ニャ

 

駿河昌樹

 
 

ごく親しい人とは
じつは
あまりにほんごを使っていない
ニャアニャアばかり
言っている
だいたいの意思疎通は
ニャアニャア
で足りるのであるからして
ニャアニャア
なのである
ニャアニャア

以前も書いたが
ムカついた時には
ニャンたることかニャア!
と発語すると
たいてい収まる
けっこう怒った時も
ニャンともニャア!
と言えば
ほとんど収まる
このふたつで収まらない怒りや
動揺というのは
めったにないといってよい
ニャンたることかニャア!

ニャンともニャア!

かなり強力で
マントラとしてイケると思う
確信しておる

ネコだというわけではないし
ネコをマネしているのでもない
連中のもの言いは
聞いてればすぐわかるが
はるかに素っ気ない
だいたい
ニャ
ぐらいで終えている
こっちが
ニャアニャア呼びかけても
返してくるのは
ニャ
である
達人の域に達しているから
駄弁を弄さないのである

 

 

 

中古の関係

 

駿河昌樹

 
 

愛人
ということばは好きで
聞くたび
いいなぁ
と思う

なんといっても
愛シテイル人
なんだから
他者を引き立てるための
添え物の意味あいの

なんて
いうのよりも
よっぽど
いい

刺身の妻
より
刺身の愛人
のほうが
やっぱり
いい

とはいえ
愛人
と聞くと
げんなりもする
あゝ つまんない
とも思う

馴染みすぎな感じが
もう
所帯じみた
というか
なれ合い過ぎ
というか
妻でもないのに
新鮮味が
もう
消えてしまっている

愛人
をこしらえて
安住している男って
嫌だな
とまでは思わないが
つまらないな
と思う
愛人
までいかない
不安定な
心理の駆け引きの間だけが
どうにか
こうにか
面白くって
お互いに理解しあったり
大丈夫な人だと
安心してしまったり
って
つらいな
つまらないな
もう
中古の関係じゃないかサ

……と
愛人

長くやっている人の
話を聞いて
思った次第なわけです

 

 

 

小箱のでいいから

 

駿河昌樹

 
 

会わなかったけれど
もっと
もっと
それが会うことでもあったような
カトリーヌ

公園で
あたしはこれから
会うところ

ユリをきょうは
買ってくればよかった

でも
噴水の水がとまっているので
キャラメルを
きっと
買って帰るわ
空白空0(小箱ので
空白空0(いいから

 

 

 

われも静かに

 

駿河昌樹

 
 

大空を
しろい雲が
ゆく

しずかだ

しずかなことだ

あんなふうに
生きていくべきだな
わたしも

しずかに

すこぶるしずかに

 

 

空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白相馬御風
大空を静かに白き雲は行くわれも静かに生くべかりけり

 

 

 

池でないものを

 

駿河昌樹

 
 

停滞そのものとなって
人生
などという
大それた巨視を
すっかり放棄してしまった人が
きっと
はじめて
詩のようななにかを
書き止められるのかもしれないと
思っている
いつも

思いながら
ない池の
ほとりにたたずんで
見ている

池でない
ものを

 

 

 

つけ加えない

 

駿河昌樹

 
 

あゝ あれを忘れたな
と思う
あれもあれもあれも
忘れたな
と思う

でも
いいんだ

つけ加えようか

思う

20世紀末期に流行ったように
どうであれ
それで
いいんだ
という
風味

つけ加えようか

思う

思うだけで
つけ加えない


けれど

 

 

 

メイド・イン・ジャパンの底知れない凄さだよ

 

駿河昌樹

 
 

高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉が
不可能とわかったのは
ごたごたした2020年でも
日本の息の根への最高のトドメのような気がする

液体ナトリウムで冷却する構造の「もんじゅ」は
放射能を帯びた
この冷却剤を抜き取る設計になっていないと
わかってしまったのだ

液体ナトリウムは空気に触れれば発火する
水に触れれば化学反応して爆発する
この液体ナトリウムを抜き取らないことには
その後の廃炉作業は全く進められない

最初から廃炉を一切予定に入れずに
設計し完成させたというのだから
お見事この上ない日本文化というしかない
メイド・イン・ジャパンの底知れない凄さだよ

 

 

 

ムーンショット*

 

駿河昌樹

 
 

一見
病気のお話のように見せかけてある
新型コロナによって
どんなものが準備されつつあるか

あまりにわかっていない人が多すぎて
驚いてしまう
内閣府が臆面もなく
完全なSF未来を謳っていることの
とほうもない恐ろしさを
わかっていない人が多すぎる

内閣府が書いている
謳い文句を
そのまま読んでみよう

 

ムーンショット*
2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
ターゲット
誰もが多様な社会活動に参画できるサイバネティック・アバター基盤
2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。
2030年までに、1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。
注:サイバネティック・アバターは、身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターに加えて、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念。Society 5.0時代のサイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍するものを目指している。
サイバネティック・アバター生活
2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。
2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。
関連するエリアとビジョン
Area :「急進的イノベーションで少子高齢化時代を切り拓く」
Vision :「「誰もが夢を追求できる社会」の実現」、「「100歳まで健康不安なく、人生を楽しめる社会」の実現」
目標設定の背景
少子高齢化の進展により、今後、我が国では生産年齢人口が減少するが、これは同様の人口動態をたどる先進国やアジア周辺国においても共通の課題となっており、日本は課題先進国としてこの問題の解決に取り組むべきである。
さらに、人生100年時代において、様々な背景や価値観を持ったあらゆる年齢の人々が多様なライフスタイルを追求できる持続可能な社会(Society 5.0)の実現が求められている。
様々な背景や価値観を持つ人々によるライフスタイルに応じた社会参画を実現するために、身体的能力、時間や距離といった制約を、身体的能力、認知能力及び知覚能力を技術的に強化することによって解決する。
ムーンショットが目指す社会
人の能力拡張により、若者から高齢者までを含む様々な年齢や背景、価値観を持つ人々が多様なライフスタイルを追求できる社会を実現する。
サイバネティック・アバターの活用によってネットワークを介した国際的なコラボレーションを可能にするためのプラットフォームを開発し、様々な企業、組織及び個人が参加した新しいビジネスを実現する。
空間と時間の制約を超えて、企業と労働者をつなぐ新しい産業を創出する。
プラットフォームで収集された生活データに基づく新しい知識集約型産業やそれをベースとした新興企業を創出する。
人の能力拡張技術とAIロボット技術の調和の取れた活用により、通信遅延等にも対応できる様々なサービス(宇宙空間での作業等)が創出される。」

 

……いかがでしたか?
どれほど人間をわかっていない馬鹿が
チープなSFを企てているか
これだけでもよくわかるというもの

「様々な背景や価値観を持ったあらゆる年齢の人々」といった
表現を多用しているが
「様々な背景や価値観を持った」人びとが本当に集まった場合
価値観は「様々」であり得ようもないところに
まったく思考が向かっていない
恐ろしく幼い未来設計者

 

* https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html

 

 

 

吉野秀雄の『含紅集』

 

駿河昌樹

 
 

手術後の湯治に行くと目覚ましの時計鞄に入るる妻あはれ

金借るは苦しかりけりむきだしの紙幣(さつ)を抛るがごとく渡さる

空白空白空じっくりとは読んでいなかったので
空白空白空吉野秀雄の最後の歌集『含紅集』をゆっくり進めているが
空白空白空やはり
空白空白空いい歌が多い

空席もなく立つ人もなき夜汽車に安らぎ見えて年立たむとす

われ死なば靴磨きせむと妻はいふどうかその節は磨かせ下され

空白空白空というより
空白空白空精神のありようが
空白空白空歌そのものに染まり切った人のことばは
空白空白空どれも
空白空白空歌であることを外れない

老い樹黒く枝の小枝の先ざきもくれなゐにほふ高遠桜

病危ふかりし去年(こぞ)のいま頃ぞ辞世まがひの愚か歌残る

空白空白空生涯多病だった吉野秀雄は
空白空白空気管支性喘息
空白空白空肺炎
空白空白空糖尿病
空白空白空リウマチ
空白空白空心臓喘息
空白空白空などに苛まれ続け
空白空白空つねに貧困のうちにあったともいい
空白空白空65歳の人生を
空白空白空よくもまぁ
空白空白空苦しみつつも
空白空白空文に歌に書に精励した
空白空白空と感心する

みづうみの魚は食ひ得ず親子丼あてがはれ一浴して諏訪を去る

老いの眼は風にも涙湧きやすしまして刺す如き秋の夕風

空白空白空糟糠の妻を胃癌で亡くしてから
空白空白空四人も子があったものだから
空白空白空八木重吉の未亡人とみに手伝いに来てもらい
空白空白空やがて再婚することになったが
空白空白空この時にとみは八木重吉の遺稿を渡し
空白空白空以後
空白空白空吉野秀雄が八木重吉の価値の普及に努めることになる

六十を老いとせねども若きより病み病みて重ね得し齢なる

病むわれを見に来し友は今朝の富士の裾まで雪にかがやくを言ふ

空白空白空いうまでもないが
空白空白空良寛の普及に努めたのも
空白空白空吉野秀雄であった

わが死後は間借しなどして暮せよとはかなきことを今日洩らしけり

臥処より首もたげ舞楽右舞左舞のテレビのぞくも命なりけり

病をも死をも売りものにはせじと無理して書けばフイクションに似つ

便の始末してもらふ妻は尊けれその都度あたま下げて礼言ふ

静脈の注射するにもこのごろは場所なくなりて指の股に射す

垢のため血管わかぬ手の甲を湯タオルにごしごし拭きて注射す

空白空白空自分の宿命を
空白空白空次のようにも歌うものの

よき事も限りありとかわが悪しき運も極まりあるを恃まむ

空白空白空生涯
空白空白空毀誉褒貶の場たる
空白空白空そこはそれ
空白空白空権力争いの山猿たちの狭小の場たる
空白空白空歌壇とは
空白空白空関わりを持たず
空白空白空おそらく
空白空白空鎌倉アカデミアで得た知己だけを中心として
空白空白空歌人と認められた吉野秀雄にも
空白空白空悪しき運
空白空白空ならぬ
空白空白空よき運も
空白空白空やはりあったと見なければならないだろう

さらさらとして淡雅なる趣きをわれは好めど世の移りけり

われ死なば山崎方代かなしまむ失恋譚の聞き手失くして

サルトル氏の講演は切抜かせおきたれどつぶさに読まむ力最早なし

足萎へのわれは車に運ばれてかもかくも春の草に置かれぬ

今日妻と喜びしこと挿入便器(さしこみ)の中のわが物よきを覗きて

一生はただ刻刻の移りなり刻刻をこそ老いて知りつれ

 

 

 

岸部四郎讃

 

駿河昌樹

 
 

岸部四郎が死んだそうな

人生というものの
いい
表現者だった
とっても
いい
表現者だった

自己破産して
脳出血で倒れて
再婚した14歳下の若い奥さんを心臓発作で亡くして
それからさらに体がダメになって
どんどん衰えていく運命を嘆き
永訣した妻を惜しみ
もう会えないとぽろぽろ涙を流し
金持ちだったのに貧困に落ちいった身を嘆く
恥も見栄もどこへやらの
あられもない嘆きっぷりが素晴らしく
気持ちよかった
人生の表現者というのはこういうことだな
と感心して
女々しい嘆きっぷりに見入った

私小説家の本流に
ひさしぶりに真向かうようだった
身に降りかかる艱難辛苦を
これでもかこれでもか
と女々しく歌い続ける啄木流短歌の末裔
小林一茶流の俳諧の流れ
どうしてどうして
まだまだ此処にあり
という感じの
いい嘆き節
いい涙
惚れ惚れするような心身衰弱と
古典芸能そのもののような凋落ぶりを
たびたび見せてもらった

人生を演じる
とは
俳優たちが平気で口にする優等生文句だが
演劇や映画や小説など
所詮は創作という額縁の中だけのお座興
額縁から乗り出して
じぶんの心身を以て凋落と破滅と衰弱を演じる人は
なかなか
居やしない
衰亡の折にはどこかに隠れてしまって
老残の身を市井に晒すど根性ある生き方を
もう現代の人間はしない

そういう時代に
岸部四郎はずいぶん健闘した
いやいやいや
いい劇をながく見せてもらいました
葛西善蔵賞を拵えて
岸部四郎さん
あなたに今夜は贈呈いたしたく思う所存でございます