『花の歌』を弾く花へ

 

村岡由梨

 
 

気が付けば、いつも下を向いて歩いている。
顔を上げれば、雲一つない青空が広がっているのに。
際限なく続くアスファルトの道。
そこに、めり込むように歩いている。
この世界で、苦しまずに生きる方法は無いんだろうか。

花が、ピアノでランゲの『花の歌』を弾いているのが聴こえる。
胸が詰まる。
私は死ぬまでに、あといくつの作品を残せるだろうか。

冬の夜に、窓を開け放つ花。
「夜って、いい匂いがするね。」
彼女はもう、世界の美しさを知っている。
一方で、世界を怖がる花もいる。
「世界はゼリーで、自分はその中の異物みたい。」

ある時ふと、自分が尊敬する人や好きな人たちは
皆、夭折していることに気が付いた。
34歳。45歳。45歳。46歳。
今、私が死んだとして
彼らのように美しい死体になり得るのだろうか。
世界の本当の怖さをまだ知らない、
15歳と13歳の娘たちを遺したまま。

20時過ぎ、世田谷代田の陸橋にぼんやり佇んで
スマホで『花の歌』を聴く私がいた。
行き交う車の音が何度も遮るのに抗って
大粒の涙を流しながら、とぼとぼと歩き出す。
自分が帰るべき場所へ向かって。

 

 

 

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