村岡由梨
夥しい数の透明な棺が
一定の間隔をおいて
並んでいるのを見た。
白い人もいる。
黒い人もいる。
黄色い人もいる。
知っている人も知らない人もいる。
これから土葬されるのか
火葬されるのか。
泣いても叫んでも
愛しているのに触れることも出来ず、
物事は粛々と進められていく。
遺された人たちを置き去りにしたまま。
「母を燃やさないで。
まだ生きているかもしれないから」
母は極度の閉所恐怖症で、
死んでもなお、
狭いカマドに入るのを怖がるだろう。
私は激しく泣くだろう。
「私を娘たちと一緒に燃やしてください」
手を握ってやることも許されず、
私は娘たちの棺にしがみついて離れないだろう。
そして泣き叫ぶだろう。
世界中の人々が、
たくさんの残酷を目の当たりにして
深く傷ついた両眼から、血の涙を流している。
私たちが見ている世界は、
瞬く間に真っ赤に染まってしまった。
それでも、誰かが知らない人のために流す涙が本物ならば、
いつかきっと、世界は涙で洗い流され、
ありのままの色を取り戻すだろう。
そうしたら私は、
ありのままの世界で、
「砂利道を歩くのが好き」と言う娘たちと
手をつないで、笑って笑ってヘトヘトになるまで歩きたい。
猫たちが一生懸命ご飯を食べているのを見るのが好きだから、
何にも遠慮することなく、ずっとずっと見ていたい。
69歳のまりさんが、
「毎日食べることと排泄することばかり考えてて
こんなんで生きてていいのかしら」と嘆いたら、
84歳の詩人は
「生きるってそういうことなんじゃないの」
と言っていた。
私は、「また来ます」と言って、
いつも通り詩人と握手をして、帰った。
握手、をして帰った。
生きるってそういうことなんじゃないの。
ニュースで
夥しい数の木製の茶色い棺が
一定の間隔をおいて並んでいる
航空写真を見た。
その木製の茶色の棺に誰が入っているのか、
私には、見えなかった。
だから想像した。
私の肌と、その人の肌が触れ合うことが出来たなら
その瞬間の温かさを。