ぷすり、ぷすり

 

辻 和人

 
 

赤ちゃん言葉が飛び交ってる
「起きまちたかぁ? ねむいねむいでちゅかぁ」
「採血頑張りまちたぁ、えらいでちゅねぇ」
病院だから声抑えてるけど
スタッフさんたちみんな赤ちゃんに話しかけてる
ここに足を運ぶのも今日が最後
コミヤミヤもこかずとんも体力ついてきた
「明日はいよいよ退院ですね。
1号ちゃんも2号ちゃんも元気にしてますよ」
小児科の先生が笑顔で近づいてくる
両手バンザイ姿で眠っているコミヤミヤに
「パパ来まちたよぉ、後で抱っこちてもらおうねぇ」
目ぱちくり足もぞもぞさせてるこかずとんに
「体重増えてキックも強くなりまちたぁ」
先生、この世界の権威なんだけどな
赤ちゃんにはいつも赤ちゃん言葉だ
「ち」と「ちゅ」を使えばあら不思議
赤ちゃん言葉のできあがり
でもさあ
ここにいるのは新生児ばかりでしょ?
いくら赤ちゃん言葉でも
先生やスタッフの言うことを理解できるはずがない
「それじゃお風呂入ってきれいきれいちまちゅか」
たった今こんな声が飛び込んできたけど
意地悪な見方すれば
赤ちゃんを「擬人化」して
自分の気分を盛り上げるために言ってるんだよなあ
いずれにせよ
コミヤミヤの耳にもこかずとんの耳にも
言葉はどんどん入っていく
耳を伝って脳髄に届いていく
赤ちゃんとお話ししたい
赤ちゃんと気持ちを通わせたい
そんな先生とスタッフさんの念のこもった言葉が
針になって
ふわふわの脳髄に
ぷすり、ぷすり刺さっていく
「ちまちたぁ」でぷすり
「でちゅねぇ」でぷすり
両手バンザイのコミヤミヤに
足もぞもぞのこかずとんに
念のこもった針
ぷすり、ぷすり
2人ともいつか言葉の国に住むことになって
出られなくなっちゃうんだな
怖い気もするけど
えーい
ぼくも、ぷすり、しよう
「明日はオウチだうれちいねぇ。
 ミヤミヤママ、かずとんパパといつも一緒。
 うれちいうれちい、うれちいねぇ」

 

 

 

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