LOT

 

工藤冬里

 
 

何人見殺しにしてきたか数えていて
これ以上はやばいかなと

distant sobbing
far cry というより

正しいきみも正しくないきみも新校舎で学ぶことは沢山ある
上から下に波及するその中間地点に居合わせているきみ以外の動植物は完全なので世界はきみの卒業を待っている
自分でなんとかする時代は終わったんだと切り替えて
橋があれば渡ってしまう癖を治して
立ち位置とか足台とかが設定されている台本を開き
政権交代のタイミングが書かれている台詞を読んでごらん
あらゆる政策はうまくいかない
新政府の治安部隊が期限切れの勢力を一掃する
月のなくなるまでという情緒を読み込んでイメージを重ね更新し続けて

but you will stand up for your lot at the end of the days

 

 

 

#poetry #rock musician

敵の前でフルコース

 

工藤冬里

 
 

脳を食べる。それで?それで?二世の悲しい鋭角の字体で 仰ぐ絶望
(瞼に気を取られている) よくない よくない

消し去るのではなく塗り潰す
迫るのではなく輪郭の外から浮き上がらせる
シニフィアンにニュー息吹
今まではそこには良いことをする人も悪いことをする人も居ると考えられていた
良いことや悪いことは過去形でしかない
悪人が存在しえない地もあるのだ

復興大臣秋葉けんや君に立憲源馬謙太郎君が詰め寄っている

悪人は塗り潰されるのではない
悪人の輪郭が浮き上がることで保護観察処分となるのだ
(そのためには)
愛されていないという偽り全てを退ける必要がある

人(ルーアハ・イーシュ)は病苦に耐えることができる
私の敵の前で、あなたは食卓を整えてくれる

 

 

 

#poetry #rock musician

ウラー!カラマーゾフ

 

工藤冬里

 

すべての涙の想像がつかないので疑う
根からマスクを取り除く
墨色の死の霧が晴れてゆく
地底と海底にドームを吊る
重い支柱を気球で運ぶ
死は食べるものではない
呑み込まれるものだ
エジプトに逃げず進んで行って当然の報いを受けた
荒廃のガソリンを満タンにして
救援ディアコニア
カードローンを払ってくれた男の死体を凝視めるドスト氏

draw◯
haul❌

雨かと思ったら擦れ合う木の葉だった
ボジョレー解禁日は無くなればいい
痛む肺を押さえながら
二百年かけて説得してきた
美術手帖も無くなればいい
四次元はあまりにも非道過ぎる
今はコレラ禍で
殺されたのは原敬である
ウラー!カラマーゾフ
星は監視カメラだ

首は傾けてはいけない
90年代は心が別のことに向かったので
柔軟性が必要だった
正しい態度を持つ人を探す
デフォルメされた人が
耳も大きいのは良い
オールバックの小母さん
首を傾けてはいけない
耳が大きいのは良い
柔軟にデフォルメされた人を
高さの詰まらなさを探す
柱は届かない

 

 

 

#poetry #rock musician

わたしたちはどうして死ぬまでここに座っているのだろう

 

工藤冬里

 


縦横に織りなされゐし内奥の何かのやうにむらさきの紐
夢で糺される杉のchoochoo
ミニアさん
ソチュアト
三津浜
なんと寿司
同じ通り
いとやん
蛙軒ゲロ軒
田中戸
Como no son parte del mundo, el mundo los odia
池上彰の14歳からの政治入門を返しに来た人が、他の作者で似たような本はないですかというので斎藤美奈子学校が教えないほんとうの政治の話と響堂雪乃ニホンという滅びゆく国に生まれた若い君たちへを紹介した
Hago exactamente lo que el Padre me ha mandado
Consideramos felices a los que han aguantado
小坂の翔の、春光亭がベトナムに移転したようなトリ魚介平打で、駐車場になりたいとさえ思えてきたのを、
Cuando hay comunicación, los planes salen bien; haz tu guerra con orientación experta
不平等だと国が成り立たないと憂えるのではなく国がそもそも成り立たないから格差が開くのだと思い直すべきだ。
国家よりも大きい旅商人達から見れば不平等だと騒ぎ立てる「国民」は「何それ?」という感じだろう。
劣勢の全体主義国家の言い分が「ホワイト」に見えるのもそのためだ。
Si el mundo los odia, ya saben que a mí me odió antes que a ustedes
Take away for free
70代生活保護夫婦に頼まれギターの五弦を苦労して張り替え終わり、動機は加山雄三だったというのでブラサンビーチの一節を弾くとおゝ、俺は十番街の殺人が一番好きで、と話し始める。
malmute
やまぐちゆうた
crum
clum
東に今日高円寺だと伝えると第8ぱなのになぜ来るのかと言われた
大江カレーの牡蠣美味しかったですよ
あゝいう暗いディストーションはBGMに合うんですね
見かけの動きはいく通りかの数式で表すことができる
数式によって動くのではなくて観察者によって数式が作り出されるのである
そうすると数式を使って説明しようとする行為そのものが真ではないと言える
死者とは観察者ではないというだけで、データとして立派な存在である
今や死者の方が生きている
国とは見かけの国であるので死者は国民ではあり得ない。国葬や地域興しデザイン主義が意味を成さないのはそのためである
インターナショナルを唄うのは死者たちである
観察者たちが歌うのはすべて鬼太郎のテーマソングである
一切の希望は死者にあり一切の人権は死者にある
数式がなければ貨幣もない

Ayuden a los que son débiles
今月はプチ今村夏子フェアを設えますのでどちら様も奮ってご来車ください。
https://jla.or.jp/demand/tabid/78/Default.aspx?itemid=6548言われても絶対置かないからな
https://addendumrecs.bandcamp.com/album/black-eyed-susan-live-at-forestlimit-2017アリゾナにもカッティングマシンはありぞな、もし
愛は感情ではない
愛の反対語は感情
愛はカットされた石
蝶になる毛虫がぶら下がる新築の家は六角形の多面体で
雪達磨を止めるsarcastic なブルックリンの坂で
自分を見る
脾臓フィロストルゴス

「安らかな心は最高の枕」
Why are we sitting here until we die? 2k7:3
わたしたち​は​どうして​死ぬ​まで​ここ​に​座っ​て​いる​の​だろ​う
音楽は昔は一つだったかもしれないが今は音を使っているというだけで用途は全く分断されている

https://youtu.be/u5WN1iKEEUw leven(e)違いだった

 





 

 

 

#poetry #rock musician

deepest fall

 

工藤冬里

 
 

色を選べる
目に映る色は選べない
このドームの端の寒さの中に
マスターは飛ばされ
色の心強さを蜜柑色のトラムにもとめる
どれも似ているマスターの物語made in chinaのボールペンで重ね書きする
地球はほぐれながら浮かんでいる
郵便配達員は熊の子を散らすように山に入った
名前の付いた神社たちに
ほつれた縄糸は張り巡らされ
二、三本足を失った親たちが逆さになって待っている
閃光除けのゴーグルをかけて
殺風なぬめりのある壁を背景にして
妄想が拉致される
犀のラインのマスクのまま
微妙な歳差に切り込め、
蒸発せよ、とバビロンに言う
南予のイントネーションで赤道辺りの蓋を開け
熱水による結晶を見せる
ホラホラこれがきみの中身だ
エリシャは王将に居たが
マスターに誘われると戻って肉を煮、餞別として人々に与えた
悲しみがどう表れるかは人によって違う
呼吸だけに集中とか言うけど目が詰まったマスクをしてたら苦しいだけだ
馬鹿な質問するんじゃない
子熊たちは散り散りになった

 

 

 

#poetry #rock musician

悪霊a clay

 

工藤冬里

 
 

あ、暮れa clay
阿Q呉れa clay
カボちゃん砂布巾パンプキン
愛昏れ悪霊eye暗え
折り重なって
あっしは柴又アッシリア
その日は梨泰院(イテウォン)に居てん
win win はhow low
貰た貰た云われんよ
Mr.オクレoh clay
アイドル毀してcry cry
喰らいつく位付く
愛奴愛奴icloud
空冷悪霊a clay

 

 

 

#poetry #rock musician

Someday there will be no tomorrow

 

工藤冬里

 
 

10.17

10.18

•••そうね

だめだとおもう

••・わ

鈴木のⅹbeeてテールランプが六角ゆうだけやないか
それがどしたん

彩子さんがベルリンに帰るというので秘蔵のスメナリの線描を差し上げてしまった

図書館車に来た猟師さんのマタギ話を聞いていたら盛り上がり猪肉を持ってきてくれた
バラはカレー、骨付きのはスペアリブの後猪骨スープ かな

10.19
近所に馬とヤギのいるファームがある
麦も売ってる

寡婦となって一時帰国した客ちゃんからタスマニアらしい巨大で大味な土産をもらった

夕方近所のみゆきさんが炊き込みご飯を持ってくるというので返礼に漬け込んだ猪肉を用意した

ABCで赤井さんとサンダーバードのブレインズの眼鏡のツネちゃんに遭った

dancing in the dark
ウラジスラフ・ニクレンコさんというアフリカ系ウクライナの人が再びコラボを申し込んできたのは、戦争が始まった頃のかれらのコンピに参加させてもらったのがきっかけだった。今回はせんそうのことはまるで云わずに鳥の声を録音しているサイトを送ってきた。https://media.ebird.org/catalog?userId=USER766691&mediaType=audio&view=list
僕は例によってピッチを変えて鳥がひとのようにしゃべっているようにしてみた。
さてそれとは別に、アリゾナのカレブ君がもっとカントリーの曲をくれないかと言ってきていた。カントリーはカレブ君の演歌なのである。すでに送っていたのは梅津寺の売店でおばあさんたちの声をバックにグンナイアイリーンんを唄っているやつで、ドイツでヴァイナルにしたいという人が現れたそうで、それでB面用に何か加えろということだった。僕は最初、カレブ君と声の似ている頭士君と2019にやった1999がいいと思ってその動画を送った。カレブ君は感激したようだったがそれを使うとは云わなかったので、なにかカン
トリーの曲を送らなくてはならないのだった。ほかにカントリーの曲なんて知らないし、と思っていたところにジョアンナ・カーリンのダンシング・イン・ザ・ダークという曲https://youtu.be/n-4Lo3ORwqEが浮上してきて、調べてみると、それはアンディ・フェアウェザー・ロウがカントリーとして作った曲https://youtu.be/s-97EhD8pW4であるということだったのでちょうどよいのではないかということになりスタジオホトトギスでウクライナの鳥の声にダンシング・イン・ザ・ダークを乗せてみた。アンディ・フェアウェザー・ロウはクラプトン絡みなのでドブロ担当鶴さんのようなロックおじさんはちゃんとhttps://youtu.be/s-97EhD8pW4知っているのだった。そのファイルを経緯の説明と共にウラジスラフ・ニクレンコさんとカレブ君の両方に送った。何が言いたいかというと、一石二鳥とかウィンウィンといったことだけではなくて、昨今はそういう偶然を利用した流れで世界情勢は進んでいて、というようなことです。https://stand.fm/episodes/634faa76dd94dcbcdaaa4bea…

10.20

草書流れ 捲れた石 無理 息が出来ない 仕返しをしなかった 青紫系塗り絵 痛み三十年 緑ゼリー 眼球内版画 平等なら風を切って 腹の痛いまま 原寸大グレコの群青 バプティゾー 瓶の口 パラシュート服 息が出来ない

タスマニアから南極へ 動画を見る 短い舌の 動物性脂肪の冷え 毛皮のビョーク 油脂の板 白 羽根 黒レースに改造 なおのこと センスのない稜線 飛び立った黒 消えかかった猿 髪分ける銀 南極は 大陸を増やすことで 計算とはジョーズに下半分代行 オタマジャクシの黒引っ掛かり

ドローン飛ばせ 落胆で明らかになる 何気なく射った矢が いちばん大女 南極に立つ 鉱脈 汚す 緑黄に塗られたクレーン車 老齢になってから流れる白黒 娼婦たちはその池で体を洗った 腹の 猪ドームにこつん 境界線のみ滑らかな石 浮いてない

10.21

CD「音楽はまだわからない」に寄せて
これはスーパーバンドであり、ジョージもリンゴもジョンも居る。居ないのはポールだけである。だがポールのドーターは名古屋に居るので、それでいいのである。
墓川雪夫(DJ一夜城)

飛行船が家の支柱を運んでいる
4コマ漫画の哲学のように

古伊万里は鷺だけを視詰める
これは鵜だけど

父の遺品を整理していたらこれでもかと剃刀の束が出てきた
僕もそうしていたのでぎょっとした
旅行できる間に一生分ためておこうと思ったのだろう
それらは決して使い切られることはないのだ

10.22
¿Hasta cuándo tendré ansiedad y preocupaciones, tristeza en mi corazón día tras día?

イタチがうるさい。棒の音ではだめで光を入れると静かになった

10.23
Todo el que odia a su hermano es un asesino

羅列は悉くセンスを失い
インスピレーションが去っても身を屈めて花を求め続ける
絵から組み立てられる感情は南極に持っていく
数えられる範囲でしか考えられないのだから2つ以上は無理なのだ

菱の実

10.24
Cuando hayan terminado de dar su testimonio, la bestia salvaje guerreará contra ellos, los vencerá y los matará

 

 

#poetry #rock musician

אּיזָ֫בֶלイゼベル

 

工藤冬里

 
 

安倍川餅をわさび醤油でて
ソマリアではいつも肉と野菜を食べていた
難民キャンプで支給される小麦粉に慣れてなくて
粉ミルクと間違えて赤ん坊を死なせる母親もいた
10年経って渋谷系は昆虫食とほんとうに結びついた
אּיזָ֫בֶל
それでイザベルとかミセス・ジョーンズとか名前を連呼して悶えるタイプの曲はだめだということになった
猫の方が良い顔をしていることが多い
五十代警備員女性が足を折ったので
刺青ok即入居可の工場求人も詳細に調べ
短歌の返礼もする
gridからずり落ちる一年前に、「顔の記憶」というアルバムも出していて
志乃釉を詩の釉と言い換える
陶芸史とは憧れを持ってしまったことによる石粉の苦闘
エリヤに与えられた仕事と対になった慰め
焼けた石の上に乗せられた丸いパン
弟子になろうとする人はみな迫害されるんですよ
リベラルに縋っている
まだ生きてることになってる55年生ベルリンの明石政紀さん変更されてないまだ生きてることになってる
まだ生きてることになってる

 

 

#poetry #rock musician

お弾き

 

工藤冬里

 
 

なることができないからなりすましている
選択肢は幾つかあった
永遠の命と引き換えの享楽などない
地下鉄東西線は地上ではお弾きみたいに溶けている
角の席では小判がお弾きみたいに透明になっている
弾き飛んだボタンは月ではなかった
白黒逆転させると地球が映っていた
散弾銃から弾け飛んだのは
ボタンではなく恥だった
全ての顔は一緒だった
全ての子供は右翼になった
ボタンダウンしか売ってなかった
国盗りゲームはなかった
戦国時代はなかった
江戸時代はなかった
言ってみれば今が戦国
過去は未来が決めていた
未来が過去を決めていく
家猫が満足するように
ドームの内側で自足していた
外は氷だったが
暗くて見えなかった
疲れるまでやる気だ
昆虫は食うな
抗生物質漬けの
食糧危機は温暖化ビジネスなのでザレパテ方式で行くこと
鯖缶の株とか上がってるんじゃない?知らんけど
代替食糧、虫とか人造肉とかの企業
あとは安い暖房

 

 

#poetry #rock musician

IT‘S ALL OVER NOW, BABY BLUE

 

工藤冬里

 
 

そんなもん貰っちまったら立小便もできゃしねえ
高柳と間はまだ対立した儘だ
https://youtu.be/p0oMt3bsDCc

2000年新宿ロフトのライブCDのためのジャケットのイメージとライナー

It’s all over now, baby blue

岩田の遺品の中にあったよとフィラデルフィアのジョルダン・バージェスが送ってくれたライブのカセットをそのままあまり弄らずに台湾で焼いたのが本作である。 ライブの日付は新宿ロフトのホームページを遡ると2001年3月9日、日本に帰ってきてベアーズ、法政学館、スターパインズカフェ、と続くライブの、4 番目だった、といったことが思い出されてきた。メンバーの詳細は定かではないのでここには載せられなかった。
呼ばれたのが少し大きめの場所だったのでいろいろ考えた。その頃はリアルタイムで拾ってリアクターで変調させるのが流行っていて、大体そうしていた。そのひと月前はスライド フィルムを使った短い曲ばかりやったので、長いのをやることにした。対バンにメルツバウがいて、矢張りラップトップだった。マヘルは「夜の稲」を録音したばかりで、顔を想像しながらスコアを書ける情況だったので、変わり目やコーラスの合図だとか、かなり深く案曲することができた。

track1 冒頭は、「その楽器の最低音と最高音を交互に出しなさい」という指示のみで構成される「マカール・ジェーブシュキン」が前奏代わりで、それに続く部分は、return visit to rock mass からの、モンク~ドルフィー風のベースラインで始まる 「揚雲雀 (soaring skylark)」 が元になっているが、間奏部の牧歌調のユーフォ二重奏に代わって “It’s all over now, baby blue” という、当時ブライアン・フェリーがカヴァーしたディランのタイトル詠唱が、労働党政権下のロンドンで老人介護派遣ヘルパーの仕事をしていた礼子が扮する四人の思い出の老婆の述懐の合間に挟まれる、という構成になっている。
tack2 器用な植野君には触ったことのない楽器をその都度与えると良いだろうということでこの日はシタールを演奏してもらった。
tack3 間奏部分のギターがジュヌスの再構成という特徴的な衝上断層を眺めるのに良い。このトラックは既にロック画報8の付録に入っている。

The original sound source for this album is a cassette of our live performance, which was sent to us by Jordan Burgess of Philadelphia, who said he found it among the belongings of the late Yuzo Iwata. Then “mshb direct trade” has converted it into a CD at a factory in Taiwan without much formal mastering.
According to the Shinjuku Loft website, the date of the concert was March 9, 2001, and it was the fourth in a series of concerts that followed Bears, Hoseigakkan, and Star Pine’s Cafe after I had returned to Japan. I am not sure of the details of the members at that time, so I cannot include them here.

I thought about it a lot because it was a slightly larger place than previous shows which I had been offered. At that time, it was popular to pick up all of the sounds in real time and modulate them with Reactor, and I generally did so. A month before that, I had done only short pieces with slide film, so I decided to do a longer one. My counterpart was Merzbow, who had also changed to a laptop.
Maher had just recorded “Night Rice,” so I could imagine each performer’s face as I wrote the score. So I was able to specify in great detail the turns of the song, the cues for the chorus, and so on.
track1 soaring skylark
The beginning of track 1 begins with “Makar Devushkin,” which consists only of the instruction to “alternate the lowest and highest notes of the instrument,” as a prelude. The following part is based on “soaring skylark” from “return visit to rock mass, which begins with a Monk~Dolfi style bass line. However, the pastoral euphonium duet of the interlude is replaced by Dylan’s title “It’s all over now, baby blue,” the verse of which was covered by Bryan Ferry at the time. The song is interspersed with reminiscences of four elderly women, played by Reiko who worked as a temporary care helper for the elderly in London under the Labour Party government.
tack2 what’s your buisiness here, Elijah?
As I thought it would be a good idea to give Ueno an instrument he had never touched before each time. So I asked him,who is very dexterous, to play the sitar on this day,
tack3 soldier of Lead
The guitar in the interlude is a good way to view the characteristic impulsive fault of reconstruction of Junus. This track was already included in the appendix of Japanese vintage rock’n notes magazine 8.
                                          September 11,2022

金木犀つぼみもすでににほひたり

デジタル喧嘩

嵐の夜に鼬は家守は
https://stand.fm/episodes/6332f04390f80b613fa5ba83

トレン動員
タイムライン
やっぱりTwitter社は買いたくなくなる
買いたいのは沢だけだ
棚田の新米がブランド化されて三内農協に売ってる
日本語おかしいか?
まず石垣だ おぼっちゃま小林兄69歳 狼にはいいポジションだ

Muéstrense tierno cariño

社会なんて世代が平行移動して繰り上がる管理職の趣味が風靡してきただけの、電通に揺れる葦に過ぎないと分かってくるが、総理だけはオムリの後のアハズのようにいつの時代も史上最低と言われ続けていて可笑しい

自分も寄与したMix CD “au contraire”のためのライナー
「過去は未来が決めていた」  墓川雪夫
フラットになってからジョッキーが始まったワケだがなにも構文ガーとか言ってるわけじゃなくて前世紀のその頃ってnuance。法の下での平等はイカサマだったってんで911で突き破りブッ刺しブース周りの環境音、ひいては行きの電車からピクニクは始まってんだよとばかりに運命的なチャンスオペレーションとしての窯に任せたスクリューとリヴァースの意味深中性焔シャワー雨ミックスという現在。過去は未来が決める。波を点に変えてゆくなかで抱えたヴァイナルは愛のデジタル献花。そんなこんなでノイズ・エッセイ化してゆくDJ。過去は未来が決めていた。

Heb13:7 ἡγουμένων  (hɛː.ɡuː.mé.nɔːn) は「指導者」ではなく「率先している人」と訳すべきである事

高松の燦庫(https://san-ko.site/)で大晦日に行われるライブのためのプロフィール「香川県と私」
2000年以前の話 有岡さんという香川の木工の匠の息子と受験の頃つるんでデッサンなどしていた。かれは工芸科に受かったがぼくは挫折し、ニューヨークに行って音楽をするようになった。

200①年 丸亀でヤン・ファーブル展を見、シャッター街に貼られたポスターも含めてうつくしいと思う。
牟礼で友人の結婚式があり、帰りに庵治石の工房で石粉をもらい、筒形の碗を焼いてみたらみどり色だった

2006年 映画UDONの、小西真奈美との冒頭シーンで香川にも「山中」というものがあるのだと気付かされ、以後まんのう公園などという標識のある下道が味わい深くなったがよく迷った

20①0年 直島の第一回に行き、ロードコーンの白が良いと思った。open fieldという曲を録音したことがあったので、同名の作品を見ることができたのもよかった。同じ作者の人工夕焼けの作品はtateで見た。

2012年
6月 アートで田んぼ
イメージしていたのは麦刈りだった。ピアノの周りを麦を持った人々がピナ・バウシュの四季の振り付けのように廻り、ピアノには麦のように真っ直ぐに立った竹籤を挿し、それに松脂を塗って指で擦ることで共鳴させる。それを増幅しディレイをかける。その後参加者は次々に風景と自分の関係を考えた上で短いフレーズを弾き、それはループされ、積み重なってゆく。そのループの上にさらにそれぞれの楽器による即興を加え、最後にまた竹籤による静かな共鳴に戻っていく。というのが大まかな案曲だった。
7月 東京でmeltdownというイベントをやった。ガセネタ好きの善通寺のギタリスト福田君は不安障害と双極性障害を抱えてしょっちゅう死にたいと電話をかけてきていたけれど、バトミントンではトップクラスのプレーヤーなので、マヘルではラケットを振り回してもらうことにした。PAを通さなくても空を切るその音は客席の奥にまで届いた。その数日後にかれは自分を殴って死んだ。

2013年 アートで田んぼ
香川ではランチタイムのことをタイムランチと言う
だから田んぼでアートからアートで田んぼになったんだな、くらいに思っていたが

マームとジプシーという劇団のオーディションの話から始まった。自分で3種類の振付を考え、その番号が呼ばれるとそのポーズをとる、というのを集団で一時間やり続ける、という過酷なワークショップで、そのポーズの「裏」とか「逆」、つまり線対称と面対象のポーズも指定されるので、合計9つのポーズに向けて瞬間的に体を動かさなくてはならず、最初はぎごちないが、だんだん体が慣れてくると疲労を通り越してある種のトランス状態になる、その集団としての動きを中空から見ている者が居れば、その者はそれを美しいと感じるであろう、と思いながらやっていた、と。それは各人の身体能力を審査するためのものなので、直接音楽とは関係ないわけだけれども、その振付を音に置き換えれば、演奏のフォーマットとして少なくともゼロ地点にまではもっていけるのではないか、去年は土地と穀物の、水平と垂直のメソポタミア-エジプト的な起源に向き合ったが、今年はそのワークショップのメソッドを借りて草刈りの動きをやろう、と思った。システムとして高柳の集団投射、漸次投射といった言葉も頭を掠めた。振り付けに当たる奏法のための素材は「草刈り」と「雨」に絞った。「草刈り」には、単純労働、ベトナム戦争の落とし児としての農薬、原罪としての単一プランテーション、モンサント、TPP、といった人間的な営みと葛藤の一切が含まれ、「雨」には人智の及ばぬ天の一切が含まれることになるだろう。奏者は鳥の声が聞こえる範囲に意識を保ちつつ、「草刈り」ではブギーの腰の入れ方で低 音をループしてみせたり、つんのめるようにバスドラをキックしながらシンバルに頭突きしたりし、「雨」では造形作品の竹の枝を拝借して揺すったり、ギターを高く掲げてハウリングさせたり、お馴染の吊られた天蓋を揺さぶって音を出したりしていた。ピアノを弾いていると、「草刈り」と「雨」が不規則に入れ替わる度に一瞬で空気が変わるのを感じた。特にミニマルな奏法で「草刈り」を演奏しているまま「雨」になった時、選ばれている音は同じなのに風景が変わるのが分かった。「さまざまな作品や音が水を張られた水田に沈み、そこに田植えをしていく時、水面の上のおれはぞくっとするのだ」、と河野さんは言う。その感じがアートで田んぼなのだな。だいぶ分かってきた。

2014年 アートで田んぼ
オトノタニよりユルいと言われてきたその裏で、どんどんテーマが先鋭的になってきているフェスからの三回目の招待です。
今年はリズムボックス対バスドラダブルキックで、リズムを土に刺します。
バスドラダブルキックの人はすぐに疲労困憊して土に倒れます。
それから這って後ろ向きに麦藁の玉を蹴りながら旗のところまで転がします。
フンコロガシが夜中に後ろ向きになって玉を転がしながら直進できるのは太陽や月ではなく、天の川銀河によって方角を知るからです。

宇宙史はすべて誤謬、と言う埴谷さんに励まされて言ってしまえば、農業史もまた誤謬なのであって、ほんらい、土地は産出的であるかそうでないかの二つしかなく、弟殺しによって呪われる前のそもそもの始まりは、ただただ産出的であったのである。

それに、農業者の基礎体力や整理整頓能力を賛美するというのは、自衛隊員のそれを言挙げするのと同様の本末転倒であって、こちらとしては、切り取られた近代の尺だけで、オキュパイによって不法占拠した空き地に肥料袋で野菜を栽培するアクティビストの群れを、歴史の筋肉の美として賞揚する訳にもいかないのである。雑草から麦が生まれたのではなく、麦から雑草が生まれたのだ。牧畜もそうだ。豚は家畜化した猪なのではなく、猪が野生化した豚なのである。抱きつき猟が残酷なのは、近代化した猪に自分が豚であることを思い出させてしまうからなのだ。

前年までは近代における草刈りの疲労を微分することを考えてきたが、今年は「疲労」だけに絞った。「農耕など、労働がかもす二項対立の構造を捉えることでアートは日常に帰る。」という2014年のテーゼは圧倒的に正しい。”労働”も”アート”も資本主義の幻想だからだ。
その上で、誤謬の宇宙史の中で「帰るべき日常はあるのか」ということがテーマになるだろうとばくぜんと思っていた。

リズムボックスとバスドラのダブルキック、という二つの素材が偶然手に入ったことで、それを「疲労」に使うことにした。
貧乏揺すりのように両膝を動かすことで、打ち込まれた機械のバスドラの速さにある程度までは付いて行ける。その後に「疲労」が来る。倒れ込んだその衰弱体から始まる”アートのようなもの”が”ほんらいのデザイン”とぶつかる時に、我々はほんとうの卑屈さを手に入れる。
フンコロガシが天の川銀河の光を頼りに後ろ向きに直進するナビゲーションシステムを持っていて、我々はそれを持っていない、という現実が日常である。旗を立て、旗のところから方向を持った音が鳴らされる。
それを頼りに竹で編んで麦藁を詰めた玉を後ろ向きに這いつくばって野生化した家畜のように後ろ足で転がした。フンコロガシは誰に向かって糞を転がしているのか。それは銀河の先の、遠いけれど生々しいあの始まりに向かってではないのか。

7月 「蟻の首大音楽祭」@razybones
香川県三豊市詫間町蟻の首という地名をそのまま使ったノイズイヴェントで、発酵の音に合わせて憲法9条を切れ切れに朗読してみた。

2015年 1月 高松市塩江美術館の大木裕之展でピアノを弾いてくれと頼まれ、大木さんとのトークもあるというので出かけた。

録音してくれるということだったので、これが最後のピアノと思って弾こうとしていたのだが、大木さんに邪魔されて弾けなかった。僕も大木さんの頭にパンを被せたりしたが、大木さんはさらに暴れ、若い男の子をバリカンで虎刈りにしたり、ペンキをぶちまけたりして館員に止められお開きとなった。

塩江

いじめられいじめてみせたおれたちは強者であるのか弱者であるのか

最後のピアノにしようと思っていたのにパンを与えなければならなかった。私の肉はパンではなかったので私はかれにピアノを与えた。
私は命のパンではなく死のピアノだった。
ピアノは血を流せない。
ピアノから流れたのは滑稽だった。
諸君は滑稽のコラボを観たのだ。
滑稽が命に繋ぎ止めようとした。
過渡的な宙ぶらりんの命に。
絶対音と調律の乱れが整列した。ゴミ屋敷の秩序を求めて。
延命の哲学。
そしてアートはまたもや延命した。
延命して塩江温泉に入った。
ピアノが、温泉に入ったのだ。

5月 アートで田んぼ MSHB

12月 ノイズ喫茶ill
ダニエル・ジョドシーと地元ノイジャンのイヴェントに呼ばれた。ダニエル・ジョドシーはシャルルマーニュ・パレスティンと今井次郎とマクラウド・ズイクムースを足して割ったような音楽だった。サウンドクラウドに挙げられている虫の音源に、二つの携帯を通話でハウリングさせ、それをマイクで拾って混ぜてみた。主催の河野君は、いや、ほんとに虫のこえに聞こえてきました、と感想を述べた。この機械の音は八〇〇倍遅くしたらどんな声がするのだろう、とちらと思った。

2016年 9月 「この島のこと」@てしまのまど
島の各所で採った土を焼いたインスタレーション

Burnt Teshima
地域活性助成金排除ファインアートの時勢にあって口承や戦時の聞き取りに向かう一連の民俗的流れは、一種のそれもまた拠り所を求める崖っぷちの足掻きであったにしてもある種物わかりのいいヒッピーのネットワークを形成しており、
これまた外人コレクター依存雑貨屋主導工芸の時勢にあって火成水成を採集焼成する漏れる鬱陶のフィールドワーク的流れは、一種のそれもまた拗ねたドジンの居直りであったにしてもある種分かり合える貧乏体力勝負のカウンターの情けなくはあるがギルドめいた四国ものづくりの幻想を形成しており、
要するに上記ふたつのパラグラフが出会ったところにアキリカの豊島は在ったのであり
それが香川に居ながら辺野古ゲート前に居ることであり遠野に居ることでありまたそれぞれのふだんの居場所に居ることであった。
横に繋がって四国を伸びていたのは古琵琶湖の地層であり垂直に掘られて焼かれたのは地球であり地球のゴミであり無駄ではあったが一瞬というかふた月半展示された自分の営為であった。ジョセイキンで自分は土を焼いたのである。焼かれた土が提示されていたのである。

10月 ill
アキリカ企画 自由奏/ジューソー/重層、吉濱君が組んでくれたMax/MSPで、サンプリングしたコオロギや鳥の声を数百倍遅くしてヒトの声にしようとしてみた

10月 やまなみ芸術祭三豊市財田町エリア道の駅たからだの里さいたサイタデリックという催しに呼ばれ、2tトラック上で楽器を演奏しながらエンジンを空ぶかししてみた

2019年 アートで田んぼ MSHB
蛍の頃だったので蛍という曲を普通に演奏した

2021年 アートで田んぼ
他県から呼ばないということだったが一人で行って板橋さん~渋谷さんの「グッドバイ」を弾いた

2022年
5月 塩江美術館
四国巡回展の最後、愛媛の菊間瓦土(讃岐土と菊間ゴミ土のブレンド)と砥部の磁土を組み合わせたものを焼いてへたらせる「安部ちゃん」という作品を展示した

初日には、安土さんとのパフォーマンスがあり、ピアノの鍵盤に触らずにE-bowで音を出す、というのをやってみた
同時期のアートで田んぼでは、 弾かない楽器を並べ、演奏じたいを持ち込んだ草刈機とE-bowのピアノの遠近を組み合わせる絵画と考えてみた

なんだランダムじゃん
偶然を利用するときは2つではなく3つの要素を使うこと。
https://namiberlin.com/wp-content/uploads/2018/10/P9260157.jpg

ヒマ
https://youtube.com/shorts/YSZFRyIx2uA?feature=share

星を探求する必要があったのだろうか

ロシアの粘土、という洞察

建築とは建物ではなくクラッシュした愛のヘルパーが背中を摩るということ
順番と優先順位の調合の割合はやや違う

 

 

#poetry #rock musician