わが五輪

 

薦田愛

 
 

ふた月に近い雨季
ツユとよぶ
季節はやっと明けたが
少し前この年の
Olympicにちなむ祝日
だのに
とどまれ いや
家に居や なんて嫌や
Olympic yearの祝日なのに

閉じることのできない
ear
耳に逆らう
新・体育の日というらしい
その日
嫌や 家に居や
って
誰が言うてや

ひひん
ひひんと
ひひんと鳴かない
牝馬かポニー
大人用三輪自転車ポニーに乗る
練習が
雨がつづいて
ひかる坂道 路面が
乾かないので
サドルの跨る
時間がなかった

夏至の坂を越えれば夕暮れは
みるみる早まる
ポニー
大人用三輪自転車の
ペダルを踏むステップへと
進まなくてはならない

「ペダルをつけてもらってきたよ
停めたままで漕いでみようか」
とユウキ
エアロバイクだったら
よく漕いでたよ
家に置いてたこともあったからね
だから
ただ漕ぐだけなら慣れてる
ぐいぐいぐるんぐるん
ほらね
「じゃあ今度の週末に公園、行ってみようか
あそこなら足もとが土だし」
え、公園って
去年、花火をしに行ったあそこかな
うちの前を右へ右へ坂をのぼって
歩くと五分くらいの
「自転車ならあっという間だよ」
うんうん
昼間は子どもやお年寄りでいっぱいじゃないかな
いやだ、はずかしい
次の週末
行ってみると公園は
ボールを蹴る子どもが駆けまわっていて
ああ無理だね

銀輪二輪すすっと走るバランスに自信がないので三輪
でももしやの補助輪
買った
「補助輪つければとにかく乗れるから
慣れたら外せばいいんだし」
とユウキ
子どもみたいではずかしいけど
おお
三輪ポニーに補助輪足すと
ほら
なんと五輪
わが五輪
「え、自転車じゃなくて三輪に?
つけてもいいけど
曲がれないかもしれないよ」
そうかな
どうしてかな
というより
あるかな大人のにつけられる補助輪
もしやと
さがす
さがしあてて取り寄せた

さあてとユウキ
つけてみようとしたら
変速ギアを外さなきゃならないから
「手に負えないや
自転車屋さんに行こう」
三輪に補助輪
わが五輪は
曲がれないかもしれない
「自転車につけたほうがいいかもしれないから
両方持っていこう」
という次第でふたり
自転車を押してユウキ
ポニーを押して私
駅前のサイクルショップへは
ブレーキの調整ペダルのつけ外しとユウキが
すでに三輪ポニーで度たびお願していて
顔なじみじゃないかな
日曜の午後の店先は
手入れ待ちの自転車でいっぱい
これもCOVID-19の影響だったりして
一時間くらいかかります
わかりましたと
図書館喫茶店スーパー経由で迎えに行く
ああついてるポニーに補助輪
わが五輪
私のポニーを支える小さな真顔がふたつ
「動くかな、乗ってみて」
よいしょっと跨ったら
そうでなくても安定の前二輪に後ろ三輪
わが五輪は
左右の安定といったらなかなかだけれど
あれれ
ペダルがちっとも踏み下ろせないや
エアロバイクとはぜんぜん違う
脚力不足かな
なにしろリアル自転車漕いだことないから
「重いのかもしれないね
曲がれるかな、やってみて」
ええっと、曲が、まがってみるね
店先の歩道
ええいっ、と左へカーブを試みようとするけれど
重くてなのか弱くてなのか
ちいっとも
「ああ、やっぱり
こっちにつけ直してもらおう
すみません」
と店のひとに向き直り
三輪ポニーから二輪につけ直してもらう
もう一度跨ってみる
軽い
かるいけれどやっぱり
ペダルを踏み下ろせない
わが五輪、は
ならず
なれど
わが四輪は
そしてポニーは
照りのこる日差しのなか
ふたり
ポニーを押す私と
補助輪つき自転車を押すユウキ
この補助輪つき自転車
経由ポニー
四輪三輪
「そうだねそうやって
ふつうの自転車にも乗れるようになるよ」
どうかな
乗れるかな
ぐんぐんペダルを踏み下ろし
ユウキの
ニンタイが尽きないうちにね

 
 

*近代オリンピック史上初めてのエンキだという。東京大会が翌年同日時へ変更された。COVID‐19と呼ばれるウイルスがはびこり被害が広がるのを阻むため、ヒトとヒトを距てよ、むやみに出歩くな、家にとどまれ、と各国で公けに叫ばれた。満員電車の通勤を避け、自転車を使うひとも増えたと言われる。そのような年であった2020年、記す。

 

 

 

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