とぜん

 

白鳥 信也

 
 

父親より三つ年上の伯父さんは
鍛冶屋で
暗がりで火を使って鉄を溶かし
鍬や鎌をこしらえる
小学校の帰りに立ち寄ると
伯父さんは囲炉裏の脇に座って炭火をみつめている
どうしたのときいたら
とぜんとしている
という
ランドセルを置いて外に走る
裏を流れる堀の魚を見に行って戻ると
ぬしはずいらぼっぽりどこいってけつかる
という
伯父さんのいっていることはほとんどわからない

家に帰って母親に
とぜんとしている
とはどういうことかと聞いても
母親は知らないという
東京で育った母親は疎開して以来東北暮らしだが
当地の言葉をうまく使えない
父親に聞いたら
とぜんはとぜんだという

次の日伯父さんのところに立ち寄って
なにもせずにぼおっと座っていたら
ぬしもとぜんか 
かばねやみでもしたか
という

家で宿題にとりかかっている途中
机でねむりこけていると
父親が
ぼう、きどころねしているのか
かばねほしになってしまうぞ
という

そのころは声だけ
ことばの響きがとびかっていた

東京で働くようになって
水路があれば覗きこんでしまう
魚をみつけることはない
橋の上で
ぼおっとしていても
とぜんか
かばねやみでもしたか
ときいてくる人はいない

とぜんか
かばねやみでもしたかと

 

 

 

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