餉々戦記 (背も妹も芋を好めばひと鉢の蒸かし和え物ととのへて佳き 篇)

 

薦田愛

 
 

ばれいしょ じゃがたら だんしゃく ときにメークイン
そのかみ めざめぬままにインカ
あなうま うすかわのめくれてほこっとして
うわあごにはりつく湿りけのない肌理きときとでんぷんしつの
あわあわしい びさいな黄白色その 
こふっこふっ 
つっつつうっ とおちてゆく胃の腑への やみ
やむ あたはざる あくなき食ひいぢ
妹は背よりも 芋を好きか
いないな
背も芋 好めば とて 今宵は芋をば
じゃがたら芋をば
蒸かさむ
ふかしてよからう

芋といえば焼き芋
だった かつて 
甘藷 さつまいもを石の遠赤で焼き売り歩く車が
走っていた
一九九〇年、東京駅南側オフィス街
焼き芋ぇやきいもっの声が響くや
中途入社の勤め先、先輩の指令、千円札預かるや駆けだす
午後三時のビル間みち
軽トラだったろう徐行の車を呼び止め
千円分受け取って戻る部署の部屋
四人か五人でひとくちずつ むぐんぐ
その後ながらく編集者 寸時総務部のち製作部のころか
芋が
焼き芋ではなくなったのだ
事務机を紙で満たしもっぱら数字と格闘していた私の隣は
親会社から出向して久しい
困りごと万端引き受けてくれるアトウさん
休みの日に中華料理店の助っ人で
縁日の焼きそばを終日作っていたとか
いずれ蕎麦とコーヒーのうまい店をやりたいんだとか
暑気払い新年会忘年会送別会
いやいや理由がなくても折々チームでジョッキを合わせに行く昭和な習わしで
居酒屋でもビアホールでもジンギスカン料理屋でもアトウさん
あれば必ずまずポテトサラダを注文
定点観測ってやつね ここのはどんなだかと
ふうん
ポテトサラダ
ことさら好きでもないな
というか子供のころ家で食べた時には
きゅうりとたしかにんじん
そしてりんごの薄切りが入っていて
きときとっとでんぷんにゅにゅっとマヨネーズへ
ふいにさくっさっくりが差しはさまれて
うっ とわずかにおののいたのだったっけ
すうっと薄い刃が歯のうらにすべりこんだみたいで
でも
アトウさんのもとからポテサラがぐるり巡ってくるまでに
そういえばドイツ旅行でつけあわせによく出たマッシュドポテトも
わるくなかったなとか
ブラックペッパーなるものを意識しはじめたのって
肉料理よりポテサラだったかもとか
畳まれに畳まれすぎたひだの奥のおくから
ほどけてくるものがある
あれっ

されば

初めてつくったのはアンチョビ入り
大阪は豊中たしか庄内
激安食品店で出くわした缶詰をつい買ってしまったものの
あてもなかった
どうしよう、と探してさがして
どうだろう、このレシピ
アンチョビ入りポテトサラダ
まぁるくまとまった味や食べ心地ではなくて
たぶんちょっとひねった出来
なんぞとビギナーが
すこぶる以上の初心者が
めざしてどうする
まだニンニクにも慣れていなかった
ニンニクを使わない家だった
ひとかけ外し剥いて刻んでベーコン刻んで
玉ねぎスライス炒めて炒めて
おおそれより何より
芋じゃ芋じゃ じゃがたら芋
だんしゃくの芽をえぐる
えぐった
芽は毒 メハドク
ビギナーだけれど
知っていた
レンジ派ではないのでボイル
茹であがりが早いからと大まかにカットする
知恵はまわらなかったたぶん
茹で加減をみるのは
串代わりにフォーク
まあいいかな
いい加減かどうか微妙だけど
刺さったし
スッとかグッとか
どちらだったか

牛乳の代わりに豆乳大さじ二杯にちょっとプラス
マヨネーズも大二杯にプラス
という加減は作るたびに変化変遷
そしてきゅうりもにんじんもりんごも使わないこのアンチョビレシピ
「んー、そうだなぁ――」
コメントしづらそうなつれあいユウキ
そうだった塩辛やウニが苦手なのだった
アンチョビもちょっと――
「うん、できれば」
という次第でアンチョビは以後登場することなく
きゅうりやにんじんも使わないまま
燻製の深いベーコンと玉ねぎの味とブラックペッパーの香りで作っていたのだが
ある日大好きな粒マスタードを大瓶で手に入れ
ああっ
そうだそうだったそうにちがいない
粒マスタード入りポテトサラダ
いつとも遡れないいつだったか口に含んだ粒つぶの酸味ちりばめられたそれ
ああ
あれをつくろう
大まかにカットしてボイルする手順も
すっかりマッシュなどしなくていい程あいも
ああ
これでいいんだと
「きゅうりは入っている方がいいな」
というリクエストも採用して
そう
大阪から移り来た新しい土地の
畑でとれたメークインとだんしゃく
今宵だんしゃく大小ごつごつの皮を剥き芽をえぐり
背も妹もふたりの好む芋じゃがたら芋の和え物
粒マスタード入りポテトサラダのひと鉢を調えよう

 

 

 

餉々戦記 (乾物ロード干し椎茸篇)

 

薦田愛

 
 

東向きいちめんの型ガラス窓を透かして
なだれこむ中庭の緑
北摂の一隅ちいさな集合住宅の
あかるいリビングダイニングは
ソファの真ん前がシステムキッチン
だから
食べることがメイン
煮ても焼いてもなんて言うけど
ここでは
煮るも焼くも蒸すも揚げるも
避けるわけにいかない
(とはいえ多めの油には及び腰
空0まだ揚げ物にはトライできていない)
三口コンロも広めのシンクも
ソファとサイドボードを並べて置けるのも
古いめ賃貸物件としては破格
つくづく
足りないのは私の料理の経験と腕と知識だな
でも
食べた経験なら年齢相応にそこそこ

家ご飯好きのつれあいユウキのほうが
ひとり暮らし経験もあって料理に慣れてる
のを頼りに
作ってもらう合間あいま
トマトと卵を炒め合わせて塩胡椒振ってみたり
干物をあぶったりまたもや豆腐を焼いてみたり
惣菜パックかかえて帰ってみたり
それで乗り切れるはずもなく
そうだねネット検索
そうだよ図書館で料理本
探すことには慣れてるんだ
なにしろ
話を聞きたい人についての資料とか撮影によさそうな場所とか
手土産に持っていくお菓子とかお疲れさまの食事の店とか
探すのも仕事だったから
それにほらこれ
『料理図鑑』ってタイトルの *
分厚い解説書もあるんだ
食材選びや扱いのコツがこと細かに
オールカラーでも写真入りでもなく
イラストとやさしい言葉とでね
ページを繰っては板ずりだの裏ごしだの
言葉は知っていても
やってみたことないなあなんて

シンク下の食材ラックごそごそ
乾物に乾麺に缶詰
東京をたつ直前は
備蓄しすぎの缶詰をせっせと食べて
未開封の乾物や麺は段ボールに詰めてきた
賞味期限ってどうなのかな乾物の場合
そうだ
高野豆腐煮てみよう
いっしょに干し椎茸、足りるかな
レシピレシピ
ああ小さめのだけど六枚か七枚
ボウルに水そして高野豆腐は三つ
そういえば
椎茸のもどし時間って短縮できるって、
どこだっけ、ああこれ
ぬるま湯に砂糖少々
もどし汁使うんだから
砂糖はそのぶん少なめにってことか
がさりがさがさ
袋をあける出すならべる洗う
ぴぃいっとケトル
おっと沸かしすぎ
ボウルにあつっと浄水足して
ひたす間に、そう
にんじんを
高野豆腐しぼる指がぎとり
油っぽいなんて
食べながら思ったこともなかったけれど
大豆油ってあるものね
おお椎茸のもどし汁
こんなに濃い色だったんだ飴色というか
醤油に砂糖に味醂かくはん
まずにんじんにゅるんと刃をにげる椎茸次いで高野豆腐に
落とし蓋おとしぶた
弱火と言ってもとろ火とは違うよね
ね、と尋ねる相手もいないので
はてなの行列振り切りふりきり
まあなるようになるでしょう
様子見い見ぃって
宙ぶらりん
やっぱりぃ
経験と腕と知恵の足りないぶん
しかたない

それでも
焦がさず煮つめすぎずにんじんかたすぎず
(爪楊枝をそっと刺し)
ほっほっ吹き冷まして口へ
うんまあまあ
汗して帰ってきたつれあいユウキは
「ん、んまい、いいね」
とにっこり
「好きなんだよね、干し椎茸
空0ばあちゃんがよく使ってたんだ」
おばあちゃんが? そうなんだ。
高野豆腐は?
「ん、美味しいよ」
かくてこのとり合わせは
以後
繰り返し登場してよし、とする

それでね
だからさ

高野豆腐に干し椎茸
切らさないようにいつも
でも、でもね
たかいんだぁ干し椎茸
高野豆腐に千切り大根かつお節に昆布
乾物いやとりわけ
干し椎茸もとめてうろうろ

ところが
それがね

その日降り立つバス停
古都東大路通五条あがったあたり
悪縁断ち切る御利益あらたかとか高名なお社手前の店さき
昆布椎茸の小袋大袋みっしりならぶコーナーに
出くわす秋日
町起こし塾の仲間と出かけた地図づくりの課題という一日の振り出しを
するっとわすれた

だってさ
直前に滋賀県産葉つき大かぶらをひとつ手に入れていて
そのうえ抱えあげた大袋は九州産干し椎茸四百五十グラム入り
ふだん手にする小袋や大袋と思っていた中袋のいったいいくつぶん
夫(ツマ)のために乾物
(馬の耳に念仏、じゃなくて)
そう
煮物何十度ぶん
塾の課題あとの空き時間
博物館へはともかく帰りのバスをなぜその停留所で降りたのか
椎茸昆布かつお節の匂いに誘われたのか私は
東大路通をひたすら北上四条通を左折して早足
河原町駅から十三そして宝塚行きに乗換え
型ガラスの窓の部屋へ
大袋と大かぶらにつれあい
「おっいいね」
とひとこと

それでますますあの煮物の出番が増え
たまにひじきや大豆や油揚げと煮ればひとしお
「せっかくなら三つくらい買ってくればいいんじゃない?」
などと唆されたから
ええ
三月に三袋 八月に三袋
もちろん出かければ
干し椎茸だけじゃなくてね
でも
干し椎茸提げて食事会 干し椎茸抱えて美術館
乾物が神仏、見物を上まわってね
そう食い気の産物
東大路通や阪急京都線はさながら干し椎茸みち、乾物ロード
引きずりそうなサイズの手提げに三つ押し込み
がさりがさっと抱え直すボックス席
車体のマルーンカラーまで何だか
干し椎茸の色に見えてくる

 
 

*『料理図鑑 「生きる底力」をつけよう』
おちとよこ 文 平野恵理子 絵 福音館書店刊

 

 

 

餉々戦記 (関西、夏の)

 

薦田愛

 
 

五月半ばからなんて長すぎた梅雨がやっと明け
冷凍庫の底に眠らせていた

はもですよ
今年も
はもの落とし食べたい
みみう(うつくしいうさぎ)の
はもちりそば
なつかしい
くくるっくるんっときゅるっと丸まる
ほねぎられたしろい身の
うかぶあっつあつのどんぶり
そえられた梅肉のくすむ紅
のっけて

ふっくら

もうね
恐るべき食いしん坊がいっぴき生まれ落ちたのは
ミルク缶かかえてにっこりしていた赤ん坊として
ではなくて
ええ
好き嫌いのすくない人間ではありましたが
駄々こねるほどの執着もない
手のかからない生い立ちであったろうよ
当人の記憶の限界はありますれど
大人になるいっぽ前
男親をうしない
けいていしまいもなくって

針仕事の腕のたつ女親とくらした
ふた親そろうころから
ゆたかではなかったから
奨学金という借金を負ってまなんでいたりしを
かえしきるまでに十年あまり
立ち止まればたちまち背中が
ひときわ重くなりそうで
やすむことも
やめる やむ ことも
ままならなかった
みちのりで
ままいただく
空腹を満たすのに
いろいろをもとめなかった
なあ
なんて回顧回想
蕎麦とか日本酒とか
魚とか
おりおり味わったものの
それきりだった
職場ちかくの蕎麦屋で昼どき
くるひもくるひも
あつもり(あつあつのもりそば)を頼んだり
そう
つれそうた相手が
蕎麦をうったり酒蔵にかよったり
していたのだったが
わたしは
ずずっ んぐっ ごくり
ずずずい んん んまいっ

よろこぶばかりで

「勤め人だったんだねえ
空0日本の多くの男の会社員のように
空0生活者ではなくて」
と、ユウキ
(まだつれそう前のこと)
そうだね
でも私ときたら
おいしいものは
調えてもらっていただくがわ
それだけの
技倆がないからね
「いや いいや
空0男でも女でも
空0生きて生活していくうえで
空0なんでもじぶんでできてこそ
空0いちにんまえ
空0やってもらう部分が多いのでは
空0不自由でしょうがないよ」
そうかな
たしかにいまどきは男のひとでも
じぶんで作ったりするよねえ

う~ん
ハードル高い
冷蔵庫には味噌も卵もトマトも玉ねぎも
干物なんかも入っているし
味噌汁は作れる出汁もとれる鍋で炊いたことはないけれど米はとげる
でも
じぶんが好きなもの
食べたいものを
ちゃんと作ったことないなあ
気がついたらちゃんと
食いしん坊に育ちあがっていたというのに

なぁんて
嘆きかつとまどい
いちばん食べたい何かじゃない干物やら
何となくの味噌汁やら
トーストにひきわり納豆やら
かき分けかきわけ
引っ越して大阪
ユウキと交互のち
ほとんど
刻んだり炒めたりすりおろしたり煮たり焼いたり
しているうちに

ああこれ

はもだ
はもの骨切りが並んでる
東京では見かけなかったな
並んでたけど
気づかなかったのかな
お店で食べるものって
思い込んでたからね
ちょっと予算オーバーだけど
たまにはいいか
細長いパックひとつをかかえて会計
帰りの急坂も駆けあがれる気分
骨切りされた白い身を細幅に
ぶつっ ぶつっ
とは
き、切れない
包丁へまな板へ
前のめりに
体重かけて
ぶっつっ ぶ ぶっつっ
ああ
お湯を沸かさなきゃ
初めてメニューはとりわけ段取りがわるい
まな板の上で乾いてゆく白
小さいほうのフライパンの中にようやく
ふつふつ
菜箸でつまんでひとつ
水泡 身肉が
くっ くるっ
ふたつ みっつ
くるっくるっ
あっ
氷水いるんだった――
ボウルに氷と水
火を止めなきゃ
コンロと冷蔵庫の前で
おお うおう
吠えませんが
おろおろ
右往左往
むだなステップが多すぎますなあ
氷水張ったぞ再点火さあ
菜箸で放り込むはしから
丸まるひときれひときれを
掬いあげ
ボウルに落とす
梅肉練らなくちゃ
洗ったまな板の上で梅干し五つぶん
削いでたたいて
このくらいでいいのかな
小鉢で
みりんに砂糖料理酒も少し
かな
ぐるぐる
スプーンの腹でつぶし
ぐるぐる
ああ
冷酒が欲しい今夜
あ、ベル
ドアの音
「ただいま!」
汗だくの帰還
ユウキだ
酸っぱいものはあまり好きじゃない
ユウキは
これはどうかな

この日
味噌汁ともう一品
たぶん肉料理を作ったはずなのだが
その顛末は
まるで思い出せない
さあ
そろそろ解凍できたころ
ちかくのスーパー開店セールで見つけた特大トレイをあける
湯を沸かす

 

 

 

げんせ/こんじょう

 

薦田愛

 
 

もつれた糸がほどけない
ふがいない指のこわばる
おもうにまかせないというのは
このことか
じぶんの指であるのに
うっと
もりあがるつぶがこぼれる
しおからく

ねてもさめても
はなかんでも
こぼれて
しおからい
ままなので
のがれる
こんじょう
いな にちじょうを
ひざからくずれおちて
のがれる
めをふせて
そのひとはむくろをはこぶ
この
むくろを
みずからの
むくろひとつを
ひきずりおろし
のがれる

ゆれてぬれて
ねがえりをうつ
ひとひふたひ
めくれあがるささくれの
かわききるまでに
たりない
たりない
ひとなぬか

ゆれてぬれて
ふるえて
もんどりうつ
むくろ
みずからの
むくろを
むかえに
そのひとは
むくろひとつを
ひきずりおろした
ところに
きて
わらっているすこし
ああ
わらって
いい
げんせ
こんじょうだった
ここは

もつれた糸を
探りなおす
指のゆがみ
探りあてられない
あの
糸のわだかまり
ああ
からむことさえ
なかったのか
届いてさえ
ないのを
それとしらずに

ゆれてぬれて
ひとなぬか
果てて
しおからい
ほおをぬぐった
むくろをはこびいれる
いえ
(家)
そのふちに
こきみどりにあけの
はむれみっしり
くちなしの花びらが
ななえ八重
おもたげに
しろく
ふくらんでいる
むくろのうちにも
ながれいる
あまく
ぬりこめる
ああ
げんせ
こんじょうだ
ここは

 

 

 

餉々戦記 (ことの始まり、あるいは前口上)

 

薦田愛

 
 

洗って剥いて刻んで煮て
にんじんあおくさい
かぼちゃかたい
じゃがいもの肌理
しいたけは石突きも捨てない
トマトを湯剥きする手順は省いて皮ごと
ほうろうの鍋の白を汚す橙いろ黄いろ
まな板が空くひまがない
二十二時
地下鉄を乗り継いで二十五分
デスクの前から家にはあっという間
でも
かき揚げ天ざる讃岐うどんや
新蕎麦に日本酒でいっぱい
なんて
寄り道のかわりに家ごはん
と言えるほどのものではないけれど
洗って剥いて刻んで煮て
ぐつぐつ
くぐつのように鬱屈する思いも放り込んで茹でたり
焦がしたりするかわりに
野菜室のすみに何かわすれていやしないか
かきわけかきわけ
ああ大根のきれはし 玉ねぎ四分の一 水菜半束
いやこれは明日のぶん
当年とってごじゅうろくのわたくし
自慢ではないが
リョウリと呼べそうなことを
ほぼ経験せずに歳を重ねた
二十代半ばに半年
(つくってくれていた親が体調をくずし
あわてて料理入門書を手に弁当ひとつに毎夜二時間)
まごまごまどわぬはずの四十代初めに半年
(涙が止まらなくなって出かけたカウンセリング先で
 まず夕食だけでもじぶんでつくりましょうと促され
 赤いパスタ白いパスタ
 赤いチャーハン白いチャーハンと
 呼んでいたあやしい一品のくりかえしを半年)
そしてこのたび
発端は
最高気温三十五度を下まわることのない八月某日
夜の炭水化物摂取はやっぱり
控えたほうがいいでしょうかと
十年かよう鍼灸の先生にふと問うや
元アスリート男前の女先生「そうね」とひと言
ゆえにその夜
唐突に洗ったり剥いたり刻んだり煮たりが
始まったのだった
そう
八月の終わり
ウェイトは一見問題なしだったけれど
みもこころもどことなく滞っていて

まっこうからリョウリといってキッチンに立つのが
面映ゆかった
ひとりっ子の生い立ちに加え
はたちで父をなくすと
あとは世話見のよすぎる母との暮らし
いちど結婚するも
諸般の事情というより周囲の懸念思惑によったろう
オヤツキケッコン
ひとり暮らしの長かった当時の夫のほうが
煮炊きの経験はゆたかだったうえ
箸のあげおろしにも講評をくわえずにはいられない母のまえでは
野菜を刻もうなどという気がうせるのは
あたりまえ

だからね

お米はとげるし味噌汁もつくれるが
そこに加えるなにひとつ
ないままに
ねえ
ごじゅうろくさい

だからね

じぶんだけのために
じぶんのたべたいものを
おもうままに煮たり焼いたり
地下鉄を乗り継いで二十五分
二十二時
ああ今夜は二十一時
この時間に帰ると
「早かったね」っていわれるんだ
母にね

カレー粉 焙煎玄米胚芽 昆布粉末
岩塩 かつお節粉末 そして水
野菜十種カレー煮のつづいたある日
豆腐や乾燥わかめに玉ねぎ椎茸を加えて
ぐつぐつ
昆布粉末を溶いちゃってね
湯豆腐ふうにしてぽん酢かけて食べた
そしてあの
伝説のメニューが生まれる
豆腐ステーキ
水切りもせずにね
木綿豆腐一丁をうすく二枚に削いで
両面あぶって
皿にのせ
しめじに玉ねぎ人参なすなんかを
塩こしょうして炒めたのをたっぷりトッピング
ぽん酢をざぶざぶかけてむしゃむしゃ
おお
二十一時
あるいは二十二時の
じぶんだけのための煮たり焼いたり
にたり
にんまり
ほころんでしまうくらい
いい
うんまいっとひとりごち
いやね毎日こしらえていた
野菜のカレー煮や湯豆腐ふうだって
けっこう美味しく食べていたんだが
いずれにせよ今夜のだって
リョウリと呼べるほどのものではあるまいが
それでもこれは
誰かに食べてもらってもいいのかな
いや
食べてもらうあてもないけれど

箸が止まる夜半
ことの始まり
これがはじまり

 

 

 

り・わたくし、りり・わたしたち

 

薦田愛

 
 

ねえユウキ
わたしたちの家のなかって
リサイクルショップとジモティー
加えて最近では
クリーンセンターでずいぶん
調達しちゃってるよね
「そうだね。すごくいいシステム。必要なところにちゃんとつながる、つなげてる」
ほんとうにいろんなモノ
あつかってるよね
ベッドやセンターテーブル、本棚にパソコンデスク、ダイニングテーブルに椅子
下駄箱にリクライニングチェア、灯油ファンヒーター
洋服にバッグ、洗濯機やトースター、クリーナーにパソコン
くらいまでは
まあ想像の範囲
でもってフライパンや土鍋やバスタオルに毛布にミル付きコーヒーメーカーの新品
ああ未使用品ね
そして特大木製キャットタワーに三段ケージ

でも
でもね、まさかね、
保護猫譲渡だとか、ドアとか
そう!
玄関のじゃないけど
ドアを譲りますなんて!
そもそもジモティーでドアを探してみようと思いつくひとにもびっくりだけど
(ユウキのことだよ)
出品してるひとがいるってことには
もっとびっくり
十一月だったっけ
はやくに出かけたユウキが昼前
どっしりした白いきれいなドアとドア枠を
積んで帰ってきて車庫のすみに立てかけて
ああほんとだったんだなって

りり りさいくる りゆーす りら るりる
りゆーす りさいくる りりら る りる
使って汚して使ってぶつけて使ってけずれて
ぬぐってみがいて塗りなおして乾かして
ふっ ふ
小傷はありますが
まだまだ使えます
もらってください
なんなら
粗大ごみ処理券ぶんくらいですけど
お礼もしますって

少額の持参金つきで
もろうてや もろうてや
ノークレーム ノーリターンやて
ふっ ふ
ふふ
考えてみればさ
わたしたちも
どこかに
USEDってスタンプ
ぺたん
はは
チューコ セコハン 
はは
り・わたくし、りり・わたしたち
わたし
わたくし

ぬいでうらがえして
りゔぁーす
りばーす
り・ばーす
う・うむ うまれなおす
ほこりたたいて
ふっ ふ
ふふ
りり 裏 りめん
ひろげてほどいて洗って乾かして
シワのばしてぬいあわす
いちど にど
なんどでも なんど でも
めんどう飲みくだして
ふっ ふ
ふふ
ふるいにかけて
のこるもの
なんか
あるかな
ふるびがついて
あじわいになるか
なんて
わからない
はは
悲哀っていうほどの
うわぐすりも
かかってないほどの

でも
りり りるり
り・ばーす
り・ゔぁーす
はは
りり りらる
りめんににじむ
文字
ひろいあげて
ふっ ふ
ふたり
ものがたりを
読もうよ

 

 

 

ふふ

 

薦田愛

 
 

つばら、ゆつ、ごっくん
ふふ
つばら、ゆつ、うっふん
こほ

つぷら、ゆら、とっぷん
うる
とぷり、とぷり
はる

つちのにほひ、な、いたす
まひるのの、ひの、さなか
はるの
ふふ

とぽり、つむり、るっふん
ぬぷ
こぽり、こぽり
はる

 

 

 

食べざかりのノリ

 

薦田愛

 
 

ご飯ごはん
ごはんが大好き
パン好きナン好きラーメンも好き
せやけどやっぱり
ご飯ごはん
ご飯がないと始まらへん
朝ご飯昼ご飯晩ご飯
たまの外食も
おかわり大盛りあたりまえ
朝が早いからお弁当は十時
部活でお腹がぺこぺこ
ちゃうで
還暦まぢかい
おじさんのはなし

五分づき米もしくは白米を一合炊いて
小ぶりの茶碗で三杯
つまり三度の食事で私が食べおおせるところ
ユウキとふたりなら
一度でゆうに一合半は要る
ご飯ごはん
いちごうはん
いちごうはん、は微妙な量
とある夕食どき
多めに炊いてあった残りを目ではかり
ま、だいじょうぶやろ
炊き足さんかったん
ご飯ごはん
肉じゃが四人前、かぶの葉とちりめんじゃこのおひたし
フンドーキンの麦味噌を使った
さつまいもと小松菜と椎茸の味噌汁
くわえて前夜のれんこんとにんじんとごぼうのきんぴらも
八畳間の炬燵にならべ
「おいしいねえ
 うちで食べるご飯がいちばん」
と笑みくずれていた顔が
おっと
はやばやとおかわり
キッチンに向かって戻ってくるなり
くもってるやん
きけば
「ご飯が足りない・・・・・・」

力のない声
ああ
かんにんなぁ足りると思ったんよ
おかずがようけあるし
けど
おかずにつられてご飯がほしなるのも
わかるわぁ

それにしても
ちゃんと噛んでる?
ごはん飲んでへん?
ご飯ごはん
ご飯が大好き
朝二杯昼二杯夜二杯
雨ニモ負ケズには
日ニ四合ノ玄米とあるけど
それは味噌と少しの野菜とセットの時分
肉も魚ももりもり食べてる
きみと私は
気をつけんと ね
つい ね
ついつい食べ過ぎて
ううむうう~ん
胃散でなだめたりね
言いますやん
腹も身のうちって

「日本人はもっと米を食べなくっちゃ」
そやねそれに日本人はっていうか
何よりお米は美味しいものね
家計簿みて思わず
目ぇこすったけどな
月に十五キロほど食すらしいねん
ユウキと私
まちがいなく
二十一世紀の日本で稀な米食家族
お弁当にくわえて
時にみずからおむすびも結んでゆくユウキの
ムダをきらう気質と贅肉のない身体は
パンも好きナンも好きラーメンも好き
けどやっぱり
ご飯ごはん
五分づき米と白米もりもり食することで
つちかわれてるんやろな
きっと
知らんけど

 

 

 

今宵

 

薦田愛

 
 

来よ
今宵、
来よ
という
つよい声に
うながされ
鍵をあける
出かける
ひねもす
あしおともなく
おとないつづけていた
あめは
あがって
よるのしきつめられた
灯しひとつない道の
おうとつがこころなし
ゆるんで
いる
うるむくらがりへ
あおのく
ひたいにしたたる
一滴が
まぶたへはしる
ここ、から
来よ
という
声の
在り処へ
うすく
はがした
むきたての
はるの野辺の
やまぎわ
(ささめく)
かわべり
(ゆらめく)
よるの胎のうちがわ
湿るつちのにおいに
つつまれて
ゆく

 

 

 

秩序とか混沌とか

 

薦田愛

 
 

ユウキは恐るべき
マジックテープ使いである
ズボンの裾上げは当たり前
カーテンの丈つめにきっちり測ってアイロンがけ
色合いもぴったりのそれを無駄なく貼る
手際はむろん慣れたもの
ところが
ダブルベッドのベッドヘッドの
2㎝あるかないかの厚みに
ちょこんと置かれた目覚まし時計が
いつの間にか接着されている
ましてやリモコン
柱にエアコンの
食卓の脚にテレビの
リモコンが
接着されている
マジックテープってこんなふうに使うものだったのか
「散らかるのは許さないぞ
空0世界に秩序をもたらすのだ」
いやいや世界といえばカオスでしょ
混沌こそいのちのみなもと
すなわち豊かで可能性に満ちているってこと
秩序なんて何ほどのものだっていうの
だってあなた
束縛されたくないって
何ものも自由であるべきだって
言ってたじゃない
「あるべき場所におさまらなければ
空0混沌なんて混乱なんて
空0許しがたいものなのだ」

まいったなあ
わが家にとんでもない独裁者が出現したよ

齢重ねてふりかえるに
忘れ物なくし物机まわりの物の堆積
ノートをとった授業の結論ゆくえふめい
これはどうやら昨今いわれるところのADHDというそれではないかと
思い当たったわたしは
ねえそのうち
私の背中にもマジックテープをくっつけて
柱に接着するんじゃないの
言うとややあってユウキは
「そうだね
空0それもいいかもね」
って
いやいや違うでしょ
忘れ物なくし物授業の結論ゆくえふめいの
私だけれど
どうしてこれでけっこう地図がよめる女であるので
迷子にはならないんだから
接着定位置ぎめなんて
必要ないんだからっ

にらむのをわらっている
ユウキが立っていったあとの
食卓の上に
リモコン