少年少女

 

佐々木 眞

 
 

昔むかしあるところに、少年と少女が住んでいました。
ふたりは近所に住んでいたので、地元の同じ小学校に入りました。

少年は幼稚園時代にあまりいいことがなかったので、「よーし、小学生になったらがんばるぞ!」と、ひそかに心に誓っていました。
少女はいつも引っ込み思案だったので、「小学生になったら、なんとかして、そんな自分を変えたいな」と、願っていました。
ふたりは、たまたま同じクラスに入り、たまたま、隣同士の席で並ぶことになりました。

少女は、隣の少年の顔をそっと見ました。
学校より野山が好きそうな、元気な少年でした。
そこで少女は、今まで生きてきた中で最大の勇気をふるって、おそるおそる少年に語りかけました。

「あのお、わたしとお友達になってくれますか?」
聞こえるか、聞こえないかの、小さな、小さな声でした。
すると少年は、声のする方をじっと見ました。
とても可愛らしい少女でした。
少年は、少女に向かって言いました。
「もうお友達になっているじゃない」

それを聞いた少女は、思わずうれしくなって、にっこり笑いました。
すると少年も、なんだかうれしくなって、にっこり笑いました。

それから、時はずんずん流れ、長い長い月日が経ちました。
ふたりは大人になり、別々の遠い、遠い町に住んで、別々の生活をしていました。
少年は絵描きさんになりましたが、まだ独身で、少女は早くに結婚して主婦となり、三人の子供のお母さんになっていました。

ある日大人になった.少年は、故郷の町の実家で小さな展覧会を開くことを思いつきました。
すると、その話をどこで聞きつけたのか、大人になった少女が展覧会にやって来て、ふたりはおよそ40年ぶりに再会したのでした。

少年の絵をぜんぶ見終ると、少女は少年のところへやって来て、
「あのね、私が小学一年生になって隣の席に座った時、きみになんて言ったか覚えてる?」と尋ねると、
少年は「アハハ、そんな昔のこと覚えてるはずがないじゃないか」と答えました。
じっさい何ひとつ覚えていなかったのです。
「そうだよね。あんなに遠い昔のことだものね」と答えた少女は、何か言いたそうでしたが、それ以上何も言わないで帰っていきました。

その日の午後、古い家の玄関先には、とても良い匂いのする金木犀の花が満開で、いつまでも少女の後ろ姿を見送っていました。

 

 

 

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