陽春白雪

 

工藤冬里

 
 

例えば春に、遠くの雪山をスマホで撮ると、頭で考えているより小さくてがっかりすることがありませんか? 遠近法を無視したり変えたりするのが絵画史であったと言えます。例えばソ連の素朴画家の「わが息子」という絵は息子が山より大きいし、松山の三津浜駅の「三津浜図」は遠く富士山まで俯瞰していて、これらの遠近法は地球が平面であるのと同じくらい正しい。
さて祖父の描いた戦前のモンパルナスです。彼の場合、遠近法はそのままに、強調したい丘のみを物理的に他より厚塗り(二センチくらい)するわけです。ですから絵というよりもはや立体に近い。ルオーは絵の具を削り落としてはまた塗るという作業を繰り返したそうですが、祖父の場合はケントリッジか石田尚志かというくらい途中経過も全て残しながら層を堆積させていったのです。それが僕の最近の、ボイスメモをGarageBandで重ねた「練習!パフォーマンス」という声の作品の情報処理の不器用さとふと似ていると思ったのです。

 

 

 

 

#poetry #rock musician

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