「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第82回

西暦2020年如月蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

極度に汚染された地上の暮らしを捨てて、人類はかつての故郷である海の底に都市を作って生活していたが、闘争はそこでも続き、私は身体の周辺から湧き立つ水泡で敵を斃して生き延びていた。2/1

社長が私に「それいけ孫悟空」という映画の主役をやれというのだが、「矢鱈空を飛んだり、海に潜ったりする歳じゃあないでしょう」と断ると、「そんときは美空ひばりみたくCGでAI仕様にするから大丈夫。さあどーんと行ってみよう!」と煽るのである。2/2

1人乗りドローンから見下ろすと、新宿も渋谷も日中から会社や学校に行かない大勢の人々で賑わい、ビルや交差点を占拠してバリケードを張ったりしているので、「しめた、遅まきながらようやくこの国でも民衆革命が始まったか」と私は狂喜した。2/2

彼の臨終が、速すぎても、遅すぎても、レクイエムの演奏が失敗するので、私らスタッフは、寝室と楽団の連絡を密にして、一晩中スタンバッていた。2/3

私はとっくの昔に大学を卒業しているのだが、毎年今頃になると、残った単位を取るために、早起きしてキャンパスに駆けつけなければならないと思うので、一睡も出来ないのだ。2/4

彼女は、私のために、第9の第4楽章を、一人でアカペラで歌ってくれた。そして最後の歓喜の歌の個所では、時折「セキニン、ジキニン」という合いの手を入れるので、「それは何だ?」と聞くと、「ちょっとCMです」と答えるのだった。2/5

またしても駅で道に迷い、フジゼロックス社創建の碑が立っている辺りで、2匹の犬に吠えられたのだが、よく見ると、それは白衣の傷痍軍人が、生きたまま全身を切り開いて、臓器や血管も裏返しになった犬だったので、勘弁してほしかった。2/6

小田急が無くなるというので、さよならセールに行ったら、もう誰も居なくて、アンノウイモだけが残っていたので、60円払って買って来た。2/7

イケダノブオは、古巣の会社にもう一度試験を受けて、デザイナーとして復職したが、それは他のデザイナーの製品を、社員現売で安価に購入して、自分のデザインの参考にするためであったが、序に大きな袋に53足の靴下も購入した。2/8

「お金に困ったら遠慮せずに相談してくれ」と、かねてからさるロシア人のピアニストに言われていたので、のこのこ出向くと、彼はにっこり笑ってピアノを弾き始めたが、彼の手が鍵盤に触れるたびに、そこからピカピカの金貨が湧いて出るのであった。2/9

野中の一軒屋を訪ねると、誰もいなかったが、四囲の壁には水槽のようなスクリーンがあて、私が子供のころに遊んだ野山の風景がぼんやり浮かび上がり、気がつけば、部屋の中にも、水と共にその映像が流れ込んでくるのであった。2/10

どこか分からない遠い駅で、電車に乗り遅れてしまったが、これからどうしたらいいのか分からない。すべての情報は、遣い方が分からないスマホに入っているらしいので、暇を持て余している親切な若い女性駅員に下駄を預けて、プラットフォームで昼寝しようとしているわたし。2/11

たまにする芸者遊びや幇間遊びを、会社の経費で落としていたのだが、NHKのドラマに毒された新人会計係が「これは経費で落とせません!」と金切り声をあげるので、「マガジンハウスでは、インドに出張して象を買って来た社員だって経費で落としているんだよ」と話して納得させた。2/12

本年末までも新宿じかんおあのしまむらはしばらく眠っておりトイレ仕切りして元気を取り戻してから本郷のブック裏に向かって100人又取り2/13

少女が「プールがプールを食べている」というので、見に行ったら、3月で閉鎖になるはずの栄プールを、港南台プールがガブガブ喰うていた。2/14

停泊していた船が、どんどん沈んでいく。仕方ないから、私は母を抱いたまま海に飛び降りて、立ち泳ぎしながら岸壁まで近寄ろうとするのだが、すぐに着くはずの岸壁が意外に遠く、波も荒いので往生している。2/15

いきなり戦争に突入し、町内の壮丁が、あらかた赤紙で招集されたというのに、我が家の商売は、それほど影響を受けず、むしろ順調に推移しているので、驚いた。2/16

NYタイムズに電子侵入して、我ながら見事な社説を書きあげたのだが、記事の署名をどうしようか、と悩んでいるわたし。2/17

私は名前をマクトに変え、窮地に追い込まれた米軍に、奇跡の逆転勝利をもたらす隠密兵士として、敵軍に送り込まれた。2/18

往生したはずなのに、さらに8時間12分1秒もまだ生存していたとは、驚きだ!2//19

おらっちは、しがないカメラマン。喰いつめたので、これから教え子2人が住む大阪へ行く。一人はラーメン屋、もう一人は散髪屋だから、大いに助かる。2/20

私の内蔵の奥に、いつの間にかひそかに張りついていたドビューシーとラベルの弦楽四重奏曲だったが、検疫官のバキュームでもって、あっという間に、吸い出されてしまった。2/21

難民キャンプの中で、私は瓜二つの可愛い子ちゃんとすっかり仲良くなり、一日置きに2人の寝床に忍び込んだ。2/22

癌で「ステージ4」だったが、そのミュージシャンは、朝から晩まで元気に「未来、未来」と歌っていた。はたしてどんな未来が彼を待っているのあろう。2/23

私は就活が終わっていたのに、かわいい女の子が所属している就活倶楽部にまぎれこんで、こちょこちょちょっかいを出したりして、遊んでいた。2/24

ざんざん降りの築地市場で、傘もささずにびしょぬれになりながら、ヨシダツカサは「ササキー、おめえ、ぼけーっと突っ立つてないで、さっさとパンツ穿けよ!」と、恫喝するように激励するのだった。2/25

私は、好きになったモデルの女の子を、私の恋人のように一人合点で錯覚して、誰か若いイケメンに取られてしまうのではないかと、ひどく心配になって、夜も眠れないのだった。2/26

ノーアウト満塁の大チャンスが巡って来た。私は2塁にいるのだが、打者がヒットを打った場合、ゴロやフライの場合、三振でアウトになった場合などに、どうしたらいいかを懸命に考えているので、何もしていないにもかかわらず、大層疲労困憊していくのだった。2/27

5年ぶりに風呂に入りたいというて、泥だらけの熊男がやって来たので、熊さんも八つあんもご隠居も、みな湯船から飛び出した。2/28

以前にも一度来たことのある、白くて古い木造校舎だが、猛烈に小用を足したくなってあちこちトイレを探し、やっと見つけたので、ジャアジャアやっていたら、そこは階段の下で、上にいたおばはんの着物の裾を汚したので、必死に詫びながら懸命に拭きまくっている私。2/29

 

 

 

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