ピリピリする、私の突起

 

村岡由梨

 
 

とにかく、とても疲れている。
見たいもの、読みたいもの、書きたいものがいっぱいあるのに
時間にちょっとした隙間が出来ると、
体を横たえてしまう。眠ってしまう。

小さいけれど、私たちの生計の要になっている会社を回すこと
家族のこと
きょうだいのこと
義両親のこと

いろいろな問題がぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
眠れずに、意識が右往左往する。
そこで、あの女の罵声が聞こえてくる。

「このクソ女。てめえは余計なことしなくていいんだよ」

うなされる自分の声で、目が覚める。

 

飼い猫のサクラが、NHKのホッキョクグマの番組を熱心に観ていた。
母グマは、まだ幼い子供達を守る為に、オスを近寄らせない。
貴重なエサのアザラシを捕まえるために、色々な知恵を尽くす。
例えば、分厚い氷の穴のすぐ側で待ち構えて、
呼吸をしに水面に上がってくる獲物を狙う、など。
でも、なかなか捕まらない。
アザラシもかわいいけれど、
この際、食べられても仕方がない。
がんばれ、がんばれと心の中で応援する。

私は、自分の空腹をこらえて子グマ達にお乳をあげる母グマの姿を見て、
娘を産んだばかりの頃の自分を思い出していた。

 

その日私は、ほんの数週間前に産まれた娘を抱えて、
病院の母乳外来に来ていた。

私は赤ん坊の頃、
なかなか母乳の出ない母の乳房を嫌がって、
粉ミルクばかり飲んでいたという。
それでも、おしゃぶりは手放さなかった、
と母から聞いた。

私の母乳の出は良好で、
娘の体重も順調に増えていた。
何か悩みはある?困っていることは?
と年増の助産師に聞かれて、私は正直に答えた。
「乳首を吸われると、性的なことを想起してしまって、
気持ちが悪くて、時々気が狂いそうになるんです。
乳首がまだ固いから、切れて、血が出るんですけど、
自分の乳首が気持ち悪くて、さわれなくて、
馬油のクリームを塗ることが出来ないんです。」

すると助産師は、バーンと私の背中を叩いて
「なーに言ってるのよ、セックスと授乳は別モンじゃないの!」
と大笑いした。
私は、自分の気持ちを話したことをひどく後悔して、
その助産師を殺したいと思った。

10代の頃、人を殺すためにナイフを持ち歩いていた。
結婚するまで、おしゃぶりをお守りのように持っていた。

4歳の時、良く晴れた日に、
空中に舞う埃や塵が日光の中でクルクル回る様を見ながら、
干したばかりのふかふかの布団に寝転がって
ぬいぐるみ相手に、初めてのエクスタシーを覚えた。
そして、その直後に知らない男から電話がかかってきて、

「今、どうだった? 気持ち良かった?」

と聞かれて、戦慄したのだった。

 

思い返せば、私はずっと
ペニスと乳首に翻弄されていた。

道ですれ違った知らない男に、小学生の私は
人気のないところに連れて行かれ、
悪臭のする不潔なペニスを無理矢理口に入れられて、
その時私は泣いたけれど、
今も昔も、この男に対する怒りは全く感じない。

それよりも、もっと幼い時、
母が同棲していた男の男友達に
「君の眼には魔力がある」とか言われて、
キスされたり、まだ未発達な乳首を触られたりした。
相手の汗ばんだ手で触られるのは嫌だったけれど、
この時のことに関して、
誰かに対する怒りを感じることはない。

怒るべきところで、怒らない。
表出する怒りと、表出すらされない怒り。
私の心は構造的に、何かが決定的に欠落している。
でも、これが私でなく、娘たちの身に起こったことだとしたら。
私の中で何かが崩れ落ちて、
私はきっと壊れてしまうだろう。

夫とのセックスも、うまくいかない。
人と肌と肌を触れ合いたくない。
でも、愛する人と触れ合いたい。
絶頂と嫌悪が同時にせり上がってきて、
刹那、自分をナイフでメッタ刺しにして、
乳首を切り落としたくなる。

硬くなった私の突起が、ピリピリする。
目を閉じると鍵穴がいっぱい見える。
鍵穴 突起
鍵穴 突起
マスクの下の唇が湿気でふやけて、
そのふやけた唇の皮を、歯で噛み切って食べる。
自分の死んだ細胞を食べる。
自分の味がする。
ホッキョクグマはアザラシを食べる。
アザラシの味がするだろう。
アザラシはホッキョクグマに食べられる。
男は自分の突起を私の穴に入れる。
私は、男の突起を口に入れられる。
 

で、何が言いたいのかって?

とにかく、あんたのことが大っ嫌いっていうこと。
いつでも自分が人の輪の中心にいないと気が済まない人。
「みんなで写真を撮るよ」と言っても、
「嫌だ」と言って、一人だけそっぽ向いてる人。
出来れば、二度と会いたくない。

って、散々言ってみたものの、
こんな風に私のことを嫌っている人も、たくさんいるんだろうな、
なんてことも考える。
あんたを嫌っている私。誰かに嫌われている私。

転換。転換。何たる自意識(笑)

所詮、物事は視点の転換で、
ホッキョクグマじゃなく、アザラシの視点の番組だったら
私の がんばれ は ひっくり返る。

 

本当はもう、誰にも触れられたくないし、触れたくない。
本当はもう、大声でわめき散らして、
何もかもめちゃくちゃにしてしまいたい。
でも、今の私にはそれも許されない。

ひとりになりたい。
誰にも気付かれずに、
ある日プツン、と いなくなりたい。

 

 

 

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