悪い人

 

塔島ひろみ

 
 

屋根が傾いたアパートの前を
老人が犬を連れて通りかかる
その後ろから 悪い人がやってきた
路地を抜けるとそこはもう川だ
老人と犬は土手上へ続く階段を上る
悪い人は上がらず、左に折れ
赤いツツジが咲く狭い歩道を少し入ったところで止まり、チャックを下ろした
よく晴れた祝日 江戸川堤のサイクリングロードは人でいっぱい
ジョギングする人、自転車、スケボー、みなまるで悪いことをする人のように
顔を大きなマスクで覆っている
誰が誰だかわからなかった
あわててポケットからマスクを出して付け(犬も)、群に混じると
もう、老人も犬も、どれがそれだかわからない
悪い人は土手に向って放尿した
雑草が茫々と生え茂る斜面に湯気が立ち上り、しぶきを浴びたひなげしが くすぐったそうに顔を振った
それを見て太陽がキラキラと笑っている
用が終わると悪い人は性器を汚ないズボンにしまったが
悪い顔は丸出しのまま タバコをくわえる
悪いことを重ねて辿り着いたどん詰まりの東京の土手下で
天に向け煙を吐きながら
次にどんな悪いことをするのか、悪い頭で考えるのだ
空は鮮やかな青色
鼻を塞いだ土手上の悪くない人たちには届かない4月の草草のにおいを嗅ぎながら
悪い人とひなげしと太陽
そこに 緊急事態宣言は発令されていなかった

 

(4月某日、北小岩4丁目で)

 

 

 

悪い人」への1件のフィードバック

  1. へええ、と、思いました。こんなものも書くんですね。面白いですね。面白い作品です。

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