夢素描 09

 

西島一洋

 

記憶喪失

 
 

夢ではない。が、前回幻覚と幻聴について書いたので、ついでと言っては何だが、記憶喪失について書いてみよう。

僕は、十六歳の時、一週間の記憶を喪失したことがある。

高校の柔道部の練習で投げられて、後頭部より畳に落ちた。そこまでの記憶は、はっきりとある。どうやって家に帰ったかも記憶に無い。それからまるっと一週間分の記憶を失った。

この喪失感というのは、文字にすることはとても難しい。喪失しているのは間違いないのだが、感覚的な喪失感というのが全く無いのだ。つまり、分かりにくいかもしれないが、喪失しているのに、喪失していないということだ。

でもこれはとても恐ろしい。

自分の知らないところで、ある時間、もう一人の自分が生きている。僕の場合は一週間だ。

もう一人の自分というのが生きていた痕跡がある。

痕跡は色々あったんだろうが、その当時の記憶として鮮明なのは、柔道の段取りの昇段試合の記録である。記録といっても小さな折りたたみ式のペラペラな紙のカードだ。

今は知らないが、柔道というとみんな講道館、あの嘉納治五郎創設のやつだ。家元制度といえば言えなくはないが、昇段試合にかかる費用はわずかだったと思う。「つきなみ」といっていたから、月一回だったのだろう。名古屋ではスポーツ会館でやっていたと思う。昇段試合といっても、負けても引き分けでも良いのだ。ポイント制で、負ければさすがに0点だが、引き分けでも僕の記憶では、0.5点、もちろん勝てば1点。何度でも昇段試合が出来るのだ。つまり、ポイントを積み重ねていけば、昇段できるという仕組みだ。

茶帯から黒帯になるのも、ちょろっとずつポイントを積み重ねていけば、そのうちなれるという、今から考えると、ゆるいシステムだった。そのおかげで、一応僕も黒帯にはなった。

その「つきなみ」のカードには対戦成績が記録してあった。

しかし、一週間前の「つきなみ」の記憶が無い。くどいようだが、明らかなる自分の行為の記録の痕跡。このもどかしさは、もどかしくもないのだ。

わかりにくいかな。自らの経験の痕跡として肯定はするが、つまり、きっとそうなんだろうとは思うが、自分の中では全く身に覚えがない。

以前の夢素描で、夢の記憶について書いたので、詳しくは書かないが、記憶というのは、極めて抽象的なもので、パルスというか、一生の経験の仔細まで、1秒にも満たないプシュッというか、ピュッというか、ツツツというか、それに完璧に集約されている。よく死ぬ前に、一生分の記憶が蘇るというが、僕は間違いなく本当だと思う。

ただ、いまだもって、あの一週間は喪失したままだ。

喪失は言葉にはできない。

 

 

 

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