桜がひらくと

 

ヒヨコブタ

 
 

春がきたらしいと近くの桜が告げて
苦手な季節なはずも
すこしこころやわらぐ
きれいということばがこぼれでたとき
胸の中の鉛が軽くなる

気のもちようとはよくいったものだね
もういない人たちを思い彼らに話しかけるように過ごす
苦痛とは人生で比べようもなく
欲を出せば幸せなどどこまでも手に入らないだろう
それを忘れぬようぎゅっと手に力をこめる

親やその上の人たちが苦労していたことを思い出して気を引き締めても
彼らはいつもやさしく微笑むのみだ

老いていくひとのほんのささやかな願いを
どうしたら叶えられるのかわからずにいる
わたしが思うほど悲しみを感じてはいないのかもしれないと気がつくとき
体の力が抜けて座り込んでしまうのだ
そんなことがあっていいのだろうか
悲しみに囚われすぎても何もうまれないときは
眠る

じぶんが微笑むと相手もこころ開いてくれる可能性は高いと思うのに
それがなたで斬りかかられるようなとき
わたしは涙する
心配りは相手の重荷になりすぎぬように
そしてじぶんの重荷にはならぬように
眠る

世界は閉じてはいなくて
誰も一人ではない
そこに傷つけあわないという簡単なルールが見えるひとと
そうではないひとがいるのだろうか
わたしはきっとだいじょうぶになるまで
ぬいぐるみを抱えて
眠る

 

 

 

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