塔島ひろみ
全自動洗濯機が洗濯をしている
音を立てて、乱暴にまわり、
これでもか、これでもか、これでもか、
汚れた白衣を、
黒ずんだ泡のなかに引きずり込み、
ひねりあげ、振りまわし、殴打するのを、
男は見ていた
分厚い手を腰にあて、ランニング姿でまっすぐ立ち、
ぎょろついた目で、白衣から、卵液、油、汗垢、髪の毛、羽虫(死骸)、大腸菌、その他さまざまなゴミ類が暴力的に引き剥がされるさまを、じっと見ていた
上の方に浮いてきた「汚れ」が男と顔を合わせきまり悪そうにニヤニヤし、また渦の中に見えなくなる
突然回転がとまり、ごぼごぼと水が落ちだした
洗濯機はピーと先生のように笛を吹き、蓋を閉じるように要求する 男は静かに蓋を閉じる
洗濯槽が見えなくなると勢いよく何かが始まった
つぶれたそば屋の白衣がこの洗濯槽の中にいる
ゴーと地鳴りのような音が聞こえ、洗濯機がゴトゴト痙攣する
用無しとなったそば屋の白衣がこの中にいる
男は揺れ続ける洗濯機の蓋をじっと見ていた
4階建アパートの2階に男はいた
店賃が払いきれなくなり 3日前男は商店街の端っこにあるそば屋を閉じた
白衣を毎日この洗濯機で洗っていた
風呂に入っている間にすませたから
白衣を洗っていたのは男ではなく、洗濯機で
男は、しみだらけの白衣が強烈な臭いのする泡のなかでさんざんいたぶられ小突きまわされたあげく再生するさまを
今、初めて見ている
4階建アパートの2階で見ている
外階段から2階にあがると廊下があり、ずうっと奥まで見通せる
廊下に沿って8個ほどドアが並ぶ、そのドアのひとつの内側で
口をまっすぐに結んだまま、洗濯機の蓋を見つめるその男の姿は
廊下から見えない
その見えない男が3日前まで着ていた白衣が
洗濯機の蓋の下の男からも見えない暗い地下牢のような場所で
ぐるぐると回転にかけられていた
最後の回転にかけられていた
外では雨が降っていた
傘を差した人がとぼとぼと駅方向に歩いている
たった今横長の古ぼけたアパートの横を通り過ぎたことも気に留めないで 歩いている
アパートの上の階にはベランダがあり、部屋ごとに似た竿が吊るされ似た室外機が置かれていた
雨が上がったら、その南に向いた窓のひとつが開き
洗いあがったそば屋の白衣が
長年活躍した白衣が
もう誰も着ることのない白衣が
ごつごつとした分厚い手で丁寧に陽に干されるだろう
太陽がそれを見るだろう
(4月某日、亀有5丁目で)
すごいですねええ。昔の塔島さんの作品を思い出しました。嬉しいです。