夢素描 02

前書きの前書きの2

 

西島一洋

 
 

前回、夢記憶交感儀について少し書いた。具体的に行なった行為は前述の通りだが、何故この行為を行ったかについての理由を書いてみよう。

20年ほど前の頃に戻る。
最近よく夢を見る。夢を見たということだけは間違い無いのだが、どの様な夢だったか思い出すことが全くできない。夢日記でもつければと思っては見たが、何せ起きたらすぐに忘れている。ただ夢を見たという感覚の記憶だけが残っていて、いささか気になっていた。なんとかならないかなあと思い、夢記憶交感儀を思い立ったのが最初の理由である。
もう一つある。子供の頃に見た夢の記憶である。
小学校四年生、10歳の頃に、おなかをこわして二階で1人寝ていた。寝入りばな、その頃よくみる悪夢の予感というのがあった。寝入ったのは夕刻だったと思う。とてもおそろしい夢を見て深夜飛び起きた。その夢というのは、僕が何かしら失敗をして、それがもとで世界が消滅したという夢である。厳密にいうと存在という概念が消滅してしまったという夢である。飛び起きてすぐに前にあるカーテンを引きちぎった。カーテンもあるにはあるが、ないと同じことという夢だった。絶対無の夢だった。その子供の頃に見た夢について考えてみようというのももう一つの理由であった。

 

これで前書きの前書きを終わります。
次回、前書きを書きます。

 

 

 

夢素描 01

前書きの前書き

 
 

西島一洋

 
 

寝て見る夢である。

20年くらい前かなあ、「夢記憶交感儀」というのを名古屋市民ギャラリーで二週間ぐらい開いたことがある。

10センチ角の木材と晒し木綿で、畳二畳程の小屋を作り、ギャラリー内に設置した。床面は10ミリ厚ベニア板で、ギャラリー床面より30センチくらい浮いている。晒し木綿で囲ってある。

中には裸電球を一本吊るした。そして小さなちゃぶ台、座布団はおそらく無かったと思うが、ベニア板の上にはござを敷いた。僕はそこに鎮座した。ギャラリー内のあかりは無く、まあ外から見れば大きな行燈といった言った態、朝から夕刻までの二週間。外には、古いブラウン管モニター6台に、メッセージを文字で「どうぞ中にお入りください。あなたが見た夢についてお話し下さい。」もっと丁寧に書いたと思う。僕は入ってきた人に煎茶を出した。
で、こうも言った。「お話しは全て録音したいです。カセットテープに。そしてこのカセットテープは、この会期の後、コンクリート詰めにします。80年後にこの交感儀に参列(参加)した皆んなと一緒に、聴きましょう。」
この時すでに僕は50歳を過ぎていたと思う。つまり、生きていれば130歳。あながち不可能ということも無いが、おそらく死んでいる。見ず知らずの人も、晒しをビヨーンとひらげて小屋の中に入って来る。年齢は様々だ。一番の若年が10歳、上は90歳。10歳なら80年後でも90歳だから、幾分かのリアリティはある。
小屋は前述どおり、2畳くらい、ちゃぶ台を置いて、周りに5人も座れば満員だ。時間も無制限だから、1日にそう何人も入れるわけではない。記憶では1日12時間✖️二週間やったと思う。
不思議なことに、夢の話となると、赤裸々にかなり際どい事も、知らない人同士でとうとうと話す。これは意外だった。

とここまで書いたらもう7時半だ。毎日の労働のために、そろそろ寝なければならない。二時起きなので。前書きの前書きのさらにその半分にもいたらないが、もう寝よう。一切の推敲も無く。

 

つづく。

おやすみなさい。