餉々戦記 (あっ、あらもっと 篇)

 

薦田愛

 
 

起き抜けの電気毛布から出られない
底冷えの丹波で二度目の冬
アラームを停めたスマホの画面を繰る指かじかむ
よわい光に浮かぶ山なみの写真
SNSの
ああ
七年経つのか阿波半田そうめんの里
大叔母ヤチヨさんを送りに行った時だ
目の大きなあっけらかんとした物言いの
ヤチヨさん
ひとりっ子のヒロム兄ちゃんは
かあさん、肉が好きで魚は食べんけど
ぶりだけは好きじゃなあ、と
言ってたな
そう
寒くなると、ね
ぶり、なんだ

ぶり 鰤 寒ぶり
ひ、ひみ、氷見のぶり
なんて無理 コーキューヒン
ひ、ひ、氷見漁港の寒ぶり
なんてものは料理屋さんの幟になって
寒風に吹かれているんだ
二年暮らした北摂刀根山
あるいはここ丹波の山あいでは
熊本長崎大分あたりや島根だったり
海の京都舞鶴なんて文字がパックにおどる
おもに天然まれに養殖
ムシが寄生するおそれがあるから天然のほうが安いと
この三年で知った
料理する前にしげしげ見つめて孔を発見
ピンセットで引っ張り出したこともある糸のようなのツルっとうわ
まだある長いぞうわあ
それでも及ばず加熱したあとにうっすら孔
恐るおそる身を割るとああっいやぁここにもって
害はなくても、ね
ベラにボウな食欲も
きゅきゅっとちぢこむ
その痛手でしばらく手を出さないことにして
ぶり
そう天然物のはらむムシとの遭遇
ちょっと、ね

それでもそう
寒くなって
ムシも減った頃なんじゃないかなんて
なんのエビデンスもなしに
気づけば鮮魚売り場のパックをきょろきょろ
でもって
あ、あら
あれっ
ぶりあらのパックではまだ
体験してなかったよムシとの遭遇
削がれ刻まれたあらには
ムシの居場所がなかったか
分厚い切り身の血合いもたっぷりのそれは
ヤチヨ大叔母さん
たしかに肉に似てるね
ちいさいころ、魚の血合いをみて
チョコレートと言ったのよあんたは、と
親に言われた
濃ぉい、コクのずしり
にじみでる脂と甘みは
粕漬けにしても照焼きでももちろんぶりしゃぶにしても
美味しい
とは言っても
お財布の都合もあるからね
できれば、というよりまずは
あらをさがす
あ、あらっ
ぶりあら三百グラムほどのパックをさがす
けれどなかなか
あったりなかったり
ねえ
ぶりのあら、もっと!
ぶりあら、もっと!
いえいえ、おおきな魚ですから
さばく個体の数も知れてますから
それで限りがあるんだろうか
いやいや、もっと!
ぶり、あら、もっと!
目を血走らせたおんなが鮮魚売り場をはしごする

そう
あらさがし
あらにこそあらわれる
ぶりのぶりたるゆえんを
白々とどっしり太ぶとしい
大根と炊き合わせるんだ
そう
ぶり大根
大根が待っているからさ
ちょっと小声になるが
じつのところ
ぶりと対等どころか
こっちが主役かもしれない
だってさ
寒さ極まる夜は
黄柚子の皮と味噌をからめて
ふ、ふう、ふっふうふろ吹き大根でいただくほどの
大ものだもの
ましてや今や丹波の古民家暮らし
畑で穫れた太っといいっぽんを
外の水道で洗いあげてユウキがどさっ
玄関のあがり口に置いて

「ねぎもかぶも白菜も穫ってきた
 大根は土からこんなに顔を出してるよ」
と指で十センチあまりを示す
この冬二度目の雪がとけ
畑はぬかるんでいるのだ
家からは見えないけれど

はしごして走っても
もし無念にも、ぶりのあら、入手能わずんば
立派な切り身ふたつほどをいくつかに切り分け
料理酒ふって十分後に熱湯をかける
これでくさみが取れるんだな
って
いっぽうで大根の下茹でをするわけだけれど
輪切りした片面に十字の切り目を入れ
のちのちこれを下にして煮るんだね
フライパンで水没させ
ごとごと
やわらかくなあれ
ふむ
生姜を厚切りにしておくとか
レシピの白髪ねぎはまぁ省略しちゃってもだいじょうぶとか
ぜんたいがわかるまで幾たび(溜め息)
あ、あらっ
今日のあらはカマの一部が入ってて
食べられるとこ少ないな
パックの外からだとわからない
持ち重りや身の色にくわえて
それとなく手ざわりも確かめなくちゃね
バットにキッチンペーパー
その上に麗々しく
ぶり、あらっ
展げて、さ
酒、ひとふりがむずかしくて
たたらっだっだだっ
あっ
コンロに
湯だつフライパンの大根めがけ細身のフォーク
ググッかったい
まだまだだな
ぴんぽぉん
うわぁ宅配便、まだ指定の十九時前なのに、

はぁい
火を止めてボールペン
ドア三枚むこうは息の白い夜

さあそろそろ
大根を孔開きお玉で掬う
フライパンに張った湯を片手で捨てるのが難儀だから
だけではなくて
ざるに移したぶりあらに
かけるから
そう
熱湯、じゃないけどね
料亭、じゃないからね
段取りよくなどちっともならない私だけれど
みえないところでみえないくらいに少ぅしずつ
あっ あらっ
えっ あれっ
気づくのだか腑におちるのだか
マイナーチェンジってやつ、
かな
生姜をざくざくり
ここから先まだ長い
酒にみりんに砂糖に減塩醤油
高血圧臨界点のひとのためにね
レシピより気持ち砂糖を控えめ
醤油は塩分五十パーセントカットのすぐれものゆえ
そのままの量
かきまぜ煮立たせたふつふつを
ずとっずとっ
大根で埋め尽くし
分け入る体であらっ
ぶりっ
ぶりあらっ
あらを差し込み
ぶくっぶっぶくっ
湯立つ火を少し弱めて蓋を
しかるのちさらに
ぐしゃ
アルミホイルで落し蓋
あわせて三十分

気のながぁい話でんな
今食べたい食べたいて思ても
すぐ食べられしまへんがな
レンチンな時世にあわへん
腹の虫、怒りまっしゃろ

てな内なる声が
草臥れてお腹すかせたユウキの
風呂上がりの姿と重なって
いや
「お腹すいたよ。まだ?」だなんて
練れたユウキはけっして言わないのに
はじめ十分加えて十五から二十分
とあれば
急くこころが短いほうへと傾いで
あわせて三十分を二十五から二十七分へと端折り
とった蓋うらつつっと湯気アルミホイルを取りのけ
茶に染まる大根を裏がえし皮のめくれた
ぶりあらっ その大きめのひとつから
皿に置く
煮汁をかぶった大根半月クォーターカットのそれと並べ
ビターチョコレートか肉と見紛う血合いたっぷりの
あらっ ぶりの
ブリリアントなこの眺めを
ねえユウキ
ヤチヨ大叔母さんにも見せてあげたいよ

 

 

 

餉々戦記 (あっ、あらもっと 篇)」への2件のフィードバック

  1. 想い出と
    今、ここの 
    思いが
    ぎっしりと詰まって
    詩の中に散りばめられていて、素敵だわ。

    有難うございます。

    わたくしも
    今年、ぶり大根の炊いたんを
    作れるように
    と、
    自分にエールをおくります。

    もちろん
    生姜 と ゆず は必須アイテムv

    • ともきちさん

      コメントをくださり、ありがとうございます!

      食べる時間も作る時間も、いまここなのに、どうしてか、遠い時間や場所に連れてゆかれることがありますね。逆に、何の作用なのか、長いあいだ口にしていなかった食べ物が頭に浮かび、作ってみたくなることもある。不思議ですね。

      生姜もゆずも、冷蔵庫にきらさないようにして、寒さの極みを乗りきりたいですね。そう、風呂吹き大根も食べたいですね!

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