村岡由梨
火曜日、眠が入院した。
病院の帰りの電車の中で、私は
人目もはばからずに泣いた。
激しい孤独感に襲われて
足がすくんで
周りの音が聞こえなくなった。
夜、ホッケを3切れ焼いた。
米2合は多すぎた。
いつもいた人がいなくなるということは
こういうことなんだな、と思った。
金曜日の夜中、野々歩さんと
新しい映像作品の編集を終えて、
フランスの友人へ送った。
月末までに、送る約束をしていた。
作品の中に出てくる幼い眠の姿を見て、
花が泣いていた。
木曜日、眠の外出許可が下りた。
野々歩さんと、眠と花と
病院の最寄り駅のおそば屋さんで、
天ぷらそばを食べた。
眠は、私が眠に持たせた
「床下の古い時計」という本と
バーネットの「秘密の花園」が
すごく面白かったと言ってくれた。
それから、病室から夕日が見えたことや、
別の病棟に入院しているおばあさんと窓越しに目が合って、
向こうが手を振ったので、こちらも手を振り返した、
と話してくれた。
目に見える傷と目に見えない傷を抱えた人たち、少女たちが
世界から隔絶された場所で
懸命に生きていることを思った。
金曜日の夜、
突然母から電話があった。
「変なことを聞くけれど」
と母は話し始めて、
私と弟は、どれくらい歳が離れているのか、と訊いてきた。
一年と二ヶ月ちょっとじゃない?
と私は答えた。
一年と二ヶ月ちょっと?
それだけしか離れてなかったのね。
じゃあ、あなたは、
そんなに幼くしてお姉ちゃんになったのね。
つわりも酷かったし
母親が一番必要な時期なのに、
あなたに構ってあげられなかった。
悪いことをしたわね。
あなたは弟の手を引いて、
一生懸命お姉ちゃんをしていた。
でも、おしゃぶりをなかなか手離さなかった。
それは、眠と花も同じね。
今、お風呂に入ろうとして、急に思ったのよ。
あなたに悪いことをしたって。
電話を切って、
私は、声をあげて泣いた。
許すとか許さないとか、
そんなおこがましいことを言いたいのではなかった。
親だからといって、
完璧な人間であるわけでも、あるべきでもなく、
時には正しくない選択をしてしまうこともある、
ということが腑に落ちて、
痛いほどわかったような気がしたからだった。
「親である以上、子供の模範となるような存在でなければならない」
「100%の愛情で子供に応えてやらなければならない」
そんな理想に縛られて、
「完璧な親」でいてくれと、
母に強いるようにして、自分は生きてきたのではないか
そう思ったからだった。
人は不完全な存在であるからこそ、
互いに補い合って生きていられるんだ
苦しいのは自分だけじゃない。
そんな当たり前のことに、気が付いた。
靄がかかって行き先の見えない道の途中で
不安で立ち止まっていたけれど、
まっすぐな風が吹いて、スーッと遠くの景色が見えた。
そんなような気がした。
元々壊れやすい人たちが集まって「家族」になって、
やはり壊れてしまって、また再生して、壊れて。
私の中で今、何かが変わろうとしている。
自ら勇気を出して変わろうとしたわけではなく、
否応無しに変わらざるを得なくて、変わった、
という消極的な変化だけれど。
世界の美しいものを素直に肯定できる、
そんな自分になれるような気がしている。
土曜日、眠の外泊許可が下りた。
自宅のひと駅手前で降りて、歩いて帰ることにした。
眠が以前、アトリエの帰りによく寄り道をして
遠くの景色を眺めていた歩道橋が無くなって、
おしゃれな建物に変わっていた。
丁度雨が降ってきたので、そこで雨宿りした。
眠と野々歩さんと
酒粕の入ったチーズケーキを食べながら、
雨が止むのを待っていた。
夜、オニオンスープとピーマンの肉詰めを作った。
米は2合で丁度よかった。
テレビはつけなかった。
今日は、夕飯に、銀鱈の西京漬けを4切れ焼いた。
米は2合で丁度良かった。
今日もテレビはつけなかった。
花が泣いた。
今もまだ、私たちは狂乱の只中にいる。
飼い猫のサクラが、お姉ちゃんのナナの頭をなめていた。
その様子を見て、皆で笑った。
眠はもう病院には戻らない。
夜、花と散歩をした。
花といろいろな話をしながら
神社を通って
落ち葉を踏みながら歩いた。
ぽとん、と
どこかで銀杏が落ちる音がした。