餉々戦記 (葉つきの葉と茎 篇)

 

薦田愛

 
 

スマホのタスク&買い物メモに「葉もの」と入力
なにがしか青いものを手に入れたい、と心に付箋たてる
冷蔵庫の野菜室の中身がかたよると料理ビギナー
できるメニューがたちまち見つからなくなる
(応用力が育つには経験がまだまだ追いつかないというわけ)

それは師走だったか年の初めか
寒かったころ たぶん
北摂の駅前スーパー産直コーナーは夕方4時をまわって大にぎわい
規格はずれだの一昨日あたり並んで残った青ものに次つぎ半額シールが貼られ
傍から手に取ろうと前のめりのお客一同にはもちろん私もまじっている
(だってオオサカ)
島根産生きくらげのパック一六〇円にも半額シールを認めて白黒ふたつ籠に入れ
コーナー一周こればかりは値引きの有無にかかわりなく並んでいれば連れ帰ることにしている葉つきの小かぶ三玉ひと袋一五八円今日のは徳島産をわしづかみ
白じろきめ細かいに違いない鈴菜とよばれる実は味噌汁に入れようか水菜や薄揚げと煮びたしにしようか迷うところだけれど
いやいやじつは目当てはこのしっかと伸びたひとかかえの葉と茎なのだ
だって 
だってほら
小松菜もほうれん草も高騰しているって時になんて貴重な緑黄色
葉もの はもの
だからね
握り直すスマホの買い物メモから“葉もの”を消去
レジを通って籠からエコバッグに移し替え
よいしょっと担ぎ上げるバッグはすでに鶏胸肉だの鰤の切り身だのみりんのボトルだの入っているので重い
急がなきゃ日脚が短くなったものと踏み出す肩先へ
「すみません、あの」
すわ忘れ物と振り向けば三十歳前後とおぼしき細身の女性
「その葉っぱ、なんですか?」
指さす先はエコバッグから突き出た緑の茎と葉
「ああこれ? 蕪です。かぶの葉なんですよ」
「かぶってあの」
「そうなんです。かぶ。こんなに立派な葉っぱつきなので、食べてみたら美味しくて! 
 あそこの産直コーナーに並んでますよ」と長すぎる答え
「あのコーナーですね? ありがとうございます。買ってみます」とにっこり
いやいやよりによってごくごく料理ビギナーのこのわたくしが
食材のことを聞かれるなんてと冷や汗かきかき
よいしょっとバッグをかつぎ直し
家への近道だけれど急坂へと前傾姿勢

もとはといえば最寄りの駅前ビルの図書館
レシピ本をあさってみつけたひと品は
私の目にはちょっとひねったおひたし いや和え物
ほうれん草をゆがいて絞って切ってまた絞り
そこへすりごま、かつおぶしにオリーブオイル、ちりめんじゃこを投入
ぽん酢を和えてできあがり、だったのだ
そもそもつれあいユウキが
「ほうれん草のおひたしって、なんだか時々食べたくなるんだよね」
と言うので
ありきたりのおかかのせを何度か作ってみたあとのこと
そういえばというくらいかすかな翳り
ほうれん草にはほの暗い思いが、あるといえばあるからだろうか
ついね 
くったりくたくた
ゆですぎてしまってね

五歳だったかあるいは
学校に通い始めていたろうか
常づね仕事から戻るのが遅い父を待たず
母とふたりの夕食
ならぶひと皿がその夜
ほうれん草のおひたし
ゆでられかたく絞られ
かつぶしと醤油
つまんではこぶと
鼻をつくあおみのにおい
むぐ んぐっ ぐちゃ
どれだけ噛みしめても
くちいっぱい筋っぽくて
それはつくり方のせいだったのか
そのころのほうれん草はそんなものだったのか
くちゃっくちゃっ ぐちゃむちゃ
むふう
ぼお
のみこめなくて むちゃぬっちゃ
ぼお
ぬっちゃ ぐ ぐっちゃ
ぼおお

ぴしっ 
いたっ

打たれたのだと すぐには
わからなかった だろう
ぼお
いつまで噛んでるのよっ

言われた

思っていたが
つくって食べさせたひとは
のちに
その子すなわちわたしが
テレビを見ながらぼおっとして
口が止まっていたのだと言った
血がにじんだ
かるくはたいたらどこか
くちのなかを嚙んだみたい、と

「どうしてかな、こどもの時は
 ぼくも好きじゃなかったな
 こどもの味覚じゃわからないのかもしれないね」
ガスを早めに止めて
鍋からざるへ すぐに冷水
それでもね
くったり
ぬちゃっ

ところがね
それがさ

日脚短くなる頃どこの店頭
まるい白い実がみっつに葉っぱあおあお
茎もしっかとぐいぐいのびきったそれが
かぶが
並んでいて

ざくり 実を切りはなし
実は野菜室に収める(出番は別の日)
ひとにぎりに余る葉と茎は湯がく前に
ざっくざく 大きなざるふたつに盛ってにゅうねんに水
その間に鍋にはぐらっぐらと湯
だってね
湯がいてから絞って 切ったらまた絞る
その段取りもたもたするのをひとつ減らしたい
ざるから鍋へ まず茎からどしどし
ガスは止めて刻んだ葉もぎゅぎゅっ
ややあって
念のため茎の太めひときれつまんで もぐ
ん、だいじょうぶ
ざるにとって流水 水けきりながら
オリーブオイルちりめんじゃこかつぶしすりごまぽん酢
オールスター揃いましたら
ぎゅぎゅっきゅっ
握って絞り にぎってはしぼって
次つぎボウルへ
どさどさっ
つつうっばらばらはらりぱららっしととっ

混ぜ入れまぜいれ うん
葉っぱは嵩が減るよね でも
茎はもりもり
すきとほるあさみどりの茎が
かつぶしとすりごまをまとって
きれい

ばりっ もぐっ んぐ
噛みごたえあるよね
「ああ、これはいいね。
 ほうれん草よりこっちがいいな」
うん、おいしい

かくして
白い実がまだ野菜室にあるうちに
次の葉つき小かぶをとくとくと持ち帰る
かたよるにも程がある
季節の幕開け

 

 

 

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