夢素描 15

 

西島一洋

 
 

野原(草叢)

 

牛蛙が鳴いている。
断続的にあちらから、こちらから。

断続的ではあるが、そのひとつひとつの声は、長い。

低いのもあるが、時折間違えたように、高いのもある。
高いというか、突っかかったようで、
間歇泉のように、不規則だ。

おそらく、一度だけ食べたことがある。
一度だけだ。
もうニ度と食べたくないと思ったわけでは無い。
普通にうまかった。
でも、食べるときに、あの声は聴こえなかった。
心の中でも聴こえなかった。

牛蛙の姿は知っている。
捕まえたこともある。
殿様蛙の色を鈍くしたような感じで、確かにデカイ。
これを見て食欲は湧かない。

牛蛙は本当に牛が鳴いているような声を出して鳴く。
低く、大きい。
夕刻というか、日没後の薄明かりのなかで、壮絶に鳴き合う。合唱ではないが、地から盛り上がったようなうねりがある。

でも、静かだ。
確かに鳴いていてうるさいはずなのに、静寂を感じてしまうのは何故だろう。
もとより、この声は無かったのではないか。
幻聴ではないか。

幻聴だ。
幻聴だ。
正しく幻聴だ。

耳鳴りみたいなものか。
大きくあくびをしよう。
できるだけゆっくりと。

肩が痛い。
腰も痛い。
膝も痛い。

風呂に入るか。
水風呂か、湯風呂かで迷う。
面倒なので、もう一度寝よう。

とっくに、牛蛙はいなくなった。

もう一度牛蛙の夢を見よう。
草叢を歩くところから。
いや、自転車でも良い。

牛蛙はもう居なくなった。
だから、声も無くなった。

もう一度、草叢だ。
夕暮れ。
といっても太陽はすでに沈んだ。
沈んだことに気がつかなかった。

遠くの方に、かろうじて薄明かりが見える。
どんよりと暗い。

草叢は、文字通り草の塊だ。
匂いがする。
草の匂いなのか、泥の匂いなのか。

蛙の声は無くなった。

やはり、草の匂いだ。
草の匂いが音を発している。

僕は自転車でその横を通り過ぎる。
草叢は塊になって、あちらこちらに散在している。

不思議と草叢の中に突入することはない。
礫層がむきでた黄土色の坂を上がると、不意に空が見えた。

そうか、まだ、いくらかは明るいのだ。
しかも、この中途半端な明るさが、ずっと続いている。

草叢は、遠い景色だ。
蛙の声はどうしたのだろう。
とんと、聴こえぬ。

草叢はとっくに集まって密談をしている。

 

 

 

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