白鳥 信也
小川のほとりで暮らした日々を思い返す
おだやかに降り注ぐ陽射しと
水の匂いを
いつも釣り糸を垂らし
夏の暑い日は小川に足をひたし魚たちを驚かせたものだ
夜になればカエルたちの鳴き声が響き続け
専属の交響楽団だって笑い飛ばしていた
小川のほとりには野ゼリが茂り
夕飯時になれば
セリを抜いて湧水で洗い
野生の香りごと味わったし
水底の小エビを網ですくっては食膳に並べたものだ
そこでゆっくりと死んでいきたい
そんなほとりの日々
戻れるものならあの頃に
男はそんなことを薬臭い病室で告白した
死んだ男の過去の時間には
水のほとりで暮らした日々はみあたらない
出入りの多い魚屋の裏で育ち
生臭い風が休みの日でも吹いていて
ハエの多い家だった
奥には農機具の工場があって
昼夜を問わず農機具のエンジン音が響いていた
生涯を事務机のうえで
最初は算盤でのちには電卓を叩いて過ごした
生の火花をやさしく包みこんだ
水のほとりの日々を俺も思い返す
群生する野ゼリの茎を朝露がしたたりキラキラと輝いている
小川の底ではタガメが小鮒に抱きついて血をすいとり
タガメも小鮒もまどろんでいる