岸部四郎讃

 

駿河昌樹

 
 

岸部四郎が死んだそうな

人生というものの
いい
表現者だった
とっても
いい
表現者だった

自己破産して
脳出血で倒れて
再婚した14歳下の若い奥さんを心臓発作で亡くして
それからさらに体がダメになって
どんどん衰えていく運命を嘆き
永訣した妻を惜しみ
もう会えないとぽろぽろ涙を流し
金持ちだったのに貧困に落ちいった身を嘆く
恥も見栄もどこへやらの
あられもない嘆きっぷりが素晴らしく
気持ちよかった
人生の表現者というのはこういうことだな
と感心して
女々しい嘆きっぷりに見入った

私小説家の本流に
ひさしぶりに真向かうようだった
身に降りかかる艱難辛苦を
これでもかこれでもか
と女々しく歌い続ける啄木流短歌の末裔
小林一茶流の俳諧の流れ
どうしてどうして
まだまだ此処にあり
という感じの
いい嘆き節
いい涙
惚れ惚れするような心身衰弱と
古典芸能そのもののような凋落ぶりを
たびたび見せてもらった

人生を演じる
とは
俳優たちが平気で口にする優等生文句だが
演劇や映画や小説など
所詮は創作という額縁の中だけのお座興
額縁から乗り出して
じぶんの心身を以て凋落と破滅と衰弱を演じる人は
なかなか
居やしない
衰亡の折にはどこかに隠れてしまって
老残の身を市井に晒すど根性ある生き方を
もう現代の人間はしない

そういう時代に
岸部四郎はずいぶん健闘した
いやいやいや
いい劇をながく見せてもらいました
葛西善蔵賞を拵えて
岸部四郎さん
あなたに今夜は贈呈いたしたく思う所存でございます

 

 

 

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