今日のナゾメキ Ⅲ

 

南 椌椌

 
 

まだ仄暗いなか散歩した
坂を下りて踏切渡って
武蔵関公園に入った
ゴイサギのギー君
いるのかいないのか
空気の居場所が定まらない
早朝気分の不安数値が
厭戦的に漂っている

靄にかすむ池をまわると
渡るひともない中橋のたもとに
見慣れぬやぐらがたっている
高飛び込み競技のやぐら
危うげなはしごが誘っている
いぶかしいではないか

木組みゆれる十二段昇って
飛び込み用の跳ね板の先端に立った
当然逡巡したわけだ
高さ五Mくらいでも充分に怖い
だれがこんなもの作ったのか
飛び込み台に立った選手は
飛び込まなければならない
それが暗黙のルールというものだ
ふくらはぎが微妙に痙攣してきた

飛び込みたいわけではないが
ルール上棄権は許されない
おかえりただいま
相米慎二の台風クラブを思い出す
池の対岸では採点ボードを持ち
ハンチングを目深にかぶった
スラブ系と思しき男がひとり
鋭くも遠い視線を
こちらに向けている
だから飛び込んだ勇気出して
池の中アタマからまっすぐ
水しぶき小さく着水
高得点は間違いないだろう

採点ボードを持った
遠い視線のスラブ系ハンチングは
「採点不能」の表示を出して
なぜか夢のように薄い笑いを浮かべ
闘いは終わったと暗号を打ってきた
なんてことだ台風クラブ
つまりぼくは今日
水底で見たことを書いておきたい

水底に散らばっているのは
不揃いの小石に刻まれた名前
切なく胸に来る友人たちだ
この十年くらいに旅立った友人たち

名前が刻まれた小石をつかって
ふたりの子どもがチェスをしている
禁じられた遊びが聞こえる
友人たちの名前を読みながら
こみ上げる懐かしさに慄えた

なんでこんな池のなかで
チェスの駒になってるんだ
ギー君のような黒騎士Kに聞くと
なじみの蕎麦屋を出たところで
巨体にいつもの麻シャツまとった
黒ビショップAに誘われたからだという
酒を飲まないのっぽの白騎士Mは
タリーズの珈琲飲んでたら
白ビショップDに誘われたという
Dに聞くと会社から銭湯に寄り
天使の餌を探しあるいてるうちに
気がつくとここにいたという

ぼくはチェスを知らないけど
親しかった友人たちが
楽しい来世を送っているのが嬉しい

池から出てまた歩いた
なつかしい百済の市がたっている
白衣のオモニたちが騒々しく
大きな茶色のたらいに
泥のついた野菜や薬草を
山盛りにして売っている
忘れん坊に効くという薬草
それはぜひともお願いしたい
噛んでみると苦味の境地も
まんざらでもなく
手にそっと吐いて揉みしだき
また噛んでみるとすでに発酵して
やけに甘いのだいいじゃないか

かすかな酔いに染まって
白木蓮が咲いている
この世の証のようであり
あの世の証のようでもあり
モクレン ノハナ
ナハノン レクモ
それが夢かうつつか
さっぱりわからない
すでに夕暮れだよ影が長い
なぞめいた気分で家に帰ると

庭の縁台に見たことのない
青い亀が首を長くしていた

 


© kuukuu

 

 

 

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