの
でかけてゆくひとの
くちづけに
めざめた
まえにだったか
足もとの
あけはなされた窓からきこえる
虫の音にふうっと
ひとねむりした
あとにもういちど
めざめてだったか
ほうけて
いた

花をかかえてまっすぐ
帰ってくる
ひと
おとこの
そのひととの床に
いるのだ
てあしのすらりとしたおんなの子が
ふたり
いる
おとこは
おこづかいをあげたりしてるんだ
という
たりって何
と、おもう
ひまもない
教科書の入ってなさそうな
かばんが
ほうりだされている
と、気づくやいなや
ふたり
みかわして
わらいごえをあげて
でていった
いってしまった

おとこは
ゆうべ
花をかかえてまっすぐ
帰ってきたのではなかったか
わるびれるでもなく
でかけていったのだろう
おんなの子たちのあとを
いないのだった
だれも
わたしたちの床には
あけはなされた
足もとの窓から
みおろしたのか
タクシーが
(と、おもった)
おとこをのせて
(と、おもった)

つづらに曲がるみちを
(未知、を)
いくたび折れて
その先でいつか車はとまる
おりた場所で
おとこが
荷を解いて積みあげて
とりにくる
だれかを待っている
まっている
(と、おもった)
わたしの
窓をとおく
よぎってゆく
ひとかげがそれであろう
(と、おもった)

虫の音がやむ
鳥たちの時間
朝、だ
まばたき
そして
目をあげれば
みえていた
(と、おもった)
かげは
プラごみ回収車の
はしりさったあとに
あとかたもなく
今朝のひたいをぬらした
おとこの
くちづけが
つれてくるかんじょう
(なみのけはい
(あるいは
(なみだににたなにか
(いえこれは

わたしを去った
あまたの恋の
卒塔婆をたてた野の末で
砕けた
対の茶碗がわらいだす
誰やらのぬけがらがおどる
にゅうねんに
あやとりするのは蜘蛛
地中深くから
蘇生して
けさ
くちびるのふれたあたりから
午前九時
あさいねむりと
わるいねがえり
いくども
いくどでも死んでゆく
細胞
その底で
とおくにぶく
うずく
それは
もえるだろうか
それは
分別をこのむ
指さき
朝の
こわばりを脱いで

今宵
ひとは
おとこは
帰ってくる
今日の花をかかえて
まっすぐ
ぬけがらでもなきがらでも
ない
おとこの
弁当箱をあける
かるい
梅干しの種がぬれている

 

 

 

ばっこばっこ、ははは

 

薦田 愛

 

ばっこばっこ
はは、ばっこ。
跋扈する母、闊歩
いっぽ、独歩、
どの
いや
そっぽをむいて
わたし。

長く暮らした東京をはなれ
戻らないと言っていた土地へ戻ったひと
はは
母という
ばっこばっこ
はは ばっこ
その母
蠢動する
うごめくはる
はなれて一年の東京にあらわれた
という噂

「ママとご飯食べたわよ」

ばっこばっこ
はは ばっこ

つきひは一年を
さかのぼる

五月
しらっとして

五月だった
書き置き四行のこし
いなくなった
スッと
ひとひとり
母というひと

紙の上にある文字の主の
部屋から小型キャリーと携帯と充電地が消えていた
ととのえる音だったろうか
聞こえていた
深夜
聞こえるとおもいながら眠りにおちた
ふすま一枚向こうを去っていた
ひとひとり
母という

みひらく目の先の
がらんどう
声のない

翌朝はたらきに出て
夜もどる
しらっとがらんと
閉めきった窓のうち雨の匂い
さがすねがいをだすなら要るかと
プリントアウトしたひとつき前の
旅先で機嫌よくわらった顔
雨だから今夜はよそう

るると鳴ったか
じじとだったか
電話
母というひとの弟すなわち叔父の声
とおい
とおいときいたのはなぜだったか
さぬき言葉だったからか
「お母さん来とるよ。明日帰るから、東京に」
「ここに来るしかないってわかっとるやろ」
なぜ
なぜわかるとおもう
ひとひとりのことを
わかるなどとなぜ
そして
書き置きのこしてなぜ明日
東京に
えっと言ったかああと言ったか
ため息は出たのだったか

メールは
帰るという日の午後
三行だったか四行だったか
叔父すなわちそのひとの弟の
敷いたレールの上を
空白*改めてみると二行
空白空0簡略いなカジュアルな口ぶりで

ばっこばっこ
母ばっこ
八十二歳の母、跋扈
年初の小倉行きの切符は揃えたが
ふるさとさぬきくらい
おちゃのこさいさい

「優しくしてあげてや」
と電話の叔父
なにを言えば
どう話せばいいのか
もうわからないのだった
帰ってくるというひとに
むけよと言われる
笑顔がつくれないのだった

ごっこ
ごっこだったのか
ずっと仲のいい親子に
見えたろう思われたろう
思っていた
うっかり
水をむければ応えるひとを
もてなすのが習いになっていた
おんぶにだっこ
あんたにわるい
言われれば打ち消す
くりかえしだった
あとで悔いる話をよそできくので
もてなしたのだろうか
せっせと

背中合わせの気むずかしさ
いらだつと籠もって
くちをきかずにいる
かたくながひとのかたちになった
朝こじれて夜帰ると
席をたった食卓が
そのまま
冷めきって

そっぽむきたい
むいてもいいと
気づかなかった
ずっと
兄弟姉妹なく父なくなり
「仲よく」「大事に」と
言われた日から三十六年

あかるみにでてしまえばもう
つつみ隠すことは難しい
べつべつのひとひとりずつと申し立て
剥がしてきたうえでなお
うかがっていた
もっとそっと
なだらかに切り分けるナイフを
もたなかった

それでも

三人で暮らそうと
春先の旅も一緒だった
彼が駆けつけ
待った
しらっと
夕方だった
帰ってきた
母のくちから
別に暮らす話
ふるえる声
もの言えぬわたしに代わり
「それがいいです」と
きっぱり

スープのさめない距離と
叔父叔母に言われ
うなずいて帰ったけれど
こわばった顔に
あきらめたらしかった

ばっこばっこ
はは
母というひと
来たレールをまた
ははばっこ
戻らないと言っていた
さぬきに住まいを探しに
ばっこ

ひとつ屋根の
というより
ひとつ扉のなかにはもう
居たたまれず
やっと
逃れ
彼のもとへ

弟や姪やいとこ総出で
助けてくれると逐一メール
あった
いい部屋があったと機嫌よくしていた
ひとへ
年来の痛手うっせきを列挙した
ながくながくながいメールを送った

ややあって返信また返信
わび言のち反論
また反論つきぬ反論
メールボックスにあふれる
母というひとの名と言葉
日に夜に決壊するかんじょうのなみ
ひたすらやりすごす
泣きながら荷物を整理していると繰り言
メールにコールの果て
その月の末、ふるさとへ
母というひと
ばっこ

かくて別居のはじまり
なれど打ち寄せつづけるメールコールのなみあらく
ついに着拒もはや着拒
怒濤くだけるみぎわをいっさんにはなれ
わたし
圏外へ

あつささむさの日月ひとめぐり
ものの噂
ばっこばっこ
ははばっこ
うごめく
母という
ひと
東京へ
(わたしのいない)
重ねて齢八十三の
ばっこばっこ
ははは
ばっこばっこ
ははばっこ
はるか
ははという
ひと
はるか
圏外へ

 

 

 

はくり、ひとの

 

薦田 愛

 
 

ねぐるしい夜であったか
定かではない
いくにんものひととはげしく踊り
汗して帰った
母というひととくらす
くらしていた
家に

いさかうことがあって
ほどけば何ということもせず
泣いてただただわびるつねの習いもとじこめ
しりぞいた
となりの音と気配を
隔て
ふすまいちまい
ねむれぬねむりをねむった

それは自棄というものかもしれぬ
ことばにうつすと何かがもれおちる
うつしとられたものばかりに宿る事実はうそくさい
ねむれぬねむりがやぶれ
やはりねむっていた
きみょうにしらっとしていて
びんせんというもの
しょくたく
かきおかれた文字があって
いなかった
ひとひとり
母という
ひとが

 

 

 

箱詰日記

 

薦田 愛

 
 

連れ立ちて茅の輪くぐらむ大転機
 
預かりし父の恋文梅雨晴れ間
 
虫干しや備蓄にと母買ひ過ぎし
 
抽出しを空けて梅雨明け退職す
 
びわ剥きて笑みて断捨離転宅す
 
相みつの時満ちたれば引越し日
 
まなうらに花耀けり短夜の
 
炎天下セミダブルベッド搬出す
 
あめつちのはげしきなつよやうつりす
 
文月や押入れ箪笥三つ四つ
 
床拭ひ汗ぬぐひてや搬出日
 
掃除機を積みて暑中の荷台かな

 

 

 

 

「浜風文庫」詩の合宿 第一回

(蓼科高原にて)2017.11.11〜2017.11.12

 

 

浜風文庫では2017年11月11日〜12日に、
「蓼科高原ペンションサンセット」にて「詩の合宿」を行いました。

さとうの発案で参加者各自にて自身の詩と他者の好きな詩を各1編を持ち寄り、
各自の声で朗読を行うこと、
また、その後に、
各自がタイトルを書いた紙をくじ引きしてそのタイトルで15分以内に即興詩を書くこと、
そのような詩を相対化しつつ再発見するための遊びのような合宿を行いました。

参加者は、以下の4名です。

長田典子
薦田 愛
根石吉久
さとう三千魚

会場は浜風文庫に毎月、写真作品を掲載させていただいている狩野雅之さんの経営されている「蓼科高原ペンションサンセット」でした。

■「蓼科高原ペンションサンセット」

大変に、美味しい料理と自由で快適な空間を提供いただきました。
大変に、ありがとうございました。

今回は、合宿の一部である即興詩を公開させていただきます。

(文責 さとう三千魚)

 

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「平目の骨を数えて」

 

長田典子

尖る麦茶、ビシ、ビシ
尖る蜜柑、ピチ、ピチ
尖る骨、ガラ、ガラ
平目の目は上を向いているからね
だけど骨は尖っているんだ
知らなかったね
平目はおべんちゃら言いながら
ほんとは尖っているんだ
尖れ、尖れ、尖れ
平目よ、尖れ!
おべんちゃら言うな、尖れ!
いや、尖るな。
俺の箸が捌いて骨を数える
骨の数だけ空を突き刺す!
麦茶を突き刺す!
蜜柑を突き刺す!
平目よ、
雨の中に立ってろ!

 

※長田典子さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

長田典子さんの詩「世界の果てでは雨が降っている」
鈴木志郎康さんの詩「パン・バス・老婆」

 

「サルのように、ね」

 

薦田 愛

朝いちばんの光をつかまえるのは俺だ
ぬれやまない岩肌をわずかにあたためる
月の光をつかまえるのは
我先にと走りだす低俗なふるまいなど
しない俺の尻の色をみるがいい
みえないものに価値をおく輩も近ごろ
ふえているときくが
俺はゆるすことができない断じて
そっとふれてくるお前が誰だか知って
はいるがふりかえりはせずに
くらがりの扉をあけにゆく
ひとあしごとに
たちのぼる
くちはてた木の実のにおい
世界はめくれてゆく
俺のてのひらによって
紅あかと腫れあがる
初々しさにみちて

 

※薦田 愛さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

薦田 愛さんの詩「しまなみ、そして川口」
河津聖恵さんの詩「龍神」

 

「ビーナスライン」

 

根石吉久

ビーナスライン
雨の中に
光って
どこへ行ったか
南の空が明るく
西の空は暗かった
雨の中に
立っている女だった
立ってろと
サトウさんが言った

 

※根石吉久さんには即興詩の制作前に以下の詩を朗読されました。

根石吉久さんの詩「ぶー」
石垣りんさんの詩「海とりんごと」

 

「下着のせんたく」

 

さとう三千魚

明け方には
嵐だった

朝になったら晴れてしまった

それから
車のガソリンを満タンにした

52号を走ってきた
八ヶ岳を見た

下着をせんたくした

 

※さとう三千魚は即興詩の制作前に以下の詩を朗読しました。

さとう三千魚の詩「past 過去の」
渡辺 洋さんの詩「生きる」

 

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はり、まぼろしの

(「いと、はじまりの」補遺)

 

薦田愛

 
 

つつっと落ちた色水が
浴室の隅をほの暗く染める
春の終わり
編むよりも織るよりも
縫うことの好きな女の子すなわち母が
ミシンに向かうらしかった
向かうのだと買ってきた布を
水とおししたのだろう干してあった
換気扇の音がむやみにおおきい

型紙を起こしたのを知っている
けれども
縫い始めたのを知らない
何を縫うのかも
いいえ
知っていた
きいた

丈の長いスカートが
探しても探してもなかなかないのよ
たまにあっても
フレアがおおすぎるのや柄物ばかりと常づね
かこつ母のクロゼットに並ぶのは
くるぶし丈の黒もしくはグレーないしチャコールグレー
昔はちがったベージュや焦げ茶ワイン色なんかもあったのに

シルバーパスで都バスを東日暮里三丁目で降りて
日暮里繊維街の店から店
きっと早足で
チャコールグレーの無地、みつかったんだ
これならって思えるのがあったんだね
縫えるのだから、好みにあわせて
仕立てればいいんだもの
コートにスーツ
ウェディングドレスまで仕立ててきた洋裁師にとっては
スカートなんて
お茶の子さいさい
などとまで簡単ではないにしても
傘寿の今は

みえづらくなってね、とくに黒いもの
裾をまつるにも針先ですくった布のうえの針目がみえない

(みえないというので目をこらすうち気づく
おもむろに
「縫う」という字は
「糸が逢う」のだと
空白――糸が布に
空白――糸がボタンに
空白――糸が鋏に
空白――糸が糸に
空白――糸がひとに
空白――糸がミシンに
そして
空白――糸が針に
空白――針に)

それでね
言わなくちゃと思ってたんだけど
ミシンの糸は二本、でも
針は一本。一本よ。
――え?

読んでくれたんだね「いと、はじまりの」
ミシンが出てくる新しい詩。
書きあげるたび紙で渡したり携帯に送ったりしているから
何でも言ってくれるのはありがたい
とはいえ、ちょっと緊張する

ほかのことはまぁ、いいとして
うんうん
糸は上と下、二本あるけど、
針は一本。
いっぽん?
そう
にほん、じゃなくて?
うん。
そうか、そうなのか――
ミシンは賢くて、
一本の針は二本の糸を連れてくるのよ
えっと、上の糸は針の穴に通すけど、
下の糸はどうなってるんだっけ?
それがねえ、どんなしくみになっているのかわからない
でもとにかく
針は一本だからね
一本の針で二本の糸を使って縫うのよね
詩のなかでは
ミシンの糸って二本、針も二本、ってあったから
わかる人なら、あれおかしいって思うでしょう
もしかしたら、これは変わったミシンで
ふつうなら一本の針、二本の糸のところ
二本の針がついているのかしらって
ふしぎに思うでしょうね
そうなの――ということは
それぞれ針に糸を通したふたりが
出逢って一緒に布を縫ってゆくのではなく
ひとりが糸をとおした一本の針で
もう一本の糸をたぐり寄せ
縫いあげてゆくのね
とするなら
母と出逢ってふたり物語を仕立てあげてゆく父は
何を手にして、どこに立てばいいのか

糸いっぽんを通した針が
さしつらぬく布と
布に隠れた穴の下ふかく設えられたうつろ
もういっぽんの糸を迎えにsawing machineの針は
いちぶの迷いもなく穴の奥ふかくへまっすぐ押し下げられてゆく
母の手で

ぽかんとしたまま話を畳んで出かける
ぽかんと晴れたそら
ひもときはじめた物語の続きをみうしない私は
今日踏み出す足を決めかねている

 

 

 

ふたつの世界を股にかけて母は

 

薦田 愛

 
 

ある朝、ウサギの目をして母は

結膜下出血だよそれは、と白目の充血を指さし
ともかくも眼科へ行っておいたほうがいいから、と
付き添うわけでもないのにきっぱり言い放つ私だ
八十になる母にしてみたら
いくら気丈に日常茶飯を切り回している現役主婦とはいえ
もうちょっと親身になってくれないものかと
恨めしいかもしれないけれど
そこはそれ、長女じゃなくて長男みたいと言われるほどの
父の亡きあと三十数年を何とか乗り切った子としては
会社員の顔を楯に残りの算段すべては母にゆだねてきたのだから
いまさら優しい顔もしづらいのである

白内障の手術をしなくてはなりません。
できれば早く
一刻を争うというわけではないけれど
私の親なら手を引っ張って、すぐに、と促します、
と近所の眼科、女医さんは決然としているらしい
片目ずつ、二度にわたって、
その前に血液検査
気がつけばカレンダーに書き込まれている予定
採血の針がなかなか刺さらないと突つかれてと
母は顔をしかめる
そのうえ
動脈硬化まで発覚したのよとしょげるのを
フェイスブックで知り合った方から教わった、
漢方の処方もしてくれるという内科婦人科の女医さんに
この際だから並行してかかってみたらどう? とすすめる
口だけは達者なんだ私、口から生まれてきたって言われるたび、
人間はたいがい頭から生まれてくるんだから口からよね、なんてうそぶいた

ためらう時間があまりないのは幸いなこともある
重い腰をあげて出向いた内科婦人科のほうの女医さんのもとでは
採血に何の問題もなく
加えて血圧問題も動脈硬化問題もさほどの重要事とみなされず
けれど八十の母の疑問や鬱屈はそれなりに聞き届けて答えを示してくれて
直面する白内障手術への心の揺れを少なくしてくれた
(たぶん)(どうやら)

九月になったらまもなく手術だからと八月末に髪をカット
月改まって目薬を差す
これすなわち手術の助走路
手術自体は短く簡単なもの、といっても
準備はずいぶん前から始まるんだね
つまびらかなところは何もわからぬ私を残して
母はするするとその日へ邁進
いや、どんなお気持ちですか、だなんて
訊くにきけないだけで
母のほうも改めてちょっときいてよだなんて
話す気性ではないだけで

そうこうするうち手術その一、左目からでしたか。
帰宅するとは母は眼鏡の下に眼帯、遠近両用眼鏡を外して暮らすのは不自由だから
眼帯の上にかけると浮くのよね、といいながらも眼鏡
遠近感がくるってこわい
そうだよね、わからないけどわかる。
痛みはないの?
頓服出されたけど、電話もかかってきて訊かれたけど、だいじょうぶ。
ならよかった。
採血うまくいかなかったお医者さんではなくて
手術専門の人が別に来ていたよ。
歯医者さんの椅子みたいな診察台に座って顔じゅう水浸し、そしてまぶしい。
あっという間だけれど、
傷んだほうを砕いて溶かして吸い取って
あとへ人工のレンズを入れてって、
やってることは凄いよね
聞いているだけでくらくらするけど
本人はけっこうけろっとした顔
ああでも、ちょっとテンションあがってるのかな

消毒とか、してくれるの?
うん、朝九時に行くから、いそがしい
近所のお医者で、ほんとよかったね

行ってらっしゃいと送り出してすぐ出かけたのだろうか
様子を想像するまもなく溺れる書類のかげで携帯がふるえ
着信。ほう、そうなんだ

――眼帯をはずしたらせいせいしたけれど、徐々に慣れてきたら、何とも落ち着かない(顔文字)
異様に明るくて。その明るさが、紫がかった蛍光色っぽい というか、これがよく聞く
「世界が変わったみたい!」というの? そうだとしたら、慣れるしかないというわけね。
手術した方をつむると、今まで当たり前だった日常がセピア色に見えるのよ。
これ どうしたらいいんだろう? もう片方も手術したら、確かに世界が変わっちゃうのかも。
それはそうとして、手術は普通と比べて、かなり大変だった由。目の状態が大分悪くなっていて、
手術があれ以上遅れると もっと大変になるところだったらしい。
考えてみると、あの 目が赤くなったのは、無視できない赤信号だったのね――

セピアカラーの世界とLED白色灯めいた世界
片目をつむっては開けつむってはあけ
ふたつの時間ふたつの世界に股をかけて踏みしめる足もと
手術その二を終えれば長崎・五島への旅が待っている
西の海に満ちる光はなにいろだろう
八十歳のまあたらしいまなざしは使い慣れたデジカメをとおして
どんな空どんな雲を撮るだろう

あっ、母上、断りなくメールを詩に織り込ませてもらっちゃったけど
手術も成功したことだし、ここはお目こぼしを――